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苦手なりの受験英語

 

2005年8月26日

英語が嫌いで苦手な人の「分かる・分からない」について(7)

今日はまとめです。
今回は

私のような英語のセンスが極貧人間
I go to school. にはなぜ to がいるのか
I have a pen. にはなぜ with などの前置詞が入らないのか?

…といったことが分からなくて不快
である。

英語好きでセンス溢れる方
そういうことは「なんとなく分かる」ので気にならない

というお話でした。

さてと、ここで考えて欲しいことがあるのです。

今回の話で、(英語が得意な方ではなく)私にとって「快感だったポイント・嬉しかった部分」はどこだと思いますか?

実は
(3) (4) (5) の部分なんです。
この説明で長年の胆石が取れたというか、持病が治ったというか、霞が晴れたというか、やっと地上に這い出たというか……如何にこれが幸福感に包まれた出来事であったか…
(3)(4)(5)の説明で理解ができたこと快感で快感でしょうがない出来事であったのです!


ところが…
英語がお好きな方にとって
(3) (4) (5)は…

 
 
おそらく不快で不快でしょうがない内容だったのではないでしょうか?

自動詞!他動詞! 目的語!
やめろ!こんな文法用語を使うのは!
説明されてもよく分からないよ!!

という感想ではないでしょうか?どうですか?

なぜなら、お好きな方は「なんとなく」分かってしまうからです。なんとなく分かってしまうのに
自動詞!他動詞! 目的語!
などと言われても、余計難しく感じてしまうようです。
むしろかえって英語に興味を失いかねない

不快で不快でしょうがないわけです!

つまり、こんな私でもやっと「分かった!」という「快感で快感でしょうがなかった出来事」は、英語好きな方にとっては「不快で不快でしょうがない、という出来事」なんです。


「得意な人が不快に思うもの」…すなわち「文法」のお陰で、苦手な人はやっと英語が「分かって」そこから得意になっていくというきっかけになる大事な部分だと私は思うわけです!

 ところが!

この感覚は、<英語が最初から好きな方にはどう考えたって、そうは思えない部分ではないでしょうか。自分にとっては「文法」は「不快」に思う要素だからです。
【実はここが『苦手な人が得意になる鍵』である】と思っているのです!
( ̄ヘ ̄)

以上で今回のシリーズは終了です。ありがとうございました。m(_ _)m

次回から、【実はここが『苦手な人が得意になる鍵』である】という私の見解の『根拠』を記したいと思います。「英語が苦手だった人と文法の関係」といったテーマで数回お届けいたします。
日曜日の更新予定です。お楽しみに~♪

シリーズ「英語が苦手だった人と文法の関係」
の第1回はこちら


(↓目次はこちら)
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Comments

>まきりん

コメントありがとうございます。同感だったようですね。嬉しく思います。
私のブログは面白いのですか? ありがとうございます。(最近特によく言われます。でも自分ではどこが面白いのかよくわかっていません)

自・他の仕組みをちゃんと理解してた上で、フレーズを覚えれば、会話でも間違いが少なく使える人が多いと思います。

ただし「自・他の仕組みなんか全然知らなくても、フレーズ、いや 例文ですね、それをたくさん覚えて、英語が得意になった人が世の中に大勢いる」のです。ここのシリーズでも書いたように「自」とか「他」とか考えたくない人たちがいるのです。そんなもん考えなくても英語が出来てしまう人たちがいるのです。そういう人たちのほうが語学の才能が豊富なのです。英語力も高いのです。たぶん10~20人に1人ぐらいはこういう才能をお持ちです。

 そういう「才能が高い人」たちが英語教育に携わるケースが多いのです。そういう才能が高い人たちが指導しているので、通常は自・他などの「文法事項」が蔑ろにされやすいのだと思います。

 日本人の10~20人中9~19人は、そういう才能がないのです。そういう才能がないのに、文法を教わらないから、日本人の多くは英語が上手く使えないのだと思います。

 自・他 だけでもちゃんと教えれば、日本の英語教育の状況は大分変わると思います。

面白くて、ここまで読み進んできました!
私も昔、自動詞、他動詞で感動しました。こりゃ便利って思ったのを思い出しました。
でもいつの頃からか、使わなくなりました。phrasal verbsを使って覚える方が早いです。実際の会話から例文を探しては、使ってみてます。
文を見てわからないところがあると、わかるまで辞書をひいてみますよ。英和・和英・英英と、どれかには必ずわかり易い答えがありますね。

こういう勉強の方法を、中・高で教えないのは、英語を覚えさせたくないからだと思います~ 国全体が日本人なんだから、英語なんて少しわかる程度でいいと思っているのでしょう。
フィリピンやシンガポールなどの英語の取り組み見たら、日本人は日本語を護ることを優先しすぎてるから下手なんだって思う。

>やつはしさん
嬉しいコメントありがとうございます。m(_ _)m
ところで、お名前になんとなく覚えがあるのですが、以前メールか何かいただいたことはなかったでしょうか? 勘違いだったらすみません。


「こういった英語の勉強」とは、ここの第5回目の話でしょうか? そうだとしてお返事します。


>1つ疑問なのは、"こういった英語の勉強の仕方を、なぜ中学・高校で十分に教えてもらえなかったのか"


それは、多くの英語の先生方にとってそれが「不快で不要」としか思えないからだと思います。


こうした文法事項を不快に思う人しか普通は英語教師にならないからだと思います。


そんなもの知らなくても、彼、彼女らは英文の意味を理解できるからです。おそらく英語のできる人がここの回ののテーマを読んでいた場合、90%以上の方々は(3)(4)(5)を読み飛ばしていると思います。「不快極まりない、理解したくない、する必要がない、なんでこんな文法用語を並べるのだ?、よけい難しくなるだけだろうが」と思い読んでいないと思います。我々にとっては大感動する「やっと英語の良さが見えた、快感な出来事」は、彼、彼女らにとっては「不快極まりない」ことだからです。


自分にとって「ちっとも役に立たない不快なこと」をわざわざ教えるような中学・高校の英語教師はいるでしょうか? いないと思います。
だから普通はこういうことを教えてくれないのです。


「細かい文法は我々とって快感」だ……ということを彼、彼女らはわかることができないのです。自分にとっては不快だから。

"英語が嫌いで苦手な人の「分かる・分からない」について" の記事を読んで、共感・勉強できる部分が多かったので、お礼を含め、コメントさせて下さい。特に(3)~(5)の部分の感動は痛いほどよく分かりました。
 私は現在大学院生で、将来英語に困らないようにと、再び勉強を始めたところです。英語については、受験時代には偏差値60程度、大学ではTOEIC740点という成績を取りながらも、なぜかまだ苦手意識が残ったままの状態です。
 その理由を考えながら大学時代を過ごしてきて、まず辿り着いた答えは、私の場合も文法でした。TOEICの文法問題を解くうちに、「前置詞の後は必ず名詞が来る」ことや、「townという単語は話者と何らかの関係を持つ都市を表す場合、無冠詞になる」ことなどを知り、少しずつ英語が分かるようになっていきました。英語を感覚的に掴むことが出来ない私にとって、文法の勉強は1つの拠り所になりました。
 しかしその中で、また別の問題が出てきました。それは、リスニング・スピーキングの問題です。文法で逐語的に英語を読んできた代償として、会話等のフレーズとその発音が全く身に付いていないのです。また、「英語を英語のまま理解する」ということが重要だとよく言われますが、私は英語を聞いたらすぐ日本語に訳す癖があり、それを矯正するのにも非常に苦労しています。
 1つ疑問なのは、"こういった英語の勉強の仕方を、なぜ中学・高校で十分に教えてもらえなかったのか"ということです。今回の全7回シリーズの記事の5回目の中に書かれている、"自動詞に付く前置詞が、辞書に()で載っている"ということは、これを読むまできちんと認識していませんでした。このため、この5回目の記事の内容を読んだとき、感動と同時に上で述べたような疑問も浮かんできました。
 長くなってしまいましたが、この記事には本当に感謝しています。特に5回目の記事については感謝を言っても言い尽くせません。さらにこの記事は英語の知識だけでなく、自分と同じような考えを持っている方がいる、という安堵感も与えてくれました。
 上に書いたように英語には四苦八苦している身ですが、いつか苦手意識が取れることを願いながら勉強していきます。そしてこんな人間でも英語が分かるようになるんだ、ということを英語が苦手だと感じている方に示したいと思います。ためになる記事、本当にありがとうございました。熟語の辞書の話はずっと忘れません。