| Ellery Queen
エラリー・クィーンは、フレデリック・ダネイ(本名ダニエル・ネイサン、1905-1982)とマンフレッド・リー(本名マンフォード・レポフスキー、1905-1971)の共作チームによるペンネーム。ともにユダヤ系の移民の子としてニューヨーク市のブルックリンに生まれた。エラリー・クィーン名義のペーパーバックが60年代から70年代にかけて三十数冊出版されているが、クィーンは名義を貸しただけで、内容にはいっさいタッチしていないのでご用心。 |
[The Egyptian Cross Mystery]
by Ellery Queen
今読み返しても興奮するクィーン探偵の名推理
ミステリに興味を持った人は、アガサ・クリスティ、ディクスン・カー、エラリー・クィーンという三人の作家をまず読んで、古典的なミステリに親しむ。少なくとも以前はそうだったが、今でも大して変わってはいないと思う。
このうち、クリスティとカーはこの欄で読み返した憶えがある。そういえばクィーンはまだだったな、と気がついて、今回、取り上げることにした。
ご承知のように、こういった海外ミステリの古典は中学生や高校生のときに読む人が多い。たいがいはもう読み返さないのだが、ここはひとつ、がんばって英語で再読することをおすすめしたい。そうすると、その内容において思わぬ発見があったりするし、若かった自分と今の自分とを感受性のレベルで比べてみて、ある種の感慨にふけったりすることもできる。
エラリー・クィーンは一九二九年に二十四歳でデビューした作家で(実は同い年の従兄弟二人の合作チーム)、The Egyptian Cross Mystery(『エジプト十字架の謎』)は一九三二年(昭和七年)の作品である。この年は発想力・筆力ともにある種のピークに達していた時期らしく、作者名を変えて、これまた名作の『Xの悲劇』や『Yの悲劇』も発表している。
本書の内容は、T型の十字架(いわゆるエジプト十字架)に首なし死体がはりつけられるという事件が連続して起こり、その謎を名探偵エラリー・クィーンが解決する話だが、首なし死体といっても、残酷さや猟奇性は極力排除されているので、気の弱いかたが読んでも大丈夫。犯人はなぜ被害者の首を切ったのか、という理由を論理的に解明するのが主眼になった作品である。この「論理的」というのがポイントで、前半部は容疑者の事情聴取ばかりが続くので、そこに注目して読んでいかないと、途中で飽きてくると思う。
最初の被害者は、ウェスト・ヴァージニア州の田舎町に住む校長先生で、町外れのT字路にあるT字型の道標に、首を切られた状態ではりつけにされていた。新聞で事件を知ったエラリー・クィーンは、興味を持ってその町を訪れる。父親がニューヨーク市警の警視なので、エラリーも非公式の捜査員として犯罪現場を訪れることがあるのだ。
小説の冒頭では、その田舎町にエラリーがやってきた経緯が説明されるが、原文はこんな調子。
How Ellery Queen, cosmopolite, happened to be standing beside a battered old Duesenberg racing car in the muddy cold of the West Virginia panhandle at two o'clock post meridiem of a late December day requires explanation.
「コスモポリタンであるエラリー・クィーンが、いったいどういうわけで、おんぼろの古いレーシング・カー、デューセンバーグの横に立ち、十二月下旬のある日の午後二時、フライパンの柄のようなウェスト・ヴァージニア州のどんより曇った寒さの中にたまたまたたずんでいたのか、それには説明が必要である」。
午後二時(二時PM)のことをtwo o'clock post meridiemなどと書いてあるので、面食らう人もいるかもしれない。これは子供っぽい気取りで、ある程度年をとったイギリス人が書くと嫌みになるのだが、クィーンの場合はいい意味で軽薄かつ陽気な印象を与える文体になっている。
なおpanhandle(フライパンの柄)というのはウェスト・ヴァージニア州の異名で、地図で見るとたしかにそんな形をしている。デューセンバーグは時速二百五十キロくらい出るアメリカ製のレーシング・カーで、この小説ではのちに犯人を追跡するさいに大活躍する。
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