現役通訳者のリレー・コラム

第一線で活躍する現役の通訳者の方に、この仕事を目指したきっかけや日々の通訳業で感じる思い、
仕事へのポリシーなど、リレー形式で書き綴っていただきます。

【第19回】わたしの転機。
そして、「ずっと長く道は続くよ」

update:2017/01/31

このコラム執筆のお話をいただく少し前、実は、通訳の仕事を辞めたいと悩んでいました。

「本当は人前で話すことは得意ではないのに」などと、心の中でいつも苦しんでいました。でも、依頼がくると、反射的に「はい」と言って引き受けてしまう。そして、仕事の当日までもがき苦しむ。そんな繰り返しでした。「楽な仕事は世の中にはない」、「私を必要としている人がいる」「今の私にできる仕事はこれしかない」と自分を励まし、やっと仕事を続ける決心がついたのです。ですから、このコラムでは自分自身を振り返る意味も込めて、普通のルートではない形で通訳になった私の体験を通して、「目標にたどり着くまでの道はいくつもある」という事例を、通訳を目指す方々に参考にしていただければと考え、執筆を引き受けました。

最初の転機「わたしは中国語が話せる」

現在、私は橋本佳奈の名前を名乗っていますが、もともとは台湾の出身です。中学の時に来日し、日本の高校と大学を卒業しましたが、その間は台湾の本名を使っていました。結婚、そして出産しましたが、「母親がアジア系の外国人だと子どもが学校でいじめられる」と周囲に言われたこともあり、長女が5歳、次女が2歳の時に日本国籍を取得して、台湾の名を捨てました。

専業主婦の生活を経て、やがて子育てに手がかからないようになり、家の近くでパートの仕事を始めたのですが、そこでセクハラに遭い、屈辱を感じてパートは辞めました。「お金をいただきながらプライドをもってできる仕事はないだろうか」と考えているうちに、ふと「私は中国語が話せる」ということを思い出したのです。

その頃、語学雑誌で通訳の仕事を紹介する特集を読み、会議通訳や通訳案内士は無理でも、法廷通訳ならできるかも知れないと思い立ち、雑誌に書いてあった裁判所に法廷通訳人の登録をしました。登録から半年後に最初の仕事が来ました。出入国管理及び難民認定法違反事件の案件でした。30分の公判を滞りなく終わらせられるかどうか、前の晩に急に不安になり、子どもたちを寝かしつけてから徹夜して全ての書類を中国語に訳し、仕事に臨みました。そのときは初めての仕事をなんとか切り抜けられて心の底からホッとしたものです。

次に向かったのは台湾貿易センター(日本のJETROにあたる団体)でした。通常は台湾からの留学生がアルバイト採用されていましたが、子持ちの主婦の私も参戦したのです。食品展、CEATEC(アジア最大級の最先端IT・エクトロニクス分野の展示会)、家具展、ギフトショー等の展示ブース内での商談通訳を任されました。留学生より少し日本語が上手だったせいか、台湾貿易センターからセミナーの通訳をやってみないかとお声がかかりました。

そのセミナーは冷凍の枝豆に関する会議でした。日本の各社大手スーパーの担当バイヤーたちと台湾の枝豆生産輸出業者が15人対15人くらいで意見交換を行うのですが、専門用語が飛び交い、メモも上手にとれなかったので、台湾の方のお話を日本語に全部再現できず、途中で双方が日本語で話し出す始末でした。そこでは私は役立たずの通訳でした。とても悔しかったことを覚えています。“話せること≠訳せること”を実感しました。

通訳学校に通う時間も余裕もなかった私は書店で『中国語通訳への道』(塚本慶一著/大修館書店)を購入し、自宅で通訳理論やスキルアップの練習を独学しました。

法廷通訳

法廷通訳の仕事は毎回まじめに下訳をして行ったのが良かったのか、どんどん難しい事件を任されるようになり、最終的には裁判員裁判も数多く担当させていただきました。検察官や弁護士が冒頭陳述や論告、弁論をする時は裁判官の手元にも書類があるので、検察官や弁護士は書類を法廷で早口で読み上げます。法廷通訳人の私は、被告人に同じスピードでその内容を伝えなければなりません。事実上、同時通訳なのです。

その対策として、毎朝4時BS NHKで放送される「ワールドニュース」を録画し、CCTV(中国国営放送)の中国語をシャドーイング(音声に合わせて復唱)することにしました。同時に、日本人アナウンサーが読み上げる日本語ニュースもシャドーイングで練習しました。そんな練習をしているうちに、不思議と同時通訳ができるようになりました。

偶然ですが、NHKのニュースを作っているニュースセンターという所からも仕事をいただくようになりました。中国語については英語のように24時間通訳者が常駐しているのではなく、何かニュースになる出来事が起きると、局入り(放送局に出向いて仕事をすること)の緊急依頼がきます。そこでは、ニュース原稿制作のために現地の報道などを日本語に訳していくことが仕事になります。この仕事をこなすために私がとった対策は、中国や台湾の現地語のニュースアプリをダウンロードして、常に通知がくるように設定し、同時に、日本語の報道にも常にチェックすることでした。

橋本佳奈さん
Profile/

東京を中心に活動する台湾出身の会議通訳者。日本の高校や大学を卒業後、商社に就職。12年前に法廷通訳に登録したのをきっかけに通訳業界へ。現在は、台湾の政治経済からエンタメまで、幅広く通訳の仕事をしている。台湾セレモニーの日中バイリンガルMCの経験も豊富。

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