HOME > 初心者英語 > 苦手なりの受験英語 > マウスバードの英語教育の見解 > マウスバードの英語教育の見解(6)


苦手なりの受験英語

 

2012年9月10日

マウスバードの英語教育の見解(6)

「和訳例をノートに書かない学習」


私の見解
苦手な人は和訳を書かなければ絶対に成績は伸びない


 来年度から高校の英語の授業は「荒れる」はずである。なぜなら高校の英語の授業は原則「英語で行わる」から。なんという愚かな判断なのだろう? 英語嫌いがますます増えるに決まっている
なぜなら、


 極一部(20人に1~3人ぐらい)のみ、授業について来れる。
 ⇒あとの皆(20人中17~19人)は、授業に付いて来れずに
 ⇒⇒英語か苦手になる。
 ⇒⇒英語が苦手になると⇒英語が嫌いになる


という「ごく当たり前」のコンボになるから。
関連:高校の英語の授業を英語でしたら...


 「英語のみで授業」をやったら、和訳例はどうするのだろう? このへんの考察は以前やった。が本当にどうなるか非常に気になる。もし、本当に「和訳例を提示しない授業」になったら、大多数の生徒が「ほとんどの英文の意味が分からない」という状態になる。


 英語が苦手な人は 「簡単そうな英文」でも誤訳する


・Kumiko is thinner than Midori.
ですら間違える人は間違える。「英語が苦手な人はこれを何と訳したか?」英語が得意な人では絶対にわかるまい。


このブログでは有名な
・What is war?
という英文がある。「英語が苦手な人はこれを何と訳したか?」これこそ英語が得意な人では絶対にわかるまい。
(「英語が苦手な人が作ったこの2つの英文の間違った訳例」についてはこちら


 苦手な人はなぜ間違えるのか? 「間違って【発想】するから」である。これは「癖」と言ってもいい。「間違う癖」が苦手な人には付いている。英語が苦手な人は放っておけばこの「癖」を繰り返す。だから、成績が上がらない。上げるためには「間違いを正し、癖を正す」作業が必要。


 そのためには「自分の和訳例」が【明示】されていなければならない。「自分の和訳例」というところが大事だ。苦手な人の場合、当然間違いをふくんでるケースが多い。これを赤ペンを使って「直す」作業を繰り返す。そうすることでやっと「間違う癖」が直っていく


 ノートに「和訳例を書かない」...のであれば、苦手な人は「ああなんとなく合ってる意味を作ってたよ、あっはっはー」と思ってしまうのである。本当は大間違いでも「自分に甘く見積もってしまう」のである。したがって、英語が苦手な人は、癖が治らない状態まま、いつまでも英語の成績が伸びないのである。


 英語が苦手だった人(偏差値30台、40台の人)が後に得意になって偏差値60以上の大学に受かった人を集めれば⇒「ノートに和訳例を自力で作って、それを訂正した」という作業をしまくらなかった人は【1人もいない】はずである。


 ちなみに【最初から英語が得意な人】は、和訳例など書かなくても良いケースは山ほどある。最初からほとんど「間違う癖」が付いていないからである。


 しかし、英語の偏差値が30台、40台の苦手な人で「和訳例をずっと自力で作って訂正してきた~でも苦手なまま」←という人は存在しない。


金曜日はいつもの文法放送。この続きは来週の月曜日です。


(↓目次はこちら)
目次ページへ

Comments

>たこさん
ご無沙汰しています。お元気のようで嬉しく思います。

「英語で英語の授業をやる」というのはまさに、「英語で考えて日本語で考えない」というレベルを目指しているものと思います。
 こんなのができる人は、大人だってひとにぎりです。100人いたら5人ぐらいと思います。彼らにとってはそれが当たり前なので、残り95人もできるはず。できないのは努力不足だと言いたいわけです。

 そりゃあ努力すれば出来ますよ。私だって一時期は英語で考えて英語でしゃべってましたから。ただそのための努力時間は、えらい人が考えてているほど短くはないのです。二浪して大学で半年英会話サークルで訓練してようやくギリギリです。また、「英語のみで(集中して)1日中生活する」という経験がないとできません。
だから「英語で考える」なんて、多くの日本の高校生はなったばかりで直ぐに対応できるレベルではないです。

 以下は予想です。「原則英語で」という「原則」という条件がついているので、なし崩し的に元に戻る…と思います。

>それとも一部、英語が出来る人を作れば国として問題ないと考えての戦略なんでしょうかね?

そうなのかもしれないですね。その部分も多くあると思います。しかし私は根本は違うと思います。
 偉い人の幻想だと思っています。ゆとり教育と同じです。ゆとり教育がいいはずだ、という幻想を持つ人が権力を行使したのです。

「英語での授業」は↓ここによれば、一部の偉い人がクーデター的に指導要領に入れてしまったようです。
  http://blogs.yahoo.co.jp/gibson_erich_man/archive/2011/10/16


 久しぶりの投稿大変嬉しかったです。またよろしくお願い致します。

マウスバード先生、ご無沙汰しています、
覚えていらっしゃるでしょうか?

英語を弟に教えるので気になってふとブログに来ましたが、
何やら英語の授業を英語でやるというのですね。
大変な事になっていますね(-_-;)


英語の教師は基本英語出来ないので
(英語の授業を英語でやるレベルではない)
文科省が間違った戦略を打ち出していることは確かです。
偉い人には分からないんでしょうか(笑)


英語で授業を理解して英語で答えるって物凄く難しいんですよ、私はそれで英語が出来るようになりましたが、お勧めできる方法ではないです。

特例中の特例じゃないでしょうか?
英語が苦手で大嫌いな人間が、
辞書を引かず、
和訳を考えず、
文法を英語のみで勉強し、
大学受験レベルでいえば偏差値70は軽く突破している(はず)。


今では英語を読むときや話すときは英語で考えるので和訳は出来ません(笑)
一応、例外も居るんだよって事を伝えたいと思いまして。

でも勉強ってやりたい人がやりたいことをやりたいだけやればいいと思っているので、
数学が得意で好きな人は数学、
歴史が好きで特異な人は歴史
といったように英語もやりたい人がやればいいんじゃないかなぁって思います。


それとも一部、英語が出来る人を作れば国として問題ないと考えての戦略なんでしょうかね?それなら筋は通ります。


久しぶりにブログを見て思ったのですが、
マウスバード先生はいい日本語書きますよね。
読んでいて分かりやすくて面白いです。