The Purple Cloud
by M.P.Shiel
当たって砕けろ!?
吐き気を催すほど難解な文章の哲学SF
ネブラスカはアメリカ中西部の州で、農業と牧畜が盛んなところとして知られている。トウモロコシと牛肉が特産品であるという。その州都リンカーンに、ネブラスカ大学がある(一八六九年、明治二年創立)。この大学の出版局、つまり、The
University of Nebraska Pressから、Bison
Books(無理に訳せば、「野牛叢書」か)という面白いシリーズが出ている。
採算を考えず、文学史上重要な意味のある本を出す、というのが、そういう出版局の役割の一つだが、Bison
Booksのユニークなところは、幻想文学やSFの古典ばかりを出している点である(正確には、Bison
Frontiers of Imagination series〈野牛叢書・想像力の辺境シリーズ〉というらしい)。
カタログを見ると、E・R・バローズの『金星の海賊』とか、E・E・スミスの『宇宙のスカイラーク』とか、A・メリットの『ムーン・プール』など、かつて日本のSFファンが愛読した懐かしい本がずらりと並んでいる。それと同時に、このシリーズには、名のみ高くして入手困難だった古典も収録されている。たとえば、Mary
E. Bradley LaneのMizora: A World
of Women、 Camille FlammarionのOmega:
The Last Days of the World、J.
D. BeresfordのThe Wonderなどである。
今回紹介するM. P. Shiel(M・P・シール)のThe
Purple Cloud(紫の雲)も、比較的手に入りにくかった本の一つである(ほかの版も出ていないわけではないが、入手しようとすると一万円かそれ以上かかる)。前から読みたいと思っていた本なので、さっそく買ってきた。
作者のシールは、十九世紀から二十世紀にかけてイギリスで活躍した異色の作家で、幻想文学、探偵小説、普通小説と、いろいろな作品を書いてきたが、とにかく文章が難しいので有名な人である。この著者の作品の中で、今のところ日本語になっている唯一の本に、『プリンス・ザレスキーの事件簿』(創元推理文庫)というのがあるが、その訳者あとがきで、名訳者として知られる中村能三氏も、次のように告白している。
「原作者の文章は晦渋を極め、自らの無能を恥じて幾度筆を折ろうと思ったか知れなかった。翻訳生活三十年の訳者も、シール氏の文章には手応えどころか、ついには嘔吐と憎悪と、時としては敵意をすら覚えることがあった」――訳していて、あまりの難しさに吐き気がする、というのだから、ものすごい話である。
一九〇一年、ちょうど今から百年前に出版されたThe Purple
Cloudは哲学SFに分類される作品で、文章と違ってストーリーそのものはさほど晦渋ではない。
主人公は北極探検に参加するが、謎の女の陰謀で探検隊員は次々に死んでゆく。仲間を失った主人公が、ただ一人北極点に到達すると、そこには文字が刻まれた巨大な氷の柱があった、というのが前半のクライマックスである。
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