
現役時代、お客様に約束できる最低処理量として1日平均8,000ワード、条件がよければ1万ワードを超える数字を掲げていたため、周囲からは「どうやって」それを実現しているのかと聞かれることがよくありました。

たしかに、パソコンやインターネット、電子辞書といった文明の利器は、作業負荷の軽減に大きく貢献しました。ただ、それはあくまで省力化の一助となり得るだけであって、翻訳のスキル自体を向上させるものではありません。ある程度以上のレベルで翻訳ができてはじめて、その真価が発揮されると言ってもよいでしょう。そこに至る前に簡単お手軽なツールに手を出す行為は、ゴルフを始めたばかりの人がやたらとゴルフクラブを集めたり、魚ひとつさばけないのに包丁を取り揃えたりするのと似たようなもの。優れた道具は、それを使いこなせるだけの基礎があってこそ意味をなすわけですね。

では、基礎を固めるにはどうすればよいのでしょうか。個人的な経験では、そこに簡単お手軽な近道は存在しません。あたりまえ以前にあたりまえのことを、愚直に積み重ねているだけです。
文字の入力ひとつとっても、私は14歳のときに学校の課外授業で英文タイプライターを習いましたので、翻訳をはじめたときにはすでに相当な量を積んでいました。現在はパソコン入力スピード認定試験の基準に照らすと最上位の5段にほぼ近い速度を保っていますが、今までの経験から言えるのは、キーボードに注意を払うほうがよいということです。自分に合った最適なキーボードに変えるだけで、日々の文字入力をどこまでスキルの向上につなげられるかが変わるといっても、過言ではないかもしれません。
文章を表現すること、つまりアウトプットに関しては、主に高校時代に積みました。小論文の授業で毎週のように書いては添削され、また書いては添削されることを繰り返しています。小論文とはいえ論拠が必要なこともあり、そういうときは図書館に入り浸ってひたすら調べ物をしたものです。小学校6年生のときに担任の先生との交換日記で小説を書いていたなど、子どもの頃から書くことは好きでしたが、仕事以外の場面での物量という点では高校時代が最も多かったと思います。
この経験のおかげで、翻訳者として独立する頃には、図書館で特定の分類に該当する書籍を総あたりしたり、一つの訳語を得るために思いつく限りありとあらゆる手段を駆使したりということが、少しも苦になりませんでした。こういう体験を圧倒的な量で積み重ねていくうちに、少しずつ自分の器が大きくなり、スキルも向上していったのです。

一方でインプットに関しては、仕事かどうかとは関係なく、かなりの活字を読んできました。たとえば本を執筆したり新しいことを始めたりするときには、関連分野の書籍に最低100冊前後、平均すると250冊くらいは目を通します。すみからすみまで精読するわけではなく流し読みも多いとはいえ、手に取ったことのある本でいえば数万冊ではとても足りないでしょう。何かを始めるというほど大げさではなく、小学校への英語導入のメリット・デメリットを考えるという程度でも、できるだけ多くの著者の本を幅広く読みました。翻訳者になったばかりの頃はビジネス雑誌や工業新聞の定期購読もしていましたし、触れてきた文字数は到底はかり知れません。

加えて、インターネットや電子辞書では、調べ物に関する勘も養われないと思います。たとえば短い時間で欲しい情報を集めるには書名や目次ではなく索引や図、写真を活用するとよいのですが、こういう「経験則」を電子媒体で得るのは難しいでしょう。マクロプログラムや各種のソフトウェアもしかりで、ケアレスミスを防いで品質向上に貢献することはあっても、決して翻訳スキルの向上を直接的に助けてくれるものではないのです。そのことを忘れて安易にラクをしようとすると、思ったほど効果が上がらないどころか、場合によっては逆に品質や速度を落とすことにもなりかねません。
翻訳にかぎらずどんな技術も、スキルアップには積み重ねが王道です。もちろん、量さえこなせば誰でも一流になれるわけではないとはいえ、物量がないことには始まりません。そしてそのためのカギは、机の上や頭の中にではなく、外の世界にあふれています。ぜひ、面倒がらずに自分の身体と手を動かして、身の回りに幅広く目を向けてみてください。応援しています。
写真:Getty Images