執筆:荒川洋平




今回は、非漢字圏(母語で漢字を使っていない国)での漢字の教え方です。  5/25 Up

こぐま先生、初めてお便りします。
わたしは今度、派遣プログラムでオーストラリアに行く者です。
わたしの悩みは漢字の教え方です。前任者によると、
日本語は使う文字が3種類あるというだけで引いちゃう学習者が多いし、
漢字でほとんどつまずいてしまう、とのことです。
学習者が興味を持てる漢字の教え方って、何かないでしょうか。
(北海道・YF)

もっともな悩みですね。
漢字を含む表記法というのは、
待遇表現(主として敬語の仕組み)と並んで、
日本語における最も学びにくい要素とされています。
例えば下の3つの表記、見てください。


それぞれ左から、デーバナーガリー文字・タイ文字・アラビア文字です。
もし皆さんが日本語教師を志さなかったら、
「コレって字なの?」というのが率直な感想ではないでしょうか。
でも、これらは漢字と比べても、ずっと易しいのです。
画数の問題だけではありません。
いずれも読み方は1つだし、字そのものが固有の意味を持つわけではないし、
表記法はそれぞれの言語でこれだけです。
漢字の学びにくさが、分かるでしょう。

それでは漢字を教えるときは、ナニを教えたらいいのでしょうか。
手持ちに漢字の教科書がある方は、適当なページを見てみるといいですね。
一つの漢字については
「読み方・意味・部首・書き順・熟語」が基本的な事項です。
多くの教場では、1回の授業で数個の漢字を選び、
これらの事項を一つずつ教えていく方式が取られていると思います。
あとはここに、どんな工夫を入れ込んで、学習者に興味を持ってもらうかです。

今回は3つ、ヒントを差し上げます。

1 形声文字を指導の中心にすること

非漢字圏の現場では、
たいてい「山」「川」といった象形文字から漢字を導入します。

象形文字は確かに面白いのですが、ネタはすぐに尽きます。
漢字のおよそ8割は形声文字、
つまり「意味の部分と音の部分の組み合わせ」です。

音を示す部分がたいてい同じ音読みになることが、実は大切なのですが、
(たとえば青・晴・清・精・静はセイ)
経験が少ない教え手はつい指導を忘れてしまうものです。

1 究極の選択は「音読み」

授業時間の関係などで、どうしても漢字に多くの時間をさけない場合は、
理想論を唱えていても進展はありませんから
思い切って音読みに重点を置いて教えましょう。
訓読みは、所詮は「当て字」なのです。
例えば、以下の二つの表記を外国人が書いたものと思って見てください。

(1)内閣改造にともなって任命権のみなおしをはかる。
(2)ないかくかいぞうに伴ってにんめいけんの見直しをはかる。

どちらが許容できるかといえば、(1)ではないでしょうか。
(2)のように、音読みの漢字熟語をひらがな表記した場合、
そこには致命的な稚拙さが生じてしまいますが、
(1)はそれを避けることができます。
また訓読みは、時に和語の幅広く、生産的な意味の広がりを隠してしまいます。
たとえば「生きる」「息」「活き活き」「勢い」といったことばは、音で考えれば学習者にも自然な関連が見えるはずなのに、漢字表記は時にそれを隠してしまいます。

1 学習者にとって意味ある指導にすること

教科書に書いてある熟語だけではなく、学習者にとって興味がありそうな熟語や、
身の回りで目にしそうなものも紹介すると良いでしょう。
また、漢字かな交じりの文をワープロで打ってもらうことも、
音と識字の関係を教えるには適した活動です(もちろんこれは、
書き順の重要性を否定するものではありません)。

結局、漢字を、単語と同じように断片や破片の連なりとして指導すると、
あまり学習者にとって興味が持てる授業にはなりません。
そのためには、教える漢字を「1つの物語の中で教える」のも面白いものです。
ただ、これは教授法の全体に関わる大きな事項ですので、
次回に考えたいと思います。

……というわけで、次回は「授業の物語性」です。


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