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聞き手=スペースアルク(SA)
リズミカルなイントネーションのアイルランド訛りの英語
SA:最近、『アンジェラの灰』を観ました。原作は、約26カ国で翻訳され、600万部以上売り上げたベストセラーだそうですね。この映画で聞く英語の響きは、これまで聞いてきた英語とは違う気がします。例えば、映画中、終始聞かれる成人したフランクの語り口はユニークと言うか、何かしらリズミカルな響きがあるように感じました。
伊達:そのようなリズミカルなイントネーションは lilt とか sing-song と言われるんだよ。声の調子が規則的に軽く上下移動するイントネーションのことだね。この調子は、ケルト系の人が話す英語に特徴的と言えるんだよ。
SA:ケルト系というのは、アイルランド人やウェールズ人、スコットランド人のことですか。
伊達:そうだね。ウェールズ舞台となっている古典作品『わが谷は緑なりき』や Hugh Grant が主演した『ウェールズの山』でも独特の lilting が聞かれるよ。例えば、『ウェールズの山』の冒頭で、10歳の少年が、祖父から「世界で一番長くて奇妙な名前」について説明を受けるシーンに典型的な例があり、聞いていて心地よい独特の音楽性がある。ウェールズ出身で国際的に有名だった俳優 Richard Burton は、melodious lilt のある声で有名だった。また、映画で大活躍中の Anthony Hopkins もウェールズ人で、彼の英語にも同様の特徴があるね。
SA:スコットランドのエジンバラが舞台となっている『トレーン・スポッテイング』で話されている英語にも lilting intonation がありますよね。
伊達:そう。面白いことに、『ミセス・ダウト』で Robin Williams が変装したイギリス人風のナニーが話す英語は、実は、スコットランド的英語発音。私のメル友は、Robin Williams puts on a kind of rich Scots-type accent for his Mrs. Doubtfire character. Yes, it is lilting and sing-song, as you’d expect of that kind of Scots accent. He seems to do this convincingly −at least to me, as a non-Scot!(ロビン・ウイリアムズは、ミセス・ダウトの役を演じるのに、スコットランド式の訛りを装っている。それは lilting というもので、スコットランド訛りにみられるような声が上下に変化するイントネーションだね。スコットランド人でもないのに、さまになっているように思える。少なくとも私にはね)と書いてきた。アイルランドの映画で言えば、イギリスからの独立戦争を扱った『マイケル・コリンズ』でも独特のイントネーションが聞かれるね。
SA:アンジェラを演じている女優Emily Watsonは、スコットランドが舞台となった『奇跡の海』で主役を演じた人ですね。彼女は、 read や car などの /r/ を普通よりも顕著な巻き舌で発音していましたが、アイルランドが舞台になっているこの映画でも /r/ をはっきりと発音していますね。
伊達:アイルランド英語では語中の 'r’はすべて発音する。音声学では「巻き舌」に相当する表現はなく、「震え音」(trill)と言う。これは、/r/ の発音をするのに、舌先を歯茎のところで連続して弾く音のことだね。だから、この音を活字で表記すると r-read, car-r などと書くことがあるんだよ。しかし、このような震え音は、今日のスコットランドでは田舎の人や年配人の発音に聞かれるだけだね。アイルランド英語の /r/ も震え音ではない。
SA:そういえば、England では、母音直後の /r/ は発音されませんよね。
伊達:英語教員を含め多くの日本人がそう思い込んでいるけれども、南西部では今でも母音直後の /r/ が発音されているよ。例えば、日本人観光客に人気のある巨石建造物ストーン・ヘンジがある地方(通称、Wessex)やDevon州に行けば、それがよくわかる。映画で言えば、Thomas Hardy 原作の『テス』は Wessex が舞台となっていて、登場人物は、母音直後の /r/ を発音している。
SA:前回、アイルランド英語では go や boat などの母音は [ou] ではなく [o:] になり、また、face や late などの母音は [ei] ではなく [e:] となると教わりました。ほかの母音では、どのような訛りがありますか。
伊達:まず、class, laugh,
danceは、標準イギリス発音では / :/
だけれども、 /a/ となる。また、house, mouth, downは、標準イギリス英語の [au] に対して、最初の母音が
[ ] となり、口の開きが [a] よりも狭いので、少し窮屈な響きがする。
SA:その [a] は、日本語の 「ア」 とおなじ発音と考えていいですか。
伊達:そうだね。
SA:アイルランドはカトリック信者の国であるために、北アイルランド出身でプロテスタントであるアンジェラの夫マラキは差別され、就職もできない。それに加えて、彼には北部訛りがあることも障害になっているのではないか、というセリフがあります。
伊達:マラキを演じる Robert Carlyle は、スコットランド出身で、『リトル・ストライカー』や『フル・モンテイ』をはじめイギリスの北部が舞台になっている映画によく出演している個性派俳優。北アイルランドは、政治的にはイギリスの一部なので言語面でもアイルランドとは違うところがある。スコットランド方言とイギリス北部の方言の影響を受けているんだね。マラキは、money, son, come, lucky を「モニー」「ソン」「コム」「ロッキー」のように発音している。また、ナレーションで聞かれる息子フランクの英語も同じ特徴があるね。
SA:アイルランド訛りには、ほかにどんな特徴がありますか。
伊達:アイルランドでは 'th’の発音が / /, / / ではなく、 /t/,
/d/ となることが特徴的。
SA:そうすると、this は dis、that は dat ですか。
伊達::そう。things は tings になり、three と tree、 through と true の区別がなくなる。映画では father, brother を fahder, brodder と言っている。ところで、ビートルズはイギリスのどこの出身だったかね。
イギリスで見られるアイルランド英語の名残
SA:リバプール出身です。なぜですか?
伊達:リバプールの人口の約40パーセントがアイルランド系であると言われている。だから、リバプール訛りにはアイルランド英語の影響が残っているんだよ。その典型的な例が、さっき挙げた 'th’の発音。アイルランドは気候温暖で雨が多いもかかわらず、土地が痩せていて農業に適していないので、アイルランド人は、自分たちの国では生活できずにアメリカやオーストラリアへ移住した。彼らは、まずリバプールまで渡って、そこから目的地へ船出したんだね。特に、1840年代に彼らが主食としていたジャガイモに恐ろしい病気が発生して約100万人が餓死し、さらに100万人が海外へ逃れた。第35代大統領ジョン・F・ケネディの先祖もそのなかにいたんだよ。現在、ニューヨークには多くのアイルランド系の人々が住んでいる。警察官と言えば、アイルランド系が多い。3月17日に行われるアイルランドの守護聖人 St Patrick を讃える Saint Patrick Day は有名だね。
SA:ニューヨークの英語にもアイルランド英語の影響が見られますか。
伊達:ブルックリン訛りと呼ばれているね。例えば、『ウエスト・サイド・ストリー』では、What’s the matter with that? (それがどうか、どうかしたのかよ)/ Oh, nothing, brother. (いや、なんでもないよ)は、What’s da matta wid dat? Oh, notting, brodda.と言っている。brother では母音直後の /r/ は発音しないので brodder とはならない。また、アイルランドの若者は、母音に挟まれた /t/ を有声化して、短い /d/ に近い発音をすることが多い。例えば、『アンジェラの灰』にも water と better が、それぞれ wadder と bedder と聞こえる箇所があるね。
SA:それはアメリカ英語と同じですね。
伊達:そのとおりだね。/l/ の発音にも特徴があるんだよ。イギリス標準英語では、語中と語末の
/l/ は dark /l/ と呼ばれ、明瞭な発音にならずに暗くて鈍い響きになる。つまり、舌先を歯茎にしっかりと当てないで
/u/ に近い音を作る。だから、silk は [siuk] 、 table [te:bu]、 dole [do:u]
のようになる。しかし、アイルランド英語では、/l/ が語中のどの位置にあっても、明瞭な発音をする。それは clear
/l/ と呼ばれているよ。
SA:ところで、その dole という語はこの映画によく出てきます。マラキが酒代に使ってしまう「失業手当」のことですよね。
伊達:その上、夫マラキが赤ん坊誕生の祝い金まで酒代にしてしまうので、アンジェラは There is not even a drop of milk in the bottle. (ビンにはミルクが一滴もない)と言う時も milk と bottle を clear /l/ で発音しているね。つまり、舌先が歯茎にしっかりと接触している。
SA:ほかの子音では、語頭の wh の発音もイギリス標準発音とは違っていました。例えば、whiskey はイギリス標準発音では [wiski] ですが、映画では [hwiski] と言っています。
伊達:それは、アメリカ英語も同じ。アイルランド英語では where と wear、whether と weather とはそれぞれ発音が違う。
SA:学校で、牧師が生徒に向かって、Irish is the language of patriots, English is of traitors and farmers. (アイルランド語は愛国者のことばであり、英語は裏切り者と百姓のことばだ)と言いながら、自分はアイルランド語を話さず、「裏切り者」の言葉である英語を話しています。これは矛盾していますよね。
伊達:それにはアイルランド語の悲しい歴史が凝縮されている。なぜアイルランド人は自分たちの民族語であるアイルランド語(ゲーリック語)を話さずに英語を話しているのか。12世紀に始まったイングランドによる支配以来、アイルランドは絶えず自分たちの言語の衰退の危機に瀕してきた。特に、先ほど言ったジャガイモ飢饉が決定的な打撃を与えたんだよ。
SA:当時、アイルランドの人口はどれぐらいだったのですか。
伊達:約900万だった。親たちは自分たちの将来のためには、英語習得とイギリス的な生活様式への切り替えしかないと考え、子どもたちに英語を学ばせた。そのために現地語は抑圧され、子どもたちはアイルランド語を話すと教師から罰せられた。
SA:どんな罰だったのですか。
伊達:『フィオナの海』には、その様子が克明に描かれている。少年ショーンは、学校でアイルランド語を話しために、罰として「首かせ」を巻かれ、他の生徒から嘲りを受けている。イギリスの西部に追いやられたウェールズ人も同じだった。ウェールズ語を話すと、”Welsh Not” と書かれた「方言札」を首に掛けられたんだ。
SA:英語は少数派の言語を破滅に追い込んでいるのですね。
伊達:今では、アイルランドの首都ダブリンではアイルランド語を日常語として話せる人はいないね。
SA:完全に死滅したのですか。
伊達:いや、北西部の農村地域ではまだ日常語として話されている。政府は、アイルランド語の復活させる一環として小学校で教えているのだけれども、子どもたちも大人になるにつれてアイルランド語への興味が薄れていくようだね。 |