文 宮脇孝雄
[The Shadow at the Bottom of the World]
by Thomas Ligotti

カルト的ホラー作家の旧作短篇集 読んだ見返りは大きいかも

 みなさんご存じの「カルト(cult)」という言葉は、17世紀くらいからあった単語だそうだが、もともと「宗教上の崇拝」を意味した。以後、ちょっと意味が変わり、本来の宗教ではないのに、まるで宗教のように何かを崇拝することもカルトと呼ぶようになった。英雄ナポレオンを熱狂的に支持する集団のことをナポレオン・カルトというのがその例である。最近の日本では、信者に破壊的なダメージを与える邪教のことをカルトといったりする。

 小説の世界では、一般には知られていないものの、一部に熱心な読者がいる隠れた名作のことを「カルト的人気を博している作品」と呼ぶ。そんな作家は「カルト的作家」である。英語では、a cult figureとなる。

 この表現、英米ではもうあまり使われなくなっているが、日本では今でもけっこう使われている。ただ、新作のホラー小説に、「今世紀最大のカルト・ホラー!」などという帯がついているのを見たことがあるが、新作がいきなり「カルト」になるのはおかしい、と思わなければならない。

 いつかこの欄で紹介したH・P・ラヴクラフトというホラー作家は、生前には自費出版に等しい短篇集が一冊あっただけで、世間にはまったく知られていなかったが、周囲に熱狂的な読者がいた。そういう人がカルト的作家である。

 今回紹介するThomas Ligotti(トマス・リゴッティ)という人も、最近では珍しいカルト的な人気を誇る作家である。作品は短篇が中心で、大手の出版社からはあまり本を出さない寡作の人だが、〈ニューヨーク・タイムズ・ブック・レビュー〉などメジャーな書評紙でも絶賛されているので、厳密な意味では「カルト作家」とはいえないかもしれない。たとえば、こんな評価を受けている。「もしも哲学的ホラーという分野があるなら、リゴッティの作品はそのように分類されるだろう。その挑発的なイメージと文体は読んで面白く、リリカルである」「たぶんリゴッティはこの分野におけるもっとも意識的な純粋主義者であろう。怪奇小説の特徴である〈めくるめく不思議感覚〉をリゴッティは完璧に表現する」

 私はリゴッティの新作が出ると問答無用で注文することにしているが、今年は久々にThe Shadow at the Bottom of the World (『世界の底の影』)という本が出た。残念ながら旧作短篇の寄せ集めで(音楽CDでいえばベスト盤)、初出はホラー小説に関するエッセイだけだが(いわばボーナス・トラック)、ファンとしては買わざるを得ない。

 微妙な書き方の短篇が多いので(ストーリーではなく、イメージや雰囲気を重視する)、気合いを入れて読まないと置いてけぼりにされる、というのが、同じジャンルのスティーヴン・キングなどと違って一般受けしない原因だが、きちんと読めば、それだけの見返りはある。ただし、16の短篇が収められた本書の冒頭にあるThe Last Feast of Harlequin(「道化師の最後の祝祭」)などは、誰が読んでもわかりやすくて面白いだろう。


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