[Mr. Beluncle]
by V. S. Pritchett
格調高くてユーモラスなイギリスのオヤジ小説
カミソリのように鋭い現代小説や、何人も人が死ぬ新しいミステリばかり読んでいると、強い刺激に飽きて、ちょっと古めかしい、穏やかな小説を読みたくなる――そんなことを映画ファンに話すと、大きくうなずいて、女子高生ばかり出てくる新しい日本映画を見ていると、小津安二郎や成瀬巳喜男を見直したくなるのと同じだね、といわれた。現代物が下品だというわけではないが、そういった20世紀の古典には「格調」というものがある。
イギリスの小説でいえば、刺激に飽きたとき、V・S・プリチェットという作家を読むと、心が穏やかになるのを感じる。
V・S・プリチェット? そんな作家、知らない、という人も多いだろうが、たまたま、長篇の代表作がペーパーバックで再刊されたばかりなので、今回はその作品、Mr.Beluncleを紹介してみよう。
プリチェットさんは1900年生まれで、年齢的には先ほど名前を挙げた小津や成瀬と同じ世代になる。日本の作家でいえば稲垣足穂と同い年、アメリカの作家ではアーネスト・ヘミングウェイが同年輩である。ただし、ヘミングウェイと違い、プリチェットさんは長生きをして、1997年に亡くなった。ほぼ20世紀を丸ごと生きたわけで、50を過ぎてからは、プリンストンなどアメリカの有名大学に招かれ、あちらこちらで客員教授をしていたので、大西洋の両側で名前が知られている。
作風は、はっきりいって古い。ただし、それはディケンズやチェーホフやツルゲーネフが古いというのと同じである。つまり、プリチェットさんは19世紀の文学の伝統を受け継いだ作家で(20世紀の文学をつくったヘミングウェイとはそこが違う)、そんな人がほんの7、8年前まで生きていたのである。
評論家としても優れた業績を残しているが(日本関係では見事な源氏物語論を書いている)、一番評価が高いのは短篇小説で(90篇近くの傑作がある)、5冊ある長篇はあまり読まれていなかった。しかし、1951年に出版された最後の長篇Mr.
Beluncle (『ベランクル氏』)だけは飛び抜けておもしろく、今回もランダムハウス社の「モダン・ライブラリー」から再刊された。
まあ、どういうものか、ちょっと長めに引用してみよう。主人公のベランクル氏が登場する第2章冒頭の文章である。
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