翻訳フォーラム・ワークショップ「めだかの学校」発表会

update:2016/10/03

「めだかの学校」は、翻訳フォーラムから生まれたワークショップ。命名の由来は「誰が生徒か先生か」という童謡の歌詞。「翻訳そのものを考える」ことを趣旨に、年に6回集まってわいわいがやがや活動しているそうだ。今回は、「めだかの学校」のメンバーが三つの班に分かれ、過去にワークショップで取り上げたテーマから「Outlining」「訳例カード」「テンスとアスペクト」について紹介した。

1. Outlining班の発表

アウトラインとは文章を書く前に作る骨組みのことで、タイトル、メイントピック、サブトピック、ディテールで構成される。

発表では、「コウモリ」を題材にアウトラインの書き方を説明した海外の小学生向け参考書を紹介。彼らは作文の授業で、まずアウトラインを書く。いわば「設計図」だ。タイトルの下に大項目に当たるメイントピックをいくつか書き、それぞれのメイントピックの下に中項目に当たるサブトピック、さらに、それぞれの下に小項目のディテールを書く。本の目次をイメージするとわかりやすいだろう。これができたら、肉付けして本文を書いていく。

Outlining班の発表

「書き手は基本的にこうした構成で文章を組み立てており、私たち翻訳者は、この構成をきちんと読み取って解釈する必要があります」。

一つのパラグラフの中が、どのような文章パターンで構成されているかを把握することも重要だという。

代表的な文のパターンには、

  1. メイントピックを説明する要素を列挙する「Listing」
  2. 時系列でストーリーを展開したり、手順を示したりする「Time Order」
  3. 二つの要素の類似点や相違点を比較する「Comparison」
  4. 二つの要素の因果関係を示す「Cause / Effect」

がある。「パターンを把握したら、訳文でも、それとわかるようにメリハリをつけた訳し方が必要になります」。

ワークショップでは、アウトラインを把握するための具体的な練習として「1行まとめ」を行ったそうだ。これは、一つの英文パラグラフの要点を、1行の日本語でまとめるというもの。発表者の一人は、「筆者が文章を書き始める前に作った『筋書き』がアウトライン。1行まとめは、最終原稿からアウトラインにさかのぼるための作業」と表した。また、別の発表者は、「CATツールを使うことが多いため、パラグラフ単位で考える習慣が欠落しがち。1行まとめをした後は、パラグラフと文章全体でテーマや論理展開を意識できるようになった。それにより、誤訳や改善点に気づくようになった」と感想を述べた。

2. 訳例カード班

訳例カード班

「訳例カード班」の発表では、まず、Most children are aware of it.という英文が紹介された。mostを英和辞書で引くと「大抵の、ほとんどの」という訳語が載っており、これに従うと「大抵の子どもはそのことを知っている」という訳文になることが多いだろう。「ただ、このパターンだけでいいのかという問題提起があります」と発表者。実際には、mostの意味を訳文中のどこに反映させるかで、以下の5パターンは考えられるという。

  1. 大抵の場合、子どもはそのことを知っている。
    (「文の骨格外」に置くかたち)
  2. 大抵の子どもは そのことを知っている。
    (childrenを前から修飾するかたち)
  3. 子どもの大半は そのことを知っている。
    (childrenを後ろから修飾するかたち)
  4. 子どもは大抵 そのことを知っている。
    (副詞として述語を前から修飾するかたち)
  5. 子どもはそのことを知っていることが多い。
    (文末表現として訳すかたち)

「普段『大抵の』という訳語だけで考えていると、2.のかたちだけで訳してしまいがち。いろいろな訳し方ができるようになると、訳文にも幅が出てきますし、原文のニュアンスに合った訳を工夫しやすくなります」。ワークショップでは、mostという語が含まれるいろいろな訳例を辞書から集めて、それをカードにした。カードに書かれた訳例を見て、それが先述した5パターンのどれに当てはまるのかを考えるとともに、ほかのパターンに言い換える演習を行った。例えば、Most children like sweet things.なら、以下の5パターンに言い換えられる(各パターン内でもいろいろな言い換えが可能)。

  1. 大抵の場合、子どもは甘い物が好きだ。
  2. 大抵の子どもは、甘い物が好きだ。
  3. 子どもの大半は甘い物が好きだ。
  4. 子どもは大抵甘い物が好きだ。
  5. 子どもは甘い物が好きなことが多い。

発表者からは、「カードを使って練習するうちに、言い換えが自由にできるようになった」「語尾や言い回しが単調になることが多かったが、少なくとも5パターンで言い換えを考える癖がついた。最初は訳出速度が落ちるかもしれないが、慣れてくると訳文に違いが出てくる」といった感想が聞かれた。

3. テンスとアスペクト班

テンスとアスペクトは、めだかの学校で取り上げてきたテーマの中でも柱となるものの一つだそうだ。共に時間を表す言葉で、テンスは「動きや出来事が、話や文の時点を基準に、今か、前か、この先か」を分類する。一方、アスペクトは「動作や変化が続いているのか、もう終わったのか」という「状態」を表す。

テンスとアスペクト班

どの言語にも時間にかかわる表現はあるが、その体系は言語ごとに異なる。英語の場合を見てみると、テンスは、write、wrote、will writeというように、動詞の語形が過去・現在・未来と変化する「時制」で表される。アスペクトは、進行形や完了形のほか、nowやevery dayなど、時間を表すさまざまな語句を使って表す。

一方、日本語の動詞は「する、した、している、していた」という四つの語形を基本とする。アスペクトの観点から見ると、「する、した」は出来事の始めから終わりまでをひとまとまりでとらえる「完成相」に、「している、していた」は動作の継続を表す「継続相」に分類される。また、「する、している」は非過去形、「した、していた」は過去形だ。アスペクトはほかにも、「~続ける」「~終わる」「~つつある」などの文末表現や、「今にも」「すでに」といった副詞を使って表される。

ワークショップでは、今回のシンポジウムの登壇者でもある高橋さきのさんから、「原文のテンスとアスペクトを、形式ではなく内容(=絵や動画の形)で峻別し、それを訳文で再現することが大切」との指摘があったそうだ。

その力を身につけるために行われたのが、「めだか式千本ノック」と称した練習法。目に入った文章が、(イ)ある時点で起こった動作や変化がずっと続いている状態、(ロ)これまでずっと続いてきたことが終わった状態、(ハ)ある時点で一度だけ起こる動作や変化、(ニ)動作や変化を何度も習慣的にくり返す、のいずれに該当するかをパッと峻別するというものだ。

このトレーニングは、英語だけでなく、日本語の文章でも行ったそうだ。日本語では、過去の出来事であっても「3年前の春のことです」のように非過去形で表したり、「レポートを無事提出」のように体言止めで表したりすることがある。「英語ではすべて過去形で書かれていたとしても、日本語に訳す際に必ずしも過去形にする必要はない。テンスとアスペクトを巧みに使うことで、文章に奥行きが生まれるのです」との言葉とともに、発表は締めくくられた。

取材・文:いしもとあやこ
写真:森脇誠

講演レポート