プロの翻訳者に聞く 自分が興味を持て、ベストの状態で仕事ができる方法を探して到達したスタイルとは……

update:2016/10/03

マイナー言語だからこそ、自分に合う仕事を見つけられた

現在、独日・英日翻訳者として、実務翻訳(医療、特許、マーケティングほか)および出版翻訳を手がける中野真紀さん。フリーランスの翻訳者の場合、一般的には分野(出版翻訳・実務翻訳・映像翻訳)やジャンル(実務翻訳なら医薬、特許など)を絞って仕事をしている人が多いが、中野さんの場合、分野は実務翻訳が中心ではあるものの出版翻訳や映像翻訳、ゲームのローカライズ翻訳の実績もあり、扱うジャンルの幅は広い。

「英日翻訳の場合、翻訳者の数が多いので、ある程度、自分が申告した分野の仕事が来ることが多いのですが、私の場合は独日翻訳で、そもそも翻訳者の数が限られているため、分野に関係なく声がかかりやすいということがあります」

自分の力で対応できる内容なら出来る限り引き受けようと思って仕事をしてきたという中野さん。マイナー言語だけに、さまざまな案件にトライするチャンスがあったという。その中から自分の興味・関心に合うもの、働き方に適しているものを試しながら取捨選択していくことができたとも語る。

「駆け出しの頃は放送局の仕事も受けていました。ドイツに関連した事件があると呼び出しがかかり、『今すぐ来て!』となります。夜、現場に入って翌朝まで“缶詰”になることもありました。でも、これでは家のことやほかの仕事ができなくなる。続けるのは厳しいと思いました」

ニュース関連やプレスリリースの翻訳の仕事も受けたが、短納期のものが多く、心身ともに負荷が大きくかかることが多かった。

「長く翻訳の仕事を続けたいので、自分に過度にストレスがかかることがなく、なるべく興味の持てる内容の仕事を引き受けたいと思っています。今は、納期に無理のない論文や特許など、ある程度まとまって完結しているものを受けるようにしています」

独日翻訳に加え、自分の好きな分野の
英日翻訳も手がけるように

写真:中野真紀さん

現在は独日翻訳と英日翻訳の比率は半々だという中野さん。今のバランスに行き着くまで、どのような経緯と思いがあったのだろうか。

「大学はドイツ語専攻でしたが、高校3年までは理数系でした。当時、物理や生物が好きでしたが、それが現在、医療分野の翻訳をする上で基礎知識として役立っているというのはあると思います。大学卒業後はDTPオペレーターとして働いていたのですが、アルバイトでドイツ語翻訳を頼まれることがありました。とは言っても、そのままプロの翻訳者として食べていけるようになるとは思っていなかったことと、今のドイツの状況を知りたいという思いから、一度ドイツに住み、翻訳を本格的に勉強してみようと思ったんです」

渡独してボン大学で3年間学び、帰国。その後、滞独時に知り合った研究者から声がかかり生命倫理の本を共訳した。

「翻訳者としてスタートする時点で共訳書があったのは幸運でした。その他、翻訳者の登録サイトにプロフィールを載せたり、ドイツ語翻訳を扱っている翻訳会社に応募したりして、いただくお話は可能な限り、引き受けるようにしていきました」

ドイツ語というマイナー言語だったことが強みになり、幅広い分野から仕事のオファーが来るようになったのは前述の通り。しかし、まだドイツ語一本で専業翻訳者として独立するのは難しい。そこで派遣社員として勤務し、翻訳業務に携わりながらフリーランスで翻訳も請け負うという生活を2年間送る。やがて手がけた仕事が評価されてフリーの仕事が増え、派遣先の社内組織改変をきっかけに派遣社員を辞めて、2005年、専業翻訳者として独立した。

「しばらくは順調だったのですが、2008年のリーマンショック後、ガクッと仕事量が落ちました。それをきっかけに自分の仕事を見つめ直すようになり、自信がないままこなしていた英日翻訳についても、英語をちゃんと勉強しようと思い立ったんです。ただスクールに通うには時間がないので、『英語をきっちり読もう』という主義の著名な編集者の方が主催する翻訳教室に参加しました。ここで参加者の優れた訳に触れることができたのが大変勉強になりました」

英日翻訳の仕事を増やしたのには、もう一つの理由がある。ドイツ語は自動車や機械工学の案件が多い。しかし、中野さんは自動車にはあまり興味が持てなかった。好きではない分野で独日翻訳をするより、好きな分野で英日翻訳をしたほうがいいと思い、自身が訳しながら興味も持てる医薬、医療機器などの英日翻訳の仕事を増やしていった。

「医薬というと『ドイツ語の文書は多いのでは?』と思われがちですが、近年、ドイツでもグローバル展開をしている企業は英語で文書を出すようになっているので、英日翻訳の需要が結構多いんです。ドイツ人が書いた英語はドイツ語の影響が見られるので、ドイツ語を知っている者としては訳しやすいところもあります」

自分が興味を持て、ベストの状態で力を発揮できるように

写真:中野真紀さん

今年の8月に刊行された共訳本『ダライ・ラマ 子どもと語る』(春秋社)

クラウディア・リンケ著/森内 薫、中野真紀訳

第1部は、ダライ・ラマの言葉、エピソード、生い立ちなどが紹介されながらダライ・ラマの教えの基本や、仏教の基本概念が説明されている。第2部は、ダライ・ラマとドイツの子どもたちの対話を中心に構成されている。

フリーランス翻訳者として10年のキャリアを積み重ねてきた中野さん。日頃はどのようなペースで仕事をしているのだろうか。

「フリーランスになってからのほうが規則正しい生活をするようになりましたね。朝は7時に起きて夜は午前0時に寝るリズムで、仕事時間は、午前は9時~正午まで、休憩をはさんで午後は13時~夕方まで。でも、このパターンに落ち着くまでは昼寝をして夜中仕事をするなど、いろいろ試してみたんです。でも昼寝はできないタイプとわかりました(笑)。今は基本的には平日も休日も同じ時間に起きて寝ています」

仕事を受けるときもリズムを崩さずにできるよう、調整しているという。

「エージェント経由で仕事を受ける場合、コーディネーターと納期について細かくすり合わせて無理のないスケジュールを決めるようにしています」

仕事のスタイルも分野も、自分が楽しく、ベストの状態で力を発揮できる方法をいろいろと試しながら見つけてきた中野さん。フリーランス翻訳者としての働き方はさまざまだが、理想的なロールモデルの一つといえそうだ。

取材・文:青山美佳
写真:森脇誠

翻訳者プロフィール

写真:中野真紀さん

中野真紀さん
Profile/

独日・英日翻訳者。獨協大学外国語学部ドイツ語学科卒業後、海外向けマニュアルのDTPオペレーターとして勤務した後、本格的に翻訳を学ぶため渡独。1999~2002年、ボン大学のドイツ語コースおよび東洋言語学科(SOS)でドイツ語と独日翻訳を学ぶ。

帰国後、フリーランスで翻訳の仕事を始め、さらに派遣社員として製薬会社の臨床部門にて翻訳関連業務を行う。2005年、専業翻訳者として独立。実務翻訳から出版翻訳まで幅広い分野の翻訳を手がける。近訳書(共訳)に『ダライ・ラマ 子どもと語る』(春秋社)がある。