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苦手なりの受験英語

 

2006年10月25日

直訳と意訳と訳例と意味(7)

では得意な人の英文の考え方について今回は取り上げます。
得意な人は、英文を読んだ(見た)ときの反応というか、どうとらえるのか、について説明します。


得意な人は「意訳例」を作る……と前回はしました。しかしこれは正確ではありませんでした。ごめんなさい。得意な人の全員が意訳例を考えるのではなく、概ね以下の3つに分類されると思います。


得意なAくん…「意訳例にこだわる」
得意なBくん…「できるだけ左から右につながるように文節を区切って、文節ごとに捕らえる」
得意なCくん…「日本語の訳例など考えない」


以下、それぞれを説明していきましょう。


意訳例にこだわる 得意なAくん」の場合です。
今回のケースで言えば
I had to walk around, lookng for a stand ashtray.
Instead of resting, I was just tiring myself.


私はスタンド灰皿を探すために歩き回らなくてはならなかった。
休む代わりに、ただ疲れただけだった。
のような訳例を作り上げます。これは訳例の1つだから、もっと良い訳例も考えられるでしょう。少なくともひと昔前、ふた昔前の受験生は、このタイプが一番多かったように思います。というのは「昔の受験英語は訳例を作らせる問題が主流であったから」です。
参考
(このとらえ方を突き詰めると翻訳家の作業になります)


ところが最近はそうではなくなってきました。解釈問題が長文化し、訳出させる設問が激減したからです。現代受験英語は、いかに速く、多く、正確に意味をとらえるか…ということを考えなくてはならなくなってきたのです。
そこで生まれたのが「できるだけ左から右につながるように文節を区切って、文節ごとに捕らえる」読み方です。それで今回の訳例を作ると


私は歩き回らなければならなかった、探しながら、スタンド灰皿を。
休むことの代わりに、私はただ、疲れさせていた、自分自身を


といったものになるでしょう。これがBくんの読み方です。ただどうでしょう? もし「訳出しなさい」という試験問題だったらこの訳例はどうですか? 少なくとも「この順番」なら問題がありますね。この訳例は"日本語"の語順として「間違い」でしょう。正しく入れ替えて「私は、スタンド灰皿を探しながら歩き回らなければならなかった。休むことの代わりに、私はただ自分自身を疲れさせていた。」とすれば、日本語としてなんとか正しくなると思います。美しさはないですが。正しい順番にすると見事な直訳例になるのが特徴ですね。


しかし、「私は歩き回らなければならなかった、探しながら、スタンド灰皿を。休むことの代わりに、私はただ、疲れさせていた、自分自身を」という訳例は、「できるだけ左から右につながるように」とらえています。意味の把握であれば「速く正確にとらえている」ことにはなるのではないでしょうか? 現在の受験英語の長文問題は、美しい訳例よりもいかに速く読むか速読力勝負!…と行った側面があります。だからこうした訳例を作ることもあるでしょう。これができるのならば長文を速く正確に読める→成績が上がることになると思います。
(このとらえ方を突き詰めると同時通訳者の作業になります)
う~ん。まだ舌足らずですね。後でもう1回ここを詳しく説明します。


最後のCくんは、こうした「日本語の訳例」を全く作らないタイプです。
苦手な人には「このCくんタイプの得意な人」の想像が全くつかないと思います。「え~日本語の訳例を作らないでどうやって意味を理解しているの?」と莫大に疑問に感じると思います。


Cくんタイプは、「かつてはAくんタイプかBくんタイプであった」と推測されます。ですが、そこを飛び越えてしまったのです。実はなんと「英語を英語としてとらえてしまっている」のです。この意味が分かりますか? 英語で概念を理解してしまっているのです。まるで英語を話せる人のように。(ちなみにこういうCくんタイプのお友達は「英英辞典」です。英語の概念を英語で覚えています)


Cくんはわざわざ日本語の訳出なんか頭でも考えません。英語をしゃべる人は英語で考えるでしょう? それと同じように「英文を英語でとらえている」んです。(ここの意味は分かりますかねえ~ちょっと心配です。上手い言い回しがあったら教えてください。m(_ _)m) これができるのなら、やはり成績がずば抜けていいことになるでしょう。


以上が「英語が得意な人の英文の捕らえ方の分類」でした。いかがでしたでしょうか?
次回からは一応「英語の得意な人はAくんタイプ(英語を見ると意訳例を考える)」として説明を続けます。よろしくお願いします。


次回の更新は金曜日ですがいつもの文法授業です。この話の続きは日曜日に更新します。

Comments

>かえでさん
いつもありがとうございます。
この(7)の内容はいずれは書くつもりではあったので、余計な手間ではなかったです。
よ~くみると(5)↓
/beginner/article/mouthbird/2006/10/post_257.html

(本当はもう少し説明が必要です。いずれこのテーマのどこかで紹介します)
と書いてあります。実はこれに当たるのが今回の(7)の内容であったのです。
予定の順番がズレただけなのでご安心ください。


>B君の読み方をあげていらっしゃいますが、本当の初心者もこう読むと思います。
>黒板に「私 話す 英語」


これは私にとって新鮮な意見でした!
私は中学時代も「スーパー英語落第者」でしたが、私でも「私は英語を話す」と、とりあえず日本語として意味が通るようなものを作ったと思います。もっともこれは単語が3つと短かったから作れたのだと思います。


もっと単語数が多い場合、英語ができない生徒は別のように考えると私は思います。少なくとも私は別です。


それこそ↓これを例に挙げてみます。
I had to walk around, lookng for a stand ashtray.


これを高校時代の私であれば、
<私は、~ねばならなかった、歩き回る、見る、~ため、1つの、立つ、灰皿。>

と分断すると思います。これはもちろん多分に間違いを含んでいます。「look for」の熟語や分詞構文を無視しているし、スタンドも「立つ」と動詞にしてしまっています。ですが高校のときの私ならこのようにとらえたでしょう。なぜならlook for も 分詞構文も知らないし、stand はなんとなく「立つ」と考えたでしょうから。


当時の私なら、「これら」を数珠繋ぎし、「私は歩き回って一つの灰皿を[持って]立って見ていた」という、わけの分からん訳例を作ると思います。


多くの英語ができない学習者はこのように「正しい数珠繋ぎ?」ができない、少なくとも「非常に下手」だと思います。上の例で言えば私はわざと訳例に[持って]という言葉を入れましたが、英語が苦手な人が数珠繋ぎをするとこのようによく「妄想」が挿入されます。[持って]というような言葉が入らないと日本語の文章として合わなくなるからです。


こうなってしまうのは、熟語の知識や文法を知らないからです。look for が熟語だということも知らなければ、もちろん分詞構文も知らない。standがこの場合は動詞でないのは文法的に分かるはずですが、高校生の時の私ならそんなことは分からないでしょう。


逆にこれらを知っていれば
私は、歩き回らなければならなかった、探しながら、スタンド灰皿を。
とできるでしょう。ですが、だとしても私は不安を感じると思います。このままでは日本語として通じているか、私なら不安を覚えます。


ちゃんと順番を入れ替えて
「私はスタンド灰皿を探しながら歩き回らなければならなかった」
となって、ああ、日本語として意味が通じた! とできれば【50%ぐらい】は安心できます。まだ50%です。いや25%ぐらいかな? もっと少ないかもしれません。なぜなら「この訳例があっているという自信が<誰か(先生など)に「あっているよ!」というお墨付きをもらうまで>根本的には本人(私)には全くないから」です。


たとえ「私はスタンド灰皿を探しながら歩き回らなければならなかった」でも自信がないのです。まして「私は、歩き回らなければならなかった、探しながら、スタンド灰皿を。」であったらどうでしょう? 少なくとも私は不安だらけに当時感じるでしょう。


でもでも! しかししかし!


訳例を作る作業を何度も繰り返していき、実力が上がり、さほど間違えなくなってくると、状況は変わると思います。


今の私なら「私はスタンド灰皿を探しながら歩き回らなければならなかった」という訳例は<誰かにお墨付きをもらう>ということがなくても「訳例の1つとして正しい」という自信があります。こういう状況であれば話は別です。「私は、歩き回らなければならなかった、探しながら、スタンド灰皿を。」で考えても何の問題もないと思います。むしろこの方が速くは読めますから、少なくとも「速読」という意味で有益です。


逆に言えばそれまでは「不安」のかたまりだと私は思います。私のような英語ができない人にとっては……


だから初級者には「私は、歩き回らなければならなかった、探しながら、スタンド灰皿を。」でOKな訳例だ! とは私は考えないのです。中級者以降でやっと考えるべきだと私は思います。


いかがでしょうか?


う~んCくんの読み方はBくんに近いですか…。そうかもしれませんね。Aくんは訳例にこだわるのですが、Cくんは訳例を作らないわけですからね…う~ん…そうかそうか
…わしは浅はかじゃのう……(T T)
ありがとうございます


まだまだ私には考えることが多いですね。ありがたいご意見をいつもありがとうございます。またよろしくお願い致します。

マウスバードさん

私の見当違いかもしれない書き込みに対して、英語の得意な人の詳細な分析、どうもありがとうございます。とても時間がかかったと思います。よけいな手間をとらせてしまったようで申し訳ありません。しかし、今回のテーマはとても興味深いので、もうすこし書かせてください。

まず、英語の得意な人の読み方としてB君の読み方をあげていらっしゃいますが、本当の初心者もこう読むと思います。実際に、私は中学1年の時の英語の授業で、I speak English.を訳しなさいといわれて、黒板に「私 話す 英語」と書いて、みんなに笑われたことを今でもはっきりと覚えています。

これは極端な例でしたが、I speak English.の構文がとれて、「私は、話す、英語を。」という「意味」だとわかれば、それでいいと思います。もちろん、これは「訳」ではありませんから頭の中で理解して読みすすめればいいという意味ですが。それができれば、訳せといわれた時にほぼ間違いなく「私は英語を話す。」と直訳できるからです。「私は、話す、英語を。」を「私は英語を話す。」にするのは英語力ではなく国語力だと思いますので、適時練習するだけでよいのではないのでしょうか。

私は、英語が読めるようになるためには、初心者からC君のレベルになるまでこの読み方で、徐々に日本語を意識しないようにしていく練習をすればよいと思っています。そうすれば、I speak English.はほとんどの人が訳さなくても意味が分かるように、自然に英語のままで意味が分かる文が増えてきます。逆に、いつも英語を日本語に訳す癖をつけてしまうとC君のレベルにならないと思います。つまり、速く読めるようにならないと思います。

もう1つ付け加えるとすると、B君の読み方とC君の読み方はまったく別のものではなくて、かなりオーバーラップすると思います。いったり来たりするということです。私の場合でいうと、1つの文章の中でさえ、簡単なところは、文法や構文を意識しないで、もちろん訳さずに読み進んでいますが、難しいところにくると文法を駆使して読み解くという感じになっています。

A君については次回の記事を読んでから感想を書かせてください。
楽しみにしています。