2016.01.06 Wed

第4回 中村いづるさん「異国で積み重ねた人生経験」

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PROFILE

中村いづるさん。東京都出身。大学卒業後、ロンドンで日本語教師の養成講座を受講。イギリス、日本、韓国、香港で日本語を教える。現在、日本語学校やフリーランスで教えている。

「大学時代の同級生たちと久しぶりに集まった時、大企業やお役所で堅実に働いてきた彼らと比べ、自分の経歴のアウトローっぷりにびっくりしました(笑)」。

日本語を教える仕事の魅力の一つに、海外で生活できる国際性がある。中村いづるさんは、20代でイギリス、30代で韓国、40代で香港と異国生活を経験してきた。

「大学を出て3年間働いた後、海外で暮らしてみたいと思い、ロンドンに行き、日本語教師養成講座で学びました。ロンドン郊外のカルチャースクールでおじいちゃん、おばあちゃんたちに教えたのが、私の日本語教師デビューです。クリスマスカードのやりとりが今でも続いています」。

帰国して数年間は、ビジネスパーソンへの日本語レッスンを行った。その後、流通会社に転職したが2年後に日本語教育の世界に戻った。

「会社では、自分が自分じゃないような感覚でした。日本語学校の教壇に再び立った時、ここが自分の世界なんだ! そう感じたんです」。

韓国に夢中になり、語学留学

2000年代に入ったころ、中村さんは、ラテンダンスと韓国語学習を始めた。特に、韓国には熱病にかかったように夢中になった。

「韓国へ語学留学することにし、ソウルの日本語学校に労働ビザを出してもらい、日本語も教えることにしたんです」。

最初の半年は日本語学校でフリートーキングの授業を担当し、その後は、派遣レッスンで日本語を教えた。

「韓国への憧れが強かった分、現地の人たちの押しの強さに圧倒されて、ホームシックになったことも……。でも、派遣レッスンでは、医師、弁護士、すし職人など、いろいろな職業の韓国人と知り合えて、楽しかったですね」。

留学から帰り、以前勤めていた日本語学校で再び働き始めた。数年後、その学校の香港の提携校でビジネス日本語を教えてみないかと声が掛かった。14年8月、香港に到着。

「ビジネス日本語のクラスでは、電話応対、日本の新聞を使った時事問題などのトピックを1回完結で行いました。毎回、その授業で何ができるようになるのかを生徒に意識させるよう、心掛けました」。

香港の学習者は、会話よりも、文法をしっかりと学びたがる傾向が強かったという。

「素直な学習者が多い反面、『どう思いますか?』と意見を聞いても積極的に答えてくる人は少なかったですね。自分の意見を熱く語ろうとする韓国の学習者と対照的でした」。

当時、香港では、中国政府に民主化を求める若者たちによるデモ隊が街の中心地を封鎖していた。

「話を聞いた人の多くが、未来への不安を感じていて、夢を抱きにくいと語っていました。現地で暮らすうち、香港人のステレオタイプと異なる保守的な面も知りました」。

仕事が終わったら、ラテンダンスのバーに出掛け気分転換した。

「香港ではさまざまな経験をチャージできました。責任も大きくなる反面、裁量を任せられる範囲も広がり、教師としての充実感がありました。縁があったら、いつか、またどこかの国に教えに出掛けるかもしれませんね」。

軽やかなステップを踏むように、イギリス、韓国、香港と渡り歩いてきた中村さんには、“アウトロー”よりも、“エトランゼ”という言葉のほうがよく似合う。

取材・文:村上 充(アルク日本語事業部)

香港の学習者たちと授業後にディナー
















☆本記事は、語学学習や異文化情報が満載のクラブアルク会員誌『マガジンアルク』にも掲載されています。

 
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