文 宮脇孝雄
イラスト 恩田和幸

Just an Ordinary Day
by Shirley Jackson

温故知新?
心理的グロテスクを描く名手の短編集

 今の豚肉は豚の味がしないとか、昔のキャベツはバターで炒めて塩をふるだけでうまかった、などといいだすのは年寄りの愚痴だそうだが、昔読んでいた小説と比べて今の小説はつまらなくなったと文句をいうのも歳をとった証拠かもしれない。しかし、昔食べた豚肉やキャベツはすでに消化されてどこにも存在しないが、昔読んだ本はそのまま(多少、ページが黄ばんで)今でもどこかに存在する。ここで、私がXXという昔の作家は面白かった、といいだしても、実際の本を手にすることによって、ただの年寄りの繰り言なのか、それとも本当に面白いのか、みなさんに検証してもらうこともできる。

 というわけで、私は、今、年寄りの繰り言といわれることを恐れずに、シャーリー・ジャクスンは面白い、と断言する。シャーリー・ジャクスンとは何者か?とおっしゃる人もいるだろうから、紹介もかねて、研究社の〈リーダーズ・プラス〉から引用してみよう。

「シャーリー・ジャクスン(一九一九ー六五)。米国の作家。幽霊屋敷物の傑作The Haunting of Hill House (1959)、一見のどかな山村を舞台にグロテスクな風習を描く短篇 The Lottery (1948)などゴシック小説風の恐怖と心理的洞察とがみごとに融合した作品で知られる。ほかにユーモアの要素が顕著な自伝的作品 Raising Demons (1957) などもある」

 「幽霊」「グロテスク」「ゴシック」などという言葉を目にすると、ホラー作家だと誤解されるかもしれないが、ジャクスンさんの本質は登場人物の微妙な心の襞を繊細に描く心理分析家である。その登場人物がすでに壊れている人だと、ホラーの要素が強くなる。しかし、あくまでも心理的グロテスクであり、ジャクスンさんの小説には、日常の生活がくるりと裏返る透明な怖さがある。

 引用中にある代表作はすべて翻訳されている。The Haunting of Hill Houseは『山荘奇談』(ハヤカワ文庫)[『たたり』という題の別の訳(創元推理文庫)もある]、The Lotteryは『くじ』(早川書房)、Raising Demonsは『野蛮人との生活』(ハヤカワ文庫)である。

 最後の「野蛮人」というのは、元気いっぱいの子供たちのこと。この本は、育児に奮闘する若い母親の生活を描いたユーモア小説で、これはジャクスンさんの家庭をほぼそのまま描いたものである。

 生没年に注目していただければわかるように、ジャクスンさんは四十六歳で早世した。それから三十数年、「野蛮人」だった遺児たちも大きくなり、ある日、屋根裏部屋で、母親の遺品の箱を見つける。その箱を開けてみると、中に入っていたのは、ジャクスンさんの未発表の原稿だった。

 その未発表の原稿と、雑誌に発表されたまま単行本化されずに埋もれていた作品を集めたのが、今回紹介するJust an Ordinary Day(『ただのありふれた日』)という作品集である。この本には、二〇代のころの作品から、晩年の作品まで、エッセイ、小説を取り混ぜて、五十数編が収められている。必ずしも完成度の高い作品ばかりではないが、思いがけない「新作」に世界中のジャクスン・ファンは狂喜したことだろう。

 ジャクスンさんは、ストーカー的心理や、異常と正常の境界線上にある人々を好んで描いており、むしろ今の時代のほうが理解されやすいのではないかと思う。この本にもその種の話がたくさん収録されている。たとえば、「鼠」という短い小説は、子供のいないサラリーマンと、その妻を描いたものである。


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