HOME > 初心者英語 > 苦手なりの受験英語 > なんで余計な教材・参考書をやるの? > なんで余計な教材・参考書をやるの?(7)


苦手なりの受験英語

 

2014年4月 7日

なんで余計な教材・参考書をやるの?(7)

 まず前提を書きます。
 今回のターゲットは「英語が苦手な人」です。偏差値が40台かそれ以下の人と考えて下さい。少なくともいつも平均以下の点数しか取れないような人がターゲットです。また「高校生・浪人生」をターゲットとします。ここは「苦手なりの受験英語」ですから。浪人生も含めますが、基本的には「予備校生」を想定しています。宅浪生は想定していません。


--------


 前回は高校生のケースでした。今度は浪人生の場合を考えます。もちろん、かつての私のような英語が苦手なことには自信があるような浪人生に限ります。私が浪人したての頃、私の英語の偏差値は30.5でした。


 このくらいアンポンタンだと、成績を上げたいと真剣に考えた場合、教材・参考書がめちゃめちゃ欲しくなります。ですがちょっと待って下さい。教材なら予備校がちゃんと用意してくれるではありませんか! あなたは志望校に合わせたコースを選んだはずです。予備校はそれにあわせた適切な教材を用意してくださるはずです。


 今はちょうど4月なので「今の時期なら言える苦言」を言います。予備校生活が始まると、徐々に予備校に来る生徒は減ります。4月に100人入る教室が満杯だったとしたら、1月には50人もいないでしょう。なぜか? 予備校の授業についていけなくなる人が徐々に増えるからです。マラソンみたいなものです。最初のうちは先頭集団ができますが、徐々に脱落していきます。授業は内容は徐々に難しくなります。前の内容が分かってないと、前に進めなくなります。


 授業前に予習できない生徒は、いずれ確実にその授業に出なくなります。徐々に難しくなるからです。もっとも最近はサボっても、ビデオによる学習がありますね。何らかの都合で授業に出れなかった場合はビデオは都合がいいですね。ですがそれはサボりやすくもなる両刃の剣です。結局いずれサボる人は予習をしません。サボらない人も油断はできません。最初のうちはビデオの予習もする人もそのうち聞くだけになる人が増えていきます。予習する時間が足りなくなるから。


 まず、通常のよくある長文解釈の授業を考えてみましょう。長文解釈の授業ならば、長文の長さは徐々に長くなります、単語レベルも後になればなるほど上がります。4月は90分で500words ぐらいの長文をやってたとしたら、来年1月は90分で4倍の2000words ぐらいの長文をやることになります。5月で早くも増えます。したがって4月は予習してついていけたとしても、5月で早くも脱落者が出ます。彼らは予習が辛くて予習するのをやめてしまうのです。そうすると授業に出なくなるのです。最初から予習しないなんて問題外です(ですが実際は多くいます。こういう方々はほぼ99%脱落します)。予習せずにビデオだけ見てる人も、そのうちビデオも見なくなりやすいです。こうして脱落者が出ます。


 脱落者はどういう行動を取るのか? 次のようになります。
 予備校の場合、高校と違って「授業に出なくても叱られない」のです。すると「ちょっとぐらい授業に出なくても何とかなるだろう」と思ってしまう人が出てきます。そういう方々は、類は友を呼ぶで集まって、皆でサボります。みんなで口々に「何とかなるだろう」と言い合います。同じ考えの人が集まって、皆で「最悪、参考書でなんとかなるさ」と言い合うのです。そして「参考書で何とかなった人の例」を探し始めます。


 そりゃ、参考書でなんとかなる人はいますよ。でも「参考書でなんとかなる人」は、授業があったらサボりません


 「参考書をやる作業」も「授業の予習をする作業」も同じですから。で「授業の予習ができない」んだから、「参考書なんか1人でできるわけが無い」。彼らはこういう前提を思いつくことができません。仮に思いついても脳みそから消します。都合が悪いから。


 このように「自分に都合のいい妄想」を信じるしかなくなった人は、確実にどんどん成績が下がります。困れば困るほど「都合のいい妄想」が強まります。彼らは「授業よりもきっといい参考書が絶対にある」と思い込みます。サボったのを挽回したいから・しないと困るからです。しかし浪人時代、授業を1回もサボらなかった私に言わせれば、予備校のテキストのほうが桁外れにはるかに優れています。理由があります、予備校のテキストは最新の情報に基づいてテキストを作っています。志望校にあわせたいい教材を編集しているのです。だからものすごく合格に近いのです。しかし「授業よりいい参考書があるはずだ」と主張する人は、そう考えません。参考書で十分と思い込んでいます。「参考書が優れてないと自分が困るから」そう思うだけです。


 授業をサボる彼らの言い訳は決まっています。それは「自分のペースでやりたかったが授業は合わなかった」というものです。この「自分のペース」というのが曲者です。いい言葉に聞こえるのです。しかし「自分のペースに合わせる」というのは、実はやりたくないものは「やらないで後回しにする」という意味です。やらないで後回しにする時間がなくなる」⇒「間に合わない」というコンボになるのです。せっかく予備校が「間に合うペースを研究して作ってくれているのに、それに合わせないのだから、どんどん合格の確率を減らしています。まさに「マラソン」です。自分のペースで走ったら、どんどん先頭集団から置いてけぼりになるでしょう。理想に近いペースを予備校が作ってくれていて、それに合わせれば合格するのに、彼らはそれに合わさないのです。


 マラソンの先頭集団は最後にスパートをかけます。受験も同じです。受験の先頭集団は、1月2月に向けてさらにペースアップします。だからそれについていけない脱落者はますます彼らとの差が広がります。偏差値が下がります。だから脱落者は「短期間で成績が上がる、魔法のような参考書」をさらに探し始めるのです


ですが
 ⇒「仮にそんなもの都合がいいもの(短期間で成績が上がる、魔法のような参考書)が合ったら、受験生はみんなそれをやるはず」です。誰だってできるだけ短期間で成績を上げたいんだから。
だから、そんなものはないのです。


 それでも脱落者は何にもやらないわけにも行かないのです。だから何か参考書やりますですが⇒「そんなんで、予備校をサボらずに1年間きちっと学習した人に勝てるとお思いでしょうか?


 そんな余計な参考書など不要です。予備校に通われているのなら予備校のテキストで必要十分なはずです。そうは思いませんか? 予備校だって合格実績を上げたいのです。予備校は合格実績を上げたいプロの指導者が考えたあなたに最適な教材と環境と、なにより「合格へのペース」を与えてくれているのです。それに合わせるべきなのです。どうでしょうか?


 予備校生と参考書についての話の基本は今回で話したことで終わりです。ですが次回はある予備校生と参考書についてのちょっとしたヒドイ話を付け足します。
今週の金曜日はいつもの文法放送。この続きは来週の月曜日です。


(↓目次はこちら)
目次ページへ

Comments

>清水恭宏さん

>私が教えている現役の教員の方は、「生徒は大意が分かれば細かい訳は必要ないと思う」と先週お話になった

よくある話です。このタイプの人を私は↓ここで
/beginner/article/mouthbird/2010/12/post_785.html
以下のように分類しています。

>日本語文の必要性を感じないタイプなのです。
> 「このタイプの人」は概ね↓こんな感覚です。

>「単語とか、ある程度の単語の塊の意味だけ拾ろって行けばさー、大体の意味が分かるだろうに。それで良いではないか?」

>このタイプは「大体の意味がつかめれば良し!」とするタイプです。「大体で問題がない・安心できる」というタイプ

このように分析しています。【こういう人】は「苦手な人は大意を謝る・誤訳例を作る」という事実を【知らない、分からない、認めない】、と思います。彼らは自分の感覚が万人に当てはまると思い、異論を認めないのです。


得意な人と違い、苦手な人は↓単語だけ分かってもこのように大意を間違えます。
/beginner/article/mouthbird/2010/12/post_790.html

しかし得意な人は↑これを「そんなはずがない」と思います。
/beginner/article/mouthbird/2010/12/post_791.html

苦手な人は、自力で訳例を作ると易しいところからガシガシ間違うのです。
/beginner/article/mouthbird/2010/12/post_792.html


>私は英会話を習いに来る生徒さんでも和訳課題を平気で出します。

意味が分かった英文を伝え合わなければ「コミュニケーション(意志伝達)」にならないですからね。当然でしょう。


>文法のルールに基づかない想像と妄想に依存するような訳は言語学習の妨げにしかなりません。

訳例を直さなければ間違った意味を覚えることになります。それを毎回続ければ毎回間違った妄想をする癖が出来てしまいます。それを治すのはえらく時間がかかると思います。


「日本語文の必要性を感じないタイプ」の人は「必要な人もいるんだ」と考えるようにはまずならないと思います。「人の性格を変える」のと「整形手術で顔を変える」のとでは、整形手術のほうが簡単と言われます。それと同じだと私は考えています。

MOUTHBIRD様
「コロンブスの卵現象」という表現は非常に的確ですね。私が教えている現役の教員の方は、「生徒は大意が分かれば細かい訳は必要ないと思う」と先週お話になったので、この件でレッスン後に議論になりました。

よく記述問題で下線部のTHISの指す内容を説明しなさい、というのがあります。一文一文の和訳ができない生徒さんにとっては不可能な問題です。逆に、代名詞・指示代名詞の内容を考えながら(当たり前のプロセスと思うのですが)読むことができる生徒さんなら楽勝です。記述問題を作る方は、確かに全訳を書きなさい、という問題を作りませんが、和訳がきちんとできなければ解けないように問題を巧みに作るのです。

「生徒は大意が分かれば細かい訳は必要ないと思う」という授業スタイルは生徒に誤ったメッセージを与えます。そしてMOUTHBIRDさんがリンクにある関係代名詞の例題で見られるようなデタラメな訳例を生徒が作ることを助長してしまいます。

私は英会話を習いに来る生徒さんでも和訳課題を平気で出します。だって正確に理解できていない文章について、質問したり意見を求めても無意味だからです。特になんとなく内容が分かったつもりでストーリーを作るタイプの生徒さんは要注意だと思います。文法のルールに基づかない想像と妄想に依存するような訳は言語学習の妨げにしかなりません。

>清水恭宏さん
・予習を前提としない授業について
3つの点を書きます。
(1)徹底した復習ができれば問題ない…才能がある人はおそらく可能
(2)内容を分からせることができるかどうか?
(3)分かったとしても、予習しないと苦手な人は「コロンブスの卵現象」が起こる。

(1)きちっと昇華できれば問題ないと思います。それができないケースが多くあり、それが問題だと思います。英語の才能がある人は、割と速く昇華できるのだと思います。少なくとも英語が苦手な人よりは。また、後で徹底した復習で覚えることも可能でしょう。その時間と余力があれば。得意な人はそれが可能でしょう。そういう人ばかりが英語の先生になるのです。だから予習を前提としない学習をしようとなさる方がいるのではないかと思います。
 しかし英語が苦手な人はそれができない。つまり授業内容の「速い昇華」や「徹底した復習」が難しいと思います。だから苦手になると思います。それを避けるために予習が必要と私は考えています。
(2)英語が苦手な人は、今までの部分で昇華しきれていません。単語一つ取ってもそうです。得意な人よりはるかに単語を覚えてきていない。したがって授業で出てきた英文は得意な人よりもはるかに多くの知らない単語があります。そしてその英文を予習しないで授業で読むのなら、ますます苦手な人は分からないことになります。これでは苦手な人は授業内容が分からないので、授業を聞きません。
(3)仮に、プリントなどで文法的な係り具合が示されていたとします。単語の意味もそこには全部書かれていたとします。このプリントはたぶん「分かる」という意味では有用だと思います。ただし大いに心配なことがあります。プリントを見ながらの場合、苦手な人は「コロンブスの卵現象」が起きるかもしれない…ということです。「答えから見ると、難しい問題でも簡単に思えてしまう」という現象です。
参考
/beginner/article/mouthbird/2008/09/post_511.html
あ↓こっちのほうがいいかも!
http://heis.blog101.fc2.com/blog-entry-44.html


>私が宿題で全訳を課したために、嫌になってやめた生徒が何名かいますが、こういうケースは仕方ない、と最近は割り切っています。学校現場の「全訳=悪」という根拠のない指導方針は本当に改めてほしいものです。

「【英語が苦手な人(偏差値40台)】が全訳した経験がなくても、英語が得意になった人(偏差値60台)」が1人でもいたら教えて欲しいですね。

MOUTHBIRD様
現在中学英語教員の方が生徒さんにいるのですが、彼女いわく授業は予習を前提としていないそうです。私はここに大きな問題があると考えます。高校だって同じでしょう。丁寧な予習プリントを作れば作るほど、生徒はそれに依存し受け身の態度で授業にのぞむことになります。

中学、高校と六年間英語を勉強しても、自力で英語を学習する最低限のスキルさえ身につきません。そんな態度で予習を前提とする予備校の授業を受けても分かるはずはない、というのは自明です。

だいたい自らの力で英文解釈をせずに、「先生がこれがSでVはこれだよ」なんて説明を聞いても分かったつもりにしかなりません。高校生を指導していて感じるのは、受け身の授業が当たり前で、自ら英語を分析するんだ、という気持ちがあまりに希薄なことです。

私が宿題で全訳を課したために、嫌になってやめた生徒が何名かいますが、こういうケースは仕方ない、と最近は割り切っています。学校現場の「全訳=悪」という根拠のない指導方針は本当に改めてほしいものです。