HOME > 初心者英語 > 苦手なりの受験英語 > 雑談 > 雑談:亀田父&3兄弟


苦手なりの受験英語

 

2007年10月25日

雑談:亀田父&3兄弟

今日は雑談。
私はボクシングが好きだ。ボクシングが好きなのはマンガ「あしたのジョー」にハマッた所為。


2007年10月11日の「内藤大助選手VS亀田大毅選手の世界タイトルマッチ」で、亀田父&3兄弟にやっと天誅が下った
これ以上ないくらい、無様亀田大毅選手は負けた
ざまあみろ! である。
彼らの卑怯さ・愚劣さがつまびらかになった試合であった。


「(常に)卑怯な手段を使って勝て!」……亀田父&3兄弟はそれで今までず~~~っと生きてきたのである。
それで「永遠に」上手くいくほど世間は甘くない。


彼らの行動は「卑怯」の2文字であろう。


以下でボクシングだけの行動を見てみよう(こんなことをしているボクサーは彼らだけである)
・「実力不明の外国人」だけを相手を選んで試合をしている。←八百長の証拠。日本人相手には八百長ができない。
・つねに「恫喝」を繰り返す。(警告を受けていてもやめられない。彼らの本能が他人を恫喝してしまう)
・「反省」のポーズだけをしめす。(父・史郎氏の著書「闘育論」に「悪いことをしてたら、形だけ謝れ」という趣旨のことが書いてあるw)
・父親があきらかな反則指示を認めない。(しっかりとした証拠の音声もあるにもかかわらず認めない。証拠があってそれを認めないのは犯罪者と同じ傾向だと思う)
そしてもちろん
・反則行為のオンパレード


要するに彼らは「勝つため」に卑怯なことばかりやってきた。
今まではそれで通用した(少なくとも形上の勝利は得た)。
けれども、この間の内藤大助戦ではそれが通用しなかった!
それは「日本人相手」であったから。(ちなみにこれこそが今までの試合が全て八百長であったことを証明してしまったのではあるまいか?)


八百長ができない彼らは、いつも以上に相手選手の動揺を誘う行動を取ったのではないか?
いつも以上に彼らは相手を挑発した。小馬鹿にする発言(内藤選手をゴキブリ扱い)をした。


これは内藤選手の動揺を誘う作戦だったのかもしれないが、それよりも「彼らの一家の本能的な行動」の要素が強いように思う。
いじめっこの亀田大毅選手は、父親ともども、「いじめられっこの内藤選手」を見下していたのだと思う。本能的に。
しかし、内藤選手は動揺しなかった。むしろ冷静に相手を分析し静かに燃えていたと思う。


つまり、彼らにとってはここで大きな計算違いが起きたわけだ。
彼らは、内藤選手の動揺を誘おうとしたのに動揺しなかったので、逆に自分が動揺してしまったのではないか?
だから、亀田大毅選手はどう考えても明らかにむちゃな「虚勢」をはってしまった。


「負けたら切腹する!」


と発言してしまったのだ!


これでは逆に自分のほうを追んでしまったと思う。
これでもう、彼はなんとしても勝つしかなくなってしまった。
いつも以上に「卑怯」な行動をしたくなったのではあるまいか?


実力不足の亀田選手が内藤選手に勝つにはどうすればよいかを考えると……
まともに戦っても勝てないほどの実力差が2人の間にはある。
しかし、内藤選手にはウィークポイントがあった。それはまぶたの上に古傷である.
ここを攻めて出血させ、「出血多量のTKO」を狙う、という作戦以外なかったであろう。


内藤陣営もそれをわかっていた。


試合が始まる。
まぶたを攻められたくない内藤選手は徹底的な「アウトボクシング(できるだけ距離を離れて戦う)」作戦に出た。
内藤選手はこれが上手い。案の定、亀田選手のパンチは内藤選手の目に全然当たらない。
そこで大毅選手は「亀田流」の卑怯な手段に出た。バッティング(頭突き・反則行為)を行い、内藤選手のまぶたの上を切らせた。
しかし、そこまでだった。その後、大毅選手のパンチはもちろんバッティングでさえも、内藤選手のまぶたにほとんど届かなかったのである。


だから、大毅選手はさらに悪質な反則にでた。「サミング(目潰し)」である。
しかし、それすら、まぶたの出血を悪化させるには足りなかった。


今回は判定の途中経過が出た。8ラウンドでも亀田陣営は大差で負けていることが分かった。
必ず勝たなければならない亀田陣営は、どんどんあせったはずだ。
勝つためにはどうあっても、まぶたの傷からの出血多量に持っていかなくてはならない。
だから兄・興毅は「ひじでもエエから目入れろ!」などと思わず言ってしまった!
普段、彼らが卑怯なことばかりしている証拠である)
父親にいたっては、【耳打ち】である。
指示なら普通に言えば良いではないか? なぜ【耳打ち】をするのだ? 
それは「聞かれたくないことを指示したから」に決まっている。
しかし、よほど追い込まれていたのだろう、そのときの耳打ちの声が大きかったようだ。テレビはその耳打ちの音声すら拾ってしまった!
「キ○タマ打ってまえ! エエから!」
という反則の指示をはっきり収録してしまったのだ。


しかし、その後亀田大毅選手は、内藤選手のその急所さえ打てなかった。それくらい2人の間の実力差は毅然としていたのだ。


最終ラウンドの大毅選手は、もう自暴自棄である。
パンチはまともに当たらない、まぶたも切れない、指示のあった「急所」にさえもパンチが当たらない。まるで「いいところ」がない。
だからせめて「いいところ?」を見せたかったのではないか?
プロレス技を披露してしまった。


これで
「亀田=反則」
「亀田=卑怯の塊」

のイメージが決定的になってしまった。


めでたく大差で亀田大毅選手の判定負け
日本のみならず、世界のボクシング史上、類を見ない「減点3」という記録のおまけ付き!


もちろん亀田大毅選手が「切腹の公約」を果たすわけはない。
これも「亀田=卑怯」であることをより印象づけた。


「(常に)卑怯な手段を使って勝て!」……彼らはそれで今まで生きてきたのである。
それで「永遠に」上手くいくほど世間は甘くない。

今回、そのツケが凝縮され、一気に全て回ってきたのが、今回の一連の騒動ではあるまいか?


しかし、こんな恥の塊のような騒動を起こしても、おそらく彼らは反省することは無いだろう。
(あの謝罪会見にしてもそうだ。あれって、誰に、何に対して謝ったのだろうか? 全く分からない。あんなのポーズだけである)
彼らはこれからも恫喝など、卑怯な真似をして生きていくだろう。
ボクシングスタイルだけではない。彼らは、「あらゆる生活の行動」に対して「卑怯」に生きていくであろう。それを変えることはもはやできないのではなかろうか。
特に父・史郎氏はそうであろう。


彼らはこれからも人々を恫喝し、卑怯な真似を続け、自らの首を絞めるであろう。
私は「彼らは今後数カ月内にまた何かで恥をさらす」と予想している。
そのとき、さらなるバッシングが彼らを覆うであろう。


どんなに「卑怯な真似」でうまくいき続けても、いずれは自業自得のツケが回ってくる
それが社会であると思う。今回は見事に「社会正義」というものが働いたと思う。


ところでこの種の「卑怯な真似」が最も通じない世界がある。


それは受験である。


どんなに先生をを恫喝しても、入試の点数は上がらない。
しかし、どんなに馬鹿でもちゃんと学習すれば、入試の点数は上がるのである。
「才能」などの「不公平」はあるものの、入学試験で一定の点数以上を獲得すれば合格、という意味においては「完全に公平」なのである。


明日はいつもの文法放送。月曜日にはレギュラーの話を更新します。

Comments