HOME > 初心者英語 > 苦手なりの受験英語 > 文法の必要性の有無


苦手なりの受験英語!

 

2008年1月28日

文法の必要性の有無(1)

今回のシリーズは「文法の必要性の有無」です。
5回ぐらいの短いシリーズにするつもりですが、もしかしたら長くなるかもしれません。


今日は話の枕です。
私がインターネットの掲示板などで、受験英語に対する質疑応答をやり始めて今年で8年目になります。
掲示板ですと、ときどき意見の違いで議論が沸騰し、収拾が付かなくなるときがあります。


8年間の経験上、収拾が付かないものでもっとも多いと感じたものは「文法が必要か否か」という話題です。


「Aさんは必要」と言い、「Bさんは絶対不要だ!」と主張し、お互いで相容れない喧嘩になる、というわけです。


私は既にこれに対する意見をこのブログの端々で述べています。ただ、シリーズとしては取り上げていなかったので、今回まとめてみたいと思いました。


私の結論は最初から決まっています。
「文法の必要度は人によって異なる」
「文法マニアになるほど十分必要な人がいる一方、全く不要な人もいる中くらいに必要な人もいる」
「概ね、苦手な人は必要で、好きで得意な奴ほど不要!」
というものです。なぜそうなのか? について、今回まとめたいと思います。


ちなみに、どうも私は「文法が必要だと声高に叫んでいる人」とみなされているようです。私は文法にうるさいですからなあw
でも違います! そんなことは1回だって言ったことはありません。 必要な人と不要な人がいるんだ! 不要な奴には不要だ! と叫んでいるのす。


それでも、私は文法必要派の急先鋒だと誤解されています。そうでないと困るんでしょうか?
正直腹立ってますよ! \(`0´ )/=3


なので今回まとめたいと思ったわけです。(^^)
その後の研究で分かったことも色々紹介しますので、どうぞお楽しみにしてください!


次回は木曜日の更新予定です。

2008年1月31日

文法の必要性の有無(2)

英文法の必要の有無を考えるとき、概ね以下の4つのタイプの皆さまがいらっしゃいます。
今回は、「この4タイプとその違い、特徴」などを説明いたします。


 1、文法不要派・完全不要タイプ
 
2、文法不要派・一部必要だけど…タイプ
 
3、文法必要派・一部不要だけど…タイプ
 
4、文法必要派・完全必要タイプ



1、文法不要派・完全不要タイプ
⇒文法をなぜ学ぶ必要があるのか、全く理解できない人。
特徴:英会話大好き。英文法大嫌い。洋楽大好き。国語得意・読書好き。
  :英文法の有用性を全く認めないタイプ


2、文法不要派・一部必要だけど…タイプ
⇒文法の一部の有用性は認めるものの、基本的には「不要」と考えている人。
特徴:英会話は好き。英文法は大嫌い。国語得意・読書好き。
  :英文法の有用性は一部認めるものの、だからといって英文法を考えたり、英文法学習をしたりするのは嫌がり、やらないタイプ。


3、文法必要派・一部不要だけど…タイプ
⇒文法に頼らない読み方ができると認めるも、基本的には「必要」と考えている人。
特徴:英会話はそれなりに好き。英文法は好きではない。国語や読書は好きと言えるほどではない。
  :何らかの英語の疑問を英文法で理解し、その効率のよさを認識した経験がある。


4、文法必要派・完全必要タイプ
⇒文法を知らない人がなぜ英文を読めるのか、全く理解できない人。
特徴:英会話嫌い。英文法に嫌いな要素が全くない。むしろ好き。算数好き。国語は得意ではない。読書も苦手。理屈好き。
  :英文法の有用性を認めないタイプの考えが理解できないタイプ。



まずは以上をよく見て欲しいと思います。
上2つ下2つ概ね対照的になっているのが分かるでしょうか? これらの違いを認識していただければと思います。


また、この4タイプのうち、中ほどの2つ、すなわち
 文法不要派・一部必要だけど…タイプ
 文法必要派・一部不要だけど…タイプ
これらは「似て非なるもの」であることを認識してください。は基本的に「不要」と思い、は「必要」と思っています。これは大きな違いなのです。


ここまでよろしいでしょうか?
じゃあ私(マウスバード)は? 
…という質問が前回のコメントにありました。当初(大学合格直後)、私は「文法必要派・完全必要タイプ」でした。しかし、大学1年の時にその考えは消し飛びました。
私は「文法必要派」でも「文法不要派」でもありません。「文法の必要度は人によって異なる派」なのです。これについては、このシリーズの最後のほうで説明します。


続きは次回です。この話題の続きは月曜日です。なお明日はいつもの文法放送です。

2008年2月 4日

文法の必要性の有無(3)

では、続きです。まず、文法が必要かどうかを主張する方々のタイプをもう一度確認しましょう。


 1、文法不要派・完全不要タイプ
 2、文法不要派・一部必要だけど…タイプ
 3、文法必要派・一部不要だけど…タイプ
 4、文法必要派・完全必要タイプ


この4つでしたね。
さて、ここで1つ考えて欲しいことがあります。1~4の人がそれぞれそのように主張するのはなぜか? ということです。そりゃあ「その人自身がそう思っているから」に違いないのですが、ではなぜ「その人自身がそう思っている」のでしょうか? 何を根拠にそう各人はそう思っているのでしょうか?


この答えは単純です。各人の「体験」が根拠に他なりません。
つまり、


 1、文法不要派・完全不要タイプ
この人は、文法なんか全然気にしなかったけれども、英語の成績が良かった人。文法なんか全く知らなくても、受験が終わるまで英文をすらすら読めた人。
 

 2、文法不要派・一部必要だけど…タイプ
この人は、概ね文法を気にしなくても、それなりに成績は良かった人。文法は少しやった部分があり、それなりに役にたったことは認めるが、基本的に文法にそんなずば抜けた効能を感じなかった人。


 3、文法必要派・一部不要だけど…タイプ
この人は、わりと英語はできたけど、あるとき文法的な裏づけが気になって、調べてそのすごさを知った人。


 4、文法必要派・完全必要タイプ
  この人は、英語ができなかった人が多い。たとえ意味の判る単語の羅列を見ても全く正しい意味が作れなかったことに苦しみ抜いた経験がある人。それを文法で打破できた経験を持つ人。


概ね、全て自分自身の経験を根拠にしてそれぞれ主張しているわけです。


これが、お互いの意見を相容れない根本原因です。
文法不要派・完全不要タイプ」は「俺の経験上、文法なんか必要なかった、それでも俺は英語がずば抜けてできた。だから不要に決まっている」
文法必要派・完全必要タイプ」は「俺の経験上、文法の知識が頭になかったら英語なんて全く読めなかった。だから必要に決まっている」
というわけです。


まず、ここで確かなことがあります。
文法不要派・完全不要タイプ」のは、本当に文法が不要であった。
文法必要派・完全必要タイプ」のは、本当に文法が必要であった。
という「事実」です。両方とも事実なんです! よろしいですか!?


ここでおもしろいことが起こります。


ここを読んでいる皆様にも「文法不要派・完全不要タイプ」がいらっしゃると思います。その方にお聞きします。
文法必要派・完全必要タイプ」の人は「本当に文法が必要であった」という「事実があります。あなたはこの「事実」が信じられますか?


ここを読んでいる皆様にも「文法必要派・完全必要タイプ」がいらっしゃると思います。その方にお聞きします。
文法不要派・完全不要タイプ」の人は「本当に文法が不要であった」という「事実があります。あなたはこの「事実」が信じられますか?


そうなんです。お互いそうなのですが、「正反対の事実」を信じることが難しいのです。「事実」であるのは間違いないのに、信じられない! 中には相手の主張を「そんなわけあるかい! そんなの嘘っぱちだ!」と言い放つ人さえいます。これは「相手の事実を捻じ曲げよう」としているように思えませんか? でも自分の経験というものさしで考えると、反対意見のほうは本当に「ありえない」としか思えないようです。だからそう主張してしまうのだと思います。


ここまでどうでしょうか? みなさま。正反対の「事実体験」を「本当だ」と思うことができますか?


私も最初は、「文法必要派・完全必要タイプ」でした。文法を身につけたらやっと英文が読めるようになったからです。だから「文法不要派・完全不要タイプ」が経験した「不要だったという事実」が、最初はまったく信じられませんでした。しかし、大学1年のとき、「文法不要派・完全不要タイプ」の人にうじゃうじゃ会いまして、悟りました。「彼らには本当に文法が必要なかったのだ!」という事実を!


ここで私は考えました。「じゃあなんで俺には文法は必要だったのだろうか?」と。何かの機会に私は友人Aにこの考えを言ってみました。すると「文法不要派・完全不要タイプ」の友人Aは私にこう言いました。「お前だって本当は不要だったんだよ!」(^^)


「そんなことはない」\(`0´ )/=3! ということは私がよく知っていました。なにせ私には「中学・高校時代は文法なんか少しも身につけずに6年間過ごしてオチこぼれた過去があるから」です。これがどれだけ辛いことか、オチこぼれていなかった人には分かりますまい! \(`0´ )/=3
でも友人Aには「中学・高校時代は文法なんか少しも身につけずに6年間過ごして英語の成績が優秀だった過去がある」のです。


この差は何だろう? どうしてこんなことが起こるのだろう?
このことについて私は当時考えました。


そして1つの結論に達したのです。
それについては木曜日に書きます。

2008年2月 7日

文法の必要性の有無(4)

前回の最後の問題提起を取り上げます。


「文法不要派・完全不要タイプ」の人は、本当に文法が不要であった
「文法必要派・完全必要タイプ」の人は、本当に文法が必要であった。
という「事実」です。両方とも事実!


「文法不要派・完全不要タイプ」の友人Aには「中学・高校時代は文法なんか少しも身につけずに6年間過ごして英語の成績が優秀だった過去がある
しかし、
元々「文法必要派・完全必要タイプ」の私には「中学・高校時代は文法なんか少しも身につけずに6年間過ごしてオチこぼれた過去がある


この差はどこで生まれるのか?なぜそうなのか?


という問題でした。
ここで、はるか昔のログを持ってきます。


「足が速い人はなぜ足が速いのか?」という話題です。


こちら↓をお読み下さい(クリックして下さい)
得意不得意の根本(全3回)
いかがでしょうか?


つまり、文法が必要か否か……これは「才能の差」ではないかと考えたわけです。
ここまでよろしいでしょうか?


ではでは!ここで考察したいことがあります。


どこで、才能の差だとしても、それがどのように英語学習に反映していくのか?
これについて考えたいのです。よろしいでしょうか?


ここである具体例を持ってきます。私の趣味のSFのファン仲間(女性)の体験談です。彼女はもう2人も大きいお子さんをお持ちの女性です。彼女は中学1年生のとき以下のような体験をしたそうです。
みなさん、以下の話をどう思いますか?


>私は中学1年の時、a an  がどうして必要なのか教師に聞いて
>「とにかく暗記しろ」と言われてから英語が大嫌いになりました。
以上です。
さてあなたはこの話をどう思いましたか?


A. ? そんなんまるで疑問に思わなかったよ。そんなもんでしょ? 英語って。
B. 確かに知ってたほうが良い知識だね。
C. なんだ、このアホ教師は! この知識を知らなきゃ困るじゃないか! 私も同じように返事を返されたら頭にくる!


あなたは、A、B、C、のどの感想に近いですか?
これを念頭においていただけますでしょうか? そのまま次回の月曜日の更新をお楽しみにしてください。(う~ん、やっぱりこの話題は、全5回は無理っぽいなあ…。全8回ぐらいではないかと思います。わかんないですがw)なお明日はいつもの文法授業です。よろしく~★ では~

2008年2月11日

文法の必要性の有無(5)

では、前回の最後の話題を持ってきます。


私のSF仲間の女性の経験談↓


>私は中学1年の時、a an  がどうして必要なのか教師に聞いて
>「とにかく暗記しろ」と言われてから英語が大嫌いになりました。

さてあなたはこの話をどう思いましたか?


A. ? そんなんまるで疑問に思わなかったよ。そんなもんでしょ? 英語って。
B. 確かに知ってたほうが良い知識だね。
C. なんだ、このアホ教師は! この知識を知らなきゃ困るじゃないか! 私も同じように返事を返されたら頭にくる!


あなたは、ABC、のどの感想に近いですか?
今回、お返事も何名様からいただきました(ありがとうございます)。そのお返事の結果をありがたく使わせていただきます。


(英語大嫌い:でも英語は何とかしよう常に意識していた!)
 ⇒C


ゆうさん(英語が苦手)
 英語を何とかしようと頑張っている今は⇒C
 そんなに英語を何とかしようとしていない時期は⇒B


たこさん(英語が苦手)
 勉強するようになってからは⇒C
 中学時代なら⇒B。でも正確にはD(勉強しなかったので疑問にもならなかった)


当然、この感想の大本の彼女
 ⇒C 


です。(ちなみに、彼女は「英語は大嫌い」だそうですが、スペイン語はできる方です)


にしても、なぜAの方がいないんでしょうか? 怒られるとでも思っているのでしょうか?w
ここはアルクのブログですからね。英語好き、英語が得意か方が大勢いらっしゃると思うんです。そういう方は「A」だと思うのです。
違いますか、そこの英語好きな方?


実は、実は!
この彼女の旦那さんが「A」なのです。
旦那さんは、英語をスラスラ読めてしまう英語の秀才なのです。


もちろん、この質問に「とにかく暗記しろ」と言った英語の先生もAでしょう。


とすれば、↓次のようなことが言えるのではないでしょうか?


a an  がどうして必要なのか疑問に思った


これについて、
・英語の才能がある人は
 そんなんまるで疑問に思わなかったよ。そんなもんでしょ? 英語って。
と思う


・英語の才能がない人は
 英語を学ぼうとしているとき!
 この知識を知らなきゃ困るじゃないか! 私も同じように返事を返されたら頭にくる!
と思う。

いかがでしょうか?


恐ろしいことに、
英語の才能がある人にとっては、「何でもないないこと」
なのに
英語の才能がない人にとっては、
 英語を学ぼうとしているときに、「頭にくること


なんですよ。


いいですか? 「英語を学ぼうとするとき」に「頭にくる出来事」なのですよ! 
せっかく「嫌々ながら」英語を学ぼうとしているのに、「頭にくること」をこの英語の先生はしてくれるのです。
しかも、当の英語の先生はそれを「なんでもないこと」と思っているわけです。


彼女は、このできごと英語が嫌いになったわけですから
英語を学ぼうとしているのに、嫌いになったわけです。


理不尽なことだと思いませんか?


おそらく、大方の英語好きな人は「何でもないこと」と思っていると思います。
そしておそらく、↓このように思っているはずです


「なんでそんなところが気になるの? 気にせず丸ごと覚えちゃえば良いじゃん。そのほうが楽ジャンか!」


違いますか?


こうして、英語の才能がある人は、なんの疑問を抱かずに英語がドンドンできるようになり、
英語の才能がない人は、疑問ばかり蓄積し、ドンドン英語ができなくなり、嫌いになっていくわけです。


あ、そうそう、「C」の感想もっている方に次回までにお聞きしたいことがあります。それは以下です。


今回の件に関し、「A」という感想を持つ方(英語の先生)から次のようなアドバイスをもらったとします
(というか、私はもらったことがあります


「なんでそんなところが気になるの? 気にせず丸ごと覚えちゃえば良いじゃん。そのほうが楽ジャンか!」
「そんなところを気にするから、お前は英語ができないんだよ! 細かすぎる! そんな細かいことは気にしない! 気にしなけりゃいいの!」


どうでしょう? 「C」の感想を持つ方のみにお聞きします。あなたがこう言われた場合のあなたの感想をお聞きしたいです。よろしければコメントください。
m(_ _)m よろしくです。


次回は木曜日の更新です。

2008年2月14日

文法の必要性の有無(6)

どうも、前回の質問の仕方が悪かったのでしょうか?
前回の感想募集をもう一回告知します。


--------------------------------------------------------------

>私は中学1年の時、a an  がどうして必要なのか教師に聞いて
>「とにかく暗記しろ」と言われてから英語が大嫌いになりました。

この話をどう思いましたか?


A. ? そんなんまるで疑問に思わなかったよ。そんなもんでしょ? 英語って。
B. 確かに知ってたほうが良い知識だね。
C. なんだ、このアホ教師は! この知識を知らなきゃ困るじゃないか! 私も同じように返事を返されたら頭にくる!


C. の感想だった方にお聞きします。


このことについて、学校の英語の先生から↓このように言われた場合
「なんでそんなところが気になるの? 気にせず丸ごと覚えちゃえば良いじゃん。そのほうが楽ジャンか!」

(1)気にせず、丸ごと覚えることが楽がどうか?


このことについて、学校の英語の先生から↓このように言われた場合
「そんなところを気にするから、お前は英語ができないんだよ! 細かすぎる! そんな細かいことは気にしない! 気にしなけりゃいいの!」


(2)「a an  がどうして必要なのかが気になること」を、「ああ私って細かいことを気にしているんだなあ~」と思えるでしょうか?
    それとも、
    「a an  がどうして必要なのかが気になること」を、「え? これって細かいことなの? 大事なことじゃないの?」と思うでしょうか?


(3)「a an  がどうして必要なのか、を【気にするな!】と言われて、
     気にしないことができるでしょうか?


------------------------------------------------------------------
回答例:(1)楽
    (2)「a an  がどうして必要なのかが気になること」は「細かいこと」であると思える。自分はそういった細かいことを気にしすぎているのだ自覚できる。
    (3)「a an  がどうして必要なのかを【気にするな!】と言われたら、その場ですっぱり気にしなくなることができる。


(1)、(2)、(3)の3つお返事が欲しいのです。どうかよろしくお願いします。特にゆうさん、(1)はお返事もらえているのですが、(2)や(3)が良く分からないのです。恐れ入りますが、(2)と(3)についてもう一度お返事をいただけないでしょうか

-------------------------------------------------------------------


(1)、(2)、(3)について上記の回答例に則ったお返事をください。
(もし、質問内容に分からないことがあったら、「この辺の意味が分からないよ~」と書いてください。)
なお回答権があるには、感想が「C」の方のみです。
これらの回答をもらえないと、話が前に進まないので、ぜひよろしくお願いいたします。


m(_ _)m


明日は文法放送。この続きは月曜日です。

2008年2月18日

文法の必要性の有無(7)

こんばんは。アンケートに対し多数の皆様のご協力ありがとうございました。m(_ _)m
このブログ、iKnow! そしてmixiを合わせて、12名様の情報が集まりました。
アンケートを募集したログはこちら


質問内容を含めまして、アンケート結果は
↓こちらのページ
に詳しくまとめました。(画像をクリックしてください)
a、an、を気にするかどうか 感じ方とその差異、反応の種類
多少見にくいかもしれませんがご容赦ください。


このアンケート結果で「最も見て欲しい部分」があります。
 ・アンケートの一番上の「ゆうさん」の回答結果
 ・アンケートの一番下の「fliszts541さん」の回答結果
この2つの対比です。


ゆうさん 受験生 
  英語が苦手で嫌い
  C
  超苦
  「え? これって細かいことなの? 大事なことじゃないの?」とすごく思う
  気にしないというのは無理


fliszts541さん 受験生
  英語がすごく得意
  A
  
  細かいことを気にしているんだなあと思う。
  できる


見事に真逆です。


このお二人が典型例だと思うのです。
このアンケート、元々は「才能」の話をするために募集しました。
中学で最初に英語を習うとき、「才能がどのように反映するのか?」という話です。
(だから、「中学1年生の時の疑問だ」という質問になっているのです)


つまり、
ゆうさんは、私と同じで「英語の才能が乏しい」
fliszts541さんは、「英語の才能が多分にある」
と言えると思うのです。(あくまで才能です。スポーツの才能のようなものです。足が速い人は最初から足が速いものです)


中学1年の時、a an  がどうして必要なのか教師に聞いて「とにかく暗記しろ」と言われた場合
ゆうさんは
・なんだ、このアホ教師は! この知識を知らなきゃ困るじゃないか! 私も同じように返事を返されたら頭にくる!
・「なんでそんなところが気になるの? 気にせず丸ごと覚えちゃえば良いじゃん。そのほうが楽ジャンか!」
  と言われたら、超苦しむ
・「そんなところを気にするから、お前は英語ができないんだよ! 細かすぎる! そんな細かいことは気にしない! 気にしなけりゃいいの!」
  と言われたら、「え? これって細かいことなの? 大事なことじゃないの?」とすごく思う
  気にしないというのは無理


 ⇒こう状況が解消されないままであるならばゆうさんは英語を好きになれると思えますか?


fliszts541さんは
・? そんなんまるで疑問に思わなかったよ。そんなもんでしょ? 英語って。
・「なんでそんなところが気になるの? 気にせず丸ごと覚えちゃえば良いじゃん。そのほうが楽ジャンか!」
  と言われても「
・「そんなところを気にするから、お前は英語ができないんだよ! 細かすぎる! そんな細かいことは気にしない! 気にしなけりゃいいの!」
  と言われたら、「細かいことを気にしているんだなあ」と思う
  気にしないことができる


 この場面で、fliszts541さんが英語を不快に思う要素があるでしょうか?


こうやって、「才能の差」によって、英語が好きか嫌いか、英語が得意か苦手か…と分かれていくと思うのです。


このアンケート表で、【背景が←この色(薄いピンク)】の方は中学高校で英語が嫌いか苦手だったことが明らかな人です。
最初のアンケート(A、B、Cを選ぶもの)は、朝日が眩しくてさんを除いて全員Cです。朝日が眩しくてさんはAですが、それ以前に気になるところがあるからAとおっしゃっています。だから実質は気になるのではないかと思うのですがどうでしょうか?
そして、【背景が←この色(薄いピンク)】の方々で、(1)が【楽】だった人は1人もいません。中には【苦】という人さえいます。楽ではないと書いた方が多いですが、それと近いかもしれませんが、私は違うと思います。「苦」はそれより輪をかけて嫌なのです。
つまり、【苦】の方々にとっては「いいから丸ごと覚えろ!」と言われたら、【苦しい】のです。ゆうさんに至っては「超苦」なわけです。


さて、「英語の才能」ですが、ハッキリ「ある人・ない人」と分けられるケースは少ないと思うのです。
才能の程度にバラつきがあると思うわけです。
主に背景が□←(白色)の方々をご覧ください。才能がある人とない人の要素が混在していると思いませんか? この皆様が、最も多いケースだと思います。


また、AまたはCというご回答の方も多かったですね。理由も似か拠る部分とそうでない部分あるのは私のとっての発見でした。
特に、heart2meさんのご意見には驚愕しました。「以前(つまり、受験と言う必要に迫られていた時期)はA。「必要に迫られていない今」はC、という見解は私の想像をはるかに超えていました。にとっては「必要に迫られていようがいまいCであった」からです。


そうそう(2)についても実は注目して欲しいのです。

細かいと思うか、細かいと思わないのか?

 細かい・細かいかもしれない・細かいとは思わない
と3者3様ですね。
この(2)に関しては以下の指摘がありました。
・そもそも細かいかどうか中1では分からないと思う
・なぜ細かくことではなく、大事なことと思えるのかが疑問

これにはびっくりしました。
私は「ちっとも細かくない! 大事なことに決まっている!」と中1でも(私にとっては)確信していたからです。
で、ここで改めて考えたのです。なぜ私は「ちっとも細かくない! 大事なことに決まっている」と思ったのかということをです。


逆説的に「自分が気になるから大事なことに決まっている!」というのが1つの答えでした。
自分にとっては気になって気になって仕方がない。この疑問を解消したい。だから少なくとも「自分にとっては大事であった」ということは間違いないと思うわけです。(他人にとっては大事でなくても)
だから、個人的には、こういう部分を「そんな疑問は細かいことだ」などと言われると、ものすごく腹が立ちます!
\(`0´ )/=3
ちなみに今でもものすごくよく言われます。もちろん言う人は英語が好きで得意な人です
\(`0´ )/=3 コノイカリガオマエラニワカルカ!!!!!


これだけでも十分「大事だ」と思える根拠にはなるのですが、もう1つ意見を別口からもらいました。


「それほど必要がなければ絶対に言葉の進化の過程で抜け落ちるとおもうのですよ 」


Σ( ̄□ ̄)!ナルホド!
実はこの別口の意見の主は、「そもそものa、an の疑問の所為で英語が嫌いになった女性」です。


とまあ、色々考察はできますね。まだまだ書きたいこともあるのですが、とりあえず止めます。


今回ここで書きたかった中心は


「才能によって感じ方が人によってこれだけ違う」その所為で、特に中学の過程で英語の成績が大きく良くなかったり、嫌いになったりする。
ということです。


次回は木曜日に更新です。(ご感想のコメントをお待ちしています! コメントのUPと返信が遅れたらごめんなさい~~でも必ず返信はしますよ~~m(_ _)m)

2008年2月21日

文法の必要性の有無(8)

今日でやっと「文法の話」をしたいと思います。


前回のアンケートのそのそもの質問は
・「a an  がどうして必要なのか」…つまり冠詞の質問でした。
そして、質問項目の最初は、
・これを「まとめて覚えることが楽かどうか?」
そして、2番目は
・「これを<細かいこと>と思えるか、思えないか」
そして3番目は、
・これを「気にするな!」と言われて気にしないことができるかどうか?
でしたね。


まとめます!


中学の過程で英語が嫌いになる人は、こうなることが多いと思うのです。


・文法の疑問が湧く⇒でも先生はその疑問を教えてくれない(教えられない)
 ⇒だから不快
・先生は、文法を度外視し、丸暗記を強要する⇒でも、自分にとっては丸暗記が苦しい
 ⇒だから不快
・先生は、細かいことだ! と断言する⇒でも自分にとってはとても気になり大事に思える。
 ⇒だから不快
・先生は「そんなことは気にするな!」と言う⇒自分にとっては気にしないことが不可能
 ⇒だから不快


こういう人は「文法が必要だ」と思うのです。どうでしょうか? そこの文法不要派の皆様?
 私なら喜んで文法を教えます。(^^)(というか、私は文法しかできませんからw)
 でも、一般に、英語が得意な人はこの先生のように「文法の知識が乏しい人」なんです。


●一方、中学の過程で英語が嫌いにならない人は、こうです↓。


・文法の疑問が湧かない。
 ⇒不快でもなんでもない。(むしろ文法を考えるほうが不快
・先生は、文法を度外視し、丸暗記を強要する⇒でも、自分にとっては丸暗記が楽
 ⇒だからむしろ快感
・先生は、細かいことだ! と断言する⇒自分にとっても細かいと思える
 ⇒だから、先生にも「細かいことだ」と言われれば、むしろ安心する。
・先生は「そんなことは気にするな!」と言う⇒自分にとっては最初から気にしていない
 ⇒だからなんでもない


こういう人は「文法が不要だ」と思うのです。どうでしょうか? そこの文法必要派の皆様?

また、こう人ばかりが、英語が好きになっていくのです。
またこういう人が普通英語の先生になります。(英語が嫌いな人が普通英語の先生になるでしょうか? 私がかなり特殊な人間なんですw)
つまり、文法が詳しくない人ばかりが英語の先生になります


ここに、恐怖の「英語の才能がある人しか英語が得意になれないサイクル(クリックしてください)」が存在するわけです。


ここまでで私の主張がだいぶ明らかになってきたと思います
それは
 英語の才能がない人は文法が必要。
 英語の才能がある人は文法が不要。
 才能がはっきり区別できない中間ぐらいの人もいる。
と言うことですね。ここまでよろしいでしょうか?


--------------------------------------------------------


ここでちょっと変な話をします。


「中学からの文法必要派」は、文法が分かると、英文がわかります。
つまり「必要派」は文法をやればやるほど英語の不快さが取れるのです。


ところがどっこい!


「中学からの文法不要派」は、文法なんか知らなくても、英文が分かります。
むしろ、文法が邪魔でしかない。でもたまに学校でこの邪魔なこと(=文法)をやらされます。
つまり、「不要派」は文法に触れれば触れるほど、英語の不快さが増すのです。


ここが、大きな違いであることがわかりますか?
「必要派」は文法をやればやるほど英語の不快さが取れ喜ぶのに
「不要派」は文法をやればやるほど英語の不快さ増大して苦しむのです。


ここもよくネットで火種になります。
ネットで「文法の解説ばかり掲示板でしていた」ら、昔こんな投稿がありました。


「そんなに文法ばかりやったら英語が嫌いになっちゃいませんか?」


典型的な「不要派」の意見でした。


ご心配なく!
私は最初からこの世の誰よりも英語が嫌いです。
むしろ、「文法ばかりやったら英語が嫌いになっちゃいませんか?」と言われるほうが、よっぽど私を英語嫌いにしてしまうのです。
この出来事で私はさらに英語に対して憎悪が増しました
でも、たぶんこの人は、なぜ私が文法ばかりやっても英語が嫌いにならないのか、永遠に分からないと思います。
みなさんは分かるでしょうか?
--------------------------------------------------------


ちと脱線気味でしたね。ごめんなさい。


次回は「才能がはっきり区別できない中間ぐらいの人」について話します。


明日はいつもの文法放送。この続きは月曜日です。

2008年2月25日

文法の必要性の有無(9)

今日は
「才能がはっきり区別できない中間ぐらいの人」
について書きます。


「才能」と言ってもばらつきがありますよね。例えば100m走を想像してください。
100mを11台で走れる人、12秒台で走れる人、13、14、15、、、となりますよね。
11秒台で走れる人のほうが速く走れる才能があり、15秒台のほうが才能がないことになります。
12、13、14秒台の人もいるわけです。それぞれ微妙に才能に差があるわけです。


英語も同じように才能に差があると私は思っています。そして「才能がはっきり区別できない中間ぐらいの人」も一概には「ひとくくり」にはできないと思います。12、13、14秒、のようにそれぞれに差異があり、それぞれ別の物だと思っています。


それでも、やや無理気味に「才能中間派」をまとめてみます。「ひとくくり」は難しいので「3つに」分けてみます。


中間派の3種類
1)中学までは楽しかったのに…派
2)突然文法が気になった派
3)文脈でなんとかなるよ派


1)中学までは楽しかったのに…派
ここでいうAタイプの典型です。
中学までは英語が楽しく、それほど困らなかったタイプです。
大概の英文は、文法なんか全然意識しなくても、読めました(中学までは)。
中学時代は「ちょっとぐらい意味が変でも概ねOKだなあ~」という感じですね。


ところが、高校に入って困ったケースです。
今まで(中学時代)「ちょっとぐらい意味が変かもしれないが概ねOKだった」のに、なぜか徐々に「概ね」どころか半分ぐらい、いやいや、30%ぐらいしか意味が文の意味が分からなくなってしまったのです。
年度が進むに連れて困った度合いが強くなった感じです。
こういう人は「あれ? 今まで上手くいってたのに? なんで?」と困惑するはずです。
この頃になると、多少難しい文法事項が出てきます。ところがこの説明がチンプンカンプン。
「キー! よくわからなーい!」という感想を持ち、文法を嫌がります
そして「今まで(中学時代)だって文法なんてよく分からなかったけどなんとかなったから、これから先も何とかなるはずだ」と思うわけです。
ところが、全然全く何とかならない。文法はやりたくない(嫌い)。。。。。
困ったあああああ……!!!
 …というタイプです。
このタイプの原因は「才能が高校で枯渇した所為」です。


ちなみに「才能が高校で枯渇しなかったタイプ」は…
今まで「ちょっとぐらい意味が変かもしれないが概ねOKだった」、そして高校でも「概ね」OKの状態をキープした。多少困るのも無くは無いが概ね平気。
「中学までは楽しかったのに…派」よりも才能があったため、そのまま高校でも大丈夫だったのです。


2)突然文法が気になった派
「1)中学までは楽しかったのに…派」とよく似ています。ですから才能が枯渇し始めた人もいます。ですが、枯渇しない人でもこのタイプが存在します。
あるとき突然に自分が持っている「英語的なカン」に対し、「文法的な根拠」が気になってしまったのです。まるで目の前に突然お気に入りのタイプの異性が現れたようなものです。「気にするな!」と言われたってそれは無理というものですw
色々なパターンがありますが
・これって、文法ではどう考えるのだろうか? とふと思ってしまった
・うん? この訳例が作れない! え? 文法で考えると作れるんだ! ああ~ホントだ! へ~~~なるほど~~~ 今まで気にしていなかったけど、気にしたほうが良い側面があるかも…
と、気になってしまったのです。このタイプはどちらかというと理系が多いです。そして文法にそれほどの「嫌!」という不快感が無かったタイプがこうなりやすいです。


3)文脈でなんとかなるよ派
このタイプは上の2つとは違います。どちらかと言えば才能があるほうです。
国語も得意・読書量も豊富な理系、という人がなりやすいタイプです。
このタイプは文法が嫌いです。
英文の意味を「文法以外の知識」と「文脈」で作り出してしまいます。
英語も言語ですから、文法は違えど、述べたいことなどは同じはず。それならその述べたいことを前後関係などから導き出してしまおう、という読み方をするのです。
ここで読書量や国語力が生きてきます。豊富な読書量と自信のある国語力を駆使することで、文法を知らなくても、文脈から正しい意味を作り出してしまうのです。
だからこのタイプは、文脈がない英文だとトタンに意味が分からなくなるタイプです。文脈の無い「たった1文だけ」のケースだと、ほんのちょびっとだけ複雑な英文でも意味が取れなくなる場合があります。
例えば
The suggestion which I made was rejected
だったら、このタイプの人は
「提案が拒絶される」か「拒絶する提案」かの2択を考えて、どちらが正解かが分からない…という感じです。
(正解は提案が拒絶されるほう。訳例や解説などはこちら
このタイプの人は、この英文の前後に文脈があると「私が作った提案は拒絶された」とちゃんと作れるのです。


しかし、文脈があっても文構造が複雑な長い文英文だとお手上げです。そもそも文法を知らないので、複雑な英文だと文脈だけでは対応できなくなってしまうのです。
このタイプは「別に英語を極めよう」とは思わず、「ある程度ちゃんと読めれば良い」と考えます。そしてそれには自信があるのです。
そしてこのタイプの人は「ある程度ちゃんと読む」ということは文法知らなくても可能なのです。(でも文法問題を出すとほぼ全滅ですw)


ここを読んで下さっている人の何人かはこれに当てはまる人もいるかもしれません。
どうでしょうか?


中間派は他にもタイプがあるような気がします(そういうことを私は研究しています)。以上は現在私が見つけたタイプとしておきます。


次回はこの1)、2)、3)タイプについてもう少し書きます。
木曜日の更新予定です。

2008年2月28日

文法の必要性の有無(10)

今日は、前回の「才能中間派」の話の続きです。
前回では中間派をとりあえず


1)中学までは楽しかったのに…派
2)突然文法が気になった派
3)文脈でなんとかなるよ派


の3つに分類してみました。中間派にはこれ以外のタイプもいるだろうし、微妙に各要素が混在しているような人も大勢いる気がします。
ですが、とりあえずこの3種類に分けてもう少し語ります。
それぞれを一言でまとめるなら


1)中学までは楽しかったのに…派
   ⇒複雑な英文が嫌い!
2)突然文法が気になった派
   ⇒文法が分かって良かったことがあった
3)文脈でなんとかなるよ派
   ⇒文法がなくても文脈で十分!

という具合になると思います。
さて、この3タイプですが、この中ではどのタイプが1番困ると思いますか?


少なくとも 3)ではないですね。文法を知らなくても、基本的には英文を読めるのですから。文法問題と文脈がない英文だと困るわけですが。


2)もそれほど困りません。というのはこのタイプは「困ったとき、文法で考えれば解決することを知っている」、そして「だからその文法を学ぼう」として、文法を身につけてしまうからです。
ただ、その過程で「どこまでちゃんと文法を学ぶか?」という問題はあります。なかなかちゃんとは文法は学べないものです。


1)はどうでしょう? 実は1)が一番困ると思ってるのです。


1)の場合
複雑な英文がある
   ↓
考えたが意味が分からない
   ↓
文法的な説明を聞く
   ↓
聞いても馬耳東風
なまじ今までそんなことをしなくてもできたので、それを学ぶ理由が分からない。なので聞く耳がない
   ↓
仮にちゃんと聞いたとしてもその説明の内容が分からない
   ↓
いつまでも同じ壁に当たる
   ↓
いつまでも困ったまま


という具合です。


そして、実はもしかしたら、
「↓こうなることがあるのではないか」と私が仮定していることがあります。


複雑な英文がある
   ↓
考えたが意味が分からない
   ↓
文法的な説明を奇跡的に聞く
   ↓
奇跡的にその説明が分かって意味が分かったとする。
Σ( ̄□ ̄)!そういう意味であったのか!
   ↓
それでも、そういうふうに「文法で考えるのが嫌だ! そんなめんどくさいことしたくない!
   ↓
自分にとっての難所」が「文法で解決」しても、それでも「文法で考えるのが嫌だ!
   ↓
したがって、文法で考えない。
   ↓
いつまでたっても困ったまま

という具合です。


つまり、文法で問題が解決することが分かってても、「嫌だ」という理由でそれを避けてしまうのです。
避けてしまう理由の多くは「文法が生理的に嫌だし、中学時代はそれで大丈夫であったから」というものです。


ちなみに、「文法が生理的に嫌だ」という気持ちは、(うがった意味で)私にはよく分かります。
。(’-’)(,_,)(’-’)(,_,)ウンウン
私は「英語そのもの」が生理的に嫌ですから


生理的に嫌でも立ち向かえば良いと思うのですけれども……どうなんでしょうか?
私は生理的に英語が嫌なんですがねえ、避けませんでしたよ! \(`へ´ )/=3


次回で、やっとまとめの段階に入ります。
まだ入るだけです。まとめるのに2、3回かかると思います。
次回は月曜日の更新予定です。
※実際は火曜日の更新になりました。
明日はいつもの文法放送です。
よろしく~

2008年3月 4日

文法の必要性の有無(11)

ごめんなさい、更新が1日ずれてしまいました。
あと3回ぐらいでなんとかまとめたいですね。


今日は才能がある人はどうなるかという話をします。
ただ正直、この辺の意見は自信がありません。だって俺、才能ないもんw 才能がある奴の考え方なんて分かるかあ!

我こそは、英語が大好きでペラペラだぞ! という方がいたら、以下をチェックしていただきたいです。m(_ _)m


英語の才能がある人はとはこのアンケートで、
  A
  楽
  細かいことを気にしているんだなあと思う。
  できる
と答える人
を指します。


私は、こういう方を「中間派の(1)中学までは楽しかったのに…派」才能発展形だと考えています。


つまり、
・例文を覚える能力に長けている。
・どんなに長くても大丈夫。楽々覚えられる。
・そして、逆に細かいことをチマチマやるのが苦手、嫌だ。不快だ。意味ねーじゃん。

という感じです。


前回、<「中間派の(1)中学までは楽しかったのに…派」がどのように困るか>をやりましたが、今度は「才能がある人」どのように困らないかをやってみましょう。


「才能がある人」の場合


複雑な英文がある
   ↓
考える間もなく、カンで解ってしまう。
   ↓
文法的な説明を聞く
   ↓
聞いても馬耳東風
そんなもの知らなくても意味が分かってしまうそれを学ぶ理由が分からない。なので聞く耳がない
   ↓
仮にちゃんと聞いたとしてもその説明の内容が分からない
   ↓
けど全く困らない。
   ↓
壁など最初から無い。ス~イ、スイ。
   ↓
いつまでも困らない。


彼らは長い英文を記憶しまくっているわけです。もしかすると「無意識的に記憶」しています。だから複雑な英文でも、脳内フォーマットから適切な情報が引き出されて意味が分かってしまうのです。


彼らの特徴的なことの1つは「単語を覚える場合」です。例文でまるごと覚えるほうが楽なのです。
ここのリンクを参照


もう一つ! 彼らの特徴的な意見の1つがあります。


「英語は簡単な英文から慣れればできるようになるよ!(^^)」


というものです。ええ、そうなんです。彼らは簡単な英語を慣れ親しんで英語ができるようになったのです。


いかがでしょうか? これの真っ逆さまが、私のような「才能が無いタイプ」なのです。
どのように困るかは次回お届けしますね。
次回こそ木曜日に更新します(た、たぶん)。ヨロシクです。

2008年3月 6日

文法の必要性の有無(12)

今回は「私のような英語の才能がない人はどうして英語ができないままか」という話題です。
これを「才能がある人の見解」を交えて、書いてみたいと思います。


前回の1番最後で、才能がある人の意見を載せました。それは


「英語は簡単な英文から慣れればできるようになるよ!(^^)」


というものです。ええ、そうなんです。彼らは簡単な英語から慣れ親しんで英語ができるようになったのです。
ですが、私のような才能がない人は真逆なのです。つまり


才能がない人は「英語は簡単な英文ですら慣れること」が不可能なのです。


これはぜひ才能がある人知って欲しい事実です。
たぶん、才能がある人は↓こう考えています。


「え~~ なんでもそうだけどさあ、易しいやつからやればできるじゃん! 中学校からそういう風に英語のカリキュラムってできているじゃん それでできないはずがないじゃん」


と。


今回はその意見を覆すためだけのログにします。


次の英文を見てください。



 What is war?


たった3つの単語の英文です。この英文の訳例を作ってください


たぶん普通以上の才能がある方なら、「はあ? なんでこんな超~~単純な英語の訳例なんか聞くわけ?」と疑問に思うでしょう。
答えは聞くまでもなく「戦争って何?」ですね。超やさしいですよね。


ですが、私のような英語の才能がない人は、これすら大きく誤訳する可能性があるのです。
実はこの英文は、私が昨年受け持った生徒(高3)の1人に出題した問題です。
彼は私と同じくらい英語の才能の持ち主でした。


彼がなんという訳例を作ったか当ててもらえませんか?






彼が作った訳例は…
































「何戦争ですか?」




です。


どうですか? これ私のような英語の才能がない人の発想です。
あなたは、私のような英語アンポンタンの場合「英語は簡単な英文から慣れればできるようになる」と思いますか?


英語の才能がない人は


「What is war?」のようなものすごく簡単な英文さえ意味を間違える
   ↓
易しい英文ですら間違えまくる。
   ↓
易しい英文さえ慣れることができない。
   ↓
仮に英語の先生に相談する「易しい英文から慣れろ!」とか言われる。
 _| ̄|○ どうすりゃイイんだよ…
   ↓
どんどん英語が長く、難しくなる
   ↓
どんどん英語が嫌いになる
   ↓
困りまくる><

という具合です。


大学受験は待ってくれないので、なんとかしなくてはならない。
で、このときに英語が超~お出来になる英語の達人から↓このようにアドバイスされます。
                        

「英語は簡単な英文から慣れればできるようになるよ!(^^)」


言った本人には当てはまりますよ。ええ。
ですが私みたいな英語アンポンタンは当てはまらないと思いませんか?
正直「英語は簡単な英文から慣れればできるようなる」と私にアドバイスをくれた方々は沢山いました。しかし私にはみな「??」にしか思えませんでした。


だってそうでしょう? そこの英語が大好きで数学が嫌いな方! あなたは算数が得意だった?
算数だって易しいものからやったはずですよ! 小学校からゆっくりと。


「え~~ なんでもそうだけどさあ、易しいやつからやればできるじゃん! 小学校からそういう風に数学のカリキュラムってできているじゃん それでできないはずがないじゃん」


で、その結果あなたは数学が出来るようになったでしょうか? どうですか?
算数・数学こそ、あなたは易しいものができなかったら嫌いになったのではないのですか?


 なぜそれをあなたは英語に当てはめて考えてくれないのでしょうか?

英語ができない人は「易しいものができなかったから嫌いになり、それが原因で、いつまでたっても英語ができないまま」なのです。


What is war? を「何戦争ですか?」と訳した彼は、中1ではなく高3なのです。


明日はいつもの文法放送です。この続きは月曜日です。

2008年3月10日

文法の必要性の有無(13)

前回の続きです


質問です。
前回の例で挙げた、“What is war?” を「何戦争ですか?」と訳してしまうほどの英語の才能が乏しい人は、どうやったら「戦争って何?」と正しく意味を取ってくれると思いますか?


たぶん、ここを見ている「英語の才能があふれる人」は、そんなん丸ごと覚えちまえばいいだろ! たった3語じゃねーか! それぐらいできるだろうに! とおっしゃるような気がします。


私の意見はそうではないのです。
英語が才能がない私のような人間は、このたった3語の文を覚えるのでさえ困難、苦痛、よっぽどのことがない限り覚えられないのです。どうでしょうか? そこの「英語の才能があふれる人」? 信じてもらえるでしょうか? 「アホか」と思って信じてもらえない自信が私にはあります。ですが、これは厳然たる事実なのです。


英語の才能が乏しい人が、いつでも正しく意味を取るようになるために
↓このように単語1つ1つを文法で分解するのです。
------------------------------------------------------
What …補語
is …第2文型の動詞
war …主語


第2文型の動詞 is(be) は「イコール関係を作る動詞」
したがって
war=what


だから、
What is war? の意味は「戦争とは何か?」という意味である。
be動詞が出てきたら常に「=関係」であることに今後も注意しよう!
------------------------------------------------------


「英語の才能が乏しい人」が「上記の-------------で上下を囲まれた説明」を読んだら「分かりやすい」と思うはずです。


ここで断言します!


(1)「英語の才能があふれる人」は「上の-------で囲まれた説明」を読み飛ばしています。(誰がこんなチマチマした部分を読むものかよ! 読む奴なんて居るわけないだろ!)と思っていると思います。
(2)仮に読んだとしても「役に立つのかよ?」としか思えないはずです。
(3)誰がこんな細かいことを考えるんだよ? たった3語だぜ! と思うはずです。
(4)普通の英語の先生の感想は上の(1)(2)(3)のはずです


つまり、普通の英語の先生は、このような「英語の才能が乏しい人」向けの説明をすることがまずない。もしかしたら出来ないかもしれないということです。


特に
(3)誰がこんな細かいことを考えるんだよ? たった3語だぜ! と思うはずです。
という意見に注目しましょう。


じゃあ、細かく考えないと、「英語の才能が乏しい人」は「戦争って何?」と正しく意味を取ってくれるのですか


事実は、「英語の才能が乏しい人」は細かく考えないから「何戦争ですか?」となっているのではないでしょうか?
ですが「英語の才能があふれる人」は、この事実をなぜか認めてくれないのです。


続きは木曜日です。

2008年3月13日

文法の必要性の有無(14)

だいぶまとまったが感じがありますね。やっと本格的なまとめに入ります。
今までの話を総合すると、次のようなことが言えるのではないでしょうか?


英語には(運動の才能のように)才能か関わっている。


英語の才能があふれる人がいる
例文を暗記する能力に長けている。
沢山の例文を覚えているので、色々なケースでも脳内でフォーマットが出来て、文法など知らなくても文が読めてしまう。
・逆にこまごましたこと(と思えること、すなわち【文法】)を考えることが苦手であり、不快である。


英語の才能が中程度にある人がいる(才能中間派)
・例文は苦しいかもしれないが、数語程度のまとまり(チャンク)ならば覚えられる
・文法的な裏づけがあったほうが、チャンクを覚えやすい人もいるし、そんなものに関係なく覚えられる人がいる。
・簡単な英文であれば、覚えている(チャンク)を活用し脳内でフォーマットし、文法など知らなくても文が読めてしまう。
複雑な英文の場合、上手く行かず困る。
・文法を不快に思う人、そうでもない人、どちらとも言えない人、などさまざまなケースの人がいる。


英語の才能がない人がいる
例文はもちろん、数語程度のまとまり(チャンク)でも覚えることが苦手不快で苦しい
・例文をまったく覚えていないので脳内で、例文に基づくフォーマットが出来ない。
 →そのため、このままだと数語程度の簡単な英文でさえ、内容を正しく理解できない。複雑な英文ならなおさらである。
・勉強しようと思ったときに、どうしてもこまごましたこと(と得意な人に言われてしまう部分、すなわち【文法】)を気にしてしまう。この疑問(すなわち文法的な疑問)が解決しないと気持ちが悪い


という具合です。
端的に言えば、
例文を覚えられる人文法をやらなくても問題がない
例文が覚えられない人文法をやらなければならない
ということである、、、、
 と私は考えています。


困るのは才能中間派の方々です。「例文を覚えるべきか、文法やるべきか?」という問題です。
才能中間派の方は、文法の学習を仮にやるとしても、細かい項目は覚える必要はないと私は考えています。
文法学習は、「同じ文法問題集を何度も解くこと」と、私は考えています。
中間派の方は、解きなおす回数が少なくて良い、と私は考えています。


ここで以前のログを紹介します。
↓ここで実は(中間派を含めて)皆様がどれだけ文法が必要なのかを既に話題にしていたのです。
文法の勉強の仕方(10)
↑ここに以下のような部分があります。


>----<↓引用ここから↓>------------------------------------
 じゃあ(文法問題の解きなおしを)何回繰り返すべきか?
 ここへ行ってセンスを計ってください。
 ↓ここで判定できます。
 http://www.ye-study.com/typehome-01.htm


 結果のセンスによって回数を設定します。以下が公式見解です。


 センス100           0回
 センス80            1回
 センス60            2回
 センス60(文法必要型)   3回
 センス40(文法より例文型) 4回
 センス40(例文より文法型) 5回
 センス20            6回
 センス0             7回


 概ねこの回数で良いと思います。
>------<↑引用ここまで↑>--------------------------------------


http://www.ye-study.com/typehome-01.htm
このリンク先でセンス100や80の場合は、英語の才能があふれる方です。
これに当てはまれば文法が不要だと思います。


センス60や40は才能中間派です
これに当てはまれば、文法は中程度に必要と考えています。


センス20や0は、残念ながら英語の才能が乏しい人です。(ToT)
残念ながら? 多量の文法的な知識が必要であると私は考えています。


実は、上記のリンク先の項目には
例文を覚えるのが
かなり得意 得意 普通 嫌だな 絶対いやだ! 苦痛以外の何物でもない!
・あなたは「例文を記憶」するのと「文法をしっかり学ぶ」のとではどっちがやる気がする?


といった質問があります。つまり、例文の記憶のしやすさで、「あなたにあった文法の学習方法」や「あなたに必要な文法知識量」を判定しているのです。
なお、リンク先を見れば分かるのですが、
 センス80 の人には「文法必要量度10」と書いてあり
 センス0の人には「文法必要度100」と書いてあるのです。


※ちなみにこのセンスチェックページは2003年2月28日の改定以来ず~っと変えていません。
私は5年間同じ主張を言い続けたことになるんだなあw


このトピックはあと1回か2回にしたいと考えています。
明日はいつもの文法放送。この話の続きは月曜日です。

2008年3月17日

文法の必要性の有無(15)

今回で大まかにまとまります。
このシリーズの話題は「文法の必要性の有無」です。
前回を踏まえて考えます。↓このように言えると思いませんか?


英語の才能があふれる人
・こまごましたこと(と思えること、すなわち【文法】)を考えることが苦手であり、不快である。
・そんなもの知らなくても読める
 ⇒文法は不要


英語の才能が中程度にある人(才能中間派)
・文法を不快に思う人、そうでもない人、どちらとも言えない人、などさまざまなケースの人がいる。
・簡単な英文であれば、覚えている(チャンク)を活用し脳内でフォーマットし、文法など知らなくても文が読めてしまう。
・複雑な英文の場合、上手く行かず困る。
 ⇒複雑な英文の場合、文法の知識が必要


英語の才能がない人
・勉強しようと思ったときに、どうしてもこまごましたこと(と得意な人に言われてしまう部分、すなわち【文法】)を気にしてしまう。この疑問(すなわち文法的な疑問)が解決しないと気持ちが悪い。
・例文をまったく覚えていないので、脳内で例文に基づくフォーマットが出来ない。
 ⇒文法が絶対的に必要。


つまり、この話題の1番最初のログで私が提示した↓結論、
 「文法の必要度は人によって異なる」
 「文法マニアになるほど十分必要な人がいる一方、全く不要な人もいる中くらいに必要な人もいる」
 「概ね、苦手な人は必要で、好きで得意な奴ほど不要!」
という具合になるわけです。


に、も、か、か、わ、ら、ず、、、


皆さんのほとんど
「自分の体験や感覚が世の中の人の全員に当てはまるはずだ」と考えてしまうのです。
つまり、


あなたが英語の才能があふれる人ならば
 ⇒「世の中の人は全員」文法は不要と考える。
あなたが英語の才能が中程度にある人(才能中間派)ならば
 ⇒「世の中の人は全員」複雑な英文の場合、文法の知識が必要と考える。
あなたが英語の才能がない人ならば
 ⇒「世の中の人は全員」文法が絶対的に必要と考える。


という傾向があるわけです。


ところで、普通、英語が得意で、好きな人はどんな人でしょう?
「英語の才能があふれる人」
ではないでしょうか?


では普通、世の中で「英語の勉強法」のようなものを主張する人はどんなタイプの人でしょう?
「英語の才能があふれる人」
ではないでしょうか?


では、次のうち、世の中でよく見かけやすい意見はどれになるでしょう?
(1)文法は不要
(2)複雑な英文の場合、文法の知識が必要
(3)文法が絶対的に必要


(1)ですね
こうして「文法が不要」という意見ばかりが「多数意見」として認知されるのです。
こうした現実が英語の苦手な人にとって「どれだけ不都合な状況であるか」分かっていただけるでしょうか?


いかがでしたでしょうか?
概ね今回でこの話題の話は終わっているのですが、次回、おまけ的な話を2つしますね(それで今回の話題は終わりです)。
その1つは「英語の才能がない人はどういうときに文法が気になるのか?」
もう1つは、「それでも英語の才能がある人は……」
というお話です。お楽しみに。


次回は木曜日の更新です。

2008年3月20日

文法の必要性の有無(16)

今回で、「文法の必要性の有無」のシリーズは最終回です。
結論らしい結論は前回書いていますが、もう一回書きます。


>--------------------------------------------------
速く走れる人が「速く走れる才能」を持っているのと同様に、英語が出来る人は「英語ができる才能」を持っている。才能は「あるかないか」という話ではなく、その程度にはバラつきがある


英語の才能があふれる人は
 ⇒文法不要
英語の才能が中程度にある人(才能中間派)は
 ⇒複雑な英文の場合、文法の知識が必要
英語の才能がない人は
 ⇒文法絶対的に必要


つまり、
 「文法の必要度は人によって異なる
 「文法マニアになるほど十分必要な人がいる一方、全く不要な人もいる、中くらいに必要な人もいる」
 「概ね、苦手な人は必要で、好きで得意な奴ほど不要!」
という具合になる。
>--------------------------------------------------


ということです。


さて、今日はあと2つ書きます。
その1つは「英語の才能がない人はどういうときに文法が気になるのか?
もう1つは、「それでも英語の才能がある人は……」


・「英語の才能がない人はどういうときに文法が気になるのか?
これを確認して欲しいのです。
ここで募集したアンケートの1つ。


>--------------------------------------------------
>私は中学1年の時、a an  がどうして必要なのか教師に聞いて
>「とにかく暗記しろ」と言われてから英語が大嫌いになりました。
さてあなたはこの話をどう思いましたか?
A. ? そんなんまるで疑問に思わなかったよ。そんなもんでしょ? 英語って。
B. 確かに知ってたほうが良い知識だね。
C. なんだ、このアホ教師は! この知識を知らなきゃ困るじゃないか! 私も同じように返事を返されたら頭にくる!
>--------------------------------------------------


ここの、↓たこさんご感想をよくご覧ください


 >ある意味D(勉強しなかったので疑問にもならなかった)ですね。勝手に作ってすみません(;^ω^)
 >でも、勉強するようになってからCになったと思います。


たこさんは英語が嫌いなわけです。で、嫌いにもかかわらず、勉強しようとするとき「C」になるのです。


ここがものすごく大事ではないかと私は思いました。


英語が嫌いな人は、
 嫌いだから勉強したくないときは
  ⇒文法が気にならないが
 嫌いにもかかわらず英語の勉強をしようと思うときに、
  ⇒文法が気になるのです。


嫌なのにやろうとする! 偉いと思いませんか?(そこの数学嫌いな人は、数学を勉強しようと思うときの気持ちを思い浮かべてください。それと同じです)


と、こ、ろ、が、、、、、


(英語の才能がある)英語の先生は、苦手な人から文法の質問を受けたとき「とにかく暗記しろ」とか言ってくれるわけです。
この英語の先生は文法の必要がなかったため、そう言ってしまうことがあるわけです。


英語の嫌いな人がようやく重い腰を上げて、英語の勉強をしようとする
  ↓
文法が気になる
  ↓
英語の先生にその文法の質問をする
  ↓
英語の先生はその文法の質問に答えてくれない(答えられない)
  ↓
英語の先生には「文法なんか不要だ! 丸暗記しろ」と言われる
  ↓
疑問が解消されない。不快感が残る
  ↓
英語がどんどん英語がわからなくなる。
  ↓
英語が嫌いになる


となるのです。


つまり、


「文法なんか不要だ!」と言ってしまう英語の先生は、

「せっかく英語の勉強をしようとしている英語嫌いな人」を

まずます英語嫌いにしてしまう。


のです。









・「それでも英語の才能がある人は……


さて、長々書いてきたこのシリーズですが、どう思われたでしょうか?
私は実は、「英語の才能がある人」、もっと言えば「文法不要派完全タイプ」の人今回の話のご意見を本当は聞きたいのです。


ですがたぶん、「文法不要派完全タイプ」の人は、今回のこのシリーズをほとんど読んでいないと思います。
私のような英語嫌い人間このページにある英文を読もうとしないのと同じです。
文法が嫌いなのですから、「文法が必要かどうななんて議論」を最初からまともに読もうとなど思わないはずです。
また
 文法なんか、不要に決まってらあ~~~
という結論が最初から彼らにはあり「もしかしたら違うかもしれない」などとは考えないのです。
100人の「文法不要派完全タイプ」がいたら、99人は読んでくれないでしょう。


もしも読んでくださった人がいたとしましょうか。その場合、その彼、もしくは、彼女の感想はどうなるでしょうか?
この感想も分かっています。


「うん、言いたいことはわかった。でも納得しない。文法は不要だ


となるはずです。


何せ、私を良く知るわが母でさえ、納得してくれませんでしたからw
わが母は「文法不要派・完全タイプ」なんです。英語ではなくドイツ語ですが。
(ある英文を文法で説明した場合のわが母の感想がこちらです。おそらく同じ意味合いになるはずです)


わが母は「ドイツ語文法を知らずにドイツ語を身につけてしまった人」なのです。母もまた「文法が必要なかったという自分の体験」だけがものさしなのです。「わが子が文法のおかげで英語が出来るようになったことをいくら説明&証明」しても、母は「私が文法の必要性を感じること」を納得してはくれなかったのです。


いわんや、普通の「文法不要派・完全タイプ」が納得するわけがない
「何言ってんだボケ! 不要なんだよ。ウフ(^^)」と笑っているはずです。


こうして、また英語嫌い人間は、
「文法不要派・完全タイプ」に「文法なんか不要だ」と叫ばれて、
どんどん英語が嫌いになって行く

のです。


この状況を変えられる方法があったら教えてください~~現在の私はもうあきらめてますw 無理無理w


明日はいつもの文法放送です。月曜日には雑談が入ります。次回の雑談は皆さんに試していただきたいことがあるのです。ぜひご協力をお願いいたします。m(_ _)m


※ところで、4月からこのブログはリニューアルする予定です。新シリーズはどういう話題にしようかな? リニューアルに合わさないといけないよなあ……


結局、新シリーズは「受験英語とは何か?」となりました。4月3日の木曜日の更新となりました。


(↓目次はこちら)
目次ページへ