執筆 伊達民和

セレンディピティ セレンディピティ
Serendipity

 クリスマス直前のニューヨーク。デパートで最後の1つの手袋を同時に手に取ったサラとジョナサンは、お互いに惹かれ合うものを感じる。2人はその後ふたたび再会し、急速に距離を縮める。しかしそれぞれに恋人がいる2人は3度目の“幸せな偶然”を信じ、運を天に任せることにした。
 それは、お互いの連絡先を記した5ドル札と本を手放し、それを見つけることができたら…というもの。しかし数年がたち、3度目の偶然が訪れないまま、それぞれの結婚が目前に迫っていた。


『セレンディピティ』
聞き手=編集部

Q:これまで『ゴスフォード・パーク』『ブリジット・ジョーンズの日記』『アバウト・ア・ボーイ』といったイギリス映画で聞かれる訛りについて教わってきましたが、アメリカ英語に親しんでしまっているせいか、まだイギリス英語が耳に馴染みません。
A:それでは、アメリカ英語とイギリス英語との違いが聞ける映画『セレンディピティ』を紹介しよう。アメリカ人青年ジョナサンとイギリス人女性サラとの運命的な出会いと再会の物語を描いた、ロマンティックなラブ・コメディーだ。

Q:ふたりは serendeipity (幸せな偶然) によって出会うわけですが、その出会いの場面からジョナサンは初対面のサラのことをすぐにイギリス人だと見破りますね。その根拠は何ですか?
A:まずはイギリス英語の特徴を思い出そう。出会いの場面でクリスマス・プレゼントを探しているふたりが、同じ手袋を手に取ろうとして、
 Jonathan: Listen, you take them. I don't care.
 Sara: No. You saw them first.
といっている。サラの発音で何か気付いたことはあるかな?

Q:first というときに [r] を発音していませんね。r-less はイギリス英語の大きな特徴のひとつでした。その後もサラは、 girl friend やteam effort などの語で [r] を発音しません。
A:r-less の発音が手がかりとなったのは間違いない。でもこれだけでは必要十分条件といえないんだ。ニューヨークは発音面ではユニークな地域で、もともと r-less を特徴としている。特に社会階層が比較的低い人々は母音の後の [r] を発音しない。


アメリカ英語・イギリス英語、違いは母音

Q:ということは、r-less だからといって、一概にイギリス発音とはいえないわけですね。では、ジョナサンは何を根拠にサラがイギリス人だと判断したのでしょう。
A:サラの母音発音だろうね。一般的に発音のクセというか訛りは、母音に最も顕著に表れる。子音を作る方法というのは決まってしまっているからね。たとえば [t] という子音はどのようにして作る?

Q:舌先を歯グキにあてます。
A:うん。それから[p] は、というと両唇を合わせて子音を作るね。一方、母音は舌の位置がはっきりと定まっていない。伸縮自在な筋肉の固まりともいえる舌が、口の中で上下・前後に移動するだけで、定まった位置というのがないんだ。だから、舌の動きは地域によって異なってくる。

Q:それで方言が存在するのですね。
A:厳密にいうと、方言は単語・文法・発音を総括的に表し、発音だけをいう場合は、accent (訛り) という。つまり、イギリス発音とアメリカ発音の違いも、主として母音の発音法の違いにあるんだよ。

Q:では、サラはどのように母音を発音しているのですか。
A:まず、前出の場面では手袋の在庫の有無を店員に尋ねて、"You don't have a stockroom?" といっている。このとき、サラは stock の母音を唇を丸めて [オ] と発音する。標準アメリカ英語では、唇を丸めないで [ア] となる。ジョナサンはこのように発音しているね。hot や lot などでも同じような違いがある。

Q:イギリス人が、アメリカ英語の hot を聞いたら、hat と聞き間違えますね。
A:そうだね。ほかにもサラは "You saw them first." の saw の母音をはやり唇を丸めて [オー] といってるけど、標準アメリカ英語では [アー] となるね。

Q:唇を丸める [ソー] に対して、丸めない [サー] いうことですね。それさえ気を付けていれば、イギリス英語とアメリカ英語の区別がつきますか。
A:いや、違いはまだあるよ。サラは自分の名前と居住番地を書き込んだ本を、明日どこかの古本店に売りに行くとジョナサンに告げる。彼がその本を探し出せたら、ふたりの出会いは運命だ、といいたいんだね。"When you pass an old bookstore, you'll go inside." というとき、彼女は pass の母音を far の母音と同じように発音する。ジョナサンならアメリカ式で、cat と同じ母音を使うはず。
 その前の場面でも、自分の名前などを書いたメモ用紙を突風にさらわれたサラは、ジョナサンに書き直すようせがまれたのに、"I can't." と拒絶する。これもやはり、far の母音と同じ発音だ。

Q:home、go、boat などでは、イギリス発音は [ou] ではなく、[アウ] となるのでしょう?
A:そう、よく勉強しているね。でも、[ア] はそんなに広く口を開けちゃダメだ。もっと中ぐらいにして。photography の最初の母音を発音するつもりで。……じゃあ、understand の stand の母音 がどう発音されるかはわかるかな?

Q:アメリカ式発音の cat の母音と同じですね。
A:それが違うんだ、最近はね。

Q:can'tが [カーント] なら、standは [スターンド] でしょうか?
A:最近のイギリス英語 (RP=容認発音) では、stand、apple、happy などでアメリカ式の cat の母音は使わず、代わりに日本語の [ア] と同じ母音を使うんだ。これもファッション、流行だよ。日本人学習者には朗報といえるね。堂々と [アツプル] [ハッピイ] といえばいいんだから。

Q:英・米の発音の差はさらに大きくなったということですね。
A:サラは、ジョナサンに自分の名前を書かせた5ドル紙幣を売店で使った後、"When that bill comes into my hands, I'll be able to call you." というが、hands は [a] を用いて発音している。アメリカ英語の hand とイギリス英語の hand は、やっぱり発音方法が違うんだ。アメリカ英語では舌の位置をもっと低くする。

Q:口の開きをより大きして発音すればいいんですね。
A:そう。英語の発音は絶えず変化している。スペリングと発音が一致しない単語を覚えるのに苦労したことがあるだろう。でも、単語のスペリングはいったん活字になると変化しない。一方で、発音はどんどん変化してきた。15世紀まで、英語はスペリングに忠実に発音されていた。その名残りは、今でもイギリス中部や北部に行くと聞けるよ。up を [ウプ]、come を [コム] と発音するんだ。前出の home、go だってイギリスでは30年ぐらい前まで、[houm] [gou] が一般的な発音だったのに、今では高齢者が話すオールド・ファッションのf発音になっている。

Q:アメリカ式と同じだったのですね。
A:英語発音はどんどん変化しいる、という例をサラのセリフからもうひとつ紹介しよう。彼女の婚約者はミュージシャンだが、新婚旅行の相談をするときに、tour をアメリカ式に r-full で [トウアr] と発音する。サラはこれに [トア] と応じているが、これも最近のRP発音。イギリス英語 (RP) では、[ウア] という二重母音は消えつつある音で、tour、poor、sure はそれぞれ [トア、トー] [ポ-ア、ポー] [ショーア、ショー] と発音される。

Q:shore と sure、pour と poor の区別がつきませんね。
A:二重母音の単母音化は、複合語の場合、より顕著になる。hairpiece は [へー・ピース] となる。最近の tou rや hair などの音については、権威ある『Oxford Dictionary of Pronunciation』 で確認できる。ほかの辞書を調べてみても新しい発音表記が出ていない。辞書の宿命だね。辞書作りは10年計画といわれるほど時間がかかるものだから、皮肉にも新しい辞書に最新の情報が入っているとはかぎらない。特に発音調査は時間と手間がかかる。だから、発音を調べるときは複数の最新辞書に当たることが賢明だね。ただし、学習者用の辞書は保守的だから期待しないほうがいい。

Q:以前『アバウト・ア・ボーイ』に登場する少年マーカスが、[t] を発音しないということを知りました。これも若い世代のファッションでしたね。
A:サラも [t] を発音しないよ。別々のエレベーターに乗って、ある階のボタンを押す。それで出会えたら運命……というゲームをジョナサンにしかけるのに、彼女は "Okay, get in. When the door closes, hit a button." という。伝統的には buttonの [t] は明瞭に発音するけど、サラは声門閉鎖音に置き換えて [ボ・ン] と発音するから、注意してきいてごらん。

Q:この映画の舞台は、マンハッタン Manhattan ですが、サラにいわせると [マンハ・ン] となるのですね。
A:そのとおり。ところが、実はこのような発音はアメリカ英語の特徴でもある。だから、ジョナサンらアメリカ側の登場人物も声門閉鎖音を使っているよ。
 母音の違いがひととおりわかったところで、次にアメリカ英語とイギリス英語とで決定的に違う子音発音の例をサラのセリフから挙げてみよう。ジョナサンから君といるときが最高といわれ、サラは "I'm flattered." と答える。アメリカ人なら fladdered だね。また、婚約者から贈られた指輪のサイズが合わなかった、という場面のサラのセリフ "We'll get it re-fitted. It's beautiful." をアメリカ式にいえば、"We'll ged it re-fidded. It's beaudiful." となる。つまり、ふたつの母音に挟まれた [t] は、有声化して [d] のような音に変化するんだ。


多様なイギリス英語と、比較的一様なアメリカ英語

Q:アメリカとイギリスとは共通の言語でありなから違いが大きいことがわかりました。
A:皮肉屋で有名だったイギリス人の劇作家バーナード・ショウは、"England and America are divided by a common language." ということばを残している。まさに言い得て妙だね。彼は、映画『マイ・フェア・レディ』の原作となった『ピグマリオン』の著者でもある。この作品をとおして、彼はイギリス上流社会を痛烈に皮肉ったんだ。花売り娘イライザが教養や品性を欠いていても、正しい発音さえできれば上流階級に受け入れられるんだからね。

Q:イギリス英語は方言が多様で、誰もがサラのような英語を話すのではないでしょう。
A:サラを演じたケイト・ベッキンセールは、オックスフォード大学出身で、学生時代にシェークスピアの「から騒ぎ」に出たこともあるという本格派の女優。発音の歯切れがよく、聞いていて心地よい発音をするよ。

Q:アメリカ英語にはRPのような標準発音があるのですか。
A:アメリカでは全土のほぼ3分の2を占める地域において、均質な英語が話されている。人口にすると、全人口のうち半数以上の人々にあたるんだ。これは General American と呼ばれてきたけど、最近では全米にネットワークをもつテレビやラジオのアナウンサーの発音がモデルとなって Network English と呼ばれる。これが実質的なアメリカ標準発音だね。ジョナサンを演じているジョン・キューザックは、シカゴ出身だから標準発音を話している。

Q:残りの3分の1というのは、どういった地域ですか?
A:東部や南部のことだよ。この辺りでは、訛りの強い英語を話す人もいる。といっても。イギリス発音と比べるとアメリカ英語ははるかに一様なんだ。

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