HOME > 初心者英語 > 苦手なりの受験英語 > マウスバードの英語教育の見解 > マウスバードの英語教育の見解(9)


苦手なりの受験英語

 

2012年10月 1日

マウスバードの英語教育の見解(9)

文法の授業


私の見解
綿密な戦略と戦術をもって導入すべきである


2回に分けて語る。今日は後編


 4つのことを書きたい。


:なぜ英文法が授業で消えたか? 英語好きの多くが文法嫌いだから。
:すべての人に文法学習は必要ではない。しかし不要な人は10人に1人ぐらいしかいない。英語教師は概ねこの少数派
:逆に言えば、10人中9人は多かれ少なかれ、文法が必要である。
:文法をきちんと教えられる人は極端に少ない。


後編は
:逆に言えば、10人中9人は多かれ少なかれ、文法が必要である。
:文法をきちんと教えられる人は極端に少ない。
について書く。


----


:逆に言えば、10人中9人は多かれ少なかれ、文法が必要である。


前編で書いたように、
・10人中1人ぐらいは本当に文法が不要。こういう人しか普通英語が好きならず、英語の先生にもならない。
・おまけに英語の先生のほとんどは英文法が嫌い→だから30年前ぐらいに高等学校の必修科目から「英文法」は消された。


10人中1人ぐらいは本当に文法が不要...ということは
⇒逆に言えば、10人中9人は多かれ少なかれ、文法が必要ということになる。


 文部科学省が定める必修科目に英文法が無くても、授業科目に英文法を取り入れている高等学校は実はけっこうある。以下の場合そうなる。


1・(多かれ少なかれ)文法の力が「必要」と感じている人が、英語科の主任かなにかに成ってる場合。
2・文法をやったほうが成果が上がる・重要だと考える人が、英語科の主任かなにかに成ってる場合。


 実は気の利いた進学校ならば英文法の授業はあるものである。そのほうが進学実績が高いことを知っているからだ。10人中1人は文法が不要だが、大多数の残りの生徒のために文法の授業がしっかり導入されているのだ。


--


:文法をきちんと教えられる人は極端に少ない。


 とはいえ、文法をきちんと教えられる英語の先生はどれくらいいるだろう?「英語の先生になるような人は、普通、文法が不要な人だ」、と前編で書いた。つまり、先生自体が「文法をよく知らない」というケースが多発する。知らないものを教えられるわけがない。
 私は数年前、アメリカの大学院まで出て高校の英語教師になった人物と交流があった。彼はとても流暢な英語を話していた。その彼がこう言った。「分詞構文って何? 教えてくれないか?」 これでよく高校教師ができたものだ、と私はびっくりしたものだ。


 私の文法力は浪人時代に身に付けたものだ。文法の教え方がとても上手な先生が2名いらした。そのお二人とも「元々英語が苦手だった」という経歴の持ち主だった。(井川治久先生小林弘先生

 こんな先生はめったにいないのが現状だ。例えば、同じ予備校の別の先生は、教え方は標準以上の先生であったが、「文法はつまらん。面白くない」と授業でよく言っていた。それが普通の英語の先生の文法に対する感想だろう。ただし、この人はかなり「マシ」である。文法はちゃんと知っていたし、適切に過不足なく文法を教えてくださったのだから。(分詞構文も知らない高校英語教師とはえらい違いである) ただ、文法を「嫌々」教えていた感触は拭えない。


------


 今後、仮に「完全に英文法が見直され、授業に取り組まれる」ようになっても、以下のような問題点が生まれると思っている。


1・高校教師自体が英文法を知らない
2・高校教師自体が嫌々英文法を教える
3・仮に英文法をちゃんと知っていても「教え方が下手」


3がもの凄く大事であると私は考えている。「英文法をちゃんと知っている先生」ですら稀なのだ。その「稀な先生」の中でも「英文法の教え方が上手」でなければどうなるか?


  ⇒「英文法わからない! 難しい! 嫌だ!」

となってしまうのである。これでは意味がないだろう。


 だから、仮に「英文法」が必修科目に戻っただけでは、効果はないと私は考えている。


A・英文法をちゃんと知っている
B・英文法の教え方が上手

このA・B2つが揃っている先生が英文法を教えないと意味と効果がないと私は思う。


 浪人時代に「このA・B2つが揃っている2人の先生」に教わった私は、非常に幸運であった(おかげで英語の先生なんか私はやれているのだから)。このような先生が高等学校に1人でもいれば、英語を嫌う生徒が救われると私は思う。文部科学省のえらい方にはぜひそうなるように「戦略と戦術」を持って取り込んで欲しいと、私は願っている。


 ただ、、、、しかし、、、「まず叶わない」と私は思っている。彼らは文法が嫌いなのだ。彼らが、大嫌いな「文法」の普及に「適切に舵を切る」はずはないのだ。


=============================


 以上で「マウスバードの英語教育の見解」シリーズは終了とする。皆様いかがだったであろうか?


 来週の月曜日は雑談を入れます。再来週の月曜日から新シリーズを始めます。今週の金曜日はいつもの文法動画です。( ゚ぺ)ノ ヨロシクッ!


(↓目次はこちら)
目次ページへ

Comments

>英語嫌いだけど文法は好きさん

コメントありがとうございます。まずお名前が素敵ですね。英語好きな人の中には「そんなやついるわけないだろう」と、あなたのような人を認めない人がゴマンといると思います。

 文部科学省の中等教育要領には5分型はあるようです。ただし、何が1で何が2で、3でという教え方をしていません。4と5を「珍しい形」みたいな感じで教えます。ちゃんと1~5を系統建てて教えて欲しいものです。

 そうですね。英語が苦手な人は自他動詞の区別や5文型の知識があると辞書はひきやすいでしょう。もちろん私もそうやって引いています。ところが英語が得意な人は文法の知識がなくても、辞書でちゃんと正しい意味の所を引けるのです。彼らは、文章の前後関係や、その文にある別の単語の羅列から「大体こんな意味の単語に違いない」と想像し、それが大体当たるのです。英語嫌いの人はおそらく「大体当たる」という事実が信じられないと思います。しかし英語好きな人は「え? 普通そうやって見つけるでしょ?」と思うはずです。


 逆に我々が「辞書を引く際に文法に則って意味を見つける」という作業を、英語が得意な人は不思議がります。「なにそんなめんどくさいことやってんだ?」とか「そんなことやるやつなんざ居ないでしょ?」と思い、認めないはずです。
 つまり英語が好きでお得意な人の多くは辞書を引く際に「文法なんか考えないでもちゃんと正しい意味を選べる」のです。それもいとも簡単に! しかも正しく! だからその方法に彼らはますます「自信」をもつわけです。その上、彼らにとってはそっちのほうが「楽」なのです。


 だから、彼らは文法を重要に思ってくれないと思っています。

私は英文法は高校でなくむしろ中学生にかなりがっちり教える必要があると思います。なぜか嫌われている5文型ですが、高校に入るまで教わらないことが理解できません。

英語の教師はどいつもこいつも予習前提で授業をする上に、生徒を当てて知らない単語があると辞書を引いてこなかったことをとがめます。

ところが、自動詞他動詞の区別もそうなのですが、文法知識がないと辞書を引けないのです。
数限りなく羅列される意味の中から何を根拠に適切な意味を拾い出していいのかが全くわからないのです。
動詞であれば文型が、形容詞であれば限定か叙述か、名詞も可算か不可算などなど辞書を引くには文法知識が必須のはずです。

優秀な英語の先生が文法の必要性を感じないのは辞書を引いたことがないからではないのでしょうか?

> Dr. Sさん
高校生2年生の時に英文法の授業があったのですね。
やるのならば高1からでないと効率が悪いように私も思います。
伊藤和夫師は「文法の有効な学習法は未発見」とおっしゃっているのですか。知らなかったです。
私は普通に「文法問題集を何回も解くこと」と思い込んでおります。同じ問題集を何回も解くわけだから、普通の授業では難しいかもしれません。


中学と高校の文法の範囲の違いは、大雑把に言って「復文を本格的に習うのが高校、習わないのが中学」です。この分け方は私は悪くないと思っています。あくまで私の考えです。私が「変えて欲しい」と思っている部分は「中学で自動詞と他動詞を【しっかりと】教えて欲しい」ということです。中学で教えていないわけではないのですが、かっちりと説明されていないのです。英語が苦手な人は100%関係代名詞が苦手です。これは「自動詞と他動詞をしっかりと覚えていない」のが1つの原因です。(厄介なことに、英語が好きで得意な人は自動詞他動詞の区別など知らなくても関係詞がスーパー得意なのです。だから普通の英語の先生は「関係詞はカンできる簡単な単元」としか思ってくれないのです。なので関係詞の説明を普通の英語の先生はあまり念入りにやってくれないのです。)


小学校英語はもしかしたら、せめて「人称」と「一般動詞」と「be動詞」と「三単現在のS」だけでも教えたら、事情は変わるかもしれませんね。


 …ということを普通の英語の先生は思ってくれません。彼らは「1人称、2人称、3人称」という言葉自体を【難しく】感じるらしいのです(本当)。私はあるときに「1、2、3」という整数を並べただけで、英語教師の1人から「なにアカデミックなことを言ってるんだ」と言われたことがあります(本当)。彼らは、小学校1年生の算数をアカデミックと思うようです(本当)。私は「彼らは数が数えられないのではないか」と疑っています。


Dr.さんは私と同じ世代ですね。私は小学校低学年の頃にヤマトの再放送に興奮していた世代です。そのあとにガンダムに興味は移りましたが、私の「アニメ好き・宇宙好き・科学好き」の基本は全てヤマトにあります。今回の「宇宙戦艦ヤマト2199」の出渕裕監督は、ヤマトを【人生を変えたアニメ】とおっしゃっています。私にとってヤマトは【人生を作ったアニメ】です。それだけに出渕監督と語り尽くした1晩は大変有意義なものでした。

マウスバード様

Dr. Sです。
英文法の授業に関することですね。
私の高校では高校2年の時の授業で週2個コマで、Grammer & Composition (要するに文法と英作文の授業)で文法を習いました。(私の姉の高校も似たような物だったようですが)このため、文法が終わるの高2の終わりの方までずれ込み、英語構文や英文解釈の勉強で苦労しました。もっと早く遅くとの高1のおわりまでに)文法をお渡しくれれば、楽が出来たのに今でも思っています。ちなみに、この授業、「英語構文詳解」の受け売りがあったりしましたが。

英文法の教授法ですね。故伊藤和夫先生の「英文法のナビゲーター」のはしがきにもこんな記載がありましたね。
「・・・文法の有効な学習法は未発見のままのようです。昔から文法の授業は、教科書の棒読みか例文の訳を言うことにに終始するだけの場合が多く、退屈な授業の代表でした。」
今だにこのような状況が続いているのですね。

あまり議論されていませんが、日本人の英語力(読解や作文、さらには会話力)の向上を妨げている要因として、文法事項が中学と高校に分断されていることがあるのではと考えています。中学の間に(必ずしも系統立って行う必要はないにしても)人お降り文法事項を学習し、(高1時に系統立って文法の復習したほうがよいですが)高校入学後すぐ、本格的に英文解釈や英作文の学習が出来るため、高校の3年間で有意義な英語学習が出来るのではと考えています。

私が、以前に小学校英語が適切に運用されるということの一つは、中学終了時点までの文法事項の学習が終了するために逆算して小学校の英語を運用するということが、挙げられます。

ところで、マウスバードさんは宇宙戦艦ヤマトは世代ですか。私は、(最初の放送は幼稚園のことで、一番人気があったのは小学生の時で)もろに世代です。いまでも、テーマソングを聴くと何だかテンションが上がります。