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苦手なりの受験英語

 

2006年10月29日

直訳と意訳と訳例と意味(8)

ここまでの話では
英文を読むと
苦手な人は、直訳例を作るのがやっと。正しい意訳例など作れない
得意な人は(直訳例ではなく)いきなり意訳例を作ることができる
ということを踏まえてください。よろしいですか?


ではでは


I had to walk around, lookng for a stand ashtray.
Instead of resting, I was just tiring myself.


苦手な人がこの訳例作りにチャレンジしたとします。最初にがんばるべきは「直訳例」ですね。がんばって以下の直訳例を作ったとします。
これだけちゃんと作るのも苦手な人にとっては大変なんです。


「私は歩き回らなければならなかった、スタンド灰皿を探しながら。
休むことの代わりに、私はちょうど自分自身を疲れさせていた。」


でも、もしこれが入試で「訳出しなさい」という問題であったら、少なくとも少しは減点されると思います。あっているにもかかわらずです。
特に、「私はちょうど自分自身を疲れさせていた」という部分はぎこちなさ過ぎると思いませんか? こういう部分は普通、減点の対象になるのです。


つまり、入試で「訳出しなさい」と要求される場合は「意訳例」ができないといけないのです。


じゃあ、どうやるか?
苦手な人の場合、まず直訳例を作って、それを意訳例に変える練習をするのです。


この問題だったら↓こんな感じ。


直訳例<私は歩き回らなければならなかった、スタンド灰皿を探しながら。>
う~ん…
まずは少し順番を変えて↓
「私はスタンド灰皿を探しながら歩き回らなければならなかった」
かな? うん? 待てよ。分詞構文の今回の意味は「~ながら<付帯状況>」で良いのかな?
「スタンド灰皿を探さないといけない『ので<理由>』」歩き回らなければならないんじゃないのかな?
とすると
「私はスタンド灰皿を探すので歩き回らなければならなかった」
う~ん…ぎこちないな。もう少し変えて↓
「私はスタンド灰皿を探すために歩き回らなければならなかった」
おお! 良いんじゃないかな?


直訳例<休むことの代わりに、私はちょうど自分自身を疲れさせていた。>
う~ん…
「休むことの代わりに」は「休む代わりに」の方が自然な日本語かな?
うんそうだろうね。問題は
「私はちょうど自分自身を疲れさせていた。」
だなあ…。う~ん…。
自分自身を疲れさせたって変な日本語だよね。要するに疲れたんじゃないのか?
じゃあ↓
「私はちょうど疲れた」
う~ん… just の意味は「ただ~だけ」のほうが良くないか?↓
「私はただ疲れただけだった」
おお! 良いんじゃないかな?


全体で
「私はスタンド灰皿を探すために歩き回らなければならなかった
 休む代わりに、私は疲れただけだった」
おお! 意訳例ができた!
(^▽^)♪


という具合に作ることができます。


でもこのような過程は最初に「正しい直訳例ができているからこそできる」わけです。
だから、苦手な人は最初は正しい直訳例を作れるようになるべきだと思うのです。
直訳例⇒意訳例をそのうち考えれば良いと思います。


さて、ここまで良いですか? 実は↑この考えは「得意な人にはおもいっきり変に見えます」
「なんで、そんな回りくどいことを考えるんだ?」と疑問に思うはずです。
だって彼らは「イキナリ意訳例ができるから」です。


ここが「苦手な人にとっての学習弊害」になっていると思います。それについては次回書きましょうか。
次回は火曜日の更新予定です。お楽しみに。

Comments

>かえでさん
いつもコメントありがとうございます。お返事が送れて申し訳ありません。
伊藤師の情報ありがとうございます。はい、おかげさまでこちらを踏まえてBくんの読み方についてさらに突っ込んで書いていけると思います。


得意な人の勉強の仕方と苦手な人の勉強の仕方は違うはずだ、という私の意見はは、ウ~ンそうですね。これもこのテーマのどこかで書くことにします。その途中でもご意見をまたいただければありがたいと思います。どうかよろしくお願いいたします。

誤解のないようにもう1つつけ加えると、私は決して「英語の苦手な人も英文解釈教室やビジュアル英文解釈をやればいい。」といっているわけではありません。それどころか手を出すべきではないと思っています。方法論はすばらしいのですが、英語の苦手な人にとっては、扱っている英文のレベルが少し高いからです。英語の苦手な人は基本的な文法を理解してから伊藤和夫の読み方を簡単な英文で練習する必要があると思います。そのための本としてはエスト英語構文を薦めたいと思います。

マウスバードさん、こんばんは。

「伊藤師の考え方を私は存じ上げなかったので、Bくんの読み方を詳しく書くときに、伊藤師の考え方も踏まえた内容を載せさせていただきます。」

ということなので、よろしければ御参考にして下さい。

1.意味上の区切り

a. イギリス人やアメリカ人が英文を「左から右、上から下」へ読んで分かるのは、文法的な構成とはある程度別の次元の「意味上の区切り」というものがあって、それに従って英文が先頭からいくつかの区切りに切れ、それがまとまって感じられるからだと思う。(ビジュアル英文解釈p212)

b. In Vermont someone had to walk with a red flag to warn that it was coming.
この文章を英語で読むときには、In Vermont (バーモントで)、someone had to walk (誰かが歩かなければならなかった)、with a red flag(赤い旗を持って)、to warn (警告する為に)、that (ということを)という順序で内容を追うことができなければ、本物じゃないってことだ。(ビジュアル英文解釈p23)


2.直訳と意訳

a.「直訳か意訳か」学生からよく受ける質問であるが、「原文と違うもの」が訳ではないのと同様に「日本語だけを読んだのでは分からないもの」も訳ではないのである。この矛盾した要求を個々の場面でどう調和させるかは、本書の全体を通じて筆者が英文に与えている訳文を通して悟ってほしい。(英文解釈教室 改訂版 別冊p13)

b. It is this and similar differences which make it possible to say that ~.
という英文に対して、構文解説では、
「~ということを可能にしているのは、この種の差異やその他同種の差異である。」
という訳を示した後で、最後に文章全体を訳した大意で、
「この種の差異やその他同種の差異から考えて、~と言ってよいのである。」
という訳も示しています。そしてこれに関するコメントとして、
「英文に対する訳は、文が複雑になってくれば、何通りもあっていいんです。」
としています。(ビジュアル英文解釈p288)

このような伊藤和夫の考え方は、マウスバードさんが主張されている「英語の苦手な人の勉強の仕方」(直訳から意訳、訳例はいくつもある)とあまり違わないと思うのですがいかがでしょうか? それがどういうものかよく分からないのですが、マウスバードさんが知っている英語の得意な人(?)の勉強の仕方が特殊だったのではないでしょうか?
私の考えでは、英語の得意な人でも苦手な人でも、正しい英語の勉強の仕方というのは同じだと思います。

>Dr.Sさん
こんにちは。いつもありがとうございます。
数学の問題のお答えもありがとうございました。該当ログの最後に解答へのリンクをつけました。
/beginner/article/mouthbird/2005/07/post_6.html


Bくんの読み方についてですが、↓こちらで明記したとおりまだ説明はまだ舌足らずです。
/beginner/article/mouthbird/2006/10/post_259.html


このテーマの中で後に詳しく書く予定です。それをお返事とさせていただきく思います。なので申し訳ありませんがもうしばらくお待ちください。ですが、伊藤師の考え方を私は存じ上げなかったので、Bくんの読み方を詳しく書くときに、伊藤師の考え方も踏まえた内容を載せさせていただきます。それにより多角的な意見が書けるのではないかと思います。


「意訳から直訳を作る」のは、私の師匠の1人「井川治久先生」が薦めていた方法です。井川先生は「苦手な人向け」の先生で、私はこれに従ったのです。私は超苦手であったので。そして結果的に解釈力は上がったわけです。私が思いまするに「直訳→意訳」と作る勉強法は「苦手な人に」より効果的なのではないかと思っています。何度も書いてますが、このブログは「苦手な人向け」なのです。普通の人向け、ましてや得意な人向けの勉強法とは違うのです。「普通の人向けや得意な人向けの勉強法」ならば別の方法になると思っているのです。


入試の和訳問題の答案例は欲しいですよね。でも大学側で公表はしてないんでしょうね。だから概ね手探り状態で考えるしかないのが現状かもしれませんね。伊藤師のような方々は分析して「こうであろう」と手探りで見つけて提示してきたものを我々は引き継いているのかもしれませんね…。

マウスバード様へ

どうも、Dr. Sです。なかなか、今回は微妙な問題ですね。

 まず、前回のA君、B君、C君について考えてみました。故伊藤和夫先生が目指したのは、明らかにC君であり、そのための頭の働き方を記したの「英文解釈教室」(おそらく「ビジュアル英文解釈も」)であると言えます。しかしながら、C君の直読直解の域に達するには、「英文解釈教室」だけでは不十分で、「英語の力は理解が半分、修練による慣れが半分」であり、「本書の特思考法が、…無為意識の世界に完全に沈み、…本書のことを忘れ退ることが出来たとき」、「直読直解の理想は達成されたのであり、本書は…役割を果たし終えた…」と述べています(「英文解釈教室」あとがきより)。

 一方、B君についてですが、これはいわゆる、スラッシュ・リーディング、または、チャンク・リーディングですね。この手の手法はSIMをはじめ、いくつかの流派があるようでそれぞれ微妙に異なるようです。私が知っている限りでは、故伊藤和夫先生がこの種の方法に対しての考えを述べている事例は見たことが無いのですが、どこかのブログでこの種の方法を避けていたとの記載がありました。この理由として、結局、スラッシュによる区切り方について任意性がつきまとうからです。

 しかし、私が現在考えているのは、直読直解-速度を身につける現実的な方法として、故伊藤先生の方法を身につけた後、スラッシュ・リーディングを行うのがよいのではないかと考えています。これは、とりあえず、その理由として

・故伊藤和夫先生の方法と矛盾しないというより、むしろ、一つの、しかも、コンセプトの分かりやすい応用と見なせると考えられること
・スラッシュ・リーディングの欠点である、区切りの任意性についても、故伊藤先生の方法を身につけた場合、ある種の便法と見なせて、適宜、自己流の調整が可能なこと

があります。いかがお考えでしょうか

 それから、直訳と意訳の問題ですが、故伊藤先生は、「伊藤和夫の英語学習法」の中で
「わけの分からない訳文をノート書いているうちに…その訳文で分かるような錯覚が生じる…極端な人は、そういう日本語でなければ英文和訳では点が取れないと思いこんでしまう…それは、君たちの日本語を破壊することだ」
と述べて、直訳例を作ることには批判的です。私の習った他の英語の先生(高校の英語教師、駿台の英語の講師の方々)についても、直訳例を作ってから意訳を作るような作業はして無かったと思います。
 ただ、私個人として、例えば英語の教科書や学術論文を訳す必要に迫られたときは、一応、意訳を目指して訳文を作り(訳文としてはかなりひどく、ほとんど直訳といえるかもしれませんが)、数回以上にわたり修正します。

 いずれにせよ、現在では出題数が減少したとはいえ、英文和訳の出題は零ではないと思いますし、それには常に、直訳と意訳の問題がつきまといます。最後のこの種の問題に対する故伊藤和夫先生の言葉を引用しておきます(「予備校の英語」より)。

「考えてみれば、中学入学以来高校卒業まで、生徒が複雑な文の訳出法について教わる場所はどこにもない。大学入試になると突然その種の問題にぶつかるのでは、生徒に対してあまりにも酷である。教わらないだけではない。逐語訳を非難する人は多いが、それに変わる公認の訳出法は存在しないのである。存在しないものについて試験される受験生こそ最大の被害者ではないか。英文和訳を問題として出題する大学は、採点基準とまでは行かずとも、正解例、許容して答案例を公表するのは当然の義務である。」