落語と映像翻訳
落語が世界のrakugoに
みなさんは、落語は好きですか。けっこう食わず嫌いの方も多いのではないでしょうか。私は大学の英語の授業で、年に1度だけ学生に落語をビデオで見せています。落語と言っても「英語落語」ですが、見た後で感想を書かせると、ほとんどの学生が、「今まで落語を聞いたことはほとんどなかったが、とても面白かった。これを機に日本語での落語も聞いてみたい」と言います。
これはひょっとしたら外国の人たちにも言えることではないか、と思ったりします。一度聞いてもらうと案外、日本のアニメや漫画が世界の anime や manga になったように、落語も世界の rakugo になるのではないだろうか。そこまでブレイクしないまでも、落語は「日本」を海外に伝える好材料であり、海外でも多くの人に楽しんでもらえると確信します。
笑いの翻訳は難しい
私が授業で使う「英語落語」は、『英語落語(RAKUGO IN ENGLISH)』(大島希巳江監修、ビクター)というDVDです。3人の演者が古典と新作を英語で演じ、画面には日本語で字幕が出てきます。落語は基本的にストーリーで客を笑わせますが、「ことばあそび」で笑いを取る場面も少なくありません。このビデオでは、桂あさ吉さんが「時うどん(Time-Noodles)」の枕で、落語を英訳する難しさについて、小噺(こばなし)を例に説明しています。
「どんな花でもございます」と看板を掛けた花屋に、ある客が入ってきて、「どんな花でもあると書いてあるが、ものを言う花はあるか」と店員に迫りはす。店員は「はい、ございます。どの花でも返事しますから、何なら名前を聞いてみてください。」すると、客は端からひとつずつ花に問いかけます。「お前の名前は?」「カーネーション」「ほんまにもの言いおった」と客は驚きながら、次から次へと花に名前を聞いていきます。「お前の名前は?」「バラ」「お前の名前は? お前の名前は? お前の名前は?(返事がない)…… おい、花屋、こいつ、もの言わへんで!」「あぁ、それはクチナシや」
こういう小噺ですが、この下げ(落ち)の部分、「クチナシ」、つまり「口がないからしゃべれない」で笑いを取るわけですが、これを英語で演じる場合はどうでしょう。「クチナシ」を gardenia と英訳したところでどうにもなりません。さあ、みなさんは、この部分をどう英語に翻訳して演じたと思いますか。実は、次のようにやっています。
| Customer: |
What's your name? What's your name? What's ... your ... name? |
| Flower: |
...(no answer) |
| Customer: |
Hey, florist! It's not answering. |
| Florist: |
Oh, it's a dried flower.
|
ちなみに、この下げの部分の日本語字幕は「それはドライフラワーです」となっています。クチナシが dried flower になって、それがさらにドライフラワーになるなんて、二重翻訳のようでもあり、文化の逆輸入のようでもあり、なんだか面白いですね。日本語での駄じゃれや語呂合わせ(pun)は、結局こんな「芸術的」な工夫が英訳に要求されるわけです。
映像翻訳で「日本」を伝える
このDVDの監修者であり演者の一人でもある大島希巳江さんは、『英語落語で世界を笑わす!』(研究社)の中で、「いまの日本はこうなんですよ、ということを伝えるには、やはり新作だと思っています」と、古典と同様に新作の重要性も強調しています。上記のDVDでは「花嫁修業」を自作自演していますが、これがまた、現代の若い女性と日本の伝統文化を笑いの中で見事に描き出しています。
このように、落語を世界に紹介するために落語家自身が英語で演じることは、今後も大いに期待したいです。同時に、日本語で演じている、つまりオリジナルの落語も英語の字幕付きで、世界に紹介したいですね。そうして落語が、世界の“rakugo”になれば、いずれ「するってえと何かい?」なんて言い出す外国人が出てくるかも。