2005年1月24日
第189話:ホーンナームはトイレにあらず?
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 その日、ワタシは購入する予定の家の前で、ある人と待ち合わせていた。ある人とは、銀行の下請けで土地家屋査定をする会社の担当者だった。不動産会社のナーイ・ナー(仲介業者)から連絡をもらっていたが、相方は仕事が抜けられなかったので、ワタシは会社の部下の女の子を連れて、待ち合わせ場所へ向かった。

 家の中には、持ち主の息子だろうか、20代の男性がひとりいるだけだった。担当者に続いて家の中に足を踏み入れる。実は、ワタシはこの家の中を見るのはその日が初めてだったのだ。大きな買い物をするのにどうして中を見ないで決めたのか、今となっては自分でも不思議で仕方ないが、そのときは、「どうせ中を見ても、この手のタウンハウスは間取りがどこも一緒だから」というふうにたかをくくっていたところがあった。間口が狭く奥に細長いタウンハウスでは、部屋が横に並んでいるということはまずなく、建物の中央に位置する階段を挟んで前後に並んでいる場合がほとんどだ。タイの家屋では、日本のように押入れや納戸といった収納を考えて建築されている物件は、ごく最近の物件か注文住宅で、たいていの場合は、家具を除いてしまうと部屋には壁と天井しかないといった具合になる。家の中に入って見せてもらっても、痛み具合が具体的にわかるだけで、それはあとでリフォームをすればどうにかなる問題だと思っていたからだ。

 午後の2時くらいの時間だったが、玄関を入ってすぐの居間は、電気を点けないといけないくらい中が薄暗い。これはこの家に限ったことではなく、家の前後からしか採光ができないタウンハウスの宿命といっていいだろう。特にタイでは、「陽当たりが良い=室内が暑くなる」ということで、窓を小さく作ったり、場合によっては塗りこめてしまうこともある。その家も薄暗くはあったけれど、中は涼しくひんやりとしていた。

 担当者は金属のメジャーを取り出して、敷地の寸法を測っている。土地権利書にある記載と、実際の物件が正確に一致しているかを確認しているようだ。ワタシはネットにあった物件の情報を頭に浮かべていた。22タランワー(88平方メートル)で、3つの寝室に2つのトイレ。そう広くないリビングの中央を遮るように、2階へ上がる階段が横切っている。その向こう側にある4畳半くらいの部屋が1つ目の寝室だということがわかった。狭い室内の半分をロフト風にして、ごちゃごちゃと物が詰め込まれていた。その奥に台所が続いていた。台所といっても床はコンクリートの打ちっぱなしで、日本家屋でいうなら土間の雰囲気のある場所だった。その台所の奥に公衆トイレの個室のように、ふたつのドアが並んでいた。それを見て、ワタシはとっさに「あっ!」と思った。

 というのも、「2つのトイレ」という記載で、ワタシはてっきり1階と2階にそれぞれトイレがあるものと思っていたのだ。というか、多くの日本人の感覚ではそれが普通だろう。8年程前に改築してしまったワタシの実家でも、30年以上前に購入したそのときには、既に2階にトイレがあったからだ。まさか1階にトイレがふたつあろうとは思いもよらない。もっと正確に言うなら、それはトイレという言葉ではなく、ホーンナームというタイ語が使われていた。ホーンナームというのは、ホーン(部屋)とナーム(水)という単語が合体したもので、トイレという意味合いで使われることが多いが、他に浴室や洗面所といった意味もある。そのふたつのドアは、片方がトイレで、片方がシャワールームだった。そして案の定、2階には2つの寝室があるだけでトイレはなかった。

 ワタシはその事実に驚きこそすれ、それが理由でその家を買うのを止めようとはまったく思わなかった。2階のトイレなんていうのはリフォームすればいい話で、そんなものは自分たちだけで解決できる問題だ。家を買うという行為は、実際に生活する場の家屋を買うだけでなく、家を取り巻く生活環境をも同時に手に入れる行為だということを、ワタシはそれまでの家探しの過程で頭に叩き込まれていたからだ。それだけ、ワタシはこの家の立地条件が気に入っていたと言える。

 30分弱で担当者の査定が終わり、追って連絡するからと言われ、家をあとにしたころに不動産会社のナーイ・ナーがやってきた。絵に描いたようなタイ人らしい遅刻の仕方だった。このナーイ・ナー、新米なのか、それとも単に仕事ができないのか、手際の悪さが目についたので、この日も持ち主の息子に直接の連絡先を聞きだしたばかりだった。話に不審な点があるようだったら、直接持ち主と話せばいい。本来ならばこうした行為はご法度だし、間を仲介してこその業者なのだろうが、他人任せにして何か問題が起きてしまうよりも、どんどん首を突っ込んで自ら情報を得た方が、余計な心配をしなくて済む気がするからだ。

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