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苦手なりの受験英語!

 

2006年7月19日

英語ダメ人間のなり方(1)

今回から新シリーズ
「英語ダメ人間のなり方」をはじめましょう。
といっても、今日は導入だけです。


私がいかに英語ができなかったのか、が今回のテーマです。
小学生から中学高校にいたるまで英語ができなかったエピソードを書いていきます。


楽しんでくれればありがたい。宜しくお願いいたします。次回の更新は金曜日でいつもの文法講座です。
このシリーズの更新は日曜日の予定です。宜しくお願いいたします。

2006年7月23日

英語ダメ人間のなり方(2)

まず私のファーストインプレッションから。小学校のときの話です。


あるとき日本語の「ありがとう」に対する「どういたしまして」という英語が気になりました。
というのは、そのとき、あるアメリカ人さんに会う機会があって、その人に私は「Thank you.」と言われることがわかっていたからです。
私は、ちょうどそのときそばにいた「とても英語ができるおじさん」にその疑問を尋ねました。こう教わりました。


「ウェルカム」って言うんだよ。


これは間違っていません。もちろんホンマは「You are welcome.」が正式なのです。でも、会話では welcome で十分らしいのです。
実際すぐさまこの後、アメリカ人に会い、「Thank you!」と言われました。なので「Welcome」と答えました。彼は笑ってくれました。


その後のことです。
あるとき、うちの小学校に外国人の家族が招待されました。(何かのイベントで。よくは覚えていない)


体育館で行われたのですが、壁に大きくな紙に大きな字で「Welcome」と書かれていました。私は友達に聞かれました。「あれってなんて意味?」私は誇らしげに答えました。「どういたしましてだよ」と。


そばにいた当時の先生がこう言いました。「違うよ。【ようこそ】」という意味だ!」。
私はそれを聞いて不思議に思いました。「先生! どういたしましてという意味はないの?」
先生の答えはハッキリしていました。「ないよ!」


私にとっての「英語の不信感、わけのわからなさ」はここから始まったのかもしれません。
私にとって「Welcome」が最初の壁であったのです。


まさに「私は英語に welcome されていなかった」…というなんとも象徴的な出来事といえるのではないでしょうか?


この続きは火曜日です。

2006年7月25日

英語ダメ人間のなり方(3)

中学生に上がりました。いよいよ本格的に英語の授業が始まりました。


今でも中学1年生のときの「最初の英語の授業の地獄」を良く覚えております。


英語の先生は授業の最初の最初でスピーチを始めたのです。もちろん英語で。とても流暢な英語で。


英語の先生はこのときなんでこんなことをしたのでしょうか? 今から考えると「ほ~ら、こういう風に英語をしゃべれるとかっこいいでしょう。だから皆さんで頑張りましょうね」ということを示したかったのだと思います。


一方、しゃべりかけられた私の感想はどうだったのでしょう?


この先生はなにしゃべってるんだ? 意味がわからないぞ。なんで意味のわからないことをするんだ? 不快極まりないぞ! もしかして『ここまで流暢にしゃべれるようになれ』と言っているのか? すごい時間がかかりそうではないか!英語ってそんなに大変なのか? とにかくなんて言っているのか分からないのは不快で不満極まりない!


最初の最初から私は「英語に対する不快と不満」を感じたのです。 「かっこよさ」? そんなもの微塵も感じませんでした。変わりに感じたのは「困難さでした。


続きは木曜日です。

2006年7月27日

英語ダメ人間のなり方(4)

私が通った中学は少々特殊でした。英語に特に力を入れた学校であったのです。
英語の授業は、月曜日から土曜日(同時は土曜まであった)毎日必ず1時間はあったのです。


英語がお好きな方にとってはきっと天国のような環境でしょう。ですが私にとっては毎日が地獄でした。これにピンとこない英語好きな方は「毎日数学の授業が1時間あること」を想像してください。それと同じ感覚です。


とくに嫌だったのが「会話の練習」でした。うちの学校では「AさんとBさんの会話」をテキストを見ずにスピーチさせるのです。大体A、B、A、B、A、B、A、Bと8回ぐらい会話がつづく「アレ」です。Aさん役、Bさん役を授業中1人ずつ指名されて、2人で交互で言い合う練習をさせられるのです。


これが授業で毎回必ずありました。私はこれが苦手でした。ここのブログで何度も言っていますが「私は例文を覚えるのが極度に苦手」なんです(いまだに)。1つの文ですら覚えられないんです。


だから当てられたら最後、満足に言えたことなど1度もありませんでした。
言えないと教師に「なんで覚えられないんだ?」言われ、軽い体罰を受けました。、体罰をのがれたことなど、3年間で一度もありませんでした。


私の中学生活は、英語授業で当てられないこと祈りながらびくびくしていた毎日でした。
こうしてどんどん英語が嫌いになって行きました。


明日はいつもの英文法授業。この話題の続きは土曜日です。(すごく短い予定です)

2006年7月29日

英語ダメ人間のなり方(5)

今日は軽いお話です。


私の中学最初の英語のテストの点数のお話です。
私が最初に獲得した英語のテストの点数を発表します。


え~~~と、12点です。(100点満点)


テスト問題は良く覚えていないのですが、文を丸ごと書かせるものが多かったような気がします。例文を暗記できない私が高得点を取れるわけがないですね。


次回の更新は月曜日の予定です。

2006年7月31日

英語ダメ人間のなり方(6)

すいません。今回は概ね以前の再放送です。タイミング的にこの時期の話だからです。


今回はアルファベット恐怖症のなり方のお話です。
ここを見ている方は(タイトルに反し)、英語が好きな方が多いでしょうから、そういう方にとってこれは謎なのではないでしょうか?


以前この回「数学嫌いの方」は方程式を見たがらないという話をさせてもらいました。


なぜ見たがらないのでしょうか?
方程式が解けなかった思い出が沢山あるからではないでしょうか?


アルファベット恐怖症もそれと同じなんです。
アルファベットが読めなかった思い出が沢山あるから、アルファベット恐怖症になるのだと私は思います。


私の場合、強烈に思い出に残っていることがあります。それは


「girl」


というたった1つの単語でした。




中学1年だったと思います。
英語の授業です。良くある形式で「テープを流してくれる授業」でした。


three girls」 という部分がありました。


私は girls をどう発音していいのか分からなかったのです。だから私はテープを「耳をダンボ」にして聞いたのです。

私の耳には「three girls」は何度聞いても「サングロー」としか聞こえませんでした。


その時の授業で、(よくありがちですが)「テキストを音読しろ」と指名されました。
運が悪いことに、該当部分「three girls」が入っていました。


私は、テープに聞こえた自分の耳を信じて、該当部を「サングロー」と言いました。


英語の先生に「なんだそれは?」と言われました。
教室中で爆笑されたのをよく覚えています。


(何で?テープでそう言っているではないか?)


改めて発音するように、即されました。私は(自信は全く無いから)おそるおそる「スリーガールス」と思いっきりカタカナで喋りました。すると英語の先生は一言こう言いました。


「そうだろう?何考えてんだお前は~?」

改めて該当部がテープで流されましたがどう聞いてもヤハリ「サングロー」としか聞こえませんでした。

ただ恐ろしく不快感だけが残りました


しかも!

数週間後、別の英語の授業がありました。先生も別です。また「girls」が出てきました。
今度は前回学習したので思いっきり「ガールス」とカタカナで発音しました!(^^)
私は褒められるのを期待してました。

するとその英語の先生「う~ん、カタカナ英語は良くないな。」と言って、(たぶん)ものすごくネイティブっぽい発音を披露してくれました。
私の耳にはこう聞こえました。

「グロー」


その先生は( ̄ー ̄)ニヤリ、と得意げに微笑みました。


こうして私はアルファベット恐怖症になりました。
「私は永遠にアルファベットは発音できない。したって恥をかくだけだ!」と心に深く刻み込まれました。
私にとってアルファベットは「私に生き恥を晒す存在」と認識されました。見ただけで条件反射的に不快感に襲われます。


私にとってこれは永久に治らないと思います。


よく私に「アルファベット恐怖症を治せ!」と言ってくる英語好きの方がいます。
ふざけるな!と私は思います。こういう方には私はいつも言う言葉があります


「じゃあ、あなたは「数学恐怖症を治せ!」って言われたら素直に治すんだね?」


治す気が起こりますか?そういうことです。


(オリジナルの回はこちら。丁度1年前ですね)


続きは水曜日です。(すみません。次回も再放送です)

2006年8月 2日

英語ダメ人間のなり方(7)

(以下は過去の再放送です)


「英語の歌を歌えば楽しくなって英語が好きになる」という話題に触れてみたい。
私はその所為で逆に大嫌いになった!


私が中学で英語でもっとも苦しんでいた頃、私はいつも考えていたことがある。
「どうにか英語好きになれないものか?」


好きになれば勉強するだろうと考えたからである。
私の通っていた中学高校は少々特殊で生徒の過半数以上が英語が得意で好きな人であった。
英語で悩んでいた私に、英語の先生はもちろん友人の多くがしきりにアドバイスしてくれたことがある。


洋楽を聞けばいいよ~俺はこれでますます英語が好きになった


この時ちょうど学年全員で「英語の歌」を歌わなければならない「行事」があった。
英語科の先生が「英語を楽しもう」と考えて作られた行事であった。


私には歌詞カードとテープが渡された。
曲は良かった~素敵だった!


さあ、私はどうなったと思う?


こうなった!

家に帰りテープを聴く。
 ↓
w(°O°)wなんと素敵なメロディだ!!(私は音楽は割りと好きだ)
 ↓
よ~しがんばって歌詞を覚えるぞ!!!!
 ↓
歌詞カードを見る
 ↓
……
 ↓
●「読めない…発音できない…なんて言っているの?これじゃあ歌えないじゃないか!
 ↓
「第一意味がワカラン。この単語の意味を辞書で全部調べるの?~~いやだあ~~~~」
 ↓
 ↓
友人に歌詞の発音(読み方)を聞いてカタカナでフリガナのように書く。(ただし意味を聞いたら「自分で調べろ!」と言われた)
 ↓

がんばって覚える!
 ↓
がんばって覚える!!!!
 ↓
……
 ↓
がんばって覚えるぅ~~~!!!!!!
 ↓
……
 ↓
全然覚えられない!!!
 ↓
第一意味が気になる。しかし「英語が苦手な俺に意味など分かるはずが無い」
 ↓
友人はその頃「スラスラ歌ってる♪」楽しそう~♪
 ↓
だからがんばって覚えようとする!
 ↓
友人の3倍は時間をかけて覚えようとする!!!

 ↓
全然覚えられない!!!

 ↓

行事の日が来る

 ↓
友人は皆楽しそうに歌っている。

 ↓
●しかし私はまったく歌えない

 ↓
 楽しそうに歌う友人たちを羨ましげに眺める
 ↓
 歌い終わって、友人たちは、本当に楽しそうであった
 ↓
 そのときの英語科の先生たちの嬉しそうな顔…。
 ↓
 しかし英語の先生は【私が満足に歌っていなかった】のに気づいていた。
 ↓
●先生に話しかけられる

 ↓
以下のように言われた。。。。

「お前はなぜ歌わなかったのか?」
「歌詞を覚えてこなかったのか?なぜだ?」
「お前には英語を楽しもうとする気が無いのか?」


英語教師のその目は「「楽しいイベントに積極的に参加しなかった(様に見えた)私を卑下する目」であった。


嫌いな英語を一生懸命楽しもうとした結果」がこれである。
…歌えなかった。楽しめなかった。…覚えようとしたのに覚えられなかった。…それを英語教師は認めてくれず、「なぜ勉強しようとしなかったのか」となじった…

私は必死に英語を楽しもうとした。しかし結果は苦しめられただけであった。 私が「私は覚えようとしました!楽しもうとしました!」と言っても、英語の先生は信じてくれはしなかった

これが私が英語がますます嫌いになった理由の1つである。


この理由けっして英語好きな人には当てはまらない


●アンチ巨人のプロ野球ファンの「如何に巨人が嫌いなのか」という理由が、巨人ファンにけっして当てはならないのと同じである。


(以上は概ね再放送。オリジナルはこちら。)


次の更新は金曜日ですがいつもの文法講座です。
この話題の更新は日曜日です。

2006年8月 6日

英語ダメ人間のなり方(8)

題:なぜ素晴らしいのか?


中2か中3のときの話をします。


英語のK先生の授業のときです。
その日の授業でK先生は、ゲストとして「知り合い?のアメリカ人の少年」を連れてきました。12歳ぐらいの男の子でした。


K先生は授業のテキストの英会話文彼に朗読させたのです。


この後のK先生の態度に私は激怒しました。






少年が朗読を終えた後に、K先生はこう言いました。


「いい発音ですね~すばらしい! みなさん拍手!」


我々は拍手を強制されました。



なんで素晴らしい発音だと褒め称えるのだ?

アメリカ人が英語の発音がいいのはあたりまえだろう!

なぜ拍手を強制するのだ?




英語の発音が美しければ、たとえアメリカ人の子供で褒め称えなければならないほどえらいのか?
英語の発音が悪いのがそんなに悪いことなのか?

最高にむかついた瞬間でした。


ちなみにK先生には職員室によく呼ばれました。怒られるためにです。
英語は毎週のように小テストがあり、私は毎週落第点しか取れませんでした。
職員室で「なんでこんな成績しか取れないんだ?」とどやされて、ひっぱたかれていました。。。。毎週毎週。。。。。


なんで英語なんかあるんだ? なんで英語の勉強なんかしなきゃならないんだ?
英語がなければどんなに私の中学生活は救われたことでしょうか?


こうして私の英語嫌いはドンドン助長されていきました。


ちなみにまだまだほんの序の口です。高校時代はこんな程度ではありません。次回から怒涛の高校編に入ります。

次の更新は火曜日です。

2006年8月 8日

英語ダメ人間のなり方(9)

今日からの怒涛の高校編に、入る前に少し背景を説明します。
私は高校受験をしていません。中学からのエスカレーターだったのです。
中1の英語の学力もないまま、私は高校に入ってしまったのです。


よく「中学高校のエスカレーター教育が望ましい」なんて声を聞きますが、聞くたびに「英語バカが出来上がるだけだ」と思ってしまいます。


さて、高校から本当の地獄が始まりました。
英語の授業は中学と同じく、毎日ありました。それだけでも地獄です。


恐ろしいのは火曜の2時間目でした。


卒業してもう10年以上たつのに、まだ「高校1年時の火曜の2時間目」という時間を覚えております。


授業の名前は「LL」といいました。
専用のヘッドホンセットが各座席にセットされている専用の部屋がありました。
そこでの専門授業だったのです。


最初は楽しい予感がしていました。実際楽しみにしていました。
なんとなく楽しそうじゃないですか~この教室の装備って!
私はこの授業を「幼稚園のお遊戯のようなイメージ」を抱いていたのでした。
私は楽しい英会話が楽しめるものと思っていました。


最初の授業を受けるまでは…


実際は幼稚園どころか、監獄、強制収容所、いや、違うな、拷問部屋でした……
まさか「人生で最も苦しめられる」とは思いもよりませんでした。


この話はもっとゆっくり書きたいのです。本格的には8月16日から書きます。


次回からの3回(10日、12日、14日)は、「雑談」になります。
こっちの話は楽しい「コミケ」の話題です~(^^)♪

2006年8月16日

英語ダメ人間のなり方(10)

高校1年時の地獄について書きます。
恐怖のLLの授業について書きます。


まずLL教室という「特別な部屋」の説明から書かなくてはなりません。
その授業は「ヘッドフォン」を使用するため、特別室で行われました。
なぜかその部屋は通常、鍵がかけられていました。いや、正確には廊下を含めたそのフロアの入り口が鍵で閉じ込められていました。休み時間などに生徒が入れないようにするためです。


中には人間ではない悪魔が1人、「先生」として篭もっていました。そのフロアには「悪魔専用の個人部屋」と「LL授業用の専門の部屋」がありました。「篭もる」という日本語はこの場合適切だと思います。この悪魔の先生は教員室に座席がなく、常に「悪魔専用の個人部屋」にいました。(いつ昼食をとっていたのか謎です)


LLの授業は授業開始から普通ではないと思います。
授業開始時間に、生徒は鍵のかかった重苦しいドアの前で、出席番号順に整列させられます。時間になるとその悪魔は、「ガチャリ」と中から鍵をはずし、ドアをあけます。我々はまるで暗室のような廊下へ進むように悪魔によって促がされます。きれいに整列したまま歩くように即されます。このとき少しでも私語をしゃべった場合大変です。「誰だ! 今しゃべったのは? お前か!」と怒鳴られます。そしてすぐさま該当者を突き止められ、体罰を受けます。まるで刑務所……そう、懲役刑を受けた囚人の気分が味わえます。


LL部屋の入り口につくと、悪魔は朽ち果てそうな入り口を「ガラッ」あけます。そして生徒を無言で、出席番号順に前から座らせます。座席には1~55までの番号が書いてあり、生徒は出席番号どおりに座ります。この番号座席……これこそがこの悪魔じみた授業の恐ろしい要素の1つでもあります。


この授業内容の恐ろしさについては次回にします。このシリーズの次回は日曜日です。お楽しみに。
(※実際は月曜日の更新でした)
金曜日に更新しますがそれはいつもの文法授業です。こちらもお楽しみに。

2006年8月21日

英語ダメ人間のなり方(11)

すみません。更新は本日、月曜日にずれました。申し訳ありません。
前回の続きです


この授業を受ける前に、生徒側にはあらかじめ授業用のプリントが配られていました。
長文読解のようなもの1枚です。これはこの先生オリジナルの英文です。
実は、このLLの授業はこの「先生オリジナルの英文」がメインテキスト、他にFEN(米軍放送:今のAFN)のニュース放送を活字に起こしたものも使っていました。これを聞いたら「英語の得意な人」は喜ぶのでしょうか? いい勉強ができそうだと思うかも知れません。


しかし、中1の実力もないマウスバードくんの場合はどうでしょうか? 8割がたわからない単語だらけの英文を見せられて、それを訳さなければなりません。このLLの授業ではノートチェックと呼ばれるものが授業前にありました。「予習をしてあるかどうかを、授業の最初で先生が確認する」のです。大バカのマウスバードくんはそんなことをするわけがないw。


クラスの5%ぐらいは予習していませんでした。私はその一人でした。全員のチェックが終わると、私を初めとする「予習してない(できない)英語バカ」だけが、廊下に並ばせられます。彼は竹刀を取り出し「なんで予習しなかったんだ!」と怒鳴り散らしながら、我々の尻を引っぱたきました。


席に戻り授業が始まりました。ここでまるで人間性がない授業が始まりました。


テープで音声が流れ、1通り聞くと、おもむろに先生の声が響きます。「では最初の文を訳してもらおう。33番! 訳しなさい!」


ポイントは「33番」と呼ぶとことです。この先生は生徒の名前を呼ばずに「番号で人を呼ぶ」のです。


そして、当てられた生徒は訳例を言うのですが、ここから後もすごい! なんと「先生が用意した訳例以外の訳例を一字一句同じものでないとそれを全て「間違い」と判定し、直させる」という授業だったのです。生徒は「先生の訳例を一字一句間違えずに記載する」という作業をしたんです。それが美しい訳例ならまだ「まし」とは思います。けれどもこの人の訳例はとんでもない! ものすごい直訳調! 美しさのかけらもありません。 わかりやすい例を1つ 挙げましょう。 


「space shuttle」・・・・「長文中に出てきた」この単語の訳例をあげてください。


え?「スペースシャトル」? この「LLの授業」でしたら「×」ですよ。 正解は「宇宙往復輸送便」です。こう書かないとテストで○はもらえませんでした。えっ?「宇宙往復輸送『船』」?「×」に決まっているじゃないですか!


こんな間違いを沢山しでかすとN先生に「なんで勉強してないんだ!」と怒鳴られて殴られましたよ。


怒鳴られて殴られないように、生徒は「スペースシャトル」を「宇宙往復輸送便」に赤ペンで直したのです。


この続きは明日火曜日に更新します。

2006年8月22日

英語ダメ人間のなり方(12)

続きです。 このLLの授業のメインはヒアリング能力の構築やスピーキング能力の開発ではありませんでした。英文暗記をさせる能力の構築でした。先生オリジナルの英文を暗記、いや暗誦させるのです。「口頭テスト」と呼ばれるものがありました。先生の前に呼び出され一人、一人、段落ごとに英文をほぼ長文全部を暗誦させるのです。


得意な人ならきっとわけないことでしょう。当時の私の同級生はいとも簡単に暗誦していました。彼らは普通のリーダーの英文さえ暗誦できてしまう能力の持ち主でした。きっとここをお読みになっている方も「べつにそれくらい、頑張ればできるよねえ」と思っていらっしゃる人が多いと思います。


ところが私はこれが極端に苦手でした。このブログで何度も言っています。私は例文がどうしても覚えられない脳みそを持っているのです。1文すら覚えられません。まして長文丸暗記なんぞできるわけがない!


しかも暗誦で求められるスピーキングスピードは「ネイティブ並み」でした。 私は友人の5倍以上は暗誦勉強時間に掛けたと思います。ですが記憶できた量は友人の10分の1以下でした。


毎回、毎回、頑張って頑張って勉強しました。でもテストで満足に暗誦できません。そうするとこの悪魔は決まってこう言いました。 「勉強していない! なんで勉強してこないんだ?」


このときの気持ちが得意な人にわかってもらえるでしょうか? 私は得意な人の5倍は時間をかけて勉強しました。でもテストでは得意な人の10分の1も暗誦できません


その結果は……
・赤点
・(勉強したのに)勉強していないと怒鳴られる!
・(勉強したのに)勉強していない殴られる


というものでした。


ちなみにペーパーテストもこの授業にはありました。
・暗誦した英文を書かせる。
・先生オリジナルの訳例(前回参照)を一字一句間違えないように書かせる。
というものでした。
私はこのテストで学年最低点を1度取りました。(ちなみに別の授業(リーダー)でも学年最低点を高1のときに記録しています。くしくも両方とも【7点(100点満点)】でした)

つづきはこちらです

2006年8月24日

英語ダメ人間のなり方(13)

LLの授業の特殊性の説明をします。何とかこの回で終わらせたいですね。


普段の授業では、まあ、例の変な訳例を強制されるわけですが、我々英語苦手人間にとっては、全く取るに足らない問題でした。怒られない、怒鳴られない、殴られないからです。訳例を聞いて書き写せばいいのですから。(いい訳例だって、悪い訳例だって、英語苦手人間にとっては、どっちにしろ作れない。だったら、訳例を書き写すぐらいはわけはない。たとえ変な訳例だと思ってもテストに直結するのだからむしろ好ましい)。LLの授業の中では比較的楽でありがたかった部分です。


そんなことより大変だったのは「口頭テスト」の方です。先生オリジナルのテキストの暗誦テストです。テストのときのみならず授業でも暗誦はチェックさせられるのです。こちらはできないと怒鳴られる、殴られるので恐怖でした。今もトラウマです


授業中悪魔は「ではノートを伏せなさい」と言い、生徒全員に暗誦を強制させます。生徒の多くは英語ができて、スラスラ暗誦していました。「唱和」というような感じでしたね。<全員で言うのだから、(私を含む)言えない人は「口パクで言っている振りをすればいい>と思いませんか? 実はそれができないシステムがこの授業にはあったのです。


ここは特別な「LL教室」だったのですよ。「ヘッドセット」があったのですよ。マイクに向かってしゃべるのですよ。
悪魔は、生徒の「唱和」中、「きちんと暗誦しているかどうか」をチェックしていたんです。教壇に設置されている機械を使って! 生徒1人1人の生声をマイクを通して聞いていたのです。


「27番! 声が小さい! もっとはっきりしゃべりなさい!」


「50番! 声が聞こえない! 覚えてないのか! 勉強しなさい!」


こうした「怒号」が授業時間中響きました。もちろん悪魔は生徒を「26番!」などの番号でしか呼びません。まるで、どこか未来の統制国家のようでした。


で、私のような毎回しゃべれない生徒は毎回怒鳴られたり、後で呼び出されたり、殴られたりしたわけです。「授業の変な訳例」など、はっきり言ってどうでもよく、それよりこの口頭テストで悪魔に怒鳴られない、殴られないためにする勉強のほうがきつかったのです。


そのため私は当時、通学中奇異な行動を当時とっていました。口頭のテストのために電車の中などで練習をしていたのです。さすがに「小声」なんですがw。ノートとにらめっこしながら暗誦の練習をしていました。行きも帰りも、「キ○ガイ」のように何度も何度もしゃべって、のどがおかしくなるくらいしゃべって。。。。


でも、授業中も、本番の「口頭テスト」でも、1度として満足に言えたことはなかったです。「勉強していない! なんで勉強しないんだ!」と毎回怒鳴られ、殴られました。


「口頭テスト」は合格基準に達しないと日を改めて「追試」を受けさせられました。「追試」でもできないと「再追試」が行われました。私は「追試の追試の追試の追試の追試」ぐらい受けさせられました。毎日LLのこと、口頭テストのことで頭がいっぱいでした。もちろん最後の追試でもできませんでした。言えませんでした。評価はもちろん赤点でした。


ちなみにこのくらいできないと、この悪魔にある変化が訪れます。悪魔は私のような英語バカの名前を覚えてくれるのです。番号を言った後、名前でも呼んでくれるのです。「50番! ○○! またお前か!」という具合です。悪魔に名前を覚えてもらえたら「1人前(なんの?)」と呼ばれました。当時、私はこの学年で最も早く悪魔に名前を覚えていただいたと思います。


この「口頭テスト」のお陰で、私は筋金入りの「英語嫌い」、とくに「例文暗記嫌い」になりました。


以下、蛇足集です。
・この先生オリジナルのテキストはこの悪魔が作った英文です。私が得意になった後で、改めて読んだことがあるのですが、「文法的な間違い」が山ほどありましたw。
・得意な人がこの英文をネイティブの前で披露したのですが「一部通じなかった」そうです。(ようするに間違った英文を暗誦させられていたということ)
・うちの学校のアメリカ人の英語の先生に「自分の作った英文」を読ませて、それを録音し教材としていました。そのネイティブの先生に悪魔は「お前は発音が悪い」と言ったらしいです。
・悪魔が作ったオリジナルの英文ですが、悪魔自身がそれをまとめたノートを所持していました。(それを基にして授業をしていた)。あるとき、別の英語科の先生が「そのノートを見せてください」と悪魔に頼みました。悪魔は喜んで貸しました。そのノートの裏表紙の下部には手書きでこう書かれていたそうです。→ 定価 1000万円


明日はいつもの英文法授業です。
この続きは土曜日に更新します。

2006年8月26日

英語ダメ人間のなり方(14)

前回までのLLのお話を読んでいかがでしたでしょうか?


これは推測で言うのですが、ここを読んでくださっている多くの方にとって私の当時の苦しみが「ピン」ときていないのではないかと思います。
「え~? だって暗誦できればいいんでしょ? そんなのわけないでしょうに。 なにをそんなに苦しんでいるの?」…そんな感想なのではないでしょうか?
当時の(英語ができる)同級生にもよくそう言われました。 当時の他の英語の先生にもそう言われました。 というか英語が好きで得意な人のほとんどはからそういう感想しかもらえませんでした。


ここに大きなギャップがあります。私はこの「口頭テスト・暗誦テスト」がどうしてもできなかったのです。
このへんの話も関係するのですが、こうした例文覚えが楽にできない人は苦手になり、できる人は英語が得意に成りやすいのだと思います。
これは「才能」だと私は思っています。運動能力と同じです。足が速い人は、別に練習しなくても足が速いのです。


私は高1のとき、この口頭テストのために、全ての精神力を使いました。英語以外の科目を捨てて、代わりに口頭テスト対策に全力を傾けました。
「英語以外の科目を捨てて」という意味がわかりますか? 得意だった科目の勉強時間も全部捨てて、全部口頭テスト対策に明け暮れて、、、、、
お陰で全科目で成績が下がったのです。おまけに情熱を掛けた口頭テストで合格点を取れなかったのです。嫌で嫌でどうしようもないことをアレだけやったのに「無駄骨」もいいところです。それどころか高1のときは【落第の危機】にさらされました。
口頭テストが私の喜びを全て奪い取り、代わりに莫大な苦痛を与えてくれたのです。




数年前、この悪魔がお亡くなりになったという話を聞きました。私は赤飯を食べました。




先日、高校の部活の同窓会でこのN先生のことが話題になりました。私は興奮して「N先生がやっと死んだ」と喜んでいたら、英語が得意だった友人Hはポツリとこう言いました。


「N先生って誰だっけ?」


英語の得意なHにとって、私が人生で最も憎悪したN先生など、もはや記憶の片隅にも存在していなかったのです。これが私にとってどれだけ受け入れ難い事実かわかってもらえるでしょうか? だから私は英語が好きで得意な人間を奈落の底に沈めたいのです。


ところで私はこのとき「英語が得意な人が決してわからないポイント」を見た気がしたのです。


私が人生で最も苦しみもだえた「例文記憶学習」は、英語が得意な人にとってはなんでもない。
もっと言えば
英語が苦手で困りに困っている人にとって「例文記憶学習」がどんなに苦しい作業であるのか、できない作業なんだ! …ということを、「(英語が好きで得意なはずの)普通の英語の先生」は決して理解してくれない。


ここここも参照


だから英語が苦手な人は簡単に得意になれないのだと思います。


ちなみに英語が得意になった今、「口頭テストのようなことをやれ!」と言われも、私には「できない」自信があります。私はどうしても例文の暗記ができないのです。


(今回の感想を得意な人にぜひ聞きたく思います。よろしければコメントをお願い致します)


次の更新は月曜日です。

2006年8月28日

英語ダメ人間のなり方(15)

高3のときの4月のある出来事について書きましょう。
高3では「サイドリーダー」という授業がありました。
英文(長文)解釈の授業ですね。普段のリーダー以外に、我が校ではこうした授業があったのです。
講師は若い人でした。たぶん初めて教壇に立った新任の教師であったような気がします。


最初の授業で彼はこう言いました。
「今回やる英文(長文)で今君が知らない単語に鉛筆で丸をしなさい」


我々は素直に丸しました。


その後、彼はこう言いました。
「終わったかな? この長文で丸した単語が5個以下なら偏差値70くらいでしょう。10個以下なら60ぐらいかな?15個以下なら大変だぞ。55ぐらいだ。20個って人がいるかもしれないけれど、まあ50はあるでしょう。頑張ってくださいね。さあ授業に入りましょう」


私はそのとき先生にこう尋ねました。「先生! 40個の私はどうすればいいんですか?」


先生はにやっと笑ってこう言いました。「はは、そんな冗談は面白くないですよ。この学校にそんな生徒はいないでしょう。さあとっとと始めますよ」


実は40個というのは確かに嘘でした。実際は50個以上あったのです。ええかっこしいの私はこれでもサバをよんだのです。
この新任の先生には私のような生徒を信じられなかったのかもしれません。この学校の英語のレベルはそれなりに高かったからです。この学校の高3の中には、中1の実力もない生徒などいるわけがない、と思っていらしたのだと思います。


・私は蚊帳の外か。
・この授業も私にはついていけないだろうな。


予測は大当たりでした。というか、私は中学高校で英語が赤点以外になったことがないですからね~w(赤点ぎりぎりではないですよ。ズバリ赤点だったのですよ。うちの学校は10段階評価で4以下が赤点でしたが、私はそれなりに良いときは「4」悪いときは「3」でした。なにせ学年最低点獲得者ですからね~w)


さて、高3はそれなりに頑張ってなんとか卒業だけはできました。もちろん大学はどこにも受かりませんでした。卒業するときに英語の教師にこう言われました。「お前はよく卒業できたね」 高校卒業できたのは本当に奇蹟だと思っています。態度だけは品行方正であったから「お情けで卒業させてもらった」のが真実だと私は思っています。


私の中学高校の青春は英語によって全て奪われました。ちなみにこのあとの2年間も厳しい浪人生活で遊べませんでした。18,19,20歳というもっとも楽しい遊びができそうな時期も遊べませんでした。大学生になった同級生の誘いをけり、やりたくもない英語の勉強ばかりやった2年間でした。


私が大学に受かったとき「もう英語の勉強をしなくていい! ばんざーい!」という感想を持ちました。これはそんなに変なことでしょうか? 私がどれほど喜んだかわかりますでしょうか?





そして…
以下の言葉が、私には不快極まりないことがわかりますでしょうか?


「英語って楽しいよね~」
「さあ英語を好きになろう」
「英語を楽しもう!」
「英語なんて、ちょっとやればできるだろうに、なんでそれをやろうとしないの?」


以上は中学高校のときに英語教師たちにさんざん言われた言葉です。
大学に入れたのでどうやらやっと「ちょっと」勉強したらしいです。以降私の頭の中で「ちょっと勉強する」とは「8年間勉強する」と定義づけられました。
もう二度と「ちょっと」の勉強などしたくありません。
英語によって奪われた中学高校、そして浪人の2年間…「合計8年間の青春」を私は返して欲しいと願うのみです。


あ、そうだ、


「英語ぐらいできて当たり前でしょ?」


という言葉もよく教師から言われました。
この言葉がいかに不快かわかりますか?


こうした言葉を浴びせ続けられて、私は英語ダメ人間になったのです。


今回のシリーズは以上です。いかがでしたでしょうか?
次回は雑談で~す。水曜日に更新です。


次のシリーズ「英語好き人間と英語嫌い人間の法則」の第1回目はこちらです。


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