2017.08.07 Mon

第13回 ロマン・パシュカさん 「学び、教え、日本語と歩む私のストーリー」

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PROFILE

ロマン・パシュカさん。ルーマニア出身。ブカレスト大学卒業後、同大学で日本語を教える。2011年に大学院留学のため来日。現在、神田外語大学日本研究所専任講師。日本文学の翻訳も多数。



海外の教育機関で日本語を学ぶ人の数は、国際交流基金の2015年度調査によると約365万人。一方、日本語教師の数は約6万4000人で、その約8割は日本語を母語としない現地の外国人教師が占める。ロマン・パシュカさんはルーマニア出身。日本語教育に長年携わり、現在、日本で生活している。

「高校生の時、家にあった井上靖の『猟銃』を読み、その大人っぽい恋愛心理描写に引かれ、日本の文学に興味を持ったのが、日本語を学んでみようと思ったきっかけです」。

1997年、ロマンさんは当時のルーマニアで唯一日本語を専攻できたブカレスト大学に進学した。

「ひらがな、カタカナは覚えられましたが、漢字が大きな壁でした。4人のクラスメートと勉強会を開いて、漢字が苦手なのは僕だけじゃないとホッとしたのを覚えています。でも、2年生になって、漢字を部首から説明してくれる先生に出会い、目からうろこ。一気に日本語が面白くなったんです」。

4年次に来日、奈良教育大学で1年の留学生活を送った。帰国後、ブカレスト大学を卒業し、そのまま同大学の日本語講師に採用された。

「教え始めた頃はまだ共産主義時代の名残で教師が一方的に講義するスタイルが一般的でしたが、自分の日本語学習経験を生かし、学生同士で協力して学ばせたり、漢字学習のカリキュラムを変えたり、新しいテキストを作ったりしました」。

04年くらいから、日本語教育が他の大学や高校にも広がり、日本語教師会の設立に奔走したロマンさんは初代の副会長に就任した。

「他校の教師たちと情報交換し、授業を見せ合ったことが、大きな刺激になりましたね。教師同士、学生同士が交流する場に立ち会い、あらためて『言葉というものは、1人で学ぶもんじゃない!』と感じました」。

日本語が与えてくれたもの

「日本語教師としてキャリアを積んでいくうちに、われながら、面白い人生を送ってきたなと感じるようになりました。日本語と出会わなければ、今の私という存在はありません。英語でも、フランス語でもなく、日本語を学び、教えてきた中で、アイデンティティー形成に大きな影響を受けてきているのです。日本語を話し、日本語で考えることは日本の文化や日本人の考え方を自分の中に受け入れていくことでもあるんです。
『教室で日本語を教えていると、ホームに帰ったように居心地が良い』と語ってくれた知り合いのルーマニア人がいます。私たちのような日本語を母語としない他の教師のライフストーリーを研究したくなり、6年前に早稲田大学の大学院で調査研究を始めました」。

現在、日本の大学で働いており、大学院は休学中だ。ただし、日本語教師への調査は続けている。

「外国語教育の世界では、母語話者崇拝のようなものが根深く残っていると思います。でも、インタビューしてきて感じているのは、外国語教師の力量は母語話者であるかどうかでは測れないということ。非母語話者には自身が学習者であった経験を生かせる柔軟性があるんです。日本国内でも、もっと外国人の日本語教師が増えればと思います」。

日本語は日本人のためだけの言語ではない。ロマンさんのように、外国人として日本語と出会い、やがて、共に人生を歩んでくれる。そんな仲間が世界中にいるのだ。


取材・文◆村上 充

DATA
ルーマニア
日本語学習者数2,052人
日本語教育機関18機関
日本語教師数41人
※国際交流基金2015年度日本語教育機関調査結果より



奈良教育大学で教わった恩師2人と、ブカレスト大学時代の勉強仲間と。彼女たちも日本の大学で働いている












☆本記事は、語学学習や異文化情報が満載のクラブアルク会員誌『マガジンアルク』にも掲載されています。



http://www.alc.co.jp/jpn/article/aitoheiwa/img/womanFIX_360x70.jpg

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