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苦手なりの受験英語!

 

2008年4月24日

先生の必要性と自分のペース(1)

先生の必要性と自分のペース今回は「先生の必要性と自分のペース」というシリーズです。


話題にしたいのはその名の通りですが、なんと言うのでしょうか、え~と
次の意見を皆さんどう思いますでしょうか?


・英語学習に先生は必要というほどのものではない
自分のペースで学習する(できる)ほうが良いに決まっている。

巷で1番よく聞かれる意見だと思います。
そして、もしかしたら、あなたもそう思っていらっしゃるのではないか、と思います。
どうでしょうか?


私は常々この意見が疑問で仕方がないのです。
もし私のブログの本来必要とされる人、つまり「英語が嫌いで苦手な受験生」であれば
・英語学習に先生は必要である
・自分のペースで学習しないほうが良いに決まっている

と思うのです。


と、こう書くと「絶対違うよ」と思う人が大勢いらっしゃることを私は知っています。
その方の多くは
・英語学習に先生が必要とまでは行かないであろう。
自分のペースで学習するほうが良いはずだ。
とお感じだと思います。ええ、それは全く否定しません。
しかしその意見に「確固たる自信がある人」は、
英語が既に得意なのではないでしょうか?


今私がこれから書きたいと思っている内容は


「英語が嫌いで苦手な受験生」


向けの情報なのです。英語が嫌いで苦手な受験生
・英語学習に先生必要である
自分のペースで学習しないほうが良いに決まっている
と思っているわけです。


来週の月曜日からこの話題について進めます。まずは「自分のペース」の話から行きますね。
よろしくです。


(↓目次はこちら)
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2008年4月28日

先生の必要性と自分のペース(2)

先生の必要性と自分のペース今回は「自分のペース」の話です。


では皆さんにお聞きします。
あなたは↓次のどちらをやりたいですか?


(1)英語の勉強を自分のペース学習
(2)英語の勉強を他人が作ったペース学習


多くの人は(1)、つまり自分のペースで学習したがるのではないかと思います。
高校生なら部活や何かある人はあるはずです。他の科目だってある。人間関係でストレスもあるかもしれない。
「めちゃくちゃ忙しい時に英語の学習なんかしたくたってできるものか! 空き時間に学習できればベストではないか。」
というお考えになるのではないでしょうか?
実のところ、私も高校時代はそう考えていました。(ここで嫌な予感を感じ取ってくださいw)


では、高校時代に英語が得意であった方はどんな感じで英語を学習していたでしょうか?
中に塾に通っていた人もいると思います。そういう方々は「自分のペースではない」ですよね。つまり「他人が作ったペース」で学習していたわけです。


一方、塾なんか通わなくても得意であった人も大勢いるでしょう。
彼・彼女らは「自分のペース」で学習し、英語が得意になった、得意であったわけです。
ではここで、彼・彼女(自分のペースで学習して英語が得意になった人)に対し
  ↓「次のどちらが適切な学習法だと思うか?」と質問した場合を考えましょう。
    彼・彼女らであれば「次のどちら」が適切と答えると思いますか?


(1)英語の勉強を自分のペース学習
(2)英語の勉強を他人が作ったペース学習


彼・彼女らならば(1)、つまり「自分のペースでの学習」だと言うと思います。彼・彼女は「自分のペースで学習」し、英語を楽しみつつ英語の実力を上げたわけだから、それを根拠にそう思うはずです。


ここまでよいでしょうか?


では、英語が苦手と自負するあなた!
あなたは、塾に通われたり、家庭教師などをつけてもらったりして、「他人が作ったペース」で学習しましたか? どうでしょうか?
ほとんどの場合、そうではないと思います。
つまり、「英語が苦手と自負するあなた」、「他人が作った学習ペース」ではなく「自分のペースで学習」で既に勉強してきたわけです。
その結果、英語の成績はどうでしょうか? 良かったでしょうか? 違いますよね。


つまり
元々英語が好きで得意な人は→「自分のペースで学習」でも成績は上がる
しかし
元々英語が苦手で嫌いな人は→「自分のペースで学習」でも成績は上がらない
ということになるのではないでしょうか?


そうなるからくりは
英語が好きで得意な人は「自分のペース」で学習してきたから
率先して英語を身につけようとするのが自分のペース→成績が上がる
英語が嫌いで苦手な人は「自分のペース」で学習してきたから
サボリ気味で、やらないの自分のペース→成績が上がらない
となっているわけです。


誰でも自分のペースで気楽に英語の勉強するのが良い?」

とんでもない! 
英語が嫌いで苦手な人でも、とっくにそうやって英語の勉強をしてきているのさ!
自分のペースでやったからこそ、英語が嫌いで苦手な人は、ほとんど英語の学習をしないまま⇒英語が苦手になってしまったのです。


英語が嫌いな人は、英語の学習が嫌なのです。だから「自分のペース」じゃあ英語の学習をしない、少なくともペースは遅いわけです。
だから、これを変えない限り、英語が苦手な人は英語の成績が上がらないと私は思うのです。


次回は木曜日の更新です。


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2008年5月 1日

先生の必要性と自分のペース(3)

先生の必要性と自分のペース前回で、
得意な人は「自分のペースで学習する」としても上手く行くにもかかわらず、
苦手な人は「自分のペースで学習する」と上手く行かない、という話をしました。
今回はこの話をもう少し突っ込みます。


前回のログを見てくださった方の中で「本当に英語ができなくて困っている」という方がいらっしゃるはずです。
その方に聞きたいことがあります。
前回の話をどう思いましたか? 「そうか~、自分のペースでやろうとしないほうがいいんだ」と思いましたか?


絶対とは言いませんが、おそらく
「そう言ってもなあ…できれば自分でやりたいよ」
「いや~そんなことねーよ。自分で何とか出来るよ」

という感想なのではないでしょうか?


正直言いましょう。「そう思っているから何とかならない」と私は思っています。


気持ちは分かるんです。自分で何とかしたい、という気持ちは…
なにせ「私がそうだった」ですからなあ~w


私の場合
「自分のできなさ加減が半端ではない(come の過去形が分からなかった高校生であった)」
「英語ができる人(新しい先生)から見たら、あきれられること間違いない」
「こんなひどい有様を、他人(新しい先生)なんかに見せられない、見せたくない」
「つか、自分でなんとかしたいし、出来ると思うんだよ!」

という感じでした。


それにですね、学校の先生や得意な人が↓こう言うんですよ。
 「英語なんて、ちょっとやれば出来る」


つまり、「ちょっとやればできるはずなんだ。たまたまちょっとができていないだけなんだ」
と思っていた
のです。私の場合。


で、私は「高3になって、どうしょもなくなりました」


後で分かったことが3つあります。


●英語が出来るようになるには
(1)最初から英語才能がある人は「ちょっとやること」で出来るようになる。なぜならば「才能があった」から。また英語が好きだから、すごい勉強量も『ちょっと』ぐらいにしか感じなかった
(2)最初から英語才能がない人は「ちょっとやること」では全く出来るようにならない。なぜなら「才能がない」から。また英語が嫌いだから『ちょっとの量』でも膨大に感じる


(3)苦手な人「そのちょっと」がなかなかできない!違いますか? そこの苦手な人!


実のところ、(1)を認識できなかったのが最悪なことだった、と私は思います。
得意な人は、本当に簡単に言うんですよ、「英語なんてちょっとやればできる」などと。。。


ですが、それが本当なら、今の日本は「英会話があちこちで日常的に喋っている」はずです。そういう社会ですか?
違いますよね。英語を喋れない人が圧倒的なはずです。
つまり、「英語なんてちょっとやればできるという人」は「ほんの一握りの才能がある人」だけなんです。それに気付かなかった私が馬鹿だったわけです。


みなさんには、これに気付いて欲しいのです。
気付いたら、こう考えてください


英語が苦手で困っている人は、ちょっとやったところでけっして得意になれない
・それどころか、その「ちょっとの勉強」すら、まずやらない
たっぷりやらないと得意になれないのに、ちょっとやることすら「自分だけでは不可能」
 ↓だから
他人の力が必要ではないのか?


と考えて欲しいのです。


いかがでしょうか?
明日はいつもなら文法放送ですが、今週はGWのためお休みです。来週は行います。
この話の続きは来週の月曜日です。


(↓目次はこちら)
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2008年5月 5日

先生の必要性と自分のペース(4)

先生の必要性と自分のペース今回は「他人の必要性」の話です。
前回で、「英語が苦手な人は、自分ひとりの力では、なかなか向上が難しい」という話でし終えました。
ガッテンしていただけましたでしょうか?


他人、というのはつまり「先生」なわけです。要するに「英語が苦手な人は塾などに通え!」というのが私の意見になります。はっきり言えば!


だからといって、どんな塾でも良いわけではありません。
一番ダメな塾は「英会話スクール」です。なんの助けにもなりません。
この辺参照。


次に考えたいのは「(普通の)集団塾」です。
集団塾とは[生徒が複数いる中で、先生が1人講義を行うタイプの塾]です。
それほど悪くない選択肢だとは思いますが、
正直「個別よりは向いていない」という意見を私は持っています。


留意すべき点が3つあります。


(1)どうしても明らかになってしまう実力差。
複数人での授業で生徒が5人居るとしましょう。この5人には必ず1~5番の実力差があります。
一般的な数人授業であれば、先生は生徒を指したり、ちょっとしたテストを行ったりします。
すると、授業中に実力差がつまびらかになってしまいます。
この中で、1番2番であればやる気も出ますが、5番だったらどうでしょう?
特に生徒が男の場合、5番目(最下位)なのがつまびらかになると、とたんにやる気をなくします
男はプライドの動物だからです。
「どうせ俺には無理だよ!」とばかり考え、やる気がでません。無理に頑張らせても「ちょっとぐらい頑張っても最下位だよ。それでいいよどうせ…」と思うような気がします。
という風に考えてしまう人ばかりが、その科目(この場合は英語)で苦手になってしまうのです。
「今は5番(最下位)なのは当然だ! だけど、半年後には平均ぐらいを出せるようになってやる!」と思うような生徒であれば問題ないのですが…


(2)カリキュラムのテキスト
テキストに問題があるケースがあります。テキストの良し悪しの問題ではありません。
そのテキストがその塾のオリジナルかどうか、それとも学校のテキストを使ってくれるかどうか
という問題です。
その塾のオリジナルである場合、問題があります。その塾のテキストがどんなに優れたものであったとしても、学校の英語のテストにはそんなに響かないのです。
学校のテキストで落第点などを取って困っているわけだから、学校の教材をやって欲しいのが英語ができない生徒の希望です。ですがそれをしてくれないわけです。
喉が乾いて苦しいのに、上質のコーヒーを「美味いだろう?」と言われて飲まされているようなものです。
冷たいお茶かポカリスエットか何か欲しいのに、「飲み物には違いない、しかも良い飲み物だ」と言われて「熱いコーヒー」飲まされるわけです。飲みにくいことこの上ないのです。
(ちなみに、英語が出来る生徒は学校のテキストが簡単すぎてちゃんちゃらおかしい、と思っている人が多いです。こういう人には集団塾のオリジナルのテキストが適切でしょう。彼らは別に喉が渇いて苦しいわけではないので、上質のコーヒーを飲む余裕があるのです。ちなみに普通は「高校時代に上質のコーヒーを余裕綽々で飲めた人」しか英語の先生になりません。)


(3)どのレベルに進度を合わせるか
集団塾の場合、仮に生徒が5人居れば、3番目ぐらいの生徒に合わせた授業をするのが一般的ではないでしょうか? あるいは、1番2番の生徒になるでしょう。
そうしないと、授業が予定通り進みにくいからです。
(ちなみに私が大学のときに教えていた集団塾では、最下位の人に合わせていましたけどね~1番2番の生徒からは非難轟々でしたなあw)
(私は苦手な人の味方でしたから、仕方がなかったと思うのです。しかし1番2番の方が不満に思うのは当然だったと思います。スミマセンでした、当時の優秀な生徒の皆様)


この(1)、(2)、(3)のデメリットをどう考えるか、が1つの鍵です。特に(1)ですね。その中で成績が5番目(最下位)だったら、どんどん発言しなくなり、やることもしなくなること請け合いです。
なにせ私がそうでしたからw


いかがでしょうか? したがって「成績が悪いことに自信がある生徒」の場合、集団塾はあまり適さないと私は考えているのです。
もっとも「1人でやる」よりはいいのですが…


次回はこの続き、個別指導塾に関して書きます。個別指導についての話は1回では終わらないと思います。
次回は木曜日の更新です。


(↓目次はこちら)
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2008年5月 8日

先生の必要性と自分のペース(5)

先生の必要性と自分のペースでは、個別指導塾の話をします。
苦手な人の場合、個別指導が良い、と思うのです。


1番のメリットは、複数人授業と違って「他人との差異が分かりにくいところ」です。比較する相手がいないから、じっくり考えられる。
ちょっとしたテストを先生にされた時、たとえ間違っても、比較対照となる生徒が他にいないのです。だからこの点で、生徒はあまりプライドが傷つけられないのです。(あくまでこの点だけですが)


また、先生は生徒のペースを上手くコントロールできます。生徒側の実力を上手く見て、時間をかけるべきところは時間をかけることが出来ます。
行ってみれば、真の意味で「自分のペース」で学習できるのではないでしょうか?


ちなみに時間をかける場所、というのは「その生徒がつまづいている」場所です。
普通の人、まして得意な人なら、全然つまづかないのに、苦手な人は必ずつまづく部分があります
英語で言うなら、それは関係詞だったり、不定詞だったりします。(この二つは英語が苦手な人は必ずつまづきます。ですが最初から得意な人は「楽勝」な所で、けっしてつまずかないのです)
また「つまづく場所」というのは生徒1人1人で違う場合もあります。例えば、英語が苦手な人は「受動態」ではあまりつまずかないのですが、それはあくまでそういう人が多い、というだけのことです。中には「受動態」でつまずく人も沢山いるわけです。
こういう、1人1人で異なる「つまづきポイント」にも、個別の場合上手く対応できるのです。集団ではこうはいかないわけです。


ここで私の実体験を紹介します。
私は「ものすごく英語ができなかった」わけですが、高2の終わりになったとき「個別指導の塾」に通い始めました。ようやくw
高3のときにに受けた「ある指導」を私は良く覚えています。
高3の初めに、個別指導の先生は私にこうおっしゃいました。


⇒「君は、動詞の不規則変化をしっかり覚えてないね。まずそこから覚えよう


そうなのです。私は、中2で習う「動詞の不規則変化」を全然覚えていなかったのです。
つまり、私の場合、「動詞の不規則変化」を全然覚えいなかったことが、1つの「つまづきポイント」でした。
これは個別指導でなければ、こんな指導は受けられなかったでしょう。
私はまさにここから、ようやく英語の勉強が始まり、今に至ったのでした。


次回は個別の上手い活用法などについてもう少し書きます。
次の更新は月曜日です。明日はいつもの文法動画講義です。よろしくお願いします。


(↓目次はこちら)
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2008年5月12日

先生の必要性と自分のペース(6)

先生の必要性と自分のペースさて、個人指導のメリットを前回書きましたが、この有効活用を今回は考えたいと思っています。


実は理想言えば「個人指導塾は別の学校なり、塾なりの併用が良い」のではないかと思っているのです。


例えば
(1)高校(学校)の授業の補習をしてくれるという「集団塾がある」。そこにも通う。
  ⇒でもこの塾にもついていけない
   ⇒しかしその「集団塾」の補習を個別指導の塾が行いフォローする。
(2)高校学校)あるいは予備校で受験勉強を教えてくれる。そこ通っている。
  ⇒その内容についていけない
   ⇒しかしその「高校(学校)あるいは予備校」の補習を個別指導の塾が行いフォローする。


実は、個人指導で本当に心配なのは「自分のペース」なのです。
前回個人指導は真の意味の自分のペース」になり、それは「メリット」として説明しました。
しかし、集団塾や学校による「他人のペース」に乗らないと、結局は「間に合わない」という側面があるのです。試験日は待ってくれませんから!
つまり、個人指導授業は


●集団塾や学校(予備校)が作ってくれた学習プラン(ペース)に、学力が乏しい人でもうまく乗れるように手助けする


という具合になるのが良いのではないかと私は考えているのです。


結局「自分のペース」(だけ)ではだめで、他人のペースに乗れれば、結果はおのずとついてくるのではないかと思います。
逆に「自分のペース」にこだわったり、他人のペースに乗りそこなった人ばかりが、結果を出していないのではないでしょうか?(最初から苦手な科目の場合


ということで、ここからは宣伝です。
私は現在、Ye-Studyゼミナールという「インターネット塾」を開業しています。
webカメラをヘッドセットを使って、授業を行っております。あなたがどこにお住まいでも授業が受けられます。
メインは個別指導ですが、テキストが同じであれば集団授業も可能です。
 英語が苦手な皆さん、良かったらいかがでしょうか? 
(なお、文法を学びたい社会人の方も大歓迎です(実はそちらのほうが需要が多いです)。)
  インターネット塾「Ye-Studyゼミナール」
以上宣伝でした。


ご自分の事情を考えて、上手く「他人のペース」で学べることを祈っています。
時間は待ってくれません。試験の日は決まってるのです。それ間に合わすには
・他人のペース
・他人の力
が必要
だと思います。苦手な人の場合は
1人よりも2人以上で立ち向かえば戦力は倍以上になるのですから、そうするべきだと思いませんか?
英語が苦手な人(偏差値40くらい)が「塾などに通わず1人だけで得意(偏差値60以上)になった」は私の知る限り「1例も知りません」。


今回のシリーズは以上です。
次回は木曜日に雑談を入れます。金曜日に文法動画講義をアップしたら
来週の月曜日からは新シリーズです。新シリーズの話題は「仮定法の謎(仮題)」です。お楽しみに。


(↓目次はこちら)
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