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苦手なりの受験英語

 

2007年9月18日

反応の差と納得の差と説明の差(15)

今回は「反応の差と説明の差と納得の差」の最終回(かつ、総括の後半)です。


最後に残ってしまった話題を取り上げます。


あることに対し、
<それに疑問を感じて困る人は「それを納得するための説明には差がある」と思うことができるのに
<そのそもそれに疑問を感じないので困らない人は「それを納得するための説明には差がある」と思うことができない


これはなぜか? という話です。


・説明以前の問題である
・多数派少数派の問題
・そもそも大変不快だから考えたくない


・説明以前の問題である
そもそも疑問を感じないのです。疑問を感じないものを説明できますか?
ここを見て欲しいのです。文章題を簡単に解ける人が、「できない人に、どうすればできるか、を説明」できますか?


・多数派少数派の問題
<困ると感じる人>は少数派<困らない人>が多数派なんです。
くしくも、ここで「英語駄目人間さん」が
>自分以外にもこの文を疑問に思う人がいたみたいなので少しだけ気が楽になりました。
と書いています。
つまり、<困る人>は最初から自分は少数派だと分かっているのです。
それに対して<困らない人>は「そんなことで困っている人がいること」が信じられないのではないでしょうか?
少なくとも多数派です。
ですがそういう自覚すら普通はないと思います。<みんな同じだ>と思うのです。だから「自分の説明で(例外なく)誰しもが納得するはずだ」と思うのではないでしょうか?(実際は違うのに多数派なのは明らかなので無視できるのです)


・そもそも大変不快だから考えたくない
<そのそも「I go to school. に疑問を感じないので困らない人>はなぜこれで納得しないか?
これには「実に単純なこと」が絡んでいます。


彼らは「文法が嫌いだから、文法で考えることを嫌がる」のですヨw
そもそも彼らは「文法のこと」をまともに普通は考えてくれないんです。納得もへったくれもなく「最初からこんな文法のことを考えるつもりがない」んです。


私のような「英語嫌い人間」が「アルファベットが嫌いだから、アルファベットを見るのを嫌がる」のと同じです。
「嫌がるな!」って言っても無理なんですよ!


文法嫌いの彼らに「嫌がらずにこれを見て納得しろ!」と言うのは
ドラえもんに「嫌がらずにネズミを見て納得しろ!」と言ったり、私に「英語を見て納得しろ!」と言ったりするのと同じなのではないでしょうか?


「納得する気構え」が彼らには最初からないと思います。
そんな「嫌で不快なこと=文法を考えること」をしなくても、最初から疑問は解決しているのですから。
しかもこれは彼らにとってこれ(文法的な説明を熟読して納得するように考えること)は「嫌で、かつ、やらなくていい作業」。普通やるはずがない!w


ちなみに……
我々英語嫌い人間は「嫌で不快なこと=英語を学ぶこと」【嫌なのにやっている】のです。でないと受験が突破できないから。


ここに「大きな不公平感」を、英語嫌いな私としては、いつも感じずにはいられないのです。


以上が今回のお話でした。いかがでしたでしょうか?
う~んまだまだ書ききれなかったことがありますね~。機会があったらまた別の観点から書いてみたいです。


次回は木曜日に雑談を入れます。


来週の月曜日から新シリーズ行きましょう。どれがいい?
・英会話と英語嫌い人間
・得意な人の意見の功罪
・速読についての考察
・音読についての考察
どれがいいですか? リクエストがあったらそれにお答えします。では~。


(↓目次はこちら)
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Comments

>これって、本当にちょびっとの時間を割けば、あっという間に説明できることですよね。

>今日から英語の勉強を始める中学生でも、理解できる内容だと思うんです。

>なのに、こんな簡単な説明を
>「いっさいしない!絶対しない!全くしない!」

>なぜなんだろう?意味がわからない。恐ろしい国だ!


お気づきだと思いますが、
・「丸飲み派」の人にとっては「不要な情報」
・そして、英語の教師は普通「丸飲み派」
・さらに文部科学省で教科書選ぶえらい英語の先生方も全員たぶん「丸飲み派」


 だから、ではないでしょうか?


その証拠に<文部科学省で教科書選ぶえらい英語の先生方>が作った【今の】高校のプログラム上では、「英文法」という履修科目が高校の必須科目には【ない】のですよ。(【<文部科学省検定済>と書かれた「英文法の教科書」は、現在存在しません!】)


彼らは「助詞」とか「語順」とか考えたくないのです。
それは【私が英語について考えたくない】のと同じです。


「文法」の代わりに増えたのが、「オーラルコミュニケーション」とかいうものです。「オーラルコミュニケーション」とは簡単に言えば「英会話(に近いもの。ホントはちょっと違うけど)」。要するに文法の代わりに英会話(の様なもの)が必須科目として増えたのです。


英会話ってどうしても「ユースフルエクスプレッション(よく使う表現)」を覚えなければなりません。「ユースフルエクスプレッション」って要するに決まり文句。ほとんど「例文」と言っても良いでしょう。丸飲み派は文法やるより例文を覚えるほうが楽。しかも英会話が好き。英会話好きは「ユースフルエクスプレッション」を覚えるのが大好きで快感!(もちろん「噛み砕き派の代表の俺」は大嫌いで不快の極みw)


こうして「噛み砕き派」がどんどん追い込まれている現状があると思います。


>「英語には助詞がない。助詞がないので、日本語とは違うし、助詞がないので、語順が命」

>たったこれだけです・・・。これだけを教えることができれば、どれだけの人が救えるでしょう。


そうですね。私もそう思います。
けれども、これを「丸飲み派」の方はまず「そうは思ってくれない」と思います。今回の「 I go to school. の説明を納得しない」のと同じです。
 なぜなら「丸飲み派」の方は「助詞」とか「語順」とかいう言葉が嫌いで「強烈に不快だから」です。


>>「英語には助詞がない。助詞がないので、日本語とは違うし、助詞がないので、語順が命」


と仮に教わっても、


・【丸飲み派】の方は
 「救われる~~~ありがとう! 助かった!\(^o^)/♪★」
   とはまず思わず、代わりに
「何言ってるか分かんないぞ~~不快だ~苦しい~~それがどう必要なんだ? 必要なんかないだろうに! なんの役に立つのだ? ふざけるな! やめろ~~~\(`0´ )/=3」
   としか思わないのではないかと思います。


彼らにとっては【本当に不要】だからです。

おお!お返事ありがとうございます。
ですよねー。

でね。これって、本当にちょびっとの時間を割けば、あっという間に説明できることですよね。

今日から英語の勉強を始める中学生でも、理解できる内容だと思うんです。

なのに、こんな簡単な説明を
「いっさいしない!絶対しない!全くしない!」

なぜなんだろう?意味がわからない。恐ろしい国だ!

きっと英語の先生の指導書に
「英語の授業をするにあたって、英語と日本語がどこが違うのかを具体的に授業で触れてはならない。触れた場合は、軽くて教員免許剥奪。最悪死刑とする・・・」
とでも書いてあるのでしょうか?

っと思います。

「英語には助詞がない。助詞がないので、日本語とは違うし、助詞がないので、語順が命」

たったこれだけです・・・。これだけを教えることができれば、どれだけの人が救えるでしょう。
救われた英語の無駄な時間は他のことに使えるます。
開いた時間で高校生や社会人はどこかに遊びにいったり食べにいったり、海外の人と取引ができるようになったりして、絶大な経済効果を発揮すると思います。

どうすれば、いいのかなー・・・っていつも考えます。

>ワイルド★ダックさん


>なぜ、そういう順番に英語を学習できない弊害を抱えてしまっているのかというと、僕はこれはひとえに

>「日本語に「助詞」があるから!!!!」

>が答えのような気がします。

>こちらについてはどう思われますか?

日本語には「助詞」
英語の場合は「前置詞と語順と自動詞他動詞(5文型)」
という違いがある所為


と思います。


5文型の動画↓でも少し取り上げました。
http://www.bappon.com/bird/test09_01.wmv


日本語の場合


健【は】 犬【を】 飼っている


と助詞をつけて、動作主(主語)、対称主(目的語)を表せます。
助詞さえ正確に付いていれば、多少【語順】が異なっていても大丈夫です。


健【は】 犬【を】 飼っている=犬【を】 健【は】 飼っている


と同じ意味と捉えることができます。


ところが、英語の場合、助詞がない。
代わりにある(ものの1つ)が「語順」です。


Ken has a dog.


動詞の手前にある名詞が動作主(主語)、他動詞の後にある名詞が対称主(目的語)です。
英語の場合、日本語と違い、「語順を入れ替えると意味が変わってしまいます」。


Ken has a dog.≠ A dog has Ken.


日本語は「助詞で動作主や対称主」を表す。
英語は「語順で動作主や対称主」を表す。
……この違いが、英語を理解しにくくしているものの原因の1つだと思います。


あとは
自動詞他動詞の差ですね。
× I arrived the station.
○ I arrived at the station. (私はその駅に到着した)
○ I reached the station.  (私はその駅に到着した)
× I reached at the station.


今回の at は(たまたま)いわば日本語の助詞「に」に相当するのですが、
○ I arrived at the station. はできても
× I reached at the station. はできない。
これは、arrive が自動詞(「着く」という意味)で、reach が他動詞(「~に着く」という意味。あらかじめ「に」の意味が含まれていると考えることができる)の所為です。


こんな現象は日本語の場合ありません(ある動詞に後には「に」が必要で、同じ意味の別の動詞の場合「に」が不要、、、なんてことは絶対起きない)。


これらが、英語が苦手な人の場合「大きく英語を苦手にしている要因」と私は思います。それに起因して「苦手な人は各種の文法事項の把握が苦手」なのだと思います。

超長文に丁寧なご回答まことにありがとうございます。

「丸呑み」派と「噛み砕き」派の違いについて、大変興味深く読ませていただきました。

本当は一つ一つ触れさせていただいきたいのですが、本論は以降になりますので、いろいろ書いていただいておいて大変恐縮ですが、触れずに以下続けます。

英語をわからなくしているものの正体

についてです。

僕たちはこれを

「「他動詞」「自動詞」があるということを知らない」

が一番の原因だと考え、次に

・その他品詞が理解できない
・文の構成要素のルールが理解できない
・不定詞の発送が理解できない
・単文・複文・重文が理解できない
・態や法が理解できない

というふうに続いている気がしますが、ではなぜ、そういう順番に英語を学習できない弊害を抱えてしまっているのかというと、僕はこれはひとえに

「日本語に「助詞」があるから!!!!」

が答えのような気がします。

こちらについてはどう思われますか?

>ワイルド★ダックさん


いつもどうもありがとうございます。


>・「なぜ英語が苦手な人はスタートの時点で発想が違うのか?」
>について、その原因について研究して欲しいという意味です。


了解しました。がんばってみます。


>「日本語を覚えたときに使ったシステムを使って英語を理解しようとしてしまう人は英語が苦手」
なのではないかと思います。

>逆に「英語は英語」という発想からスタートできた人は、英語を無意識に理解できる人


そうですね。そういう部分はたくさんあると思います。
私はこの部分を基本的には


・「丸飲み」
・「噛み砕き」
どちらが楽か? いや「楽・難しいの問題」ではなく、そもそも「できる? できない?」の問題


というふうに考えています。


--------------------------------------------
「丸飲み」とは
I go to school. であれば


I go to school. =私は学校に行く


と考えることを言います。


一方、「噛み砕き」とは
I go to school. であれば


I =私は go=行く(自動詞) to=へ(前置詞) school=学校


と考えることです。
--------------------------------------------


「丸飲み」が楽な人は「噛み砕き」が不快で嫌です。
丸飲みができる方は↓
丸飲みができるのにイチイチ細かく「噛み砕く」作業は・わずらわしい・めんどくさい・そんな必要がない。
という感じると思います。


一方、「噛み砕き」が楽な人は「丸飲み」が不快以前の問題です。
「砕かない」とそれが喉に入らない。
そもそもそんなデカイものを「砕かずにどうやってそれを喉に通すんだ?」という感じです。


大方の英語ができる人は「丸飲み」ができる人。
大方の英語ができない人は「丸飲み」ができない人。
ではないかと思うのです。


1) This is the place where I like.


を例に考えましょう。もちろん↑これは「間違っている英文」です。
/beginner/article/mouthbird/2005/06/100.html


--------------------------------------------------
「丸飲み」ができる人が、「これ」を見た場合、【ある人(全員ではない)】はこのように考えることがわかっています。


・一瞬、「ああそうね」と思う。
・つぎの瞬間、「あれ? なんか変だな? なんだこの不快感は?」と思う。
・「どこが気持ち悪いんだろう?」と思う。
・「ああ、ここ(where I like)か!」と思う。
・「This is the place that I like.」……うん。これなら気持ち悪くない! と思う
・「This is the place I like.」……こっちのほうがもっと気持ちイイ! と思う


こんな感じです。↑「【これ】のどこに文法知識が関わっている」でしょうか?
全く関わっていません。


それに対し、丸飲みができない人(高校時代の私)は、
1) This is the place where I like.
をこう考えます。


・「ああそうね」と思う。


以上です。それ以上の感想はありません。


・「あれ? なんか変だな? なんだこの不快感は?」
・「どこが気持ち悪いんだろう?」
などとは【絶対に思いません】。


こう言うと、英語のできる人からは「そんなわけねーだろうに」とか「This is the place I like.がすごくナチュラルでいいだろうに!」とか言われます。
ところがどっこい【私はそんなこと微塵も思いません】。そう言われてから初めて「はあ、どこがナチュラルなの?」とか【思いはじめます】。で、実際はどうナチュラルなのか全く分かりませんw


しかし、英語ができる人は「文を丸ごと覚えていて(丸飲みができていて)」、その感覚で、ナチュラルかそうでないかの判断が付くのだと思います。
--------------------------------------------------


ちなみに、「丸飲みできる人」の弱点は「時制」と「仮定法」です。


2)If you will do your best, you would have passed the examination.
3)If you do your best, you would have passed the examination.
4)If you did your best, you would have passed the examination.
5)If you had done your best, you would have passed the examination.


<If you will do your best>,<If you do your best>,<If you did your best>, <If you had done your best>←これらはどれも使うことがありえる文です。つまり「どれもナチュラルな文」なのです、2)~5)がそれぞれどう違うか「丸飲み派」の人は判断が付きにくいのです。


それに引き換え「噛み砕き派」の人は「最初から、ナチュラル、ナチュラルではないの差」がわかりません。
まず「If 」だけ見ます。
絶対に<If you will do your best>,<If you do your best>,<If you did your best>, <If you had done your best>という具合に「まとめて見よう」としません。(というか見れないんです!)
見るのは If だけ!(これが噛み砕き派の特徴。最初から If だけしか見れないんですよ)


If だけ見た瞬間に「噛み砕き派」は「仮定法かな?」を考えます。
で、ああやっぱり仮定法なんだと分かって、正解は(5)であると簡単に分かります。
「仮定法ほど簡単で楽勝の問題はないと、噛み砕き派は思う」と思います。
/beginner/article/mouthbird/2005/06/post_2.html


しかし、逆に言えば、噛み砕き派が有利なのは時制と仮定法ぐらいです。
後は全部負けるのです。


--------------------------------------------------
>・英語が得意な日本人は
>「英語」を「日本語」に置き換えて理解しようなどとは、ハナから。していない。


おっしゃるとおりだと思います。
私は上で
I go to school. =私は学校に行く


としてみましたが、丸飲み派の方は、(そういう人もいるでしょうが)「日本語の意味を全く考えない人」も大勢いると思います。
「I go to school. 」だけ覚えるのです。


そしてそれのほうが少なくとも
I =私は go=行く to=へ school=学校
と覚えるより、「丸飲み派」の人にとっては楽勝なのです。


丸飲み派の人は「I go to school. 」だけ覚えているわけですから
I go school. とあったら
「それは違和感があるから間違いだ!」
と即座に判定できます。


しかし、噛み砕き派は
I go school. とあったら


I =私は go=行く(自動詞)  school=学校
で「前置詞 to (へ)がないから間違いだ!」


と考えないと「分からない」のです。(日本語の意味をここでは書きましたが、実際はそれより文法を踏まえます。自動詞他動詞、助詞や前置詞の違いなどもきちんと踏まえます)。


丸飲み派は「噛み砕き派」のような発想を「わずらわしい・めんどくさい・そんな必要がない」と感じます。
彼らは「I go to school. まで噛み砕くバカがいるわけないだろ!」と思っているのが本音ではないでしょうか?
彼らは「噛み砕きたくない」のです。おっくうなんです。そんなことしなくたって意味は分かるし、「噛み砕かないのがナチュラルでかっこいい!」
だから「噛み砕くのは不自然で嫌だ」と思うと思います。


ちなみに「噛み砕き派」は違います。
「嫌だ、嫌じゃない、おっくうだ、おっくうじゃない」以前のレベルです。どうしても自動的に噛み砕きます。
なぜなら「I go to school. でさえ噛み砕かないと、喉を通ってくれない」からです。
「I go to school. でさえ噛み砕かないと分からない」のです。


丸飲み派は、<噛み砕き派が「噛み砕かないと喉を通ってくれない」という感覚が分からない>のです。
彼らは「I go to school. まで噛み砕くバカがいるわけないだろ!」と思っているのですから!


「丸飲み派ばかりが英語の先生になる」と思います。
/beginner/article/mouthbird/2005/07/post_10.html

いつも楽しく読ませていただいております。

最後の「嫌いだから理解するつもりがない」の結論に対してですが異論があります。

「なぜ嫌いになったか?」を説明していないのが解せません。
(結論だと生理的に・・・となっています)

ドラえもんだってネズミに耳をかじられなければネズミを嫌いにならなかったでしょう。

つまり「不の遺産」がその人の人生にあるので、「嫌い」になってしまうのではないでしょうか?その原因・・・「マウスバード先生が生理的に英語や文法が嫌いだった理由」について、自らの悲惨な体験やエピソードからをもっと解説つきで、他の方向からも掘り下げていただきたいと希望します(エピソードは理解しましたよ。もちろん。でも、そのエピソードをさらに文法的に掘り下げていただけたら・・・という意味です)。

例えば具体的に言うと
「なぜ自分はI go to school.を疑問に感じてしまうのか?」についてです。

掘り下げて具体的に言うと

・「なぜ英語が苦手な人はスタートの時点で発想が違うのか?」
について、その原因について研究して欲しいという意味です。
ちなみに
「それは生まれつきである」
とか
「あんぽんたんだからである」
とか、そういう結論は無にですよ?

あ、もしかしたら、マウスバード先生は「理由は説明したじゃないか。これだけかけて説明したでしょ?」と思われていると思いますが、まだ僕は「納得」できないのです。
で、どこが「納得」できないか、、もう少し説明させてください・・・

話題、戻ります。

「英語の文法について興味がなくなったり、英語が生理的に嫌いになったりした理由」についてですが

結論から言うと

「自分の人生哲学と英語が食い違いすぎているのでうんざりしてしまった」(から嫌いになった)
が答えだと思っています。簡単に言うと「やってもやってもうまくいかないから」ということです。

では、なぜ「やってもやってもうまくいかないか」→「それは文法を意識しないから」 なのですが、それ以前に「なぜ文法を意識しないのか」→「それは文法が嫌いだから」になってしまっては「鶏が先か卵が先か」になってしまうので、いったんその連鎖は置いておいて、どうしてそうなったのかという「起源」についても考えていただければなーと思います。

僕の「なぜ文法について考えたくなくなったのか」についての仮説ですが、それには以下のことについて考える必要があると思います。
(話しが何重にもネスト構造になってしまったので、少しややこしくなりつつありますが)さらにもう一度簡単にその結論だけ言うと「英語が苦手な人がしてしまう共通の不の癖」があって、それが原因で嫌いになったのではないか?それが「英語が嫌いになったり文法について考えるのが嫌いになった」起源ではないか?というのが僕の仮説です。


この「共通の不の癖」とは何かというと、文法的発想において、以下の2点だと思います

1、英語の「前置詞」=・日本語の「助詞」
だと思っている

現実に辞書を見ても
to=~へ
と説明されていますが、「to」の品詞は前置詞なのに、解説に使われている日本語の「~へ」のは、その品詞は「格助詞」です。ここがそもそも重大な間違いではないでしょうか?
だって、現に「英語の形容詞」の説明には「日本語の形容詞」で説明されているのに、前置詞については助詞で説明しているのですよ!!!(もちろん説明せざるを得ないのですが・・・)。
そして、「日本語には前置詞がないので、前置詞の説明にはあえて助詞を使いますが、前置詞と助詞はぜんぜん違うものですので、混乱しないようにしてね」とは誰も教えてくれません。 

「こんな基本的なことは、まさか説明なんてしなくてもいいですよね?」

みたいな角度からの見方が、超無意識下で世界的に認知されちゃっていることがそもそもの問題だと思います。

この助詞の問題についてですが、助詞と前置詞は違うのに混乱して解説されている。というケース以外にも

助詞がすでに名詞とセットになっちゃってるケースもあります。
例えば英語の主格です。

・・こんなやりとりがあります。

私「Iってどういう意味?」

と英語が苦手な人に聞くと

英語が苦手なAさん「I の意味?「私」でしょ?」

と、言うんです。

私「I の意味は「私」ではなく「私は」だよ。」

Aさん「?? 「私」と「私は」 ってどこが違うの?それってそんなに重要なこと?」
みたいな態度になります。

このように、「助詞」に固執しているせいで、英語独自の発想がいろいろ見えなくなってしまっているのです。

つづいて2点目。

2、助詞が存在しなくても「英語」という言語が成り立っている理由の説明がなされていない。


ちなみに日本語の助詞は以下のように分類できるそうです。

①格助詞 名詞に付いて述語との関係を示す。
「が、を、に、へ、で、と、から、より、の 」

②係助詞 名詞(に格助詞の付いたもの)に付いて話し手の気持ちを表す。
「は、も、さえ」

③並立助詞 名詞と名詞をつなぐ。
「 と、や、か」

④終助詞 文末に付いて話し手の聞き手に対する態度などを表す。
「ね、さ、よ、か、わ」

⑤接続助詞 文をつなぐ。
「から、ので、が、と、し 」


しかし英語にはそれぞれに・・・
①は主語に活用があるから必要ない(主格、所有格、目的格)
②副詞がある
③接続詞がある
④発想事態がほぼ無し
⑤前置詞がある

①~⑤まで、全般に「前置詞があるから」は共通して存在する要素

以上が英語には「助詞」がいらない主な理由です。

また、品詞の違い以外に1でも少し触れましたが、ある法則により名詞と助詞がセットになっちゃっている場合があります。

・主語に活用がある(主格、所有格、目的格)
・動詞に他動詞と自動詞があって、他動詞のケースでは「日本語的発送で言うと、名詞に助詞がセットになってしまっている」のです。
このようなことが原因で、「助詞」=「前置詞」だと思い込んでいるの人にはこの「日本語的発想でいくと名詞と助詞がセットになっているケース」が理解できていないので、違和感を感じているのです。

英語には「助詞」などない!
「前置詞」と「助詞」は違う
そのかわり(そのかわりという発想すらないのですが)、名詞そのものに、日本語的に言うと助詞的関係(システム)が無意識に取り込まれている法則が存在している。

という理解や発想が延々とないのです。

「日本語」の発想=「英語」の発想

と思い込んでいるのです。そしてその発想が、数々の悲劇を生み出すのです。

ということで結論ですが、英語が苦手な日本人の発想は

・(英語が苦手な日本人は)「英語」を「日本語」の法則に置き換えて理解しようとしている。英語と日本語が根本的に違うということに気づいていない。あるいは、英語と日本語が根本的に違うにしても、どこが、どう違うのかを理解していない。

が原因で、英語が理解できないのではないかと思います。

それとは逆に
・英語が得意な日本人は
「英語」を「日本語」に置き換えて理解しようなどとは、ハナから。していない。
「意味」のみは置き換えているが「しくみ」については、最初から「日本語を覚えるときに使用したシステム」を使用して英語を理解しようとしていない(無意識になので自分がそうしていることにも気づいていない)。英語は英語・・ということで最初から構築している。

・・・ということが、いえるのではないかと思います。

っということで、マウスバード先生が体験した

「動詞には自動詞と他動詞があるんだよ。そしてそれは辞書に載ってて、辞書を引かないとわからないんだよ」

とアドバイスされてたときに、具体的にマウスバード先生が気づいたことは

「そうか、英語と日本語は、違うんだ。そして、違うのはそこだ。英語は日本語とは絶対に絶対に全く、全く違うんだ」

とお気づきになり「日本語のしくみを使って英語を理解しようとする行為」に涙を流しながら別れを告げ、まったく新しい人生に出会い、それをスタートする決心をした瞬間。

だったのではないかと思います。

以上のように
「日本語を覚えたときに使ったシステムを使って英語を理解しようとしてしまう人は英語が苦手」
なのではないかと思います。
(英単語を語呂合わせを使って覚えようとする・・・も同じ分類の事象かもしれません)

逆に「英語は英語」という発想からスタートできた人は、英語を無意識に理解できる人

なのではないでしょうか?

以上が僕の仮説です。
ぜひマウスバード先生のご意見をお聞かせください。

>たこさん


ふむふむ。がんばっていらっしゃるようですね。あら~パソコンが~大丈夫ですか?
リクエストありがとうございます。


>文法で困っていまして、長文にも出されないような問題がたくさん載っているような問題集をやっている気がするんです。


基本的にどんな問題集も、長文に関連する文法事項を網羅しているように思います。少なくとも私の目からは。
そりゃあ「長文では現れにくい文法例外細目」もあります。ですが、出たら困るので、結局全部やったのが私です(結局出たしw)。
だから「私は、長文の解説で文法的な説明があったとき(というか普通はそれしかないのだが)、困ったことがなかった」のです。


>『苦手な人にお勧めの問題集』みたいなものがあるとたいへんに助かります。


作るのはいいです。ただそれほど絶大な威力を発揮するものではないと思います。
まして、もう受験が迫ってきました。
新しい参考書を買うより、今お持ちの参考書をちゃんと昇華するほうが成績アップに近いと思います。

>マウスバードさんは参考書や問題集の質問はあまり受けないですよね?参考書のレビューもあまりないわけですし。


はい。基本的に「成績が変わる要素の中で、参考書の選び方によって左右されるものは、1%もない」と思っています。
そんないい参考書があったら、聞かれるまでもなく皆さんが使っている参考書になりますよ。

たこさんのような方は、参考書について考えるより「文法に詳しい先生に<文法も長文も習う>」ほうが、はるかに効率よく成績アップにつながると思います。


でもリクエストがあったので、月曜日には作りますね。

ご無沙汰しております。
実はパソコンが一回お釈迦に。。。

今日も英語の時間は心どろどろ体でろでろでした。
自分でやる分にはまだいいんですけどね、長文の流し読みでしたから困りました。

来週の月曜日から新シリーズ行きましょう。どれがいい?
とのことですが、私としては受験も近いわけですし出来れば勉強に役立つものをお願いしたいですね。

あと、マウスバードさんは参考書や問題集の質問はあまり受けないですよね?参考書のレビューもあまりないわけですし。
実はかなり文法で困っていまして、長文にも出されないような問題がたくさん載っているような問題集をやっている気がするんです。

もちろん勉強は毎日していますし、わからないところは聞くようにしています。しかし何か引っかかるものがあるような気がしてなりません。
きっと私の「英語」の問題集を選ぶ能力がないのでしょうけど、だからこそ困っています。それに巷のお勧め問題集はあまり信用できません。

そこで『苦手な人にお勧めの問題集』みたいなものがあるとたいへんに助かります。お願いできないでしょうか?