Q:漫画の英訳の仕事を始めたきっかけは何ですか?
玉置百合子
東京生まれ。父の仕事の関係でイギリス、アメリカで育つ。アメリカの大学で英文学を専攻。卒業後、英字新聞を発行する企業に勤務したのち、フランスに留学。結婚を機に幼少期を過ごしたロンドンに戻り、現在に至る。『のだめカンタービレ』のほか、『金田一少年の事件簿』『リボンの騎士』など、翻訳書多数。 |
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A:講談社インターナショナルから最初に依頼を受けた翻訳の仕事の中に、少女漫画家(折原みと)による、きわめて「マンガ的」な小説『夢みるように、愛したい』がありました。これが思いがけぬベストセラーになり、以後、漫画そのものの翻訳の仕事(『リボンの騎士』『金田一少年の事件簿』など)も手掛けるようになりました。
Q:漫画を翻訳する上で、どのようなことに注意し、工夫していますか?
A:翻訳とはいえ、せりふに何よりも登場人物の個性を表すようにしています。例えば手塚治虫作『リボンの騎士』(バイリンガル版)では、ウーロン侯という貴族がめちゃくちゃなことを言い出すところを、意味を伝えるだけではなく、さまざまな工夫をして表現したつもりです。イギリスで、育ちはよくてもあまり頭のよくない人の口癖と思われていることのあった
Yar を使ってみたり、せりふ中に韻を踏んでみたり、ビーチ・ボーイズのヒット曲にちなんで、「美女がいっぱい」を“I
wish they all could be Ulonion girls!”(直訳すると「みんなウーロンの美女だったらいいのになぁ」)にしてみたり。そのほか、『金田一少年の事件簿』では、「剣持のオッサン」の「オッサン」の部分を
old buddy(直訳すると「年老いた友人・仲間」)としたり、『のだめカンタービレ』では、ロック青年、峰龍太郎の話し方を今どきの若者らしい英語にしたりしました。
Q:『のだめカンタービレ』の中で印象に残ったのはどの部分の翻訳ですか? またその理由を教えてください。
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| (画像はオリジナル版)「くるみ割り人間〜♪」という書き文字のそばに、バイリンガル版では“The
Nutcracker or Dancing Queen”と英訳が書かれている(©二ノ宮知子/講談社) |
A:「くるみ割り人間」を“The
Nutcracker or Dancing Queen”と翻訳したことです。英語圏の人は、pun(しゃれ、かけ言葉)が大好きです。特に本の題名や写真のキャプション、新聞の見出しなどには、こういう
pun を用いることが多いのです。『のだめカンタービレ』に登場した「くるみ割り人間」という日本語を英訳する際も、単にこのバレエ曲の英語の題“The
Nutcracker Suite”(よく略して“The Nutcracker”と言います)に訳すだけではなく、pun
を用いたいと思いました。ご存じの方は多いでしょうが、“Dancing Queen”というのは、スウェーデンのロックグループ、アバの代表的な曲のタイトルです。また、この「くるみ割り人間」は、登場人物の一人でおかまの真澄が踊っているシーンでのせりふとして出てくるのですが、Queen
には「おかま」とか「ホモ」という意味もあるので、ダブルのかけ言葉にしてみました。一生懸命考えたというよりも、家事か何かをしているときにひらめいたもので、こういう瞬間はそう多くはなく、うれしくなります。だから印象に残っています。
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| (画像はオリジナル版)千秋のマンションに持ち込まれてしまったこたつの周りに、仲間たちが「勝手に」集ってしまう(©二ノ宮知子/講談社) |
またこたつが登場するシーンも印象に残っています。年末、こたつ、紅白、人が「勝手に」押しかけてくる――という光景が、非常に印象的でした。私が唯一日本で学校生活を送ったのは中学生のとき。毎年のようにこんな状態で、今は亡き父とよくけんかをしました。イギリス帰りの私は、こういった日本の「普通の生活の臭いのするもの、風習、伝統」が珍しく、面白くてたまりませんでしたが、父はそれらが大嫌いで、「こたつや紅白(歌合戦)は諸悪の根源だ」とよく怒鳴られました。主人公の千秋はニューヨーク生まれで、学生時代に独文学に浸った父と性格的にダブる面が多く、「ああ、ほかにもこういう日本人がいるんだな」と翻訳しながら痛感し、特にこの場面は、なんだか自分の育った家庭が登場したような不思議な気持ちに襲われました。
Q:手がけた訳書が日本語も併記された「バイリンガル漫画」として発売されるために、苦労した点はありますか?
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| (画像はオリジナル版)左下の吹き出し内のせりふに注目。この英訳を長くするように、玉置さんは努めた(©二ノ宮知子/講談社) |
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A:日本語がまさに同じコマに併記されるため、誤訳がないように、一般的な翻訳以上に注意を払います。不明な点は編集者に尋ねます。また、ニュアンス的に、英語の読み物として質の落ちない程度で元の日本語に近い英語にするよう努めています。
文字制限で苦労したことはほとんどありません。英語になるとだいたい短くなりますから。逆に短くなりすぎて、多少長くしたものもあります。例えば『のだめカンタービレ』の中で、日本語の原文は「人間が引き起こしたさまざまな失敗から学習するとか生かすとか……」というところがあります。映画の字幕だったら、“We
can learn from past mistakes.”とだけしたいところですが、それではバイリンガル版の日本語に対して短すぎるので、“...
be inspired and use them to our advantage.”と付け足しました。 |
Q:イギリスでは、日本の漫画はどう受け入れられていますか。
A:ここ2、3年、イギリスの大手書店で日本の漫画の英訳版を見るようになりました。漫画はいまや一般的になりつつあり、ほかの日本関係の書籍と比べても高い人気があります。昨年ロンドンの日本大使館で、Manga
Invasion: Japanese Comics and U.K. Publishing(漫画侵略:日本の漫画とイギリスの出版界)というテーマのシンポジウムが開かれ、大きな関心を呼んだそうです。とはいいながら、やはりアメリカの方がビッグなマーケットで、今のところはアメリカで翻訳・出版されたものを、英語圏のイギリスで発売しているようです。
Q:英訳漫画を英語力アップに役立てたい読者に、メッセージをお願いします。
A:いったん読み物として楽しんだ後、好きなところを日本語と英語の両方で、声に出して読んでみてください。そうすれば、海外出張、留学、海外旅行などで必要になったときにフッと的確な英語が出てくるものです。また、自分で日本語と英語の両方をテープに録音し、目をつぶって聞くのも役に立つと思います。自分の英語の発音をあまり厳しく批判するのは禁物。自分なりに消化するのが、ポイントですから。
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