「はじめての海外文学スペシャル」取材レポート

update:2017/01/24

2016年12月11日に開催された「はじめての海外文学スペシャル」は、同年秋より全国の書店で開催されている選書フェア「はじめての海外文学フェア Vol.2」の一環として行われたイベント。主催の越前敏弥さんをはじめとする総勢19名の翻訳者が集まり、それぞれがおすすめの海外文学を一冊ずつ紹介していくというものだ。イベントは申し込み開始後わずか1週間で満席となり、当日は立ち見の人も出るという盛況ぶり。越前さんは冒頭のあいさつで「今日はお祭りです。皆さん、お祭りを楽しんでください」と会場を盛り上げた。
※なお、ご本人の希望により、動画に登場なさっていない方も何人かいらっしゃいます。

動画

撮影:中山鉄也

「はじめての海外文学フェア Vol.2」は、2015年に全国約30店舗で横断的に行われたフェアの第二弾。フェアを立ち上げた書店員の酒井七海さんは現在育休中だが、立教大学セントポールプラザ書店に勤める書店員の通称「でんすけの飼い主」さんが引き継ぎ、前回よりもパワーアップして開催された。

でんすけの飼い主さんは、冒頭のあいさつで「一番本を知っているのは翻訳者の方。プロが勧めるビギナー向けの本を、ぜひ皆さんに読んでほしい」と語った。また、酒井さんも登壇し「こんなに素晴らしい選者の方たちに集まっていただいて、感謝してもしきれない。2回目ができて本当にうれしい。3回目、4回目と、全員で作るフェアにしていけたら」と期待を込めた。

以下、「海外文学を読むプロ」でもある19名の翻訳者たちが選んだ珠玉の19作品を、登壇順に紹介しよう。一人3分の制限時間が近づくと、越前さんが鳴子(娘さんがよさこい踊りで使ったものとのこと)を鳴らすという趣向に壇上は白熱。どの登壇者も熱のこもったプレゼンを行ったが、文字数の都合上、一部を割愛せざるを得なかった点はご容赦いただきたい。

選書は、本当に初めて読む人のための「ビギナー篇」と、少し背伸びしたいが何を読んだらいいか分からない人のための「ちょっと背伸び篇」に分かれている。ジャンケンの勝敗により、今回は「ちょっと背伸び篇」から先に紹介されることとなった。

それでは、どうぞ!

ちょっと背伸び編

『ヘルプ 心がつなぐストーリー』
(上・下巻/キャスリン・ストケット著/栗原百代訳/集英社文庫)

『ヘルプ 心がつなぐストーリー』

この「ヘルプ」は、白人家庭で働く黒人女性のお手伝いさんのことです。舞台は公民権運動の時代のアメリカ南部ミシシッピ州、人種差別が一番厳しかった地域です。主人公は黒人のヘルプ2人と、黒人に対してどちらかというと好意的な白人女性。その3人の語りが順繰りにつながっていきます。深刻な時代ですが、語りはものすごく軽い。白人の主人について陰口をたたいているのがすごく汚い言葉だったりして、笑えます。

全体に、深刻な流れの中でも笑えるところがたくさんあって、それでいて当時の人種差別の実情はちゃんと伝えてくれる本です。アメリカでは1,000万部以上の大ベストセラーとなりましたが、日本ではあまり受けなかったようで、すごくもったいないです。人種差別の問題が分かるだけでなく、小説として楽しい本。特に若い方に読んでいただきたい作品です。

推薦者:越前敏弥さん/Profile

出版翻訳者。東京大学文学部国文科卒。大学在学中から学習塾を自営。留学予備校講師などを経て、37歳からエンタテインメント小説の翻訳の仕事に携わる。『ダ・ヴィンチ・コード』(角川文庫)をはじめとするダン・ブラウンの作品を筆頭に、訳書は60冊以上。単著に『越前敏弥の日本人なら必ず誤訳する英文』(ディウカヴァー携書)、『翻訳百景』(角川新書)など。2017年春には古今東西の文学作品を絵解きした解説書『世界文学大図鑑(仮)』が刊行予定。公式ブログ「翻訳百景」


『ロリータ』
(ウラジーミル・ナボコフ著/若島正訳/新潮文庫)

『ロリータ』

半世紀以上も前の古典作品です。一種の狂気をまとった文章と言ったらいいでしょうか。ロリータという14歳の少女をめぐる偏愛、執着、愛着、そして自分の幻想を大事にしようとする男のあがき。それを、すごく美しく描いているのがナボコフの魅力だと思います。語り手のハンバート・ハンバートはすでに死んでいるということが序文に書かれていて、死んだ人間の言葉を読んでいくという構図になっています。その文章がいかに粘着質で饒舌か。ひたひたと迫るものがあり、私が若いころに読んだときにはすごく怖いと感じました。

でも、今回読み直してみて、途中から笑っちゃったんです。ハンバート・ハンバートも自分がこっけいだとよく分かっていて、それが文章からにじみ出ているんですね。こういう一節があります。「どうか私を想像してほしい。あなたが想像してくれなければ、私は存在しないのである」。本も同じで、誰も読んでくれなければ存在しません。この本を読んだとき、ロリータという少女が肉体をもって立ち現れてくると思います。

推薦者:古屋美登里さん/Profile

出版翻訳者。訳書にM・L・ステッドマン『海を照らす光』(早川書房)、B・J・ホラーズ編『モンスターズ 現代アメリカ傑作短編集』(白水社)、デイヴィッド・フィンケル『帰還兵はなぜ自殺するのか』(亜紀書房)など。「生きている作家の中で一番好き」と公言するエドワード・ケアリーの最新作を訳した『堆塵館』(東京創元社)が好評発売中。


『コドモノセカイ』
(岸本佐知子編訳/河出書房新社)

『ロリータ』

実はビギナー向けのつもりで推薦したんですが、編訳は岸本佐知子さん。あまりにもおなじみの方ですよね。僕は、岸本さんが売れているのはほとんど奇跡のような気がしています。訳文の癖が強いし、選ぶものも癖が強い。そんなふうに個人的な趣向を詰め込んでいくと、普遍的な、みんなに受けるものになるのかな、なんてことを考えたりもします。この作品は短編集で、基本的にすべて面白いです。

「王様ネズミ」というお話では、子どもが主人公なんですが、「屁をひる」という表現が10回くらい出てきます。最初の2、3回くらいは「それは変だろう」と思うんですが、最後まで読むと「ああ、やっぱり『屁をひる』だよなあ」と。これも、個人性と普遍性が見事にうまく機能した例だと思います。どんな方にも面白いと思っていただける本です。びっくりしますよ。

推薦者:西崎憲さん/Profile

作家、翻訳者、音楽レーベル主宰。2002年、『世界の果ての庭 ショート・ストーリーズ』(新潮社)で第14回日本ファンタジーノベル大賞を受賞。訳書にA・E・コッパード『郵便局と蛇』、G・K・チェスタトン『四人の申し分なき重罪人』、『ヴァージニア・ウルフ短篇集』、『ヘミングウェイ短篇集』(以上、ちくま文庫)など。


『囀る魚』
(アンドレアス・セシェ著/酒寄進一訳/西村書店)

『囀る魚』

この本の主人公はヤニスという青年で、現代のアテネに住んでいます。ヤニスはアテネ旧市街の本屋さんで、リオという名の素敵な女性と出会います。「よりによって書店で火がつくとは」という出だしがすごく素敵です。美しい女性に出会って、情熱の火がつくわけです。とは言ってもただの恋ではなく、その奥には本の世界、現実ではない虚構の世界、心の中に広がる深い世界が含まれています。ストーリーでぐいぐい読ませるというのではなく、単語の一つ一つを味わい、文章の意味をゆっくり考えながら読むのに適した本だと思います。

第一部の最後では、リオがいなくなってしまいます。この謎めいた女性は誰なのか、どこへ行ってしまったのか。ミステリー的な要素も、ファンタジー的な要素もある作品です。お話の中にたくさんの古典作品や海外作品が出てくるので、読書案内としてもすてきです。一粒でいろいろな味を楽しめるチョコレートのような作品。ぜひ読んでください。

推薦者:遠山明子さん/Profile

ドイツ文学翻訳者、千葉大学ドイツ語非常勤講師。上智大学大学院でドイツ・ロマン派文学を専攻。主な訳書にケルスティン・ギア『紅玉は終わりにして始まり』『青玉は光り輝く』『比類なき翠玉〈上・下巻〉』(以上、創元推理文庫)、ベッティーナ・アンゾルゲ『冬のオーレ』『オッコーと魔法のカモメ』(以上、福武書店)など。


『失われた時を求めて 1』
(プルースト著/高遠弘美訳/光文社古典新訳文庫)

『失われた時を求めて 1』

今日は、プルーストの『失われた時を求めて』第1巻を紹介します。プルーストは、1871年7月10日生まれで、1922年11月18日に他界した作家です。享年51歳。『失われた時を求めて』は、1913年(大正2年)に第1巻が出て、最初は3巻の予定だったのがどんどん膨らんでいきました。亡くなった5年後にやっと完結したもので、テキストもいろいろと動き、版も2つか3つ、それ以上あるでしょうか。

そんな中で私は翻訳を続けてきたのですが、1巻から5巻まで、解説を含めたページ数を数えてみると2950ページ。全14巻なので、単純計算すると9000ページ弱になります。皆さんがゆっくりゆっくり、スローリーディングをしてくだされば、私が14巻まで訳し終えたところで、ちょうど読み終えるんじゃないかと思います。まだまだ先は長いので、なるべくお酒を控えて、健康に気をつけて、最後まで終わらせたいと思います。作品について、詳しいことは第1巻に訳者前口上を付けているので、それをご覧いただければ幸いです。

推薦者:高遠弘美さん/Profile

明治大学教授、フランス文学者。早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。訳書にプルースト「失われた時を求めて」シリーズ(光文社古典新訳文庫)のほか、ロミ『乳房の神話学』(角川ソフィア文庫)、『完全版 突飛なるものの歴史』(平凡社)など。


『パライソ・トラベル』
(ホルヘ・フランコ著/田村さと子訳/河出書房新社)

『パライソ・トラベル』

ラテンアメリカの本を紹介したいと思って、コロンビアを舞台にしたこの本を選びました。主人公はマーロンという青年。日本で言う浪人生のような立場の彼は、左右の目の色が違うレイナという美しい女の子に「アメリカに行こうよ」と誘われます。収入のない彼らは、ビザを取らずに不法入国するしかありません。そこで二人はパライソ・トラベル社という旅行社になにがしかのお金を預けて、アメリカに行かせてもらいます。大変な旅です。

そしてニューヨークに着いた途端、マーロンはあるハプニングでレイナとはぐれてしまいます。お金もなく、言葉もしゃべれなくてどうするのかというところが、この物語の面白いところです。彼はその後、コロンビアレストランに身を寄せて、なんとかレイナと再会を果たします。その再会までの間に自分のことを振り返ったトラベルストーリーであり、青春物語です。ぜひ、ラテンアメリカ文学の第一歩として読んでいただけたらと思います。

推薦者:宇野和美さん/Profile

東京外語大学外国語学部スペイン語学科卒。出版社勤務を経てバルセロナ自治大学修士課程修了。訳書にジョアン・マヌエル・ジズベルト『アドリア海の奇跡』、アスン・バルソラ『かちんこちんのムニア』(以上、徳間書店)など。2016年刊行の訳書『ちっちゃいさん』(イソール著/講談社)、スペイン語圏10作家の短編を収録した『名作短編で学ぶスペイン語』(ベレ出版)が好評発売中。

ビギナー編

『アンダー、サンダー、テンダー』
(チョン・セラン著/吉川凪訳/クオン)

『アンダー、サンダー、テンダー』

韓国で今、最も新鮮な長編小説です。著者は1984年生まれで、まだ30歳ちょっとの若い作家。韓国の歴史や社会背景といった予備知識がなくてもストレートに理解できる作品です。同時代の韓国の若者が今、何を考え、何に悩みながら生きているかが分かると思います。物語では、30歳になった主人公の女性が高校時代を思い出したり、当時の友人たちと再会して思い出を語り合ったりします。文章はユーモラス。登場人物も皆、とても個性的で面白いです。

しかし読んでいくうちに、読者は何か妙な緊張感や、不穏な空気を感じるようになります。実は主人公が、高校生のときにある大きなショックを受けて精神のバランスを崩してしまったこと、そして今もそれを引きずっていることが分かってきます。彼女は友人や新しい恋人の助けを借りて、徐々に回復していきます。主人公がトラウマを克服して、次のステップに向かう成長小説。傷ついた人たちに、ぜひ読んでいただきたい作品です。

推薦者:吉川凪さん/Profile

文学博士、翻訳者。新聞社勤務を経て韓国に留学。仁荷大学国文科大学院で韓国近代文学を専攻。訳書にシン・ギョンニム『ラクダに乗って』、ホ・ヒョンマン『耳を葬る』、パク・ソンウォン『都市は何によってできているのか』(以上、クオン)など。著書に『京城のダダ、東京のダダ』(平凡社)がある。


『グルブ消息不明』
(エドゥアルド・メンドサ著/柳原孝敦訳/東宣出版)

『グルブ消息不明』

1990年のバルセロナに、宇宙人が二人やってきます。身体がない純粋知性体で、片割れであるグルブは当時のスペインのセックスシンボルであるマルタ・サンチェスに変身したものだから、すぐに人に連れて行かれていなくなってしまう。それで、もう一人が相棒を探すという話です。

時系列ごとに報告書の形になっていて、どんなことが起こるかというと、「8時00分 ディアグナル通りとグラシア大通りの交差点に姿を現す。路線バス17番バルセロネータ─バイデブロン線に轢かれた。頭部を取り戻さなければならなくなる。衝突によって抜け落ち、転げていったのだ。取り戻すのは大変だ。交通量が多いからだ」「8時01分 オペラ・コルサに轢かれる」「8時02分 荷物運搬のワゴン車に轢かれる」「8時03分 タクシーに轢かれる」「8時04分 頭部を取り戻し、衝突した場所のすぐ近くにあった噴水でそれを洗う。ついでにこの地域の水の成分を分析する。水素と酸素、それにうんちからなる」。まあ、読んでみてください。

推薦者:柳原孝敦さん/Profile

東京大学大学院人文社会系研究科准教授。著書に『ラテンアメリカ主義のレトリック』(エディマン/新宿書房)。訳書にレホ・カルペンティエール『春の祭典』(国書刊行会)、ロベルト・ボラーニョ『野生の探偵たち〈上・下巻〉』(共訳/白水社)、セサル・アイラ『わたしの物語』(松籟社)、『チェ・ゲバラ革命日記』(原書房)など。


『カモメに飛ぶことを教えた猫』
(ルイス・セプルベダ著/河野万里子訳/白水Uブックス)

『カモメに飛ぶことを教えた猫』

海外翻訳小説になかなか手が伸びない方向けに、敷居の高さをなるべく感じさせないような、本当に誰もがつい手を伸ばしたくなる小説を選ぼうと考えました。スペイン語圏の小説で、『カモメに飛ぶことを教えた猫』。まず第一に、薄い! 150ページです。1日でも読めます。それから、絵がかわいい。中に結構イラストが入っていて、読んでいて楽しいです。それでいて、さーっと読んだ後に、なぜかずっしり心に残るものがある小説です。

この小説の一番のテーマは、「自分とは違うものを愛する」ということ。ゾルガという猫が、死んでしまったカモメの産んだ卵を託されて、その卵からかえったカモメに飛ぶことを教えるというあらすじです。自分とはまったく違う、むしろ捕食する対象のカモメを大事に育てて、仲間の猫たちと一緒に彼を独り立ちさせる。不寛容といわれている今の時代に、ぜひ読んでほしい小説の一つです。

推薦者:宮崎真紀さん/Profile

英米・スペイン語文学翻訳者。東京外国語大学外国語学部スペイン語科卒。訳書にパブロ・デ サンティス『世界名探偵倶楽部』(ハヤカワ・ミステリ文庫)、キム・エドワーズ『メモリー・キーパーの娘』(NHK出版)など。2016年10月に刊行された涙あり、笑いあり、恋ありの冒険小説『ヴェサリウスの秘密』(集英社文庫)が発売中。


『世界の果てのビートルズ』
(ミカエル・ニエミ著/岩本正恵訳/新潮クレスト・ブックス)

『世界の果てのビートルズ』

人口900万の小さな国スウェーデンで、75万部の大ヒットになった面白い作品です。舞台は北国スウェーデンの、そのまた一番北の端っこにあるパヤラ村という、ものすごく小さな村。冬至のころになるとまったく日が出ないような、文字どおり世界の最果てを舞台にしています。作者にとっては自伝的な小説で、1960年代にこの村に育った自分を主人公に投影しています。いつかここを出て何者かにならなければと思っている少年にとって、外の世界の象徴の一つが60年代のビートルズのレコード。大きくなって外の世界に出て行ったとしても、この最果ての村で過ごした少年時代は何物にも代えがたい輝きを放っている。誰にでも覚えがあるような、人生の始まりの一番輝いている部分が美しく描かれていて、この本の魅力となっています。

こう言うと感動の青春小説のように聞こえるかもしれないけれど、実際にはすごく荒っぽくて、結構下品です。お酒もすごく飲むし、男の人たちは殴り合うし、口からはとても言えないようなせりふがたくさん出てきます。なんてバカなんだろうっていっぱい笑って、でも読み終えたときには、とても美しい物語を読んだという気持ちになれる。そんな本です。

推薦者:古市真由美さん/Profile

フィンランド文学翻訳者。訳書にレーナ・レヘトライネン『雪の女』(創元推理文庫)、マッティ・ロンカ『殺人者の顔をした男』(集英社文庫)など。2016年9月に刊行された訳書『四人の交差点』(トンミ・キンヌネン著/新潮社)が好評発売中。「フィンランド語をやってみたい人は、私のところに相談に来てください。何でも相談に乗ります」


『エベレスト・ファイル シェルパたちの山』
(マット・ディキンソン著/原田勝訳/小学館)

『エベレスト・ファイル シェルパたちの山』

主人公はネパールのシェルパ族の少年、16歳。彼は優れたシェルパになりたいと願っていて、ようやく念願かなってアメリカの登山隊に採用されます。ただ一つ問題があって、結婚したい幼なじみの女の子がいるのですが、親が決めた許嫁がいるために、持参金の三倍を払わないと好きな子と結婚できません。お金が欲しい。一方、アメリカ隊のリーダーは大統領選に立候補しようとしている男で、世界最高峰に登って名を挙げたいという欲望がある。互いに欲やお金がからんだ中で山に登りますが、自然は厳しく、そういったことを超越した出来事が次々と起こります。

最初から最後まで目が離せない、非常に読みやすい本になっていると思います。山岳小説は一種の密室小説のようなところがあって、限られた人間のあいだでドラマが展開していくサスペンスも十分に楽しめます。原作者は自身もエベレストに登頂経験があり、登山の描写は迫真です。三部作ですが、これが売れてくれないと残りが出るかどうか分かりません。ぜひよろしくお願いします。

推薦者:原田勝さん/Profile

東京外国語大学卒業後、メーカー勤務を経て翻訳者を志す。英語圏の児童文学、特にYA作品を中心に訳している。訳書にヴォーンダ・ミショー・ネルソン著『ハーレムの闘う本屋』(あすなろ書房)、ヴィンス・ヴォーター『ペーパーボーイ』(岩波書店)、ガース・ニクス『サブリエル』ほか古王国記シリーズ三部作(主婦の友社)など。


『靴を売るシンデレラ』
(ジョーン・バウアー著/灰島かり訳/小学館)

『靴を売るシンデレラ』

主人公のジェナは、アメリカの高校生。全米規模の靴のチェーン店でアルバイトをしているのですが、靴に関する専門知識をしっかり身につけ、店内に目を配り、売ることに対する熱意やお客さんへの誠実さをもって、靴をガンガン売りまくっています。しかも、その働きぶりがなんとも楽しそうでイキイキとしているんです。ジェナの才能に目を留めた靴店の女社長は、夏休みの間だけジェナを臨時運転手に抜てき。2人は約1500キロのドライブの旅に出ます。とんでもない珍道中の始まりです。

実は、ジェナはもともと家族の深刻な問題を抱えていますが、ドライブの旅に出たことで、靴店の大問題にまで巻き込まれてしまいます。たたき上げの73歳の女社長と未成年のジェナが旅する中で語る言葉から、さりげなく浮き彫りになってくるのは、「生きるとは」「働くとは」といった人生の本質。最後のページを閉じたとき、きっと、自分の中に前向きな気持ちと元気がわいていることに気づくはずです。

推薦者:田中亜希子さん/Profile

東京女子大学短期大学部英語科卒。銀行勤務を経て翻訳者に。読み聞かせの活動も行っている。訳書にジュリエット・ダラス=コンテ『コッケモーモー!』(徳間書店)、ウェンディー・オルー『秘密の島のニム』(あすなろ書房)、ジェニー・オールドフィールド「プリンセス☆マジック」シリーズ(ポプラ社)など。


『火打箱』
(サリー・ガードナー著/山田順子訳/東京創元社)

『火打箱』

皆さんも「外国の本って、名前がカタカナだから読みづらい」と言われたことがあると思います。なので、できるだけ登場人物が少ないもので、絵が入っているもの。さらに、ある程度の厚みがあって、読んだことを実感できるもの。そして、雰囲気がいいものを選びました。読んでいると嫌な気分になってくる。その嫌な気分というのが、ちょっと癖になるんです。とにかく暗くて、えげつないです。ある兵士が火打ち箱を手に入れるのですが、何度捨てても戻ってくるその火打ち箱に運命を導かれて、だんだんと惨めになっていきます。

話がシンプルなので、読んだ後に「あなたにとっての火打ち箱って何ですか?」という問い掛けがしやすい。自分をストーリーに投影させることも、本を読む楽しみの一つだと思います。読書の楽しみに満ちあふれているとともに、海外文学ならではの独特の空気もしっかり味わえる一冊です。

推薦者:田内志文さん/Profile

明星大学日本文化学部卒。フリーライターを経て渡英し、イースト・アングリア大学院で翻訳を専攻。訳書にニック・ジョンストン『BLUE』(河出書房新社)、マイク・ネルソン『頭のいい人の片づけ方』(PHP研究所)など。翻訳書にまつわるトークイベント「しましょう、本の話」を不定期に開催中。


『海に住む少女』
(シュペルヴィエル著/永田千奈訳/光文社古典新訳文庫)

『海に住む少女』

この本を選んだ理由はまず、短いということ。この一冊に10のお話が入っている短編集で、「長いのはどうも……」と思っている人にも向くんじゃないかと思いました。読んだ後にすごく心が落ち着くのですが、それは、訳文に秘密があるのかもしれません。10篇とも「です・ます調」で訳してあるんです。大人になってから「です・ます調」の文を読むと、ちょっと鼻につく感じがすることがありますが、この本はまったくそんな気がしないで読みました。

この文体のせいで、読み終えた後、なんとなく気持ちがしっとりと和んでくるのではないかと思います。もし、これを読んでシュペルヴィエルを「いいな」と思った方は、同じ出版社から『ひとさらい』という長編も出ています。シュペルヴィエルは、途中で話がちょっとねじれていきます。そのねじれ感が面白いと思った方は、2015年に出した拙訳『地球の中心までトンネルを掘る』(東京創元社)という短編集もお勧めです。ぜひ手に取ってみてください。

推薦者:芹澤恵さん/Profile

英米文学翻訳者。成蹊大学文学部卒。中学、高校の講師を経て1990年より翻訳業に。訳書にO・ヘンリー『1ドルの価値/賢者の贈り物』(光文社古典新訳文庫)、R・D・ウィングフィールド『クリスマスのフロスト』(創元推理文庫)、メアリー・シェリー『フランケンシュタイン』(新潮文庫)など。


『不思議を売る男』
(ジェラルディン・マコーリアン著/金原瑞人訳/偕成社)

『不思議を売る男』

エイルサという女の子が、図書館でMCCという男に出会います。彼はエイルサがお母さんとやっている古道具屋にやって来て、そこで働きたいと言う。そして、訪れるお客さんに向かって、そこにあるいろいろな古道具にまつわる話をします。原題はPack of Lie。つまり、うそか本当か分からないわけです。でも、MCCの話があまりに面白いので、お母さんもエイルサも夢中になって聞いてしまい、お客さんたちは目を輝かせて品物を買っていきます。

表紙をめくってタイトルを見るだけでも、面白そうな感じが分かると思います。例えば「大時計」だと「迷信の話」。「寄せ木細工の文具箱」だと「嘘つきの話」。「中国のお皿」は「大切なものの話」。「鉛の兵隊」という話は枠物語(入れ子構造になって短編がたくさん入っている物語)になっていて、訳者の金原さんがあとがきでも書かれているように、これを読むだけでこの本を買う価値があるというくらいに素晴らしい短編です。皆さんもぜひ読んでみてください。

推薦者:三辺律子さん/Profile

聖心女子大学英語英文学科卒。白百合女子大学大学院児童文化学科修士課程修了。訳書にクリス・ダレーシー『龍のすむ家』(竹書房文庫)、マーク・ウォールデン「H.I.V.E.(ハイブ)」シリーズ(ほるぷ出版)、L・S・マシューズ『嵐にいななく』(小学館)、クリス・プリーストリー『モンタギューおじさんの怖い話』三部作(理論社)など。


『紅玉(ルビー)は終わりにして始まり 時間旅行者の系譜』
(ケルスティン・ギア著/遠山明子訳/創元推理文庫)

『不思議を売る男』

ケルスティン・ギアという作家は日本ではまだ知られていませんが、ドイツの田辺聖子と思ってください。ドイツでは一線級の女性文学の作家で、とにかく抱腹絶倒、笑わせるのが得意です。彼女がヤングアダルト向けに書いた三部作の第1巻がこの本。内容は、ファンタジーが50%に、ラブコメ50%という感じでしょうか。タイムファンタジーで、ある秘密組織がタイムトラベラーを管理しています。主人公の女の子は、ある日突然タイムトラベラーになってしまう。何の用意もないまま、いきなり16世紀や17世紀に飛ばなくちゃいけなくなります。

タイムトラベラーは合計12人いて、全員血がつながっています。その人たちの血を集めるというのが、一つの目標になります。女の子が一緒に旅するのがイケメンで、二人でドタバタ旅をするうちに、だんだんと秘密が解き明かされていきます。12人の一人一人が宝石を象徴していて、第1巻がルビー、2巻の『青玉は光輝く』がサファイア、3巻の『比類なき翠玉』がエメラルド。皆さんもこの3作を読んで、主人公と一緒にとっても素敵な宝石に出会ってください。

推薦者:酒寄進一さん/Profile

ドイツ文学翻訳家。上智大学、ケルン大学、ミュンスター大学に学び、新潟大学講師を経て和光大学教授。訳書にネレ・ノイハウス『死体は笑みを招く』、フェルディナント・フォン・シーラッハ『犯罪』(以上、創元推理文庫)、ハラルト・ギルバース著『オーディンの末裔』(集英社文庫)、ラルフ・イーザウ「ネシャン・サーガ」シリーズ(あすなろ書房)など。


『屋根裏の仏さま』
(ジュリー・オオツカ著/岩本正恵・小竹由美子訳/新潮クレスト・ブックス)

『屋根裏の仏さま』

アメリカの日系人作家、ジュリー・オオツカの作品です。今からおよそ100年前に写真花嫁としてアメリカに渡った女性たちの人生を、著者自身が丹念に調査して書いた、史実に基づくフィクションです。日本からアメリカへの移民が始まったのは、19世紀末。その後、日系移民が増えすぎるのを嫌ってか、1908年には家族以外は受け入れてもらえなくなります。そこで、アメリカへ先に渡っていた男性たちのうその身上書を基に、言ってみれば騙された形で日本から女性たちが嫁いでいきます。

横浜出港から始まり、現地に着いてからの過酷な重労働、偏見や差別など、いろいろなことに耐えて、ようやく少しまともな生活になったかなと思ったときに、パールハーバー。そして、強制収容されるというお話です。訳者の岩本正恵さんはこの本を訳している途中で亡くなられて、小竹由美子さんが後を引き継がれましたが、どこで引き継いだか分からないほど見事なコラボレーションになっています。ぜひ、読んでほしいと思います。

推薦者:亀井よし子さん/Profile

出版翻訳者。訳書にヘレン・フィールディング「ブリジット・ジョーンズの日記」シリーズ(角川文庫)、J・K・ローリング「カジュアル・ベイカンシー 突然の空席」シリーズ(講談社)、ジュディス・カー『いつもふたりで』(ブロンズ新社)、アイヴァン・ドイグ『口笛の聞こえる季節』(ヴィレッジブックス)、キャンディス・ブシュネル『リップスティック・ジャングル』(早川書房)など。


『古森の秘密』
(ディーノ・ブッツァーティ著/長野徹訳/東宣出版)

『古森の秘密』

高校、大学時代とイタロ・カルヴィーノをずっと読んでいて「イタリアのファンタジーはすげぇな」と思っていました。そのカルヴィーノが『イタリア民話集』というのを編纂して、読んだらびっくりした。そのうち『レ・コスミコミケ』というナンセンスものの短編集を出したら、これがまた面白くて。「イタリアはファンタジーだけじゃなくてナンセンスもすげぇな」と思っていたら、ロダーリの『猫とともに去りぬ』とか、ピウミーニの『逃げてゆく水平線』とか、とてもユニークな作品が出てくる。

この『逃げてゆく水平線』と同じ長野徹さんが訳したイタリアンファンタジーが『古森の秘密』、1935年の作品です。僕は英米のファンタジーを数十年読み続け、訳し続けてきたので、少々のファンタジーには驚かないという自負があったんですが、これにはころっとやられてしまって。最後は「そうか、そう来るか」と思わずため息をついた一冊です。少年の成長物語であると同時に、大人の成長物語にもなっているというファンタジー。どうぞ読んでみてください。

推薦者:金原瑞人さん/Profile

出版翻訳者、児童文学研究家、法政大学社会学部教授。法政大学文学部英文学科卒。同大学院人文科学研究科英文学専攻博士課程満期退学。YA、ファンタジー、エスニックの分野を中心に訳書は400冊を越える。2015年には、海外小説を紹介する小冊子『BOOKMARK』を創刊。


『歩道橋の魔術師』
(呉明益著/天野健太郎訳/白水社エクス・リブリス)

『歩道橋の魔術師』

この作品は2016年、日本翻訳大賞やツイッター文学賞、本屋大賞で名前が挙がりまして、おかげでたくさんの方に読んでいただき、たくさんの方に評価されました。著者は呉明益といって、1971年生まれ。不思議な表紙ですが、松下電器が台湾で最も栄えた繁華街「西門町」に建てたネオンサインが使われています。この建物は、3階建てで1キロほどもある大きな商店街ビル。家族たちが住み込み、商売をし、軒下には乞食がいたりする。そういう雑多な風景の中で繰り広げられる、70年代、80年代、90年代の物語です。

呉明益は実体験をベースに、子ども時代に見た風景にスパイスを加えて書いています。懐かしいだけではなく、そこには仕掛けがあって、魔術師という男が出てくる。主人公の子どもたちが、魔術師の見せる現実のすき間から孤独に触れてしまい、人生が変わるというような10篇の連作小説です。台湾文学は食わず嫌いの方も多いですが、この本は連作小説なので1篇が短く、しかもダイナミズムもあって、文体も読みやすい。ぜひ皆さんに読んでほしいと思います。

推薦者:天野健太郎さん/Profile

台湾文学翻訳者、台湾文化を日本に紹介する合同会社聞文堂代表。京都府立大学文学部文学科国中文専攻卒業。2000年より国立台湾師範大学国語中心、国立北京語言大学人文学部に留学。その後、中国語会議通訳、出版翻訳、ビジネス翻訳などに従事。訳書に『台湾海峡一九四九』、『歩道橋の魔術師』(以上、白水社)など。


いかがだっただろうか。イベントの最後には、「はじめての海外文学」フェアを中心となって支えた一人、紀伊國屋書店グランフロント大阪店の山本菜緒子さんが登壇。「書店で働いていると、お客さまは本当にお勧めを求めているなと思う。今日も、皆さんのプレゼンを聞いてやはり読みたくなった。ぜひ今後もご協力いただけたらと思う。ありがとうございました」と、登壇者たちに感謝の言葉を述べた。

主催者の越前さんが「今日紹介した本を読んでいただいて、それをさらにどなたかに伝えていただくと、このイベントをやった甲斐がある。ぜひまた、こういう機会を作ってやりましょう」と締めくくり、イベントは終了した。その後も、会場は翻訳者のサインを求める人であふれ、同じ敷地内にある書店では、この日紹介された本が続々と売れたそうだ。この日、広がった海外文学の輪が、また次のイベントへとつながっていくに違いない。

取材・文:いしもとあやこ
写真:編集部