トークセッション「どうしたら翻訳が上手になるか」

update:2016/10/03

シンポジウムの最後は、これまで登壇した井口さん、深井さん、高橋さきのさん、高橋聡さんが全員で翻訳者の悩みに答えるトークセッション。4人によく寄せられる質問からあらかじめ24個を選び、そこからランダムにピックアップして答えていく形となった。なお『翻訳のレッスン』(講談社刊)でも、「レッスン5/翻訳者のお悩み相談室」の章で、同様にQ&Aコーナーが設けられている。今回のトークセッションでは取り上げなかった質問も多数収録されているので、併せて目を通してみてはいかがだろうか。

Q1.
一般用語は文脈に応じて毎回適切なものがあるのは
わかりました。一方、専門用語には必ず定訳が
あるものなんですよね?

写真:深井裕美子さん
深井裕美子氏

高橋さきの[以下、高橋さ]:特許翻訳では、まだ日本語になっていない用語もたくさんあります。カタカナ表記や「~化」「~的」などの言葉は専門用語と思ってしまいがちですが、意外とそうではない場合も多い。それを見きわめるのが翻訳者の仕事だと思います。

井口:私はかつて石炭燃焼の研究をしていましたが、同じ燃焼装置でもボイラー系なら「流動層」、ごみ処理系なら「流動床」と定訳が異なります。定訳がある専門用語でも、分野によって定訳が異なる場合があり、どれを使うかが問題になります。

高橋聡:定訳が複数あることは珍しくありません。IT分野では、functionは一般用語なら「機能」、専門用語では「関数」と訳します。プログラム言語では「ファンクション」とカタカナ語で訳す場合もあります。

深井:エンタメ分野では、同じdirectorでも映画なら「監督」、テレビ番組なら「ディレクター」。両方が混ざって訳されていると、その翻訳者は「分かっていない」ということが分かってしまいますね。

Q2.
翻訳支援ツールは使ったほうがいいのですか?

写真:井口耕二さん
井口耕二氏

高橋聡:「使った方がいい」とは言えませんが、目の敵にする必要もなくて、あくまで使い方の問題です。使ったほうが稼げる分野もあります。ただ、ツールを使っていると無意識のうちに訳文に影響を受けてしまうことは間違いありません。

高橋さ:ある訳文の監訳をしたときに、翻訳支援ツールを使っている人の訳は、一文ごとにブチブチ切れていたのですぐに分かりました。そのくらい、訳文に影響が出てしまいます。

井口:人間が手を動かす代わりになってくれるのは、いいツールだと思います。ただ、人間が考えるべきところにまで手を出すツールが増えてきていて、それは必ずしもいいとは言えません。

深井:「機械にできることは機械に任せて、それで浮いた時間とエネルギーを有効に使う」というのがいい考え方。例えば、ワードファイルの文字数カウントを手動で行うのは明らかに無駄です。どの作業を自動で行い、どの作業を手動で行うかを見きわめるべきで、人間の頭の領域まで機械に奪い取られてはダメだと思います。

Q3.
専門分野ってどうやって決めたらいいですか?

専門分野ってどうやって決めたらいいですか?

高橋さ:まずは「好きな分野」。好きなことなら勉強します。「仕事だから調べ物をする」というだけでなく、寝ても覚めてもそのことを考えるような時間が翻訳の仕事では必要。それができるのは、やはり好きなことだと思います。

井口:「好き」で、かつ「仕事がある」分野が一番ですね。単価が高くて面白くない分野をやっていても、その分野では二流にしかなれず、単価も上がりません。一方、単価が低くても好きな分野で一流になれば、その分野では一番上の単価がもらえます。しかも、やっていて面白いのだから言うことはありません。

深井:ニッチな分野でもいいので、自分がそれについて1時間語れるものを選ぶといいですね。自分が詳しくない分野を選ぶと、いくら勉強しても、もともと詳しい人にはかなわないし、効率も悪くて「時給」も下がります。ニッチな分野でも、その分野で一番になれば仕事は来ます。「この分野なら任せて」と周りにアピールしておくことも大事です。

高橋聡:私はもともと専門分野があったわけではなく、英語が好きでこの世界に入りました。そういう人も多いと思います。専門分野を決める前に、いろいろなことをやってみるのもいいですね。私もIT分野に特化する以前はいろいろな分野の仕事をしていて、だんだんとITに絞っていきました。

Q4.
常に発注される翻訳者になるには、
どうしたらいいでしょうか。

常に発注される翻訳者になるには、どうしたらいいでしょうか

井口:お買い得感のある翻訳者になることが一番です。「単価が高いけれど、それ以上に品質がいい」とか、「品質はそこそこだれど、ちょっと安め」とか。ただ、後者は割と人数が多いので、前者を目指すといいと思います。

高橋さ:翻訳では一つの分野だけの文章が発生することは少なくて、二つ以上の分野にまたがっていたりします。「どんな分野もある程度はできて、その上でどれか一つの分野はすごくできる」という人になら、信頼して仕事を頼めますね。

高橋聡:専門分野の中でも、さらに一つ専門を作ると強みになります。一方で、分野を固定しないことも大事です。ITで言えば、マニュアルやヘルプしかできない人はだんだん仕事が減ってきていますが、マーケティング系の仕事は結構あります。人が苦手とする分野ができれば、継続的に発注されると思います。

深井:「商売」と考えるといいと思います。サービスをよくすることは大事です。自分ができない仕事でもほかの翻訳者を紹介したり、「こういう進め方ではどうでしょうか」と提案したり。どういうふうに相手のことをserveするかを考えると、ほかの大勢の翻訳者と差別化ができると思いますね。

Q5.
ボキャビルって、どうやってやるんですか?

写真:高橋さきのさん
高橋さきの氏

高橋さ:訳し方のパターンを増やしたり、辞書に載っている訳語以外の言葉を探したりするなど、自分が持っている語彙を翻訳の際にアクティブに使う方法は即効性が高いです。

深井:私はフィギュアスケートを見るのが好きで、スケート関連で海外のサイトを見たり、ツイッターのアカウントをフォローしていたりしています。すると、用語が自動的に目の前を通り過ぎていって、だんだん蓄積されていきます。それから、知らない単語に出会ったら、その瞬間にすぐ辞書を引くようにしています。どんな文脈で出てきたかを覚えておくことが大事ですね。

井口:意識的にボキャビルをやったのは、大学受験勉強のときだけですね。その後は、仕事で出てくる単語をいろいろな辞書で引いて回っているくらいですが、その中で覚えているものはきっとあるのだろうと思います。

高橋聡:単語帳ではないですが、Evernoteにいろいろな単語のコレクションがあります。珍しい単語や、よく出てくるけれど知らない意味があった単語なんかを集めています。

Q6.
翻訳学校に行かなくてはプロになれませんか?

写真:高橋聡さん
高橋聡氏

井口:学校に行けば翻訳の基礎をまとめて学べるし、人脈もできます。そういったプラスの面はありますが、単純に「学校に行けばプロになれる」というものではありません。プロになれる人は学校に行かなくてもなれますし、なれない人は学校に行ってもなれません。

深井:同じレベルの生徒さんたちとの横のつながりも、ものすごく大事です。将来、仕事をシェアしたり、情報交換したり、単純に励まし合ったりするかもしれません。そういう仲間を作る意義はあります。

高橋聡:私は翻訳学校に行かなかったのですが、今、自分が学校で教えていて、「行けばよかった」と思うこともあります。行って学べたことはたくさんあったと思います。

高橋さ:学校以外のルートもあると思います。例えば、特許事務所に入って、仲間と一緒に勉強するとか。そんなふうに、職場で学ぶというのもありではないでしょうか。

取材・文:いしもとあやこ
写真:森脇誠

講演レポート