執筆 まつだあいこ

エデンより彼方に

エデンより彼方に
Far From Heaven
監督:トッド・へインズ
出演:ジュリアン・ムーア、デニス・クエイド
発売元:(株)ハピネット・ピクチャーズ/販売元:(株)ハピネット・ピクチャーズ
発売:2004/1/22

舞台は1957年、アメリカ・コネティカット州。紅葉の美しいニューイングランドの町ハートフォード。キャシーは愛すべき夫と子供たちに囲まれ、貞淑な妻であり、賢い母として忙しくも幸せな日々を送っていた。女性として常に美しく、“理想の母”として雑誌の取材を受ける彼女は周囲の賞賛と憧れの対象だった。しかし、ある日夫の忌まわしい秘密が露呈され、キャシーの人生は一転する…。


すてきな奥様語

 1950年代のハイクラス・ハイセンスな奥様キャシー。字幕では彼女の上品で女性らしい言葉づかいがとてもよく表現されていますね。では、実際のセリフではどんなところにその特徴が出ているのでしょうか?

 彼女の英語は、文法がしっかりしていて略語もほとんどありません。発音も一語一語ていねいです。そして、下記のような言葉づかいの特徴が挙げられます。

【喜ぶ】

(1)娘に容姿をほめられて
What a lovely compliment coming from my perfectly lovely daughter.
(この上なく可愛らしい娘からの、なんてステキな褒め言葉でしょう)

(2)森の散歩道で木を拾い上げて
It's lovely. What is it? (これ、きれいね。なにかしら?)

(3)散歩道の先にある池を見て
How lovely. (まあステキ)

字幕 ※「/」は改行
(1)うれしいわ そんなことを/言ってくれるなんて
(2)きれいだわ 何の木なの?
(3)ステキな池

 本作のキャシーのセリフにいちばん多く登場している修飾語はこの lovely といっても過言ではありません。上品な奥様は、niceより、beautifulより、やさしい響きのあるこの言葉を好んで使うようです。lovelyは、アメリカでは特に女性らしさが強調される語だといわれているのです。
(イギリスでは男性も lovely をよく使います。『トゥー・ウィークス・ノーティス』のヒュー・グラントのセリフにも登場していますよ)

【謝る】

(1)警戒して問い詰めた見知らぬ人が、知り合いの息子と知って
Well I'm - terribly sorry for speaking to you in that manner.
(あなたにあんなマナーで話して、本当にごめんなさいね)

(2)撮影中に用事で席を立ったため、戻ってきてカメラマンに
I'm terribly sorry about all that interruptions. Now where was it you wanted me?
(中断を心からお詫びしますわ。では、ご希望の場所はどこでした?)

字幕
(1)あんな言い方をして/本当に申し訳ないわ
(2)中断してごめんなさい/どこに立てばいいかしら

 terriblyも女性らしく上品な響きのある単語の代表格です。このふたつのセリフは、どちらもキャシーが雑誌の取材を受けている1シーンの中に登場しています。ふつうはreally やveryが入りますね。

【驚く】

(1)見知らぬ人が庭を横切るのを見て
What on earth...? (一体どうしたの?)

(2)夫に伝えることをふと思い出した様子で
Oh my goodness.(あら そうだわ)

字幕
(1)どうしましょう
(2)あら まあ

 動揺した時には言葉が乱れがちですが、キャシーの口から出るのは、What the hell?(なんだってんだ? ※hellは「地獄」の意)のような乱暴な表現に代わる(1)、そしてOh my god!(大変だ)の代わりに使われる女性的な表現の(2)です。さらに(1)の場に居合わせたご婦人が言うのもOh my.(字幕は「まあ」)という女性らしい感嘆符。
  これはGod(神)にまつわる語を軽々しく使うと、品性を疑われてしまうからです。キャシーは、息子がJesus(イエス・キリストのこと。俗語で「ちくしょう」の意)よりやわらかい表現のjeezという言葉を使ってさえも注意しています。
 字幕への直接的な訳出はありませんが、キャシーのセリフの中には、ほかにGodの代わりにheavenを使って、Oh my heavens、For heaven sakes と言っているものもあります。

【おまけ】

(1)庭師のレイモンドに娘がいると知って
Oh, how old is she?(まあ、彼女の歳は?)

(2)夫に付き添おうとしたが、医師には夫と一対一で話したいと言われて
Oh in private? Of course.(あら、個人的に? もちろん)

字幕
(1)お幾つなの?
(2)もちろんですわ

 これらのセリフの原文にはさしたる特徴はありませんから、「お歳は?」「もちろん」という訳出でもいいでしょう。でも、こんな時こそよりお上品な雰囲気を出せるのが日本語。字幕ではタイミングを見逃さず、多少字数を増やしてもキャラクター演出ができる訳出をすることが大切です。

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