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苦手なりの受験英語

 

2013年5月20日

それコミュニケーション(意志伝達)なの?(1)

本当はいち早く TOEFL関係を取り上げたいです。でも先にシリーズ「それコミュニケーション(意志伝達)なの?」をお届けします。予定では、今回を含めて2回だけです。


それコミュニケーション(意志伝達)なの?(その1)


今回は、まず我が母との会話を読んで欲しい。長年の疑問を母にぶつけた話である。(おっと、その前に前提の話をする。我が母は、私と違い、語学が好きである。ただし母の場合、英語ではなくドイツ語である。母は、若いときは東京オリンピックのドイツ語のボランティア通訳をやった。日本で行われたワールドカップのときもボランティア通訳をやった。今も放送大学で、ドイツ語の学習中である。)


では会話。


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私:ちと聞きたいのだが


母:なあに?


私:そんなにドイツ語を話したいのかね?


母:うん


私:話す内容は何でもいいの?


母:うん


私:ドイツ語なら何でもいいの?


母:うん


私:話す内容は関係ないの?


母:ドイツ語ならなんでもいい。内容は関係ない。


私:じゃあ、たとえば「意味の分からないドイツ語」をドイツ人に話しかけてもいいの?


母:うん


私:返事が来れば嬉しいの?


母:うん。嬉しい!!!^^


私:でも、それ、相手に「自分がしゃべったドイツ語」をお袋自身が把握してないよね。


母:うん


私:それでいいの?


母:うん! 会話ができればいいの。楽しいの。


私:そうなのか


母:うん。


私:じゃあ聞けど、それって「コミュニケーション(意志伝達)」なの?


母:......


=========================


返事がなかった瞬間、中学から私が疑問に思っていたことの1つが解けた気がした。


英会話好きは、「話の中身は2の次3の次」。英語でありさえするのが先。返事があればなおよし。


内容が後回し、ということはたとえば↓こんな例でもOKのはず。
たとえば、その辺を歩いている英米人に、ある日本人(あなた)は意味も分からずに


あなた:"You are very stupid, aren't you?"
 とでも話しけてみよう。 英米人は
英米人:"What! Not so much as you!"


とでも返事をくれるかもしれない。それだけで、英会話好きは喜ぶらしい。内容はどうでもよく、「英米人と 話せた 英語をぶつけ合えたこと」に喜びを感じるらしい。


↓こういう英会話のスキッドがあるだろう。


Aさん:......
Bさん:............
Aさん:......
Bさん:............
Aさん:......
Bさん:............


↑こういうやつだ。たった今私が日本語バージョンで示したが。こういうAさんBさんみたいな会話の教材があるだろう。私はこれが嫌で嫌でしょうがなかった。最悪に嫌だった。なぜか?


理由1
まずその英文をまともに覚えられなかったから。
理由2
なぜそういう意味になるのかが分からなかったから。


私は嫌で嫌でしょうがなかったが、英語の先生をはじめとする英語好きの方々はこれを「嬉々として」楽しんでいた。英語好きはなぜ楽しめるのか? 喜んでぱっぱと英文を覚えようとするのか? これが私には謎であった。


しかし、母との会話でようやく分かった。
英会話好きは
 内容はなんでもいいから英語を喋ること > 意味を話し相手にきちんと伝えること
という基準で行動する。


 「相手がなんて言っているか、自分がなんのつもりで話すか」よりも、「英語で話しかけて返事が来るほうが嬉しい」らしいのだ。だから、彼らは「意味なんか2の次で、とにかく英語を覚えよう、覚えよう、そして練習しよう、隙あれば話しかけよう!」と思うわけだ。...ということがこの間ようやく分かった。


 私はこれがとても疑問である。だってこれ「コミュニケーション(意志伝達)」の練習なんでしょ? 意味は2の次で、英語をぶつける行為のほうが先......これのどこが「コミュニケーション(意志伝達)」なのか?


 だがどうやら、英語教育関係者たちの一部(たぶん多く)は「たとえ意味の分からない英語を言い合うだけの行為」でも、それを「コミュニケーション(意志伝達)」と認識しているらしい。英語教育関係者たちの一部は、<英語のコミュニケーション能力の増幅のために>、こういう「Aさん、Bさんと対話形式」に重点を置き始めて久しい。20年はこの風潮が続いている。


 こういう英語教育関係者たちは「意志伝達」という日本語の意味を理解していないと思う。彼らは小学校から国語を学びなおすべきだと真剣に思う。


 「意志を伝えるのではなく、英語を話すのを喜ぶ」←この考え方が私には分からない。意志を伝えていないのだ! 相手を何だと思っているんだ!? 相手に失礼だと思わないのか!? これのどこが「コミュニケーション(意志伝達)」なのだ!?


<補足:英語嫌いさんのために、先に例に挙げた英文の和訳例を書いておく>


日本人:"You are very stupid, aren't you?"(あなたはとても愚かですね)
英米人:"What! Not so much as you!" (なんだと! お前ほどじゃないぜ!)


いやあ、意志が伝わらない「コミュニケーション」って素晴らしいですね(嫌味)。


今週の金曜日はいつもの文法学習です。この続きは来週の月曜日です。


(↓目次はこちら)
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Comments

DR S様
本の紹介ありがとうございます。すぐに購入して、その章を読んでみました。痛烈に批判していますね。松本茂氏のような、英語ができる人の発想で、英語教育改革が語られるのは非常に心外ですし、英語教育崩壊をさらに加速させるものだと非常に危惧しております。私も小学校の英語教育に関わりましたが、小学校英語はただちに凍結すべきです。あまりにシュミレーションができてませんし、英語素人の小学校の先生や、「英語が話せるだけのネイティブ講師」に託すのであれば、百害あって一利なしだと思います。改革の順番としては、大学からではないでしょうか。受験英語で培った知識をなんで、伸ばそうとしないのでしょうか。入口をどれだけ前倒ししようが、出口が今の状態では全く無意味でしょう。良識ある大津先生や鳥飼先生には是非頑張ってほしいと思います。

マウスバード様、清水恭宏様

Dr. Sです。

補足です。下記の立教大学の松本茂教授の解説ですが、多分、 朝日新聞「耕論」(2009年2月1日)に掲載されたインタビュー記事だと思われます。

 ちなみに、このインタビュー記事に関しては、「英語教育が亡びるとき-「英語で授業」のイデオロギー-」(寺島隆吉著, 明石書店)の2章において、詳細な批判が行われています。興味があれば読めばよいかなと思います。

清水恭宏様
 ご返答ありがとうございました。
 この方の発言だったのですね。
>いまだに「文法中心か、コミュニケーション重視か」という対立軸を挙げている人がいる。もうやめにしませんか。どちらも大事だし、相互に関連したものなのだから。
 この件は以前、どなたかのブログで読んだ覚えがありますが、それと同一記事中の言葉だったのですね。
 NHKのテキスト(大杉正明教授時代の『英会話』)のQ&Aコーナーで、文法絡みの質問に対してかなりきつい言葉で回答をされていたのを覚えていたので、「どちらも大事だし、相互に関連したもの」という言葉を見て、違和感を覚えました。

>英語を使えば生徒が主体となる授業ができる?意味が分りません。日本語を使ってなんでできないのでしょうか。
 この点に関しては、引用文を一読した際に同じ事を感じました。

>分からない生徒は見捨てるの、としか思えません。
 正直に申しまして、松本氏に英語が苦手な子の気持ちが分かるとは思えません。
(お前は分かるのか? と言われると怪しいものですが)

追伸:なるべく自分の感情(怒り)を抑えて書いたつもりです。

新学習指導要領に意義についてですが、今回の改訂で中心的な役割を担われた立教大学の松本茂教授がその狙いを次のように解説しています。(文科省の指導要領に直接書いてあるわけではありません)。長いですが、そのまま引用させて頂きます。

文部科学省が昨年12月に発表した高校の学習指導要領の改訂案で「英語の授業は英語で行うのが基本」とされて話題を呼んでいる。私は中央教育審議会の外国語専門員として改訂に向けて検討をしてきたが、主眼は「英語で授業」ではない。高校英語の中核をなる英語Iと英語Ⅱを、生徒が主体となって活動するものに変えようということだ。これまでの授業は、先生が説明し、生徒は聞いているだけ。あるいは生徒に和訳させ、先生が直す。(中略)50分かけて読むのが半ページ。生徒は試験に備えて和訳を覚える。これでは進学しても社会に出ても使い物にならない。野球部の部員がイチローのビデオを見て監督の解説を聞くだけで、打撃練習や紅白試合をしないのと同じだ。
 生徒の理解度を心配する声もあるが、日本語による授業でも分からない生徒はいる。習熟レベルの低い生徒に英語で授業を行っている高校があるが、学力試験の結果が伸びているケースが少なくない。いまだに「文法中心か、コミュニケーション重視か」という対立軸を挙げている人がいる。もうやめにしませんか。どちらも大事だし、相互に関連したものなのだから。高校におけるコミュ二ケーション重視の英語授業とは英会話の授業ではない。日本語を介さず大量の英文を読むのが基本となる。

支離滅裂な議論だと思いませんか。英語を使えば生徒が主体となる授業ができる?意味が分りません。日本語を使ってなんでできないのでしょうか。学力試験の結果を持ち出すのも、話になりません。困った生徒さんの塾、予備校通いが学力崩壊をかろうじて防いでいるという認識が無いのでしょうね。

日本語による授業でも分からない生徒がいる
=英語で授業したらもっと理解できるの?これも意味不明です。例えば、三単現のSの意味が日本語で解説して分からない子がどうして、英語で説明してわかるのでしょうか。分からない生徒は見捨てるの、としか思えません。

このような支離滅裂な議論が行われ、それに反対する者が誰もいないとしたら、本当に日本の英語教育の将来はお先真っ暗ですね。