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通訳ソーウツ日記

各界の現役通訳者が通訳現場のさまざまな話題やこぼれ話を語ります。


通訳は見た! ブースの裏側

  田丸公美子(イタリア語通訳)


「飾り窓の女」ならぬ「金魚鉢の女」!?

今回は通訳の仕事場、ブース内での裏話を披露しよう。ブースとは前面上部がガラス張りで、やっと3人が並べる組み立て式の小屋。通訳はここでイヤホンで聞いた発言を瞬時に訳していく。多言語会議でブースがずらりと並んだありさまは、「飾り窓の女」ならぬ「金魚鉢の女」のようである。中には同時通訳の送信器が中央に置かれた細長い机がある。今は赤外線機器になり小型化したが、昔はどっしりした大型機で、真ん中に座る通訳は資料や原稿を置く場所がなくて苦労したものだ。当然中央に座るのは新米の通訳だ※。

日本の通訳の約8割は英語通訳、人数的にも歴史的にも一日の長がある。それだけに英語のトップクラスは超人的な能力の持ち主だ。約20年前、日本経済新聞のコラムにロシア語通訳の米原万里さんが、英語通訳は視野が狭く優等生的でつまらないなどと書いて物議を醸したことがある。だが、実際は破天荒な人もいる。同時通訳は、ブースでちゃんと仕事ができるか否かが全て、優秀な同時通訳が少なかった昔は、いい仕事さえすれば少々のことは許された。

※話者が話を止めてから訳す逐次通訳の場合、通常、通訳者は1人であるが、会議や講演会などでの同時通訳は2人以上が交代で行う。




度肝を抜く英語通訳者の超人ぶり

英語の同時通訳の始まりは 1945年のニュルンベルク裁判とされる。日本で広く知られたのは69年のアポロ11号月面着陸の年だ。イタリア語の同時通訳が始まったのは、それから15年も遅れた84年頃。まだ同時通訳の駆け出しだった私たちは、読むかどうかわからない原稿も全て「べた訳」と呼ばれる全訳をして準備していたし、代替要員がいないので健康にも人一倍気を使った。

そんな私たちが初めて英語のベテランと一緒に仕事をした時は驚きの連続だった。朝行くと、1人は床に寝転がって仮眠を取っている。もう1人は、エージェントから事前に送付されていた、その日の資料をブースでおもむろに開封しているではないか! また、3人が終日ブースに入って話の流れを理解しようとする私たちと違い、英語通訳は2人しか入らず、自分の番が終わるとマイ・イヤホンを機器から外しブースから出る。次の自分の番までの30分、会場から消えた彼女はブティックの紙袋を持って帰ってきた。階下で買い物をし、ブースに戻り落ち着いた訳を出すのは、場数で鍛えられた自信の賜物か。

彼女たちに一目置いていた私たちは、まず英語ブースに仁義を切りに(迷惑を掛けるかもしれないのでお許しをとの挨拶)行っていた。なぜなら、私たちが日本語に訳したイタリア語の発言を、英語に訳して皆に聞かせるのは彼女たちだからだ。

ある日の大きな国際会議、議長がイタリア人に代わるとの連絡が朝一で入り、焦った私たちは英語ブースへ挨拶に行けなかった。昼休みに入ると同時に、1人のベテラン英語通訳が我々のブースに降臨なさった。普段は意にも介してもらえない弱小言語通訳は、粗相でもあったかと身構えたのだが、彼女は満面に笑みを浮かべて言った。「英語の××です。よろしくね。でも皆さん、ちゃんと通訳なさって本当にご立派ですわ。だって普段同時なんてほとんどなさらないんでしょう」。究極の褒め殺しに、私たちは返す言葉もなく立ちすくんだのだった。今は異言語間で挨拶し合うこともなくなった。今はよき昔の物語である。



イラスト つぼいひろき
マガジンアルク』2017年3-4月号掲載

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