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苦手なりの受験英語

 

2010年7月 8日

英語を喋りたくないって言ってるだろうが!(5)

英語を喋りたくないって言ってるだろうが!


ここを見ているオタクな方に伺います。あなたはアニメやゲームを喜んで見たりやったりすると思います。ここで1つ尋ねます。「アニメやゲームが嫌いな人」も「本当はアニメやゲームをしたいと思っている」と思いますか?
 ⇒「そんわけない」ことは自明ですよね。


ここを見ている数学好きな方に伺います。あなたは数学の問題を喜んで解くと思います。ここで1つ尋ねます。「数学嫌いな人」も「本当は数学の問題を解きたいと思っている」と思いますか?
 ⇒「そんわけない」ことは自明ですよね。


では!


ここを見ている英語好きな方に伺います。あなたは英語を喋りたいと思っていると思います。ここで1つ尋ねます。「英語嫌いな人」も「本当は英語を喋りたいと思っている」と思いますか?
 ⇒なぜかこのケースだけ「そうに違いない」と思うようです。


 これ、本当におかしいと思いませんか?


長年見てますが、このケースだけ英語好きな人の多くだけ)が、「英語嫌いな人」も「本当は英語を喋りたいと思っている」と思い込んでいると思います。


 この手の方は、本当におかしな思い込みが多いです。


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以下、この手の「代表的な思い込み」の例


・英語が嫌いな人も「本当は英語を喋りたがっている」
 ⇒違うって言ってるだろうが! \(`o´ )/=3


・英語が嫌いな人も「本当は英語を聞きたがっている」
 ⇒フザケンナ! だれがあんな耳障りな雑音を聞きたがるものか!
  参考


・英語が嫌いな人も「喋れれば格好いい」と思ってる
 ⇒冗談じゃね~~!!


 英語が喋れたら最悪に格好が悪い
 としか思えん!!!


・英語は喋れれば使いたいと思うはずだ!
 ⇒私は一時期英語がペラペラでしたが
 ⇒すぐにその能力を捨てましたよ!


 だって、俺にとって


英語喋るのかっこ悪いから!


英語を喋りたくないから!


・英語が嫌いな人は、中学の頃から英会話をしようとしていない所為だ!
 ⇒私の中学は「英会話に力を特に入れられた授業」でした。
 参考
 ⇒⇒しかし、その結果、私のようなスーパー英語嫌いが生まれました
 ⇒⇒⇒大体英語を喋りたくないんだよ! 英会話が一番嫌だっ!

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どうですか? あなたもそう思い込んでいませんか?

そして、この思い込みをしている人の多くは、たぶん私のこの意見を


「ふ~~~ん」


としか感じないと思います。


下手をすると「嘘付け!」と言うと思います。「そんなわけがないじゃん」と言いながら「へらへらΨ(`∀´)Ψ」と笑うと思います。


私は、ずうっとそう【されて】過ごしてきました。
中学、高校、大学、そして社会人とずうっ~~~と過ごしてきました。
「英語嫌いな私」は必死に(本当に必死に)「違う~~!!」と涙ながらに叫んできました。
特に、中学・高校は本当に必死でした!


ですが、英語好きな方(先生)のほとんどは「そんなわけがないじゃん」と「へらへら笑いながら」あるいは「くすっ」と笑いながら、「信じてくれません」。


はいわば「おぼれている」ようなものでした。私は助けて欲しかった。


しかし、泳ぎの上手い人英語の先生)から、「へらへら笑われながら」こう言われたものです。「本当はお前も泳ぎたいはずだ


そして助けるどころか、たまには「ネイティブ連れてきて」「本格的に喋りましょう」と言われたものです。
こっちは「おぼれている」のに荒波に叩き込まるようなものでした。


ブラックでしたよ。。。。本当に。。。。


 これじゃ英語嫌いは、さらに苦しむに決まってるじゃないか!
 これじゃあ英語嫌うでしょう?


 こっちは必死なんだ!
 英語は必修科目なんだから!
 英語が嫌で嫌で、アルファベットを微塵も見たくないのに、にらめっこしているのに!


ですが、彼らは、俺の「嫌いなんだから喋りたくない」という、「ただひとつの嘆き」でさえ、信じてくれないのです。


だから
こういう英語教師は英語嫌いに信用されない
英語も同時にもっと嫌う!
ことになります。


なんでこれが分からないのでしょう? 


今現在も、
英語嫌いの「英語なんて喋りたくない!」という叫びは、妄想癖の英語教師に「そんなわけがないだろう」と言われてかき消されているでしょう。
へらへらと気持ち悪い笑いを浮かべられながら


明日はいつもの文法放送です。来週の月曜日は雑談します。新しいシリーズは木曜日から始めます。
それではまた~。


(↓目次はこちら)
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Comments

>Dr.Sさん
>大元のカリキュラムを決める立場にある人も、同じような思考をしているのではないかと考えています。

おっしゃるとおりと思います。特徴的なのは、(もう随分前からですが)「英文法」という授業が項目からなくなったのです。しかし受験英語の現状をよく把握している高校では、たとえ項目がなくても文法の授業はあります。この生徒の学校にもちゃんとありました。

マウスバード様

 どうも、Dr. Sです。お手数すみません。
 上記のように英語教師が考える理由の一つとして、大元のカリキュラムを決める立場にある人も、同じような思考をしているのではないかと考えています。そこで、学習指導要領までさかのぼって、カリキュラムがどのような理念で作られ、さらにそれが教育現場でどのように運用されているかを議論したよう考えていました。しかし、とりあえず、現場の運用が分からないので、学習指導要領の理念の方を、機会があれば(無くても?)を考えてみます。
 ここに書き込まれる方々の中には、つい最近まで高校生や受験生であった人や現役の高校生や受験生もいるようですので、そういった方々から、情報の提供を期待してみます。

>Dr.Sさん

お待たせいたしました。
昨日、生徒に聞いたのですが「分からない」という返事でした。
ただ、
「読解とライティングと、会話の時間がある」とは言ってました。
お役に立たず、申し訳ありません。m(_ _)m

>Dr.Sさん

どもです。すみません。明日、高校生の生徒に詳しく聞いてみますね。少々お待ちください。m(_ _)m

マウスバード様

お返事いただきありがとうございます。
実は、お尋ねしたことがあります。
文科省の高等学校学習指導要領解説・外国語編・英語編を見ますと、
・コミュニケーション英語基礎
・コミュニケーション英語Ⅰ
・コミュニケーション英語Ⅱ
・コミュニケーション英語Ⅲ
・英語表現Ⅰ
・英語表現Ⅱ
・英語会話
と言う科目があり、コミュニケーション英語Ⅰを全ての生徒に履修させるとの記載がありましたが、今の高校生は、いったいどの要の科目をどのように履修するのでしょうか。
四十過ぎの独身(子供無し)にはよく分かりません。

>Dr. Sさん

どうも、ご無沙汰です。常勤職決定おめでとうございます。

>この種の英語教師は、英語を物事をカンや慣れでマスターしたたいめ、物事をカンや慣れの問題と考えて、本質的な思考ができないのではないかと思われます。

そうですね。
・「カンでなんとかしたがる」
そして
・「俺のカンに反するものは間違い」
と思ってしまうのかもしれないと思いました。

「事実」を突きつけても「そんなはずはない」と思い込むようです。「俺のカンに間違いはない」って感じですかねー?

・本質的な思考がない

そうですね。本質を「見ようとしない」&「考えない」のだと思います。
なにせ「カンが全て」ですから。

「彼・彼女らのカン」に反すること(つまりそれは「英語が嫌いな人の切なる叫び!苦しみ!」)を
彼・彼女らは「(笑って)そんなことはないでしょう」と【否定】しかません。

大体「へらへら」とせせら笑いながら、彼・彼女ら英語が嫌いな人を見ています。そして、英語嫌いに「本当は喋りたいはずだ」と言って、英語を喋らせようと「やっき」になるのです。こうやって英語嫌いを苛めてる。しかし本人は助けているつもりなんです。

フザケンナ!ですよ。
こっちは「喋りたくない」んだから!
\(`o´ )/=3

彼・彼女らは、どうしたら、ことの「本質」を自分の脳みそで考えてくれるんでしょう?

★私は最近「無理」と思っています。

たぶん「彼・彼女らは、脳みそが1グラムもない」のではないでしょうか?
もしあったら「考える」はずですから。せめて「事実かどうか確認」ぐらいしますから。
ただ1回の確認すらしません。「喋りたいに決まってる」で終わり。
失礼にもほどがあると思います。が自覚症状はないでしょう。


せめて私ぐらい、英語が苦手な人のために「代弁しなければ」と思って、今回のシリーズを書きました。
これで、少しでも英語嫌いな人の気持ちが晴れるといいなあ…と切に願うばかりです。

マウスバード様

ご無沙汰しております。Dr. Sです。
だいぶ遅ればせんがら、この春、某独法の常勤職が,(極めて運良く)決まりました。
その種の意見は、英語教師のみならず、政府のナントカ委員会やナントカ会議でもよく聞かれるように思います。
ちなみに私、英会話よりも(故伊藤和夫先生流の)受験英語の方がずっと好きです。
もっとも、私自身はあまりこういう経験はないです。中学の頃の英語教師はテキトーでしたし、高校の時の英語教師は意識の上では受験を重要視していました(ただし、実際に受験に有用でことは、ほとんどしませんでしたが)

いろいろ考えると、この種の英語教師は、英語を物事をカンや慣れでマスターしたたいめ、物事をカンや慣れの問題と考えて、本質的な思考ができないのではないかと思われます。
日本人が英語を話せないのは、話そうとする姿勢やメンタリティーの問題と主張されることも多いですが、単純に考えると
①聴き取りができない
②作文ができない
③①と②と関係しますが、定型表現を知らない
が本質であって、姿勢やメンタリティーは、必要があれば、何とかなるものです。

話はそれますが、この種の本質を考えない議論は、昨今(だけではないかもしれませんが)、日本中で横行しているように思います。例えば、選挙も近いので、それに関連して。一部で財政赤字を理由に国会議員の削減が主張されていますが、削減分の議員の給料なんて莫大な財政赤字に対して微々たるもの(10万分の1未満)であるし、しかも政党助成金の何割を削減すれば、容易に捻出できます。しかし、どうも世論調査では、削減に(無批判な)賛成が多いようです。削減される民意という本質的な問題に思い至らない人が多いですね。