プロの通訳者に聞く インハウスで多様な経験を積み、専門性を築いてフリーランス通訳者に

update:2016/10/03

国語教師、日本語教師、英語講師を経て通訳者に

中村いづみさんが通訳者になるまでの経緯はかなり異色といえる。

「以前は予備校で高校生を対象に古文や漢文、小論文を教えていました。その後、日本語教師、英語講師として教室を運営していました」

その中村さんが、なぜ通訳者の道を選んだのだろうか。

「日本語教師をしている時に、在日外国人の支援NPOで通訳をしたり、生徒さんが起業する手伝いをしたりしているうちに通訳という仕事に興味を持ったんです」

通訳者としてのスタートは自動車製造会社の社内通訳だった。人材派遣エージェントを通じての話だった。

「最初から通訳の仕事一本で登録しました。15~20社は登録していたと思います。自動車製造会社の社内通訳の仕事もその中からいただいた話です」

その後、アメリカの製造企業で品質管理の通訳と翻訳を経験。さらにフランスの自動車企業の社長付き通訳者として正社員に採用された。順調にキャリアをスタートさせた中村さんだが帰国子女ではないという。

「社長付きの通訳者になるまでは見よう見真似で同時通訳をしていたのですが、さすがに『ちゃんと勉強しなくてはいけない!』と思い、働きながら通訳者養成スクールに通い始めました。クラスには、プロとして10年以上の経験のある方や第一線で活躍するフリーランスの方などがいらして、現場の情報と通訳スキルを教えていただきました」

正社員の道を取るか、「通訳者」として専門性を極めるか

写真:中村いづみさん

フランスの自動車製造メーカーでは社長の任期終了まで務め、次は分野を広げようとアメリカの大手外食企業の社内通訳の仕事に就く。ここにはLanguage部門があり、通訳者の数も多く、通訳者同士の協力体制は強かった。

「社内に通訳ブース設備がある環境は初めてで、ペアを組んで通訳をする機会は通訳スクールにいるときよりも多く経験できました。社内用語も一緒に組んだ社内のパートナーが隣で私の知らない単語をすべて書き出してサポートしてくれて感激しました」

仕事は面白かったが、ここで中村さんはある選択を迫られる。この会社の正社員にならないかというオファーを受けたのだ。

「同僚の通訳者の中には正社員になる人もいました。その代わり長期的には通訳以外の業務に従事するようになった仲間もいました。私は一社で正社員になるよりも通訳という仕事がしたい、もう少し他の業種で経験を積みたいと思い、お話はお断りすることにしました」

次の仕事を選ぶにあたり、中村さんはITと医療分野を考えた。

「フリーランス通訳者としてエージェントに登録する場合、希望分野を聞かれるのですが、それに加えてIR、IT、医療の三つに関しては、対応不可なのかどうかを聞かれることが多いんです。この三つは専門性が必要とされて需要も多く、通訳者として専門性を築くべきだとも思っていたので、ITと医療を経験してみることにしました」

アメリカ資本のIT企業で社内通訳者を務めた後、同じくアメリカ資本の医療機器メーカーの社長付き通訳者になった中村さん。かなり専門知識を必要とされる業務で、分厚い学術書を読んだり、実際の手術映像を見ながら専門家からレクチャーを受けるなどして知識を積み上げていった。

「ここでは社内通訳に留まらず、学会やメーカーのセミナーなどにも同行しました。この医療系の会社で学会中の講演などの通訳をする機会があり、例えば『ぶどう膜炎』など全く馴染みのないトピックもありましたが、しっかり時間をとって準備するようにしました。こういった経験が後に新たな医療分野のお仕事をいただくきっかけになりました。新たな医療分野のフリーランスの案件のお話をいただいた時には、日本でもそれほど周知されていない、また日本語の文献も少ない分野だったので、3カ月ほどかけて英語の文献を端から端まで読み単語を洗い出して挑みました」

医療系は専門用語が多く、通訳者を頼むほうもそのジャンルの通訳経験者を指名することが多い。受ける側も毎回、準備が大変なので、定期的に受けて力を維持する必要がある。

「私の今の仕事は医療系が半分ぐらいです。医療系は人の流動性が高いので、一緒に仕事をした人が他の会社に移り、そこでまた私に仕事を頼んでくださることも増えました。ここでの人のつながりと広がりが今、フリーランスとして仕事をする上での土台になっていると思います」

その後、日本の大手小売業の米人役員付き通訳者を経験するが、フリーランスの仕事が増え、経済も回復してきたこともあり、完全独立することにした。

これから通訳者を目指す人へ、
そして、フリーランスになりたい人へのアドバイス

中村さんの七つ道具

中村さんの七つ道具。写真の電子辞書はバックアップ用。
現場ではiPhoneのアプリとMacBook Airを使用。
電池やバッテリーも必ず予備を用意する。

自分の専門性を高めながら多彩な経験を積み上げてフリーランスになった中村さん。キャリアのスタートの仕方、フリーランスになるまでの経緯は、これから通訳者を目指す人にとって学ぶ点が多いだろう。そこで最初に道を開くためにはどうしたらいいのか、アドバイスを伺った。中村さんはエージェントに登録するなら最初はできるだけ多く登録し、職務経歴書などは予め用意しておいたほうがよいという。

「社内通訳者の場合、勤務スタート日が決まっていることが多いんです。面接をして登録し、それから職務経歴書を送るのではタイムラグが生じます。話が来たらすぐに経歴書を送れるように用意しておき、タイミングを逃さないことが大事だと思います」

エージェントによって強い領域、取引先企業なども異なるため、間口を広げておくことはチャンスを広げることにもなる。

一方、フリーランスを目指す人へのアドバイスとしては、「フリーになることを目的としなくてもよいのではないか」というもの。

「フリーランスとインハウスの大きな違いの一つは時間管理で、ライフスタイルが異なると言ってもいいかもしれません。インハウスの場合、準備時間も勤務時間に含まれますが、フリーランスは拘束時間以外で準備をしなくてはなりません。独立してからその調整がうまくいかず、体を壊す人もいます。インハウスで経験を積み、専門性を確立していくのも一つの方法だと思います。フリーランスの先輩から、『フリーになることだけにとらわれたり、あせったりしなくても転向するべきその時が来たらわかる』と言われました」

瞬発力や反射神経を必要とするのが通訳という仕事だ。健康管理はもちろん、ストレスなどからネガティブな精神状態にならないように自分を知ることも大切だという中村さん。専門性を築きつつ、自分の興味のあるテーマや熱意の持てる仕事を受けるようにするのも大切な仕事術の一つだと語ってくれた。

取材・文:青山美佳
写真:森脇誠

通訳者プロフィール

写真:中村いづみさん

中村いづみさん
Profile/

会議通訳者。日本語教師、英語教師として自ら教室を運営した後、通訳者に転向する。自動車の製造会社、フランスの自動車会社、アメリカ大手外食企業、IT企業、アメリカ医療機器メーカー、日本の大手小売企業などで社内通訳者を務めた後、フリーランスとして独立。現在は、医療機器、製薬、技術、エンターテインメント、教育、アカデミック系の講演など、幅広い分野で活躍している。