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苦手なりの受験英語

 

2014年11月25日

なぜ英会話能力が身につかないのか?(8)

原因6・コミュニケーションという意味を間違って把握している


 私がかねてから英会話好きの人に謎に思う部分がある。英会話を学習したい(もしくはしている)理由である。彼・彼女らに私は「あなたはなぜ英会話を学習したい(している)の?」と聞くことがある。その典型的な返事の1つは


 「英米人とコミュニケーションを取りたいから」


である。「コミュニケーション」とは「意思の疎通・伝達という意味ではないのだろうか。これを彼らはやりたいとおっしゃっている。しかし彼らの多くは英米人と「コミュニケーションを取りたがっている」ようには私には全く思えないのである。


 ここで過去の再放送をする。(この回から大半を抜粋)


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 今回は、まず我が母との会話を読んで欲しい。長年の疑問を母にぶつけた話である。(おっと、その前に前提の話をする。我が母は、私と違い、語学が好きである。ただし母の場合、英語ではなくドイツ語である。母は、若いときは東京オリンピックのドイツ語のボランティア通訳をやった。日本で行われたワールドカップのときもボランティア通訳をやった。今も放送大学で、ドイツ語の学習中である。)


では会話。


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私:ちと聞きたいのだが


母:なあに?


私:そんなにドイツ語を話したいのかね?


母:うん


私:話す内容は何でもいいの?


母:うん


私:ドイツ語なら何でもいいの?


母:うん


私:話す内容は関係ないの?


母:ドイツ語ならなんでもいい。内容は関係ない。


私:じゃあ、たとえば「意味の分からないドイツ語」をドイツ人に話しかけてもいいの?


母:うん


私:返事が来れば嬉しいの?


母:うん。嬉しい!!!^^


私:でも、それ、相手に「自分がしゃべったドイツ語」をお袋自身が把握してないよね。


母:うん


私:それでいいの?


母:うん! 会話ができればいいの。楽しいの。


私:そうなのか


母:うん。


私:じゃあ聞けど、それって「コミュニケーション(意志伝達)」なの?


母:......


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 以上が再放送であった。どうだろう? 英会話好きの皆様。これはコミュニケーション(意志伝達)であろうか? 少しも意図が伝わっていないし、自分も話しかけた相手の意図を受け取っていない。これのどこがコミュニケーション(意志伝達)なのだろうか? これはコミニュケーションではなく、「言語の言い合い」である。つまり多くの英会話好きは、このように「コミュニケーションではなく、英語の言い合いをしたい」のではないかと私は思っている。


 これを裏付ける話がある。やはりわが母の例である。上記のように母は英語ではなくドイツ語だが。


・ドイツ語を習い始めの頃の(少女の頃の)母はあるとき、ドイツ人がたくさんあつまるパーティに参加した。
・そのとき母はあるドイツ人から、【ある適当なドイツ語の疑問表現】を教わったという。
母はそのパーティで、何十人ものドイツ人に会うたびに、その【ある適当なドイツ語の疑問表現】で話しかけまくっていたそうだ
・その時、母に話しかけられたドイツ人は、笑って何か返事を返してくれたという。
・母にとってそれは楽しかったそうだ。


ただし
 母はこの時、各々のドイツ人に「自分がどんな意味のドイツ語で話しかけたのか」を知らなかった。
 またこの時ドイツ人がくれた返事も、母は「どんな意味であったのか」を全く理解していなかった。

そうである。


さあ、これはコミュニケーション(意志伝達)であろうか?


 なおこれは後で分かった話だ。↓


 この時、わが母がドイツ人に言っていた疑問表現は、
 「やい! てめー! 名前を名乗りやがれ! この野郎!
といった意味の表現だったそうだ。母がまだ幼い少女だったから笑って許されただろう。しかし仮にあなたががそう言ったら、笑って許されただろうか? 仮に私がそう言ったら、毎回ドイツ人に殴られていただろう。


 だから少なくともこれは「意思の疎通・伝達」ではない。「会話ごっこ」だ。自分が喋っている意味も分からなければ、返ってきた返事もその意味が分からない。しかしおそらく、まさにこういうことをしたい&それで満足なのが英会話好きなのだと思っている。違うだろうか?


 もしも「会話ごっこをしたい&それですごく満足」ならば、「自分の意志は相手に伝わらないし、相手の意志も自分に伝わっていない」ということになる。これはコミュニケーションであろうか。この状態で「日常英会話」ができていると言えるのだろうか?


 私が英会話を真剣にやる場合は、ちゃんと自分の意志を伝える英語を話す。相手の言っていることを正確に聞き取るように心がける。そうでなければ「せっかく返事をくれた相手に失礼」ではないか! ただし、これは想像以上に大変な作業であると少なくとも私は思う。そう、英語による「コミュニケーション(意志の伝達・疎通)は太変ハードルが高いのだ。まして即応性が問われる英会話は最もレベルが高いと思う。だから私は英会話が大嫌いである。


 英会話をちゃんとやるなら、きちんと「コミュニケーション(意志の疎通・伝達)」を取って欲しいと思う。もちろんそうするよう努力をしている人は大勢いるだろう。


 しかしそれよりも「英語の言い合い(英会話ごっこ)」をして、それを「コミュニケーションが取れて嬉しい!」と認識し、喜んでいる人・相手の英語の意味なんか2の次やん。雰囲気だけできればいい。俺様カッコいい! あははは!」と思っている人のほうが多い気がする。


金曜日はいつもの文法放送。この続きは来週の月曜日です。
(↓目次はこちら)
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Comments

>清水恭宏さん

ご無沙汰しております。コメントありがとうございます。

>「コミュニケーション=英会話」であるかのように

なるほど! こんなふうに考えているのですね。私はこんなふうに考えたことが無いので気がつきませんでした。

>国語も英語も同じ病巣を抱えているという事実です。相手の言っていることがきちんと理解できなければ、それに対して意見を述べることはできません。同様に教科書の内容(例えば筆者の心情、論理など)が理解できなければ、それに対して自らの意見・感想を表現することは無理です。

私は国語が苦手でした。生来の口下手で、元来「相手の言っていることがきちんと理解」できませんでした。今も得意とは言えませんが、訓練して大分ましになりました。現在は、二十歳前の私に比べればはるかにましになったと思います。

日本語でも「相手の言っていることがきちんと理解」できなければ、英語でなんてできるわけが無い。英会話が成り立つわけが無いですよ。
 偉い人や世間の一部の人たちは、なんか英語らしいことを声に出して言うだけで英語を喋ったとことにしてるんでしょうかねー。

偉い方々自身が「相手の言っていることがきちんと理解できない」のではないかと思いました。我々が「お前らが言っている英会話ってのは英会話ではなく、英語の言い合いだ。意志の疎通が無い。だからコミュニケーションとは程遠い」…と言っていることを、偉い人たち自身がきちんと理解できていないと私は思います。

MOUTHBIRD様
お久しぶりです。相変わらず興味深いシリーズを展開していますね。

コミュニケーションという意味を間違って把握している。

まさに日本の英語教育における最大の勘違いです。「コミュニケーション=英会話」であるかのように、コミュニケーションの定義があまりに狭義すぎるので、授業はアウトプット一辺倒の内容のない「英会話ごっこ」の域を出ることができないのです。

以前、文科省英語教育開発指定校の小学校で英語講師をしていましたが、先生方は研究授業の度に、アウトプット(話す時間)を増やして見栄えの良い授業をしようと、苦心していたのを思い出します。私はそういった方針が嫌いでした。

地元の公立小学校の先生と先日話していた時に、興味深い話しを聞きました。「昔と違って、最近は表現力を重視した国語の授業をするように上から言われるんだ。でも、児童の平均的読解力は低下している。表現力重視といっても、書いてあるメッセージが十分に理解できないのに何の意味があるのでしょう。」

これが示唆していることは、国語も英語も同じ病巣を抱えているという事実です。相手の言っていることがきちんと理解できなければ、それに対して意見を述べることはできません。同様に教科書の内容(例えば筆者の心情、論理など)が理解できなければ、それに対して自らの意見・感想を表現することは無理です。

以前にもお話ししたと思いますが、学校の教育の果たす役割というのは、「仮に将来英語が必要となった場合に、対応できるような土台を築く」ことであると考えます。ろくに英語を話せない教師が英語で授業するのは愚の骨頂と言っても過言でありません。コミュニケーション=英会話といった短絡的発想を根本的に変える必要があります。