世界で活躍する 国際派プロフェッショナル


韓国語で教えることが本質を説くトレーニングに


ソウルの繁華街の明洞は、かつて京城で本町と呼ばれた日本人の商店街だった

冨井さんは12年前に韓国の学生たちに教え始めた。週の半分は神奈川大学、半分はソウルの漢陽大学で授業を行った。04年から09年までに日韓を200往復もしたのは、韓国の学生の熱心さに引かれたからだった。

「当時の韓国の学生には、自分の好きなことをやるという意気込みがあって、それが楽しかった。でも今は、就職のために大学に来る学生が増えました。建築の景気も悪くなり、学生たちは就職にものすごくストレスを感じています」。

日韓の学生を、区別して考えることはなかった。「環境が変わっても、どこでも同じようなスタイルでやっていくのが、自分のやり方ですから」と、冨井さんは言う。

08年、60歳で漢陽大学の専任教授となった。韓国の教え子たちが次々と、世界の建築コンペティションで受賞を果たした。それが彼らの就職活動の立派な履歴書となっている。

当初から韓国語で授業を行った理由は、「英語が苦手だったから」。韓国語は独学だが、名詞のほとんどは漢字語だと気付くと、気持ちが楽になった。授業では絵や図面を描いたり、写真をたくさん見せたりした。「1カ月もすると、学生のほうが私の発音に慣れてきて、こういうことを言いたいんだなと理解してくれました」。

むしろ韓国語で建築を教えて良かったと、冨井さんは考えている。「例えば神社とは何かと質問されて、神社とお寺はどう違うんだっけと考えると、これまで自分が曖昧にしてきた部分に気付かされました。そんなふうに物事を整理する上で、シンプルな言葉で本質を説くトレーニングができたことが、自分にとって非常にありがたかった」。

難しい言葉は使えない。でも、平易な言葉でいいじゃないかと、冨井さんは考えている。建築とは何かを教える時、豊富なボキャブラリーを駆使して講義する韓国の先生よりも、「冨井先生の話のほうが、本質がわかりやすい」と、学生たちから言われるようになった。

大切なのは自分の言葉として理解をし、明確に語ることだ。だから「発音はダメだけど、私は語学の先生ではないから、言葉はそんなにうまくなくてもいい」と、冨井さんは考えている。



「家」ではなく、「暮らし」をつくる建築家

冨井さんが韓国に来た目的は3つある。研究と教育、そして設計だ。もともと家をつくる仕事が好きで、学生たちにも机上の学問ではなく、建築現場を体験させる教育を重視した。それが韓国の学者たちとは違うという評価も受けている。

これまでに韓国で、7軒の建築を手掛け、現在は新たな設計に取り組んでいる。初めに手掛けたのは、韓屋(ハノク)と呼ばれる韓国式の木造住宅だ。伝統の形とは異なり、梁を無くした「未来型韓屋」だ。2軒目は、仁川の旧日本租界(日本人居留地)に残る日本式長屋の再生。そして山の傾斜地を利用した、5軒の新築住宅を建てた。どの家も、窓が大きくて風通しが良い。現在進行中の作業は、その5軒の住宅に魅せられた人からの依頼によるものだ。

「住み手のファッションや色のこだわりより、私はもっと原則的なことをやろうとしています。襖をうまく使って、季節によって家の外と中に変化をつけてみたり、部屋の仕切りを取り外しできるようにしたり。夫婦一人ひとりの空間も大事にするとか、核家族を前提にせず、家族構成の変化や動物と一緒の暮らしも考えてみる。あるいは環境との関係をどうするかなど、住まいが持つ生き方の問題を考えているんです」。

急速に都市化の進んだ韓国では、マンション暮らしこそが豊かさや暮らしやすさの象徴と思われてきた。しかし最近になって、住居に対するニーズが多様化してきた。見栄えを優先するのではなく、自分の生き方を象徴するものとして、家と向かい合おうと考える人々が出てきたのだ。

冨井さんはいつも、建築を依頼した施主たちと、意見交換する時間を十分に持って、作業を進めていく。その様子を見ていると、家をつくることが最終目的ではなく、そこに住む人の暮らしをつくることに冨井さんの興味が集中しているようにも思える。

近頃ソウルの町中では、古い韓屋を再生したカフェが人気を集めている。冨井さんは自分の足で歩き回り、気に入った場所を見つけると、店のオーナーに話し掛ける。家があり、暮らしがあり、そこに文化がある。その全てが、冨井さんの関心の対象だ。

自由を大切にし、自分が嫌だと思うことはやらない主義。人生の後半になって韓国に移り住んだことを、「正解だった」と冨井さんは迷いなく言い切った。



仁川の旧日本人居留地に残る日本式木造長屋の再生作業。学生たちと一緒に家のつくりを調べ、模型を作って、検討を進める

取材・文 戸田郁子 写真 柳銀珪

マガジンアルク』2016年11-12月号掲載



  • アルコムワールドで日記を書く

メルマガ登録

バックナンバー

2017年5-6月号

2017年5-6月号

語学のプロ&学習者が実践!
成果が出る「マイ学習時間」の見つけ方


>>目次を見る

2017年3-4月号

2017年3-4月号

アプリ、電子書籍、辞書 etc.
デジタル活用でTOEICスコア&英語力アップ!
最新ツールで始める快適語学ライフ


>>目次を見る

2017年1-2月号

2017年1-2月号

通信講座修了生、学習アドバイスのプロに聞く
語学学習「続ける極意」


>>目次を見る

2016年11-12月号

2016年11-12月号

いつもと違う米大統領選、議論再燃?スコットランド独立 etc.
あの国を二分するテーマに接近!


>>目次を見る

2016年9-10月号

2016年9-10月号

リスニング、スピーキング、プレゼン、新TOEIC――
英語の先生に会いに行く


>>目次を見る

2016年7-8月号

2016年7-8月号

イギリス英語VS.アメリカ英語 比べてわかる 奥深~い言葉ワールド


>>目次を見る

2016年5-6月号

2016年5-6月号

語学を磨くリアルな学び&楽しみ


>>目次を見る

バックナンバーのご購入について

最新号・バックナンバーのご購入は、メールもしくは電話にてご注文を承ります。

  • E-mail
    csss@alc.co.jp
    Tel
    0120-120-800(受付時間:月~金 9時~17時/土日祝休み)でご注文を承ります。

1冊
一般:566円(税込)/会員:510円(税込)