「できる日本語」シリーズをお使いの先生方へ 編集部にご感想をお寄せください

どうする!? 教科書

皆さんはこれまで、どんな教科書に出会い、どんな「付き合い方」をされてきましたか?長年、既存の教科書について疑問を持ちながら、考え、試行錯誤を重ねた現場の教師たちから「できる日本語」という新しい教科書が生まれました。その壮大な作業の過程で教師が学んだこと、考えたことを、皆さんと共有していきたいと思います。

Profile

嶋田和子嶋田和子

「できる日本語」シリーズ(アルク)監修。一般社団法人アクラス日本語教育研究所代表理事。2012年3月までイーストウエスト日本語学校副校長。外資系銀行勤務の後、専業主婦を経て日本語教師。現在は、日本語教育業界をリードするベテランの一人として学習者への日本語教育はもちろん、教師養成にも当たる。『目指せ、日本語教師力アップ!―OPIでいきいき授業』(ひつじ書房)など、著書多数。

第12回
対話で新たな教師人生を!

対話で、教科書に多様な香りを!

いよいよ最終回となりました。このシリーズは、教科書を見る目、使う力、そして日々の教材を作る力を養うことを目的に、皆さまと対話をしたいと、スタートしました。

長い日本語教師人生で私が関心を抱いてきたのは、(1)いかにして学習者の運用能力を伸ばすことができるか、(2)いかにして教師力をアップすることができるか、ということでした。どちらも、教科書の選択、使い方で、大きく変わってくるものです。だからこそ、「教科書を考えてみませんか」という問い掛けとなりました。

そこで最終回は、教師力アップに焦点を絞ってお話ししたいと思います。

「教科書を教える」ではなく「教科書で教える」と言われていますが、むしろ教科書を乗り越え、「今、ここで」を大切にしていくことが重要です。つまり、学習者と学びの場を共有し、場・関係性を重視した教育実践をしていくことこそが大切だ、と言えます。そして、教科書はそれをサポートするものとして存在しているのです。教科書は絶対的なモノではなく、学習者との対話によってさまざまな香りを醸し出すものなのです。

もう一度、繰り返したいと思います。
教科書は、学習者の接触場面から生まれ、接触場面と密接な関係で使用されていることを忘れてはなりません。私は2年ほど前に『LIVE from TOKYO― 生の日本語を聴き取ろう』という教科書を作りました。著者がICレコーダーを持って、コンビニ、ファミレス、切符売り場……とさまざまな場面でのやり取りを録音し、それを教材化したものです。ちょっと薬局での会話をご覧ください。

「胃のむかつき、もたれをとるんですけど、ま、一緒に胃の中の粘膜を修復してあげて、それで痛みなんかも改善してくれるお薬になってますので」

これを聞いた学習者たちは「〜てあげる・てくれる」の使い方に敏感に反応し、「これはおかしい!」「ううん、『〜てくれる』は許せるけど、『てあげる』は絶対変!」と大騒ぎ。教科書の中の「雑菌のない蒸留水」のような日本語ではないものに触れ、他者との対話、自己との対話が生まれ、そこから新たな気付きが生まれていきました。

教師が変われば、学習者が変わる!

ゴールまであとわずかとなりました。長い間お付き合いくださって、本当にありがとうございました。最後に、「なぜ日本語教師という仕事がこんなに楽しいのか」についてお伝えしたいと思います。

日本語教師を始める前の私と「現在の私」を比べると、大きく成長したと思えます。物を見る目、人との関係性の築き方、仕事の仕方、さまざまなことが変わりました。何よりも「正解を求めがちだった私」「自明のことを疑おうとしなかった私」「教師の仕事は上手に教えることと思っていた私」などなど、数え上げたらきりがないほどの「かつての私」が消え去りました。育ててくれたのは、学習者、教師仲間、地域社会の人々、さまざまな仲間でした。

特にOPIとの出会いは、私の言語教育観を大きく揺さぶる大事件でした。4日間のワークショップを受けた私は、まさに「目からうろこ状態」。それまでコミュニケーション重視の教育をやってきたと思っていた私は、その甘さに気付いたのです。そこから、タスク先行型の教育、プロフィシェンシー重視の教育、教科書研究が始まり、学校自体も変わっていきました。〈教師が変われば、学習者が変わる。学習者が変われば、学校が変わる〉という言葉を、身をもって体験した私は、次の関心事として「日本語教師教育」を選んだのです。

ここでもう一度、日本語教師の魅力についてお伝えしたいと思います。それは「常に成長し続けることができる」ということです。私自身まだまだ発展途上ではありますが、仲間といっしょに切磋琢磨(せっさたくま)しながら「生涯現役」を目指して、日本語教師人生を歩み続けたいと考えています。読者の皆さんといつか、どこかでお目にかかって「すてきな対話」ができることを楽しみに、これからも教科書作りを続けます。最後に、私の座右の銘をお伝えして、お別れしたいと思います。

学ぶとは誠実さを胸に刻むこと
教えるとは希望を与えること

 

Column

教師とは「気付かせ屋&引き出し屋」!

3年前、「リーダーは洞察者であれ」という記事を目にし、夢中で読みはじめました。それは、野球の野村元監督のメッセージでした。「監督」を「教師」、「選手」を「学習者」、「試合」を「授業」に置き換えてみてください。

〇目に見える選手の行動を見るのは「観察」、目には見えないが選手をそういう行動に駆り立てる心の内を見るのは「洞察」。すぐれた監督には「洞察力」が必要。

〇洞察力を駆使して選手を見極め、自信を持たせ、本人に気付かせる必要がある。監督の仕事のほとんどは、この「気付かせ屋」である。

〇試合の中で選手一人ひとりを最後の瞬間まで活(い)かせたか……自信を持たせてやることができたか。

〇私の考えの根本にあるのは、今日の試合もみんなの力を引き出せたか、ということ。


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