| Raymond Chandler
レイモンド・チャンドラー(1888―1959)はアメリカで生まれたが、生後まもなく両親が離婚し、母親の故郷であるイギリスで育った。のちにアメリカに戻ったが、イギリス人として第一次大戦に参加し、除隊後はカリフォルニアで石油会社に勤め、不況で失職して作家になる。彼にとってアメリカ語は外国語であり、その文体は人工的に造った文体である。つまり、米語自体を対象化した文章で、そこがおもしろい。イギリス版のペーパーバックだと、綴りはイギリス語風になっている。本文中の引用だと、「色」はcolorではなく、colourなのだ。 |
[Farewell, My Lovely]
by Raymond Chandler
卓抜な描写を楽しむハードボイルドの名品
20年代や30年代のアメリカの小説界には、「ハードボイルド」と形容される流派が存在した。文学畑ではアーネスト・ヘミングウェイが有名だし、ミステリには、ダシール・ハメット、レイモンド・チャンドラーなどという作家がいた。
いずれも感情を押し殺した、即物的な文体が特徴で、たとえば、ヘミングウェイの『武器よさらば』の主人公は、最後に恋人が死んでも泣くことはなく、「彫像に別れを告げているようだった」という感想を漏らして病院から去っていく。隠れてこっそり泣いたに違いないのだが、そこは書かない。
ミステリの世界では、このハードボイルドは長いこと人気がなかった。私が翻訳を始めたばかりのころ、というのは、30年ほど前だが、ミステリの専門誌でハードボイルド特集号を出すと、その号だけ売り上げが落ちるといわれていた。人気があったのは、もちろん、クリスティやクィーンやカーなどの謎解き小説、あるいは、ロアルド・ダールやスタンリー・エリンなどの落ちが利いた短篇だった。
近ごろではハードボイルドもミステリ界にすっかり定着したらしく、とくにレイモンド・チャンドラーはよく読まれている。いや、本当に読まれているかどうかはわからないが、少なくとも名前は通っている。晩年の有名作『長いお別れ』の村上春樹訳が出て、よく売れたのも記憶に新しい。
チャンドラーは生涯で七作の長篇を書いている。第一作『大いなる眠り』が出たのは1939年で、「男はしっかりしていなければ生きていけない、一度も優しくなれなければ生きていく資格がない」という台詞で知られる最後の長篇『プレイバック』は1958年に出た。日本では『長いお別れ』と『プレイバック』、とくに前者が知られているが、英米では最初の二作『大いなる眠り』と『さらば愛しき女よ』の人気が高い。そのうちで代表作を挙げるとすれば、やはり『さらば愛しき女よ』(原題Farewell, My Lovely 1940年)になるだろう。
チャンドラーの作品は、日本ではおもに映画字幕翻訳家・清水俊二氏の訳で親しまれてきた。余計な説明を入れない優れた訳だと思うが、ちょっと癖があるのも事実である。たとえば、ロサンゼルスのサンセット大通りから郊外に入ったところを自動車で移動するとき、主人公の私立探偵フィリップ・マーロウの目に、次のような光景が映る。
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