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苦手なりの受験英語!

 

2009年1月29日

高校の英語の授業を英語でしたら...(1)

高校の英語の授業を英語でしたら...


The poor English learners in high school never listen to any great English teacher who teaches them English in his class ONLY IN English, as you never read one English sentence like THIS.


今回から、新シリーズ「高校の英語の授業を英語でしたら」をお送りします。


高等学校の英語の授業を、日本語を使わず英語で行おう、という動きが昨年発表されました。その直後、このブログで1名の受験生、iKnow!のフレンドから1名(既に受験を終えている社会人)から、連絡をもらいました。内容は概ね同じものです。それは以下でした。


「英語で行う英語の授業について意見をください。何らかの形で意見を発表してください」


というものでした。両者とも、もともと英語が苦手だった方です。お二人とも私に求めているものはすぐに分かりました。それは


「反対意見を発表してください!」


というものです。お二人とも「英語で行う英語の授業」に賛成なら、私に意見を求めるわけがありませんから。


英語が苦手な受験生が「英語で英語の授業をして欲しくない!」という実感になるのは当然です。それに加えて、受験を終えられた社会人の方が「英語で英語の授業をしてほしくない!」、「反対意見を発表してください」、という依頼をしてくださいました。彼はもう高校で英語を習うことがないのに、それでも反対して欲しいわけです。彼は自分の高校時代を思い出し、英語で英語の授業をされた場合の『無意味さ』や『嫌悪感』を想像されたのかもしれません。


 本当に「英語で行う英語の授業」が高等学校で行われるかどうかは分かりません。ただ、実際ごく一部の私学では既に行われているでしょう。ということは、本当にそうなる可能性は高い、と言わざるを得ません。


私の見解は以下です。


 もし実際に、高等学校の英語の授業を英語のみで行われれば...


英語が苦手な人は高校で英語を学ぶ機会を完全に失うだろう。
もしかしたら、苦手な人のみならず、平均以下の学生すべてが高校で英語を学ぶ機会を完全に失うだろう。
その結果、高校生全体の英語力を下げるだけの結果にしかならないだろう。
その結果、日本にますます英語が普及しないだろう


「高等学校の英語の授業を英語のみで行う」とは「現場を知らぬ偉い人の妄想(ファンタジー)」である。


というものです。なぜそうなるかについて、今後数回に分けて連載しようと思います。
まずは、「現場を知らぬ偉い人の妄想(ファンタジー)」についてから話を始めようと思います。
この続きは、月曜日です。


明日は、いつもの文法放送です。




あ、文頭に英語を書いたっけ。一応意味を書いておきますね。↓


「高校の英語が苦手な英語学習者は、どんな優れた英語教師の授業でも、英語だけを使った英語の授業ならば、その話を聞かないだろう。あなたが「この英文」を読み飛ばすのと同様に。」


(↓目次はこちら)
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2009年2月 2日

高校の英語の授業を英語でしたら…(2)

高校の英語の授業を英語でしたら…
「高校の英語の授業を英語でしたら」の続きです。


今日は「現場を知らぬ偉い人の妄想(ファンタジー)」を紹介します。


今、日本で「高校の英語の授業を英語でしよう」としている偉い方は、たぶん崇高な理想、ちがった、幼稚園レベルの妄想を持っていると思います。
概ね↓こんな考えをお持ちなのではないでしょうか?


・日常レベルで英語が普通に普及している国は、高等学校で普通に英語で英語の授業がなされている。
・つまり高等学校の英語の授業が英語でできるレベルでなければ、英語が普及しているとは言えないではないか!
・中学ならばともかく、高校になったら英語で授業ができるはずである!
・実際そのようにしている高校は既にある。つまり可能である。
・英語の授業なのに、英語で行われないのはそもそも変ではないか!
・英語の普及のため、高等学校で普通に英語で英語の授業がなされるべきである!


ま、こんな感じじゃないですかね?


いやあもう、素敵な妄想(ファンタジー)をありがとうございます…という感じです。
きっと、太平洋戦争の開戦決定もこんな感じで決まって実行されたんでしょうな~と思いました。
大戦前、日本の参謀本部の「現場を知らぬ偉い方々」の考え


 日本ならアメリカと戦っても勝てるはず、という過信、いや「思い込み(信念)」があった。
 だったら戦うべきだ、開戦やむなし!
 アメリカの非道を正すべし!


という結論になったような素地があったはずです。
その結果はどうなりましたかね? どれだけの若い命が失われて、かつ、負けたのでしょうか?


これも同じじゃないですかね?
つまり、文部科学省にいる「現場を知らぬ偉い方々」の発想は


 今の日本なら高等学校の英語の授業が英語でできるレベル、という過信、いや「思い込み(信念)」がある。  
 だったら、そうすべきだ! 英語の授業が英語ですべきだ!
 もっと日本で英語を普及させるべし!


って感じじゃないですかね? (邪推ですけどね)
結果はどうなるでしょうね…


もっとも、彼らにもし↑このことを問い正すと、彼らは↓こんな感じなことを言うと思います。


「過信だと? そんなことはない! 十分できる!」
「実際、そうしている高校もある。それに英語で英語の授業なんて英会話学校では普通にしていることではないか!
「だったら、できないほうがおかしいではないか!」


概ね↑こんな感じじゃないですかね? どうでしょう? そこの偉い人? 違いますかね~?
私に言わせれば、ここに大きな「状況判断ミス」があると思います。これは、太平洋戦争における日本の参謀本部の「現場を知らぬ偉い方々」が抱いた「状況判断ミス」と同質だともいます。
当時の状況判断を正しく行えば、日本はアメリカと戦ったら必ず負けるのは分かりきっているはずでした。
ところが偉い方の
「勝てるはずだ」という「思い込み」
が、状況判断を狂わせ、開戦に踏み切り、日本は負けたのです。


高校の英語の授業を英語でしようとするもくろみ」も同じだと思います。
現在の状況判断を正しく行えば、高校の英語の授業を英語でしたら、より英語が普及しないと思います。
しかし偉い方の
「できるはずだ・その結果普及するはずだ」という「思い込み」
が、状況判断を狂わせ、高校の英語の授業を英語でしようとしているのだと私は思います。


日本は、偉い人の状況判断のミスの所為で戦争に負けたのです。


次回は「偉い人の状況判断の甘さ」について書く予定です。
次回は木曜日です。


(↓目次はこちら)
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2009年2月 5日

高校の英語の授業を英語でしたら…(3)

高校の英語の授業を英語でしたら…

「高校の英語の授業を英語でしたら」の続きです。


今日は「現場を知らぬ偉い人の妄想(ファンタジー)」の続きです。


彼ら(偉い人)
「高校の英語の授業は英語のみで十分できる!」
と考えています。その根拠
「実際、そうしている高校もある。それに英語で英語の授業なんて英会話学校では普通にしていることではないか!」
「だったら、できないほうがおかしいではないか!」


というものでした。
今回は、「この現状把握が実におかしい」という話をお伝えします。


なんと言ってもサンプルは


「英会話学校」


です。


世の中にはたくさんの英会話学校があります。
その多くは日本語を使わず「英語のみ」で教えているはずです。生徒側も生徒側でそれ概ね受容しています。しかも先生は「ネイティブがいい」とばかり、日本人の先生なんか蚊帳の外w 英語しか話せないネイティブの先生ばかりを礼賛・歓迎します。
幼稚園生程度の脳みそしか持っていない文部科学省の英語担当の偉い人は、こうした英会話学校の現状をみて、


高校でできないはずがない。
難しいかもしれないが不可能ではない
できるなら、やったほうがいい!


と思ったのではないでしょうか?


では、ここで、幼稚園生、じゃなかった、文部科学省の英語担当の偉い人に聞きたいことが、私にはいくつかあります。
皆さんもご一緒に考えてください。


(1)あなたは、もし世の中に「数学学校」というものがあったら通いたいですか?
   たぶん通いたくないですよね? 違いますか? 英語が好きなあなたはおそらく数学がお嫌いでしょうから。


(2)もし日本に社会人向けの「数学学校」というものがあったとしたら、どんな人が通うと思いますか?
   あなたは通いますか? 
   数学好きな人、好きじゃなくてもせいぜい「数学を学びたいと考えている人」ぐらいじゃないでしょうか?
   自腹を切って、お金を払って、参加するわけでしょうから。。。


(3)では、「英会話学校」に通う人、ってどんな人でしょうね?
   英語好きな人、好きじゃなくてもせいぜい「英語を学びたいと考えている人」ぐらいじゃないでしょうか?
   自腹を切って、お金を払って、参加するわけでしょうから。。。


(4)英語好きな人、もしくは「英語を学びたいと考えている人」だけが英会話学校に通うわけですが、
   そこでは、英語でしか英語を学ばないでしょう。
   そのうち何%の人が英語がぺらぺらになりますかね?
   ぺらぺらじゃなくても良いです。その授業についていける人(生き残って続けられる人)は全体の何%ぐらいでしょうか?
   普通は30%ぐらいじゃないでしょうか? 絶対に50%も生き残らないでしょう。
   そして、その生き残る人はたいてい「最初から英語がある程度以上出来た人」だけでしょう。


   これが、上手く行っている例に、あなたは見えますか?


  たぶん、あなた(文部科学省の英語担当の偉い人)には、見えるのだと思います。
  なぜなら、あなたはこの 30 %に 入っているからです。


  実はここで「類は友を呼ぶ」の原理が働くのです。
   こうした英会話学校で、生き残る人は30%ぐらいしかいないのに、生き残る人がみな友達になるわけです。
  したがって、彼らには生存率が 30%に見えず、50%以上に見えるのです。


しかし、実際は 30% ぐらいでしょう。これが状況判断ミス(1)です。
数学のお嫌いなあなたのことです。できない人付いていけない人のほうが大勢(70%)いても「いや、多数派はできる人のはず。なぜなら私はできるから」と思っているのではないでしょうか?
↑重大なミスだと思いませんか?


実際はさらに、もっと大きな「状況判断ミス(2)」を彼らはしています
こちらのほうが重大です。


「状況判断ミス(2)」とは↓こういうことです。


英会話学校へは
英語好きな人、好きじゃなくてもせいぜい「英語を学びたいと考えている人」だけが通う。
・自腹を払うわけだから、それなりに、がんばるはず。
・それでもついて行ける人全体の30%ぐらいせいぜい50%


一方高等学校はどうでしょうか?
・英語好きな人もいれば嫌いな人もいる。彼ら(英語が好きな人)はよく嫌いな人の存在を【無視】します。\(`へ´ )/=3
・自腹を払う苦学生もいるかもしれないが、99.99%は親が学費を払う。であれば、嫌いな人はがんばるであろうか?(英語担当の偉い人は、お嫌いな数学を「がんばった」と言えるほどがんばったでしょうか?
英語が嫌いな人も大勢いる中で、英語のみで行う授業に生徒の30%も付いていけるだろうか?


確実に「ついていけない人の割合が、今よりも多くなる」と思いませんか?


したがって、どんなに良い先生がいても英語で授業をしたら、付いていけない生徒が増える確率のほうが現状では高いはずです。


え~と、まだまだ彼ら(偉い人)は状況判断ミスをしています。それはいわば「大学入試とのギャップ」なのですが…
それについては、次回にお話します。


明日はいつもの文法放送。この続きは来週の月曜日です。


(↓目次はこちら)
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2009年2月 9日

高校の英語の授業を英語でしたら…(4)

高校の英語の授業を英語でしたら…


「高校の英語の授業を英語でしたら」の続きです。


今日は「現場を知らぬ偉い人の妄想(ファンタジー)」の続きです。


今日は【大学入試】と「英語だけ英語の授業」とのギャップについてです。
「高校の英語の授業を英語でしよう」としている偉い人は、このギャップをどのように考えているのでしょうか?
彼らは


 Aギャップなど無いから問題ない…という妄想的な結論を出している
あるいは
 B:ギャップはあるから問題があるだけど「やっちゃえ~、既成事実を作っちゃえ~」と思っている


 ↑このAかBのどちらかではないかと思います。


どう考えたって、「大学入試対策英語」と「英語のみの授業」とは相容れない
これは簡単に証明できます。


【証明方法1】
もし「大学入試対策英語」と「英語のみの授業」とは相容れるならば、予備校がとっくに「英語のみで授業をしている」はずです。けれどしていない。「そんなもの、大学入試対策としてまず効果が無く、やったとしてもほとんどの人に効率が悪いこと」を予備校は熟知しているからです。


【証明方法2】
もし、「大学入試対策英語」と「英語のみの授業」とは相容れるならば、受験対策参考書がとっくに「英語のみで解説している」はずです。けれどしていない。「そんなもの、大学入試対策としてまず効果が無く、やったとしてもほとんどの人に効率が悪いこと」を、参考書の筆者は知っているからです。


大学入試英語】は色々な問題が出ますが、メインは「長文問題」と呼ばれる問題です。数十行に渡る「長い~」英文が問題用紙に印刷されています。それについての内容を問う問題が出されます。
この対策が実に難しい!


参考書なら、どういう意味になるのか、なぜそういう意味になるのか「日本語」で解説しています。そして必ず日本語の「訳例」が載っています。
予備校や塾の講義なら、なぜそういう意味になるのか「日本語」で解説します。そして必ず日本語の「訳例」を授業で言うはずです。


なぜなら、よほど得意な人ならともかく、普通の高校生・浪人生だったら「英文の意味を取り違えるから」です。普通の人でも少なくとも3割。苦手な人はほぼ100%、意味を間違えます。(参考:苦手な人は What is war ? というたった3語の意味さえ間違える!
どうすれば、間違えないのか? 取り違えないのか? …これを学習するのが大学受験勉強のメインなわけです。


今の高等学校の普通の「英語のリーダーの授業」だってそうなはずです。
訳例を生徒に言わせる授業なはずです。そして、その間違いを訂正させる授業なはずです


なのに、英語だけで授業をする? これをどうやって「英語だけで説明する」のでしょうか?
普通に考えたらかなりおかしいです。


あなたは「リーダーの授業を英語だけでする方法」が想像つきますか?


実は「リーダーの授業を英語だけでする方法」はあります。「それをしろ!」というのが今回のご命令なのでしょうから、あるにはあるのです。
それについては、次回書きましょう。


この続きは木曜日です。


(↓目次はこちら)
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2009年2月12日

高校の英語の授業を英語でしたら...(5)

高校の英語の授業を英語でしたら...


「高校の英語の授業を英語でしたら」の続きです。


今日も「現場を知らぬ偉い人の妄想(ファンタジー)」の続きです。
今回は「リーダーの授業編」です。リーダーって、受験英語的には「英文解釈」と言われるものです。少なくとも今までの高等学校の英語教育では。
要するに、長文がどべーっと教科書に書いてあり、生徒側はこの意味を解読するわけです。普通は「和訳例」を授業で求められるはずです。生徒には「和訳例」を求めるのに、どうやって先生は「英語のみ」の授業をするんでしょうね?


私が考えた対処法は2つ。


、和訳例は日本語で言う
、与えられた英文の意味を(より簡単な)英語で説明する


たぶん、1でしか授業できないと思います。それにしても問題山積でしょうが...
今日はこの
、和訳例は日本語で言う
という授業ケースを考えましょう。


、の具体例
先生:Mr. Yamada. Can you read next sentence? And translate it into Japanese.
生徒:"I must appologize to him for that." 私はそれに対して彼に謝るべきだろう。
先生:Hummm... That's incorrect. "must" isn't "べきだろう" . "must" is "ねばららない". so the meaning is "私はそれに対して彼に謝らなければならない".


こんな感じですね。


対訳
先生:山田さん、次の英文を読んでください。そしてそれを日本語に訳してください
生徒:"I must appologize to him for that." 私はそれに対して彼に謝るべきだろう。
先生:う~ん。違いますねえ。mustは「べきだろう」ではないですね。must は「ねばならない」ですね。だからこの意味は「私はそれに対して彼に謝らなければならない」ですね。


こんな感じでしょう。現状だとこうやるしかないでしょうね。
これは、簡単な例だから、まだましですよ。高等学校の英語は普通こんなやさしい英文ではない!
↓教科書の英文がこんなのであったらどうするのでしょう?


By the time I was thirteen or fourteen I began to try to know myself, the sort of person I was, what I could attempt successfully, and the things that I was no good at and that I must not waste time over.


この英文は普通の高校生では正しい和訳例なんて作れません。絶対間違えます。仮に当てられた人が間違えなくても、先生はその授業の生徒全員に「なぜその訳例になるか」を説明しなければなりません。
↓私なら「日本語で」こう説明します(長いです。おまけに3回に分けています)。
ピリオドまでが長い英文と文法:その1
ピリオドまでが長い英文と文法:その2
ピリオドまでが長い英文と文法:その3

↑これらを読んでくださいましたか? 
もしちゃんと読んでくだされば、こんな難しい英文でも「なぜそういう意味になるのか」が分かります。
読んでくださいましたか?


読んでくださったとしても、どうでしょう? 流し読みでなかったでしょうか(特に得意な人)。
でももしこれを「高等学校」の授業で「英語で」説明するとしたら、この長い説明は「全部英語」で説明されているのですよ。
どれだけの人が全部聞くでしょう? 聞く人は英語の興味がある人のみでしょう。そして全部内容が内容がきちんと分かる人はどのくらいでしょう?せいぜい、最初のほうだけがんばって聞いて、「あとは分からなくなるだけ」がオチだと思いませんか?


まして、英語が嫌いな人は最初から英語での説明なんか聞きゃしない。しゃべっている英語が分からないのだから!
日本語の説明だったら分かるかもしれないのに、英語で説明されたらその可能性を摘み取っている
わけです。


以上が、「、和訳例は日本語で言うケース」についての考察でした。
次回は、「、与えられた英文の意味を(より簡単な)英語で説明する」←こちらに考察します。


明日はいつもの文法放送。この続きは月曜日です。


(↓目次はこちら)
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2009年2月16日

高校の英語の授業を英語でしたら…(6)

高校の英語の授業を英語でしたら…


「高校の英語の授業を英語でしたら」の続きです。


今日も「現場を知らぬ偉い人の妄想(ファンタジー)」の続きです。
今回も「リーダーの授業編」です。リーダーって、受験英語的には「英文解釈」と言われるものです。少なくとも今までの高等学校の英語教育では。
要するに、長文がどべーっと教科書に書いてあり、生徒側はこの意味を解読するわけです。普通は「和訳例」を授業で求められるはずです。生徒には「和訳例」を求めるのに、どうやって先生は「英語のみ」の授業をするんでしょうね?


私が考えた対処法は2つ。


、和訳例は日本語で言う
、与えられた英文の意味を(より簡単な)英語で説明する


今回は、「、与えられた英文の意味を(より簡単な)英語で説明する」←こちらに考察します。


おそらく、幼稚園生の脳みそさんたちは、1より2をイメージしたのではないかと思います。
なぜなら、英会話スクールの形式は1ではなく2だからです。


例えば↓こんな感じになるでしょう。


、の具体例
先生:“I must appologize to him for that.”That means … I must say to him " I'm sorry for that."
こんな感じですね。言い換えてあげるわけです。


こんな(比較的)やさしい英文に言い換えてあげればだれでも意味が分かり、英語ができるようになるはずだ!…とあなたは思うかもしれません
しかし、私はこのようなやさしい英文ですら、苦手な人は意味が分からないと思っています。
高校生の時の私なら sorry という言葉の意味さえ分かってないです! その段階でこの英文の意味は分からないw
 つまり、苦手な人は「やさしい単語の意味さえ覚えていない」⇒「英文の意味が分からない」となるのです。それだけではない!
それに加え、英語が苦手な人は「たとえ単語の意味をたまたま全部知っていても、その英文の意味を間違う」から英語が苦手になるのです。(偉い人は「こんなやさしい英文でも意味を間違う高校生がいるんだ!」という現実を無視すると思います)
苦手な人は言い換えたって、意味が分からない。意味がない。


まして↓こういう英文だったらどうでしょう?


By the time I was thirteen or fourteen I began to try to know myself, the sort of person I was, what I could attempt successfully, and the things that I was no good at and that I must not waste time over.


やさしく、言い換えられますか?
ちょっとやってみますか…


I had some things. I began to try to know them by thirteen or fourteen years old. One of them was what sort of person I was. Another was what I could attempt successfully. Others were the things that I was no good at and that I must not waste time over.


う~ん。こんな感じですかね? あまり言い換えられなかったなあ。
仮にもっと上手く言い換えられたとしても、意味が無いでしょう。苦手な人にとっては。
大体 what の意味の取り方を英語の苦手な人は完全に誤解します。英語の苦手な人は100%関係代名詞が苦手ですから。

つまり、英語苦手な人は「やさしく言い換えた英文」ですら意味が分からないのです。
単語もそうですが、文法が分からないため、さっぱり分からないのです。
しょうがないので、英語が苦手な人は意味を「こうかな?」と想像するのですが、これが大体大間違いなのです。


このように「英語のみ」でやろうとする英会話スクールは結構あるともいます。
だから
⇒英会話スクールでついていけなくなる人は、「言い換えた英文の意味がわからないよう」とか「なんでそんな意味になるんだあ~分からない」となって挫折するわけです。


 ↑この状況を、幼稚園生文部科学省の偉い人はどう思っていらっしゃるのでしょうか?
もしかしたら、彼らはこうした「ついていけない人の発想」を想像できる能力が無いのかもしれません。
彼らは、このやり方でついていけるし、その結果、英語ができるようになったのだと思います。
私はできたのだから、みんなできるにはずだ!
という具合です。


私に言わせれば「彼らは視野が狭すぎる!」


彼らは
「このやり方で挫折して苦しんでいる人たちの姿が目に入らない」
「苦しんでいるのは単に努力が足りない所為だ」としか思えない
という状況判断能力悪い、「自分の視点からしか見ない視野の狭い人」ではないかと思います。


次回からは、「実際行われたらどうなるか」というのを予測してみようと思います。この予測内容は次回の1回だけでは紹介しきれないと思います。


次回は木曜日です。


(↓目次はこちら)
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2009年2月19日

高校の英語の授業を英語でしたら…(7)

高校の英語の授業を英語でしたら…


「高校の英語の授業を英語でしたら」の続きです。


今回から「実際に、高校の英語の授業が英語だけで行われた場合」をどうなるかを考えましょう。
喜ぶのはごく一部の先生と生徒だけでしょう。


まず、先生側が大変でしょう。
 ●現場の先生は実際しゃべれる?
高校の先生の何%の先生が英語を流暢に喋れるでしょうか? これは学校に寄ると思います。私立だったら100%のところもあるかもしれませんが、公立だったら0%だって十分にありえます。
なぜなら、彼らは「喋るための教育を、少なくても大学受験対策でしていないから」です。
生徒側が先生の英会話能力を測るのは簡単です。「喋れない」先生はすぐに「喋れない」と見抜かれてしまうでしょう。


(1)先生が喋れない場合
先生がちゃんと英語が喋れない場合
⇒生徒は確実に
「おまえはちゃんと喋れないのに、俺たちに喋るのを強要するのか?」 
と思うでしょう。
英語ができる生徒はあきれできない生徒は憤慨すると思います。
英語で英語の授業をすることにならなかったら、こんなことにはならないのに!


(2)先生が適当には喋れる場合
適当とは「ネイティブ並に流暢ではない」という意味です。適当には喋れます。このレベルの人が高等学校の英語の先生の中には最も多いのではないでしょうか?
 こういう先生は「文法的に間違っている変な英語を喋る」でしょう。こういう先生は「通じりゃいいでしょ!」と思っているかもしれません。確かにそのとおりですよ。英会話ならねw でも高等学校の授業です。意志の疎通だけが目的ではなく、大学受験も視野に入れなければなりません。
下手をすると生徒は「文法的に変な英語」を覚えかねません。間違った英語を覚える可能性すらあります。それでいいのでしょうか?
また、生徒側には先生より英語ができる人もいるでしょう(帰国子女など)。彼、彼女らには馬鹿にされるでしょうね。
これも「生徒側は先生を完全になめる」でしょう。
英語で英語の授業をすることにならなかったら、こんなことにはならないのに!


(3)先生がネイティブ並に流暢に喋れる場合
こういう先生は、英語好きな生徒には大変好かれるでしょう。発音もきれいだったりだとしたら、英語好きな生徒には最高でしょうね。
こういう先生方や英語が大好きな生徒は、今回の報(英語で高校の英語の授業をすることになる)を受けて大喜びしていると思います。
ここで考えて欲しいことがあります。
 ・生徒側は何%の人がその英語の意味をきちんと理解するのか?
 ・生徒側は何%の人がその英語の意味を理解したつもりで実際は間違って理解してしまうか?
 ・生徒側は何%の人が、その英語を全く耳に入れないか?


文部科学省の偉い人は↓このくらいと思っているのではないかと思います。
・授業で使われる英語の意味を全部ちゃんと理解する生徒…70%
・授業で使われる英語の意味を8割ぐらい理解する生徒…10%
・授業で使われる英語の意味を6割ぐらい意味を勘違いする生徒…10%
・授業で使われる英語がほとんど耳に入らない生徒…10%


どうでしょう? 文部科学省の偉い人のみならず、英語が得意な方ならこれと同様な感想ではないかと思います。


「英語が苦手で苦手で苦しんだ私」の見方はこれとは違います。
せいぜいたぶん↓このくらいですよ。


・授業で使われる英語の意味を全部ちゃんと理解する生徒…10%
・授業で使われる英語の意味を8割ぐらい理解する生徒…10%
・授業で使われる英語の意味を6割ぐらい意味を勘違いする生徒…40
・授業で使われる英語がほとんど耳に入らない生徒…40


こんなものでしょう。
なぜなら、
 高等学校の生徒は、英語学びたくて高校に通うわけではないからです。
 英語を学びたい人だけが通う「英会話スクール」にしたって、生存率はせいぜい50%
 「英語を学びたくなくても英語を学ぶ生徒がいる高等学校」ではついていける人数が50%を下回るのは明らかではないか!


なおここで、肝心なのは
授業で使われる英語の意味を6割ぐらい意味を勘違いする生徒…40%
の存在だと思います。
彼らの多くは【全部正しくわかったつもり】になっているのです。
これだと、テストで、特に「模試」などの実力テストで明らかに間違うわけです。
でも、本人は「正しいつもり」なわけです。なんで違うんだろう? と疑問に感じて苦しむでしょうね。その上テストで反映しない…となると、「英語嫌いが増える」でしょうなあ。
英語は「分からなくなった」とき、嫌いになるのです!


つまり、
(1)先生が適当には喋れる場合⇒英語ができる生徒はあきれできない生徒は憤慨する
(2)先生が適当には喋れる場合⇒生徒になめられて授業にならない
(3)先生がネイティブ並に流暢に喋れる場合⇒80%が授業を有効的に使えない⇒英語が分からなくなる⇒英語嫌いが増える


となると思います。


皆様、どうお感じになったでしょうか?
明日はいつもの文法放送です。この続きは月曜日です。


(↓目次はこちら)
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2009年2月23日

高校の英語の授業を英語でしたら…(8)

高校の英語の授業を英語でしたら…


「高校の英語の授業を英語でしたら」の続きです。今回は具体例編です。


実際一部の私立高校では、英語で英語の授業は実践されているのです。
今回はその実際の現状がどうなのかをお伝えしたいのです。


私のSF仲間で、高校生の娘さんをお持ちの方がいらっしゃいます。
彼女の高校がまさに既に「英語で英語の授業されている高校」なのです。


彼女の高校は、「進学コース」「留学コース」などがあるようです。
(彼女自身は中学からの内部進学で高校で進まれたそうです)
なお、中学の段階から「英語で英語の授業」なのだそうです!


注目すべきは「留学コース」です。
中学からの留学コースへの進学者は当然「(その中学の中でも)英語好きな方ばかり」が進んだはずです。
なお高校部への留学コース進学の場合、英検3級が必須、できれば準2級が必須なのだそうです。


その留学コースはのカリキュラムはまさに、英語で英語を授業を推進する方が泣いて喜びそうな内容です。


・もちろん、英語で英語の授業
高校1年1月から2年1月までオセアニアの高校に数名ずつに分けてホームステイ


どうです。そこの「英語を教え込みたい」親御さん。こういう学校に行かせたいと思ったのではないでしょうか?
どうです。そこの文部科学省の偉い方。こういう取り込みが理想と考えていらっしゃるのではないでしょうか?


現実はどうか



高校1年生の夏休み前で人ぐらいが、授業についていけなくなって脱落。(一クラス27名)
彼女の友人名が他の高校に転校


せっかく入った高校で1年の夏休み前に転校ですよ!
彼女らは「英語が好きなのに、その英語についていけなくなって転校」ですよ!


大金叩いて入った私立なのに、1年の夏休み前に転校…
親も大変だろうし、娘さんも大変だと思います。その後の人生まで影響があると思いました。


これが理想の英語教育なのでしょうか?
少なくとも私にはそうは見えません。
私には「英語での英語の授業が悪い」としか思えません。
日本語の授業であれば、彼女たちは転校までにはいたらなかったと思いませんか?
どうですか? そこの親御さん?


なお、この高校生の彼女自身が、「英語での英語の授業」についてお母さんにこう言っているそうです。


「無駄だ」


続きは木曜日です。


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2009年2月26日

高校の英語の授業を英語でしたら...(9)

高校の英語の授業を英語でしたら...
「高校の英語の授業を英語でしたら」の続きです。今回は具体例編 その2です。


  Only you are reading these English sentences. You will hear English in the English class IN English only. Only you is the English class in English only useful to.
  But the others won't read these English sentences. They won't hear English in the English class in English only. At best, they will pretend to hear English. Never is the English class in English only useful to them.


前回の続きで、既に英語で英語の授業が行われている高等学校(私立)の話です。
前回で、実際に英語で英語の授業が行われている授業に通われているある生徒さんの感想


(英語での英語授業なんて)無駄だ


で終わっています。


一応推進派の弁護しておきますと、「英語で英語の授業」は「生徒全員」にとって「無駄」ではないと思います。
問題はその割合です。どのくらいの人が「英語で英語の授業」になったら役立つでしょうか?
この回はせいぜい↓このくらいではないかと推測しました。


・授業で使われる英語の意味を全部ちゃんと理解する生徒...10%
・授業で使われる英語の意味を8割ぐらい理解する生徒...10%
・授業で使われる英語の意味を6割ぐらい意味を勘違いする生徒...40%
・授業で使われる英語がほとんど耳に入らない生徒...40%


20%ぐらいは役に立ちますが、80%は役に立たないのではないかと考えているのです。
このことについて、実際に英語で英語の授業を既にされているこの高校生に、コメントいただきました。
こう↓だそうです。


・オーラルで1割の子が楽しく授業をして
・1割は???で
・後は適当にフンフンうなずいているだけ


この結果に対し、あなたはどうお感じにありますでしょうか?
実際に役立てている人は10人に1人8人は「聞いている振り」で、残りの1名は聞いていないわけです。
ここを見ている方はどれになるでしょう?
もしあなたが高校生であれば、「聞いている振り」になる確率が1番高いわけです。


でも推進派に言わせると違うでしょうね。
「生徒はその『役に立つ1割』になれば良い。生徒がそのできる1割にならないのは、英語を楽しみたいと思わない所為だ」と。
推進はならば↑このように言うと思います。


一方、生徒側はどうでしょう?
英語を楽しめるのなら楽しもうとしますよ! 誰だってできれば楽しみたいんだから!
現実はそうではない!

英語を楽しもうと思っても
楽しめるのは1割
楽しんでいる振りをしてるのが8割
全く楽しめないのが1割
となってるのではないでしょうか?


ここで、もう1つ考えたいことがあります。


あなたはこれから高校生になる子供さんを持っていらっしゃる親御さんだと仮定します。
あなたのお子様は、これから高校で「英語の授業を英語のみ」でされます。
あなたのお子様は、「英語のみ英語の授業」についていけると思いますか?
8割は聞いている振りになるのですよ! 多くはついていけなくなると思います。


ここで問題があります。それでも「私の子供ならついていける1割になる」という自信のある親御さんもいるのです。もちろんついていける可能性はあります。それは否定しません。
でも果たして、実際そうなるでしょうか?
実はこれは簡単に分かります。まさに今あなたが読んでいるこのブログの「この回」で判定できます
あなたのお子様に、「この回」の話を読ませてください。


もうお分かりですよね。
え? 分からない? 


分からないようでは「英語だけの英語の授業」は、少なくともあなたの役には全く立たないでしょう。


よ~く見ると、今回のログの文頭には英語が書いてあるのですよ。
この英語をあなたは読みましたか? あなたのお子さんは読みましたか? 読み飛ばしませんでしたか?


読み飛ばした方のために、文頭に書かれている英語を翻訳しましょう。


  Only you are reading these English sentences. You will hear English in the English class by English only. Only you is the English class by English only useful to.
  But the others won't read these English sentences. They won't hear English in the English class by English only. At best, they will pretend to hear English. Never is the English class by English only useful to them.


 あなただけがこの英文を読んでいる。あなたは英語だけの英語の授業で英語を聞くだろう。英語だけの英語の授業はあなただけに役に立つだろう。
 しかし、それ以外の人はこの英文を読まない。彼らは英語だけの英語の授業で英語を聞かないだろう。せいぜい英語を聞く振りをするぐらいだろう。英語だけの英語の授業が彼らに役に立つはずはない


ちゃんと英文を読んだ人読まなかった人の比率を知りたいものです。おそらくぐらいだと思います。読まなかった人はついていけるわけがありませんよ。Ψ(`∀´)Ψ


明日はいつもの文法放送。この続きは月曜日です。


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2009年3月 2日

高校の英語の授業を英語でしたら…(10)

高校の英語の授業を英語でしたら…

今回はもう1つ「英語で英語の授業がなされた場合」のネガティブ要素を挙げましょう。


「英語で英語の授業が行われた場合の主眼の目的」はいったい何なのでしょう?


私が思うにそれは「英語を話せるようになること」なのではないでしょうか?
先生は英語を話し、生徒はその英語を聞いて、英語で答えるのでしょうから。
違うでしょうか?


だとしたら、実にばかげた発想です。
少なくとも今の大学受験を前提にすれば


大学受験問題は、英語が話せる能力を問うていないのだから!
大学受験で要求される能力は
 長文を読む能力
が8割なのです。
英語が話せる能力? そんなもの1%だって聞かれませんよ
試験に出ない能力を養ってどうするの?


私には、「野球の試合で勝たなければならないのに、練習はランニングだけをさせられているような感じ」に思えます。
そりゃあ、ランニング練習で足は速くなるかもしれません。
仮に足が速くなったとしても、バッティング練習や守備練習を積み重ねなくては試合では打てなかったり、エラーばかりになるのではないでしょうか?


そりゃあ、ネイティブ並に英会話ができれば読むことだってある程度はたやすいかもしれません。
しかし、高校の英語の授業が英語でなされるぐらいで、生徒がネイティブ並に英語が話せるようになると考えられますか?


前回を見てください。実際についていける人なんて10%ですよ。
90%は話せる能力すら身につかない


で、しかも、大学受験の試験問題は別に会話能力を問うていない。
大学側は「英文を読める能力」を問うているのです。


それを英語で英語の授業をでやろうとしたら、この回で示したとおりその力を養えない


これを普通「効率が悪い」と日本語で言います。


いかがでしょうか?


次回は木曜日の更新です。多分このシリーズの最終回になります。


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2009年3月 5日

高校の英語の授業を英語でしたら…(11)

高校の英語の授業を英語でしたら…

今回はこのシリーズ「英語で英語の授業がなされた場合」の最終回です。


最後は『偉い人の妄想のまとめ』です。英語で英語の授業をしようともくろんでいる文部科学省の偉い人は、こうなるだろう、ああなるだろう、と妄想しているのだと思います。今回はそれをまとめます。


偉い人の発想は…


・みんな英語を話したいはずだ。
・英会話学校のような授業をすれば、多くの人が英語が話せるようになるだろう。
・その結果、英語が好きな人がもっと増えるだろう
・その結果、英語がもっと普及するだろう。

↑こんな青写真じゃないですか? 違いますかね?


私はそんな単純に上手くいくはずがないと思います。
↓こう思ってます。


みんな英語を話したいはずだ。
 ⇒そりゃあ、できればそうなりたいよ。簡単にそうなれるならね。
 ⇒別にそれは今に始まったことじゃない。


英会話学校のような授業をすれば、多くの人が英語が話せるようになるだろう。
 ⇒現実は30%がせいぜいじゃないの?
 ⇒英語嫌いな人もいる高校じゃあ、30%を下回るのは明らか


・その結果、英語が好きな人がもっと増えるだろう。
 ⇒現実は、好きな人でさえ苦手になる。その結果、好きな英語が嫌いになるのでは?


その結果、英語がもっと普及するだろう
 ⇒好きな人でさえ、減るのだから、普及どころか、逆効果!


さらに…
 大学受験に話せる能力は必要ではない!


という、とてもおかしな状況になると思います。


文部科学省の偉い人はこういう「ネガティブ要素」を無視しているのではないでしょうか?


私にはこの状況が「太平洋戦争の開戦前」とよく似ていると思っています。


戦前の政府の指導者は概ねこう考えていたはずです。


・みんな米英に勝ちたいはずだ。
・日本人が奮起すれば、多くの戦いで勝つだろう。
・その結果、日本は苦境から脱するだろう
・その結果、日本が国際的にもっと優位に立つだろう。

↑こんな青写真だったはす? 違いますかね?


現実は↓こうでした。


みんな米英に勝ちたいはずだ。
 ⇒そりゃあ、できればそうなりたいよ。簡単にそうなれるならね。
 ⇒別にそれは今に始まったことじゃない。


日本人が奮起すれば、多くの戦いで勝つだろう。
 ⇒資源も補給も乏しい日本が、物量でアメリカに勝るわけがない。
 ⇒たとえ初期に勝ったとしても、物量的にいずれ逆転されるのは明らか。


その結果、日本は苦境から脱するだろう
 ⇒現実は、最後は特攻隊まで組織しなければならないほど苦しんだ。


その結果、日本が国際的にもっと優位に立つだろう。
 ⇒連合軍に無条件降伏。


どうです? 似てると思いませんか?


要するに、戦前の政府の指導者
失敗するかもしれないというネガティブ要素を「無視」、計算に入れなかったのです。勝てるはずだ、という妄想で突っ走ってしまったわけです。


その結果、大失敗…大敗北!
何万人の若い命が失われたことでしょうか?


同じことがここで言えると思います。


文部科学省の偉い人は
・英語を普及させたい
と思うがゆえに、


失敗するかもしれないというネガティブ要素を「無視」、計算に入れていないように思います。できるはずだ、という妄想で突っ走っていると思います。


その結果は、大失敗になると思います。英語は普及どころか逆に「英語好きな人が減る」と思います。
何万人の高校生が苦しむことになるでしょう?
特に英語が嫌いで苦手な人は、最悪に苦しむと思います。


歴史から簡単に↑このことが学べると思います。でも、英語好きな文部科学省の偉い人には、この意見は耳に入らないでしょうね。英語好きな彼らは、歴史が嫌いでしょうからw


さてと、一応最後に書いておきます。


英語で英語の授業をしようとしている文部科学省の偉い人へ
・あなたは数学がお好きですか?
なぜ数学が嫌いですか?
・数学が分からなくなったからではないでしょうか?


英語で英語の授業を行うと
現時点で英語が好きな方の1部も、授業で聞いている英語が分からなくなりますよ。
・すると、彼、彼女らは、英語が嫌いになるのではないでしょうか?
あなたが数学をお嫌いになったように


果たして、英語は今以上に普及するでしょうか?
結果は数年後に分かるでしょう。


今回は以上です。


明日はいつもの文法放送。
次の月曜日に雑談を入れて、来週の木曜日からレギュラーの話を進めます。
それではまた~☆


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