| 『リトル・ダンサー』
聞き手=編集部
Q:私のイギリス人の友人はわかりやすい英語を話すのですが、先日彼の両親が日本に来た時に彼が両親と話していた英語が、まったく別物の英語で驚きました。私にはほとんどチンプンカンプンでした。
A: 南部英語は標準発音に近いから、おそらく両親は北部出身なのだろうね。
Q:出身はイングランドの北東部のニューキャッスル Newcastleだそうです。Newcastleの訛りとはどのようなものですか。
A:例えば、pathやfastは南部訛りでは
[ ]
という長い母音だけれども、Newcastleだけに限らず北部訛りではcatの母音が使われ、短い。また、北部訛りではfunnyやbusは[funi]、[bus]となる。北部訛りでは、標準発音の
[ ]
は [u]とか[o]に置き換えられる。
Q:イングランドのどの地域で話されているものを北部訛りというのでしょうか。
A:実は、その境界が曖昧で、コンセンサスがないんだ。一般には、北部だけではなく中部で話される発音も含めて、北部訛りといっている。リバプール Liverpoolやマンチェスター Manchesterは中西部、『嵐が丘』で有名なヨークシャー Yorkshireは中東部にある。その地域でも北部訛りが話されているが、各地方によって特有の訛りが加わっている。
Q:北部訛りを映画で確認するには、どのような作品がありますか。
A:少年サッカーチームを話題にした映画に『リトル・ストライカー』があり、これはManchester訛り。熱狂的サッカー少年を話題にした『シーズン・チケット』はNewcastle訛り。不況のため閉鎖の危機に瀕した炭鉱の労働者が結成するブラス・バンドを話題にした『ブラス』はYorkshire訛りで、少年ダンサーを話題にした映画『リトル・ダンサー』はNewcastle訛りだ。
Q: では、私のイギリス人の友人の出身地Newcastleの訛りを解明するには、『リトル・ダンサー』がいいんですね。では、『リトル・ダンサー』を観てから発音談義をつづけていいですか。
A:そうしましょう。
●『リトル・ダンサー』を鑑賞して
Q:やはり最初から最後まで発音が難解でしたが、2回も観ると北部訛りの癖が少しつかめました。例えば、comeは[コム]、oneは[ウオン]、loveは[ロブ]、そしてmoneyは「モニー」に近い発音でした。また、「黙れ!」Shut it!も、shot itと聞こえました。
A:下品な表現だけど、「馬鹿言うな」を意味するFuck[フック] off!は聞き取れたかな。 バレエを馬鹿にする表現として、Fucking [ フッキング ] ballet!もあったね。 映画では[フォック]とも発音する個所もある。ビリーが親友マイケルからバレエ衣装のチュチュ(tutu)を着るのかと尋ねられて、Fuck off! They ' re for lassies. I wear shorts.と言っているね。このlassiesとはgirlsという意味だ。
Q:何度も聞いたのですが、そのような表現とは気がつきませでした。
A:男性をlad、女性をlassと言うのだけど、北部やスコットランド特有の表現だね。またnothingのことをnaught、また、smallのことをweeと言っているシーンもある。これも北部特有の語だね。
Q:それから、ハンマーを持ち出しストの現場に行こうとするビリーの兄に向かって、父親がPut it doun!(<Put it down.)と言ったりしてますね。
A:これは、downのほか、about、townが[au]という母音をもたず、もっと口の開きを狭くして発音するので[ou]のように聞こえるからだ。だからa-boatと聞こえたら?
Q:aboutのことですか。
A:そのとおり。また、ビリーが遅刻して来ると、ボクシングのコーチがYou ' re [le:t].(<You ' re late.)と叱責する。炭鉱仲間を指すときもmate[me:t]となっているね。またgo、home、post(手紙)はそれぞれ[go:] 、[ho:m] 、[po:st]となる。日本人も英語の二重母音[ei] 、[ou]を単母音化して発音することが多いが、イングランドでも地域によっては同じ現象がある。いつも言うように、訛りは子音よりも母音のほうに顕著に表れるんだ。
Q:そういえば、子音についても気がついたことがありました。語末の-ingの発音が、gの発音が落ちて[-in]だけになっているような印象をもったんですが。
A: 確かにそのとおりだね。そのことはバレエの練習に熱が入らなくなったビリーを先生のウイルキン夫人が叱るシーンではっきりわかる。彼女は、You
' re not concentratin ' . You ' re not even tryin ' .と言っている。ボクシングもboxin
' となっているね。他に子音の特徴的な訛りとしては、 Newcastle訛りでは、all、call、hallなど、語末に-allをもつ語は、つづり字に忠実な発音になって[-a:l]と発音される。映画ではGive
it all you ' ve got!(頑張れ!)やboxing hall というのがあったね。
●スペリングに忠実な北部発音
Q:しかし、なぜこのように標準発音と北部発音、特に東北部発音との違いがあるのですか。
A:端的に言えば、北部発音のほうがスペリングに忠実な発音をしていることからわかるように、それが元祖の発音だった。しかし、近世になってロンドン、オックスフォード、ケンブリッジなど南部にある都会に住む宮廷や上流階級の人々の間に、新しい発音が流行し始め、それがだんだんと周辺の地域まで広がっていき、北部の発音との違いが増していったんだ。
Q: では、母音の 後の/r/を発音しないのも、ロンドン周辺で流行した新種の発音だったのですか。
A:そういうこと。標準英語では、car、parkなど母音の後の/r/は発音しないけれど、エリザベス女王I世やシェークスピアの時代(17世紀)には、それが保持されていた。 今でも、日本人観光客に人気のあるシェークスピアの故郷ストラトフォード・アポン・エイボン Stratford-Upon-AvonやバースBath、コッツウォルドCotswoldなどの南西部で は母音の後の/r/が発音されている。
Q:シェークスピアは、語中の/r/を忠実に発音していたんですね。最後に、セリフの中にlikeとかmanという語がたびたび出てくるのですが、あれは一体なんですか。
A:余剰語のlike、manのことだね。最近でも英語圏の国での日常会話や映画のセリフ中によく聞かれるね。この2語は、特にイギリス北東部の訛り(一般にはGeordie訛りと呼ばれる)に特徴的と言える。映画の終わり近くで、に向かうバスの中で、ビリーと父親との間に以下のような会話がある。
Billy: So, what ' s it like, like ?(ところで、そこはどんなの?)
Father: What ' s what like?(何がどんなのだ?)
Billy: London.(ロンドン)
Father: I don ' t know. I ' ve never made it past Durham.(わからない。俺はダーラムを離れたことがない)
Billy: Have you never been, like ?(行ったことがないのかよ)
文中や文末で使われる likeは何か言おうとする前のポーズ(間)を埋める語で、情報的な意味はない。例えば、I was just, like, standing there.というふうに使われる。また、manは、自分の発言を強調したり、興奮して何かを述べる時に使われる。例えば、You must be joking, man!という具合だ。 |