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国際交流・相互理解は言葉の理解なしには成り立たない。言語は、その民族の考え方・文化の基礎をなすものであり、いわば民族成立の中枢要素だから、隣国の言語を理解することは、隣国の人々の考え方や文化を理解することに通じ、隣国同士の交流・相互理解を深めることになる。

現在、南北に分かれ、韓国では韓国語、北朝鮮では朝鮮語と呼ぶが、本来同じ言語である。話し手の数は大韓民国が4327万人(1992年)、朝鮮民主主義人民共和国が2219万(同)であるが、中国東北にも約180万人がおり、その言語文化を保持している。そのほか、日本に約70万人、旧ソ連に約40万人、アメリカに約100万人が居住するが、この中には母語を話せない二世、三世も多い。

韓国語は日本語に非常によく似た言語である。次の例を見てみよう。
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オジェ ヨンファルル パッソヨ(昨日映画を見ました)

ムスン ヨンファルル ポショッソヨ(何の映画をご覧になりましたか)

アンゲ マウリエヨ(霧の村です)
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文の頭から訳していけばそのまま日本語の文になってしまう。オジェは「昨日」、ヨンファルルは「映画を」にあたる。ヨンファが「映画」でルルは「映画を」にあたる助詞である。パッソヨは「見ました」にあたる。以下も同様で、ムスンは「何の」、ポショッソヨ?は「ご覧になりましたか」、アンゲは「霧」、マウルは「村」、イエヨは「です」の意味。
目上の人の行動について言う場合には敬語を使い、また聞き手との関係いかんではぞんざいな言葉遣いに変える必要もある。このように、敬語が文法の中に組み込まれていて、それが話題の人物に対する敬語と聞き手に対する敬語にわかれているのも日本語に似ている。
このように構造の上で日本語と非常によく似ていて学びやすい言語ではあるが、文法の細部における違いや音韻・語彙の面での相違があるから、やはり他の外国語を学ぶ場合と同じような周到さが必要である。
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