

東日本大震災以降、世界各国から多数の医療団が来日し、日本人医師や看護師と共に被災地で医療支援にあたった。このとき、コミュニケーションの橋渡し役として活躍したのが通訳者だ。只野文子さんもその1人。普段の仕事は会議通訳が中心だが、震災後は自ら希望し、中東・ヨルダンから日本に派遣されてきた医療支援チームに随行した。交通費も宿泊代も自己負担のボランティアである。

「テレビを見ながら、はっと思ったんです。現場には通訳が必要なはず。自分の得意なことでお手伝いができるじゃないかって」
只野さんは早速、日本通訳案内士連合(JGC)が募集する通訳ボランティアに応募。派遣されたのが今回のヨルダンの案件だ。
医師2人、超音波検査技師2人で構成されるヨルダンの医療支援チームは4月25日から約3週間滞在。福島県立医科大学の医師・看護師ら14人と福島県内の避難所を回り、被災者に「エコノミークラス症候群」の検査などを実施した。
巡回には毎回通訳2人が同行するのだが、只野さんは5月11日に参加した。仕事は診療の場面ばかりではない。避難所に向かうバスの中での会話や、朝礼での日本人チームリーダーによる指示なども一言ももらさず訳さなければならない。被災地医療では何より、診療に携わるメンバー同士がチームワークを高め、情報の共有や意思の疎通を図ることが重要だからだ。

ヨルダン医療チームの診療の様子
(只野さんとは別の回での模様)
避難所には高齢者が多く、医師が話す用語を直訳したのでは理解できない人もいたからだ。「相手に合わせて、『血栓』なら『血管の詰まり』という具合に少し噛み砕いて訳しました」と只野さんは振り返る。
只野さんが被災地で心掛けたもう1つの点は「笑顔を絶やさないこと」だ。「ヨルダンの医師が『スマイル、スマイル!』と私にも患者さんにも言うんです。突然来た外国人の医者に何をされるんだろうと不安に思っている被災者の方々を少しでも安心させたかったんだと思います」

「いつもの通訳の仕事と同じ心構えでは、対応できなかったと思う」と只野さんは話す。
「私は被災者の皆さんのお話を聴くボランティア。『通訳だから』といつものように一歩下がるのではなく、医師団の一員として前面に出て働かねばならない−−。そんなスタンスが必要でした」
一方で「通訳本来の役割が果たせたという達成感もあった」とも。「ヨルダンチームは助けたいという一心で日本に来ている。その気持ちをきちんと伝えるお手伝いができたと思う」
只野さんは、今回の経験が自分を通訳としての原点に立ち戻らせてくれた、と考えている。「米国に住んでいた頃、母が慣れない海外暮らしで苦労している姿を見て、言葉が分からず困っている人の助けになりたいと思ったのが通訳を目指すきっかけでした。日々の仕事に追われる中で忘れがちだった初心を今回のボランティアで思い出せた。これからは、また新たな気持ちで、通訳という仕事に取り組める気がします」
取材協力:株式会社サイマル・インターナショナル
NPO日本通訳案内士連合JGC通訳ボランティア事務局
取材・文:荻島央江
写真(只野さんインタビューカット):森脇誠
写真:Getty Images

