2001年6月8日
第4話:バンコク日本人社会を垣間見る毎日
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■タイ語学校開講!

 待ちに待ったタイ語学校の授業が始まりました。ワタシが通ったのは、スクンビット29にある泰日経済技術振興協会(通称ソーソートー)の付属タイ語学校でした。本で読んだり噂では聞いていたものの、クラスメートは駐在員の奥様が八〜九割を占めていました(ここでの授業は日本語で行なわれるからです)。「駐在員の奥様たちの中には授業態度に問題のある人もいますが、実に真剣に取り組んでいる人もいます。ヒトミさんもやる気を持って、周囲に流されないよう頑張って下さい」と教えてくれたのは、バンコクに来る前に知人のつてで紹介してもらったある日本人男性の言葉でした。彼もこのタイ語学校へ一年半通い、その後タイ文部省認定の外国人向けのタイ語検定に合格したそうです。ワタシと連絡を取り合っていた頃は、バンコクで日本語教師をしていました。まずはタイ語……、そう思っていたワタシは、なにがなんでも本場のタイ語をマスターしてやろう! という気構えに満ち満ちていたのです。

 「先生によっては甘い先生もいますが、僕が教わった先生は年配の女性でしたが、厳しくてとても良い教え方をする人でした。しかし、奥様たちの間ではこのような先生は敬遠されていました。教え方が甘い=優しいと映るようですね。ヒトミさんも本当の意味で良い先生に当たることを祈っています」――ワタシが籍をおく初級コースのクラスを受け持った先生は、偶然にも年配の女性でした。しかも、質問して答えられない人がいるとチクリと嫌味を言うような先生でもあります。そのせいか、授業中はいつも緊張した雰囲気がどことなく漂っていました。その先生はウィライ先生といい、実に流暢な日本語を操りました。このウィライ先生が、彼の教わった“厳しくて良い教え方をする先生”かどうかは一度も確かめたことがないのですが、授業が進んでいくうちに、ワタシは裏付けのない確信のようなものを感じていました。「この人がその先生に違いない!」

■「何のしがらみもないあなたがうらやましい」

 クラスの八〜九割を占める駐在員の奥様の他は、ワタシたちのような“タイが好きでタイに来た”メンバーでした。カオサン通りのゲストハウスから通っているAくん、父親が営むラン栽培事業のタイ進出を手伝っているKくん、台湾留学中に知り合ったタイ人男性と結婚したKさん、バンコクで日本食レストランを営む叔父さんを頼ってきたMさん、そしてワタシ。年齢が近いこともあり、また奥様たちとはなんとなく波長が合わないこともあり、休憩時間やランチタイムなどは自然と一緒に行動するようになりました。

 奥様たちの中にはパートナーの駐在でしぶしぶバンコクに来た人も多く、ワタシたちに「なにを好き好んでタイになんぞ来たのか」という眼差しを向ける人も少なくはありませんでした。しかし、そういう人ばかりというワケではなく、中にはフレンドリーな人もいて(今思えば興味本位だったのかもしれませんが)、幾人かの方とお知り合いになることができました。その中の一人、Sさんは44歳。今までに海外駐在経験がなく、初めてのことばかりで戸惑っている様子でした。彼女は特にワタシという人間に興味津々だったようで、何かと良くしてくれていたように思います。そんなある日、彼女が使う運転手付きの車で、アパートまで送ってもらうことになりました。その車中で彼女は、「何のしがらみもないヒトミさんみたいな人がうらやましいわ。だってね、日本だったら主人の会社の人とお付き合いする機会なんてほとんどないわよ。ましてや、その奥様たちとなんて。うちの会社はまだそううるさくないけど、“奥様会”っていうのが各会社にあってね、そこでいろいろあげつらう人もいるんですって……」とぼんやりとした口調で話しました。聞けば彼女は一級建築士の資格を持ち、自分の事務所も構えていたそうです。ところが突然のご主人の海外赴任。事務所は一時期たたみ、大学生の上の息子は日本において、小学生の下の息子を連れたバンコク駐在生活はそれほど楽しいものではなかったのでしょう。端から見ると華々しく見える駐在員家族ですが、実際はそうでもないんだ……。外国における日本人社会を垣間見た想いがしました。

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