HOME > 初心者英語 > 苦手なりの受験英語 > 勉強法。苦手な人へ・指導者へ


苦手なりの受験英語!

 

2011年11月21日

勉強法。苦手な人へ・指導者へ(1)

 私はこのブログでは「英語が苦手な高校生受験生に役立つことしか書きたくない」と原則思ってる。しかし私は今までこのブログで「現役の指導者に対する見解」もついつい書いている。私は多くの英語指導者の見解や教え方不満があるようだ。だからついブログで、それらに意見してしまう傾向がある。教育関係者が私の意見を目にして、その結果、英語が苦手な生徒を囲む環境が少しでも良くなればと思っているからだとは思うのだが。


ここで、あることを思いついた


 「どうせなら、両方を「併記」できないか? そのほうが意見がはっきりする」
つまり


あること】に関して、
 「英語が苦手な生徒」には⇒「こう考えてみては?」という意見を書く
 「英語の先生」には⇒「私はこう考えるがどう思うか?」という意見を書く


という具合である。【あること】とは、もちろん、英語の学習に関することである。


例えば
辞書はどう使うべきか】に関して
 「英語が苦手な生徒」には⇒「とにかく引きまくるべきだ。その理由は...」という意見を書く
 「英語の先生」には⇒「辞書をなるべく引かさないという指導法があるときく。それは果たして「英語が苦手な人」に有効であろうか? 私は無効であるばかりでなく有害であると思う。なぜならば...」という意見を書く


と、こんな具合である。


今回のシリーズは、ある意味「ここ数年の集大成」になるかもしれない。長い連載になることが予想される。もしかしたら1年ぐらい続くかもしれない。興味のある方はどうか長くお付き合い願いたい。


今週の金曜日は文法放送。この続きは来週の月曜日です。


(↓目次はこちら)
目次ページへ

2011年11月28日

勉強法。苦手な人へ・指導者へ(2)

・英語好きになるには、先に得意にならなければならない


テーマ
英語を好きになろうとすべきか?


苦手な人へ
もしあなたが「英語好きになろう」と考えているとする。だとしたら、それは直ちにやめるべきではないか。


理由・「得意」が先で「好き」は後だから。


考えてみよう。あなたはなぜ英語が嫌いなのか?
・成績が悪い
・英文が読めない(英単語を発音できない)
・英文が読めない(書かれている英文の意味が分からない)
・英語が何を言っているか分からない(聞き取れない&意味が分からない)
これらが原因のはずだ。これらのために「英語が嫌い!」になっている、なったはずだ。違うだろうか?


じゃあ英語が好きな人はどうか? これが逆になる。
・成績が良い(良かった)
・英文が読める(英単語を発音できる)
・英文が読める(書かれている英文の意味が分かる)
・英語が何を言っているか分かる(聞き取れる&意味が分かる)
これらが原因だ。これらのために「英語が好き!」になっている、なった。


決して「英語が好き」→だ・か・ら成績が良かったり、読めたり、分かったりするわけではない。「因果関係が逆」である。


だから、最初は
・成績を上げる
・英文を読めるようにする(英単語を発音できるようにする・カタカナでいい)
・英文が読めるようにする(書かれている英文の意味が分かる・単語を調べ、和訳例を書く)
・英語が何を言っているか分かるように努力だけはする(実はここの改善は、苦手な人にはかなり難しいのではないか、というのが最近の私の研究後の見解)


まずは↑これらを目指すべきだ。「好きになろう」とは考えず、【成績を上げることだけを考えるべき】である


-----------


指導者へ
もしあなたが英語ができない生徒に「英語好きになろう」と普段言っているとする。だとしたら直ちにやめてみるのはいかがだろうか?


理由・「得意」が先で「好き」は後だから。


そもそもあなたは「好きになれ!」と言われたので英語が(嫌いから)好きになったのであろうか? 想像の域を出ないが、おそらく違うはずである。
・英語の成績が(人より)良かった。
・発音を褒められた。
・なぜか英文が聞き取れた
などの経験があり、その結果、英語好きになったのではないか?


決して「英語が好き」→だ・か・ら成績が良かったり、読めたり、分かったりするわけではなかったはずである。「因果関係が逆」のはずだ。


「嫌いな人を好きにならせる」という発想自体を、最初は考えるべきではないと思う。英語ができない生徒には、まず、には「いかに英語を分からせるか・成績を上げさせるか?」を考えるべきであると思う。好きなるかどうかは「その後」であるはずだ。


---------------------------


マウスバードの一言


英語命の先生ほど「英語を好きになりましょう^^」と言っている気がしてならない。「この言葉」は、英語嫌いな私にとって「かなりの不快な言葉」である。


・英語命の先生は(全てではないが)、数学がかなり嫌いなのではないかと思う。なので、私はそういう先生に向けてよくこう言ってしまう。


数学を好きになりましょう^^。


英語命の先生方。あなたはこの言葉をどう思うであろうか? 今どんな気分になったであろうか? 少なくとも「快感ではない」と思う。もしも仮に「不快に思った」とすれば、それが私の気持ちである。私が「英語を好きになりましょう」という言葉を聞いた時の私の気持ちは、それと全く同じなのだ。


今週の金曜日は文法放送。この続きは来週の月曜日です。


(↓目次はこちら)
目次ページへ

2011年12月 5日

勉強法。苦手な人へ・指導者へ(番外編)

(あまりに長文なので、番外編扱いで)


※某所で「私の体験上、英語嫌いに最も拍車がかかること」を「英語好きになるはずのこと」として書かれていた文章があった。私はこれに黙っていられない。なので、ここでそれについて書かせていただく。


--------------------


感想は個々人で異なり、けっして同じではない。


例えばネイティブと英会話体験をした時
 →快感だった人が→英語好きになる
 →不快だった人が→英語嫌いになる


『テーマ』
英米人と英会話をした時、誰でも嬉しく思うものなのか?


【状況】

(遅くとも)中学校で、あなたは「アメリカ人かイギリス人の先生と英会話の練習」をさせられたはずである。


教科書か何かで、例えば


A:How are you?
B:Fine, thank you. And you?
A:I'm fine.


という英文が載っていたとする。で、英語の授業でこれを覚えるように言われて、なんとか覚えたとする。そして授業で、「ネイティブの先生」がA、あなたがB(もしくはその逆)の役割で、お互いこの英語を言い合った。


↑このようなことを、あなたは中学ぐらいでさせられたはずである。この時、あなたはどう思っただろうか?


苦手な人へ
(全てとは言わないが)英語嫌いで苦手な人(主に偏差値40台以下の人)は、こういう「英会話練習」が嫌だったはずである。特に会話相手が「ネイティブ様」だったら、スーパー嫌だったはずである。


でも、英会話好きの英語の先生にとっては、逆である。英会話好きの先生にとってはなんと「ネイティブとの英会話はスーパー楽しい体験」なのだ。そして彼らはそれを我々「英語嫌い」にも当てはめる。彼らは「ネイティブとの英会話は【誰にとっても】楽しい経験である」と認識している。彼らはどうあっても「そうではない人もいる」とは思えないらしいのだ。


残念だが「我慢するしかない」ようだ。彼らは死んでも「そうではない人もいる」とは思えない生物らしい。少なくとも私は彼らを「そうかもしれない」と思わせることに成功したことがない。


彼らは口では「コミュニケーションが大事。相手の言っていることを理解することが大事だ」と言っておきながら、「(我々)英語嫌いが言っていることを理解した」...という出来事を私は1つも知らない。要するに「欺瞞の塊」である。


 彼らは「自分の嬉しい体験」は、同じことをすれば「だれもが嬉しい体験と思うはずだ」と固く信じており、別のように感じる人もいる、とはなぜか思ってくれない。どうやらそういう生物らしい。


--------------------------------------------------


指導者へ
指導者の皆さん。
あなたは↑このような「ネイティブとの英会話練習」の時、例えば↓このように思ったのではなかろうか?


・ネイティブの先生と意志が通じた体験ができたー
・なんか嬉しい(#^.^#)♪


 そして、指導者のみなさんの場合は


・このようなネイティブとの会話体験が楽しい、もっとこの体験を味わいたいなー


と思った。そして


このようなネイティブとの楽しい意志が通じた会話体験は【誰でも】味わえる。英語が嫌いな人はこの体験が少ないから、もしくは、早くから体験していないから、英語が嫌いなのでは?


...と思っているのではないか?


 もしもそうであればそれは「完全な思い違い」である。少なくとも「私」には全く当てはまらない。英語が嫌いな人ほど当てはまらないのではないかと私は思う。しかし、あなたはこれを「思い違い」とは思わないはずである。


 以下で私の体験を書くが、おそらくあなたには「ピン」と来ないはずである。もしかしたら以下の私の体験を「嘘」である、とさえ思うのではないかと思う。


 今回は「怒り」で黙っていられなかったので、以下は駄文になってしまった。次回はここを上手く書ければいいなあ...と思っている。


--------------------------


マウスバードのケース


以下を考えて欲しい。


劇で、


A:ご機嫌いかが?
B:いいよ. あなたは?
A:うん。いいよ。


というセリフがあったとする。で、学芸会の劇でこれを覚えるように言われて、なんとか覚えたとする。そして劇で、「生徒の1人」がA、あなたがB(もしくはその逆)の役割で、お互いこのセリフを言い合った。


あなたは↑この時、例えば↓このように思うだろうか?


・生徒の1人と意志が通じた体験ができたー
・なんか嬉しい(#^.^#)♪


英語の指導者は↑こう思うものなのだろうか?
しかし少なくとも私はそうは思えない。


私には↓こう思える。


・そもそも「意志が通じている」とは思えない。「あらかじめ決まったセリフ」を覚え、それを言っただけ。
・もちろん、嬉しくともなんとも思わない。
・嬉しいとすればそれはせいぜい「セリフを間違えずに言えた。ああ良かった」というもの。


↑これと全く同じ感想が、「私が中学のとき、ネイティブの先生と無理やり『AとBの英会話』をやらされた時の、私の感想」である。『ネイティブの先生とAとBの英会話体験?』と『この演劇の話』ではどこがどう違うのであろうか? 「相手がネイティブの場合&英語」だと「意志が通じたことになる」のだろうか? 私には同じに思えるのだが。


------


 私の中学は特殊で、英語、とりわけ『英会話』に力をいれた学校であった。英語の授業は毎日(週6コマ)あり、そのうち半分(3コマ)は『英会話』の授業であった。テキストはなんとNHKラジオ講座・基礎英語(中1)・続基礎英語(中2)・英会話(中3)であった。つまり、出ている英文は「AとBの会話」みたいなもの【しか】なかった。授業では必ずネイティブの先生が加わっていた。そしてよくこのネイティブ先生と会話練習をさせられたのだ。


私はこの英会話の授業が大嫌いだった。中学のとき1番嫌いな授業だった。この授業ではよく、ネイティブの先生と会話練習をさせられたのだが、それが1番苦痛だった。


 だいたい私は「たった【1文】の英語を覚えるだけ」で精一杯であった。しかし授業では少なくとも「A、B、A、B」 と【4つ】は英文があり、私がこの【4つ】を全て覚えられたことはまずなかった。しかし授業では「テキストを見ずに」この AとBの会話練習をさせられ、みんな前で「発表」のようなことをさせられた。このとき私はだいたい「どこかで英語を間違って言ってしまう」か、「覚えきれなくて言えずに恥をかく結果」になった。


 奇跡的に課題の(最低4つの)英文をなんとか全部覚え、【ネイティブの先生相手に間違えなく言えた】場合、この場合の私の感想があなたにわかるだろうか?


絶対に↓
「ネイティブと意志が通じた~わーい嬉しい(#^.^#)」
...ではなかった。そんなことは微塵も思わなかった。


私の感想は
「あ~良かった。間違えずに英文を言えた」
...のみである。間違えずに言えることが奇跡だったからでもある。


それももちろんだが、私には「え~~~意志が通じた? え~~? 決められたセリフを言い合っただけでしょ?」としか思えなかった。


 しかしこの間、ある英語好きと思われる人物は、これを「『ネイティブと意志が通じた』と認識している」ということが分かった。私はこれにかなり愕然とした。ちなみに、我が母(母はドイツ語が話せる)にもこれを聞いたところ、母もこれを「意志が通じた」と認識していることが分かった。(だからこれを書いている。もしかしたら、英語好きはみな同様に感じるのではないかと思ったからである)


-----


 それから、「AとBの会話の練習相手」がネイティブと友人(日本人)もどちらの場合が、私にとって嬉しかったか? これも良ければ考えて欲しい。


どうやら、英語好きの多くは「ネイティブに決まっているだろう」と思うようだ。これにも私は愕然とした。私にとっては「友人(日本人)に決まっている」からだ。私の場合、ネイティブよりも隣の席の友人(当然日本人)の場合が圧倒的に嬉しかった。


理由
練習相手(友人)は私を「こいつの場合は英語を言えなくてもしょうがないな」と思ってくれたから。(なお、私は現在でも当時の私の隣の席の友人にはとても悪かったと思っている) しかし相手がネイティブ様の場合そうはいかない。「ネイティブ様の顔」は、「こいつは英語を覚える気がない奴だ」という感じにしか、私には思えなかった。私だって恥をかきたくなかった。だから「必死に課題の英文を覚えよう」としていたし、ネイティブさんに迷惑をかけたくなかった。しかし、ネイティブさんは私に対して「そうは思っていない顔」をしていた。少なくとも私にはそう思えた。でも、私はこのネイティブ様と英会話練習を授業で何度かしなければならなかった。そしてネイティブ様に迷惑をかけた。


 私は「おなさけ」でネイティブ様と会話をした。意志の疎通? そんなものあるわけがない。たとえ正確に英語を言えたとしてもだ。覚えたセリフをたまたま間違えずに言えただけだ。大体は「つっかえつっかえ言って」、先生方とネイティブ様と友人たちの失笑を買うだけの実に苦しい体験だった。(それが意志の疎通? ちゃんちゃらおかしい。だって決まった「セリフ」を言うだけなのだから)


 だから私は中学の英語の授業で「ネイティブとの英会話?の体験?」が【超ウルトラハイパー不快】であった。中学時代でさせられたもっとも嫌な体験の1つはまさに「ネイティブとの英会話?の体験?」にほかならない。「恥をかかされたうえ、周りに迷惑をかける苦しいだけ体験」にほかならなかった。私の中学時代にはこの授業が週に3回もあった。私の「英語嫌い」はまさにここ(「ネイティブとの英会話体験」)に1番の原因があるのかもしれない。


 にもかかわらず、某所に「ネイティブと英会話体験をしないと良さは伝わらない。だから指導者は早くネイティブと英会話体験させるべきで、そうしないから英語嫌いが生まれる」などと書かれていた。これを見たとき私は唖然とした。


冗談ではない!!!!


「私が英語嫌いに最も拍車がかかったこと」を「英語好きになるはずだ」と思われて、黙っていられるものかっ!!!


感想は個々人で異なり、けっして同じではない。


例えばネイティブと英会話体験をした時
 →快感だった人が→英語好きになる
 →不快だった人が→英語嫌いになる
のだ。


---------------


今週の金曜日は文法放送。この続きは来週の月曜日です。


(↓目次はこちら)
目次ページへ

2011年12月12日

勉強法。苦手な人へ・指導者へ(3)

・英語嫌いは精一杯努力している


テーマ
本当に努力不足と言えるか? 精一杯やってはいないのか?


苦手な人へ
もしあなたが英語の先生にや英語好きの友達に「お前が英語ができないのは勉強不足・努力不足の所為だ」と言われたとする。そう言われたら不快であろう。しかし気にすることはない。


理由・あなたはちゃんと勉強し、努力をしたはずだから。(少なくとも最初はそうだから)


例えば、ここで100人の生徒で100m競争をしてみよう。絶対に「100人が100人、全員同タイムでゴール」しない。必ず1番から100番までの着順が決まる。この場合、果たして「1番の生徒が1番努力し、100番の生徒が1番の努力不足である」と言えるだろうか?


 残念ながら「(たまたまの)才能」というモノが加味されるはずである。仮に同じ分だけ努力しても、タイムは100人でばらつくはずだ。


あなたの英語の成績の結果も同様の要素がある。努力しても「語学の才能のばらつき」の所為で、結果はバラつくのだ。


あなたは一生懸命走ったのだ。それを「努力不足だ」と言う方がおかしいのだ。(ではどうすれば良いかについては次回で語る)


-----------


指導者へ
もしあなたが英語ができない生徒に「お前が英語ができないのは勉強不足・努力不足の所為だ」と言っているとする。そう言われたら生徒はどのように不快かわかるであろうか? 私はそのような言葉をけっして言うべきではないと思う。


理由・英語嫌いもちゃんと勉強し、努力をしたはずだから。(少なくとも最初はそうだから)


上で述べたが、あなたは「才能の差」というものを加味しているだろうか? 努力しても「才能の差」で、英語の点数が取れないことは十分あるのだ。


ここで、次の「(あなたの)昔話」を考えてもらおう。


あなたが小学校の頃、「算数のテスト」があったはずだ。あなたは成績は良かっただろうか? もしあなたが「算数嫌い」であったならば、結果は悪かったはずだ。


その時、絶対に近くに何人かいたはずだ。算数の天才が。そいつらの【頭のでき】に「嫉妬」しなかったか? 


そして彼らに「なんでこんな易しい算数の問題が解けないの? お前、勉強不足なんじゃないの?」と言われたとしよう。(もしくは言われたことがあるのではないか?) それを「不快」に思わないでいられるだろうか?


その時「自分は勉強不足である」...と素直に認められるか? 「勉強したけど、うまくいかなかった。だから高得点には成らなかった。だからする気がなくなった」...ではなかったか?
あなたは、算数を勉強する気がない中でも精一杯努力はしたはずだ。あなたは「できればいい成績を取りたかったはず」なのだから。でも結果に響かなかったという結果なだけだ。


 英語の成績が悪い生徒はそれと同じだ。「勉強したけど、うまくいかなかった。だから高得点には成らなかった。だからする気がなくなった」のだ。
英語が苦手な生徒は、英語を勉強する気がない中でも精一杯努力はしたのだ。英語が苦手な生徒も「できればいい成績を取りたい」のだから。でも結果に響かなかったという結果なだけだ。


---------------------------


マウスバードの一言


私は中学・高校では英語で赤点しか取れなかった。当時、英語の先生・親・兄弟・友人から「お前は勉強不足!」と言われまくった。確かに当時「猛勉強」をした覚えはない(それをやったのは浪人の時である)。しかしそれほど「勉強しなかった感」はない。当時の「精一杯の勉強」をやったと思う。


 私は、語学の才能が無かった。
 英語もひどかったが、漢字も苦手であった(今も)。


算数の才能があった私は、つくづく「語学の才能はない」と認識している。だから英語は成績が悪かったと自分では思う。


もし、英語が苦手な生徒に「勉強不足!」...と言い放つならば、代わりに別のことを英語の先生にはして欲しかった。それは次回に語る予定である。


今週の金曜日は文法放送。この続きは来週の月曜日です。


(↓目次はこちら)
目次ページへ

2011年12月19日

勉強法。苦手な人へ・指導者へ(4)

・苦手な人は具体的な指示がないと学習できない


テーマ
その指示は具体的か?


苦手な人へ
英語が苦手なあなたは、英語が得意な人に勉強法の意見を求めることがあるかもしれない(普通はない。あるとしたら試験前や試験後の悪い結果を受けたときなどの「特に苦しい時」だけである)。
 しかしその「得意な人の勉強法」は、あなたには「ピンとこない」はずである。あなたの場合は「あなたにピンと来る【具体的な勉強法】を探す」のはどうか?


 あなたが、得意な人に意見を聞く場合、だいたいあなたが耳にする意見は以下のようなもののはずである。


・洋楽を聞け
・単語・熟語を覚えろ
・英会話番組を見ろ
・英文を音読をしろ


 これをどう思うか?「少し変な気がする」はずだ。
 だいたい↓こんな感想&結果になるはずだ。


・洋楽を聞け
 →何を聞くの? 英語の授業で聞かされる曲ならとっくに聴いてるぞ。
 →ビートルズとかならとっくに聞いたぞ(聞かされたぞ)。でも成績になんか響かないぞ。
 ⇒【結果】聞くか聞かされるかするが、その後聞かなくなる。


・単語・熟語を覚えろ
 →何を覚えるの? 教科書の単語熟語ならテスト前に覚えようとしているぞ(実際は覚えきれないが)。
 ⇒【結果】今まで通りで、ろくに覚えない(覚えられない)まま。


・英会話番組を見ろ
 →見たくない。もしくは我慢して見たけど、内容がさっぱりわからないぞ。
 ⇒【結果】2度と見ない。


・英文を音読をしろ
 そもそも、1つ1つの英単語の読み方が分からない。だから教科書が読めない。読む気がしない。
 音読して意味があるの? ある気がしないのだが。
 ⇒【結果】やりたくてもやれない。まずやる気がしない。


「あなたにピンと来る【具体的な勉強法】を探す」のはどうか?


-----------


指導者へ
英語の指導者は、自分の経験がベースのはずだ。
あなたは
・洋楽を聞いてきた
・単語・熟語を沢山覚えた
・英会話番組を見てきた(今でもよく見る)
・英文を音読をしてきた
という経験を積んできたはずである。だから、そうしろと英語の苦手な人に言ってしまうのだろう。ただし、これは英語が苦手な人にとっては「具体的ではない」のだ。


数学の勉強に置き換えてみよう。
数学の勉強法を数学が得意な人に訪ねたとしよう。以下のように言われたとしたら、あなたはどう感じるか?


・数学バズルを解こう
・公式を沢山覚えよう
・数学教育番組を見よう
・数学の問題を熟読しよう


↑これらをどう思うか?
 ピンとくるか?  【具体的な勉強法の指示に思えるか?】
数学が得意になりそうか? 数学のやる気がでるか? あなたは実際実践する気があるか? あるいは実際したか?
 ⇒全て該当しないと思う。違うだろうか?


「苦手な人」に、具体的な勉強法を示さない指導者の指導は【怠慢】だと私は思う。
しかし、大半の英語指導者は「具体的な勉強法」を示していないと思う。また示した場合も、「(苦手な人にとって)変な指示」になると思う。これについては次回に。


-------------------


マウスバードの一言
・洋楽を聞け
・単語・熟語を覚えろ
・英会話番組を見ろ
・英文を音読をしろ

これらはもちろん私が中学高校で散々言われたことである。だが、1つとしてピンとこなかった。
特に
・洋楽・英会話番組
これらが本当に意味が分からなかった。こんなの聴いたり見たりして「1点でも定期テストで点が取れる」とは到底思えなかった。


・単語・熟語...これは→覚えようとして「失敗している」わけだ。
 指導者からは概ね「覚えろ」としか言われなかった。得意な友人や先生からは「こんなん、何度か読めば覚えられるじゃん」と言われ、何度も読んでみたが、ちっとも覚えられなかった。私が知りたかったのは「【俺でも覚えられる】単語熟語の覚え方」であった。何度か読んでもちっとも覚えられなかった。(そもそも、その英単語は「なんと発音するのか」が分からないから読めない)


・音読は「そもそも英単語が読めない(発音できない)」。だからできない。しかし、得意な人はできる。私はそういう得意な彼らに対し劣等感を感じた。心底やる気が失せた。


私が知りたかったのは「具体的な勉強法」であった。しかしこれをなぜか私は、中学・高校で英語の先生から教わった覚えがないのである。


「具体的な勉強法」は、井川治久著「早大100%合格作戦」新声社...という本(絶版)を高3の時に読んで初めて知った。それを実践したのが私の浪人時代だったのだ。(この具体的な方法を私なりに書いたものこそ、私のサイトやこのブログで書いてある方法にほかならない)


今週の金曜日は文法放送。この続きは来週の月曜日です。


(↓目次はこちら)
目次ページへ

2011年12月26日

勉強法。苦手な人へ・指導者へ(5)

先に宣伝。
12月29日(木) コミックマーケットで「マンガで覚える英文法(オタク版) DVD版」を「他のサークル」で売ります。
サークル「擬人擬人M」東ツ54a


-------------------


・苦手な人にはきめ細かい指示と先生が必要


テーマ
その指示は具体的か?(その2)


苦手な人へ
あまりに苦手なあなたは、英語の先生から、あなたような苦手な人だけに「特別に指示をもらう」場合がある。
例えば
・「これをやりなさい」といった参考書などの課題が与えられる。
・「この英文を暗記しなさい」といったものを与えられる。
といった具合である。
(その「質」や「量」については次回の話題に回す。今回はその【方法】を考える)


例えば、何か薄い副読本を与えれたとする。「これは、易しい本だから、音読しながら訳しなさい」とでも指示されたとする。


英語が苦手なあなたなら、まず、この段階で「ぽかーん」となるはずである。


【理由】
・英語が苦手な人は「アルファベットが大量に並ぶ英文」を見たくない
 (→やる気が削がれる)
・仮に見たとしても、1行目から「読み方が分からない」英文が並ぶ。
 (→音読ができない)
・訳例を作ろうにも、大抵1行目から「自信がない」
 (→自分が作った訳があっている自信が全くない。だから不安でつまらない。ますます英語が嫌いになる)


だからほおって置いたら「死んでもやらない」のである。私なら、友人のノートを借りて写して終わりである。今の時代なら、ネットの自動翻訳の世話を借りる。


全く無意味。しかし英語の先生にしてみれば「私はちゃんと苦手な人に的確な指示を出した。やらないお前らが悪い」というわけだ。


仮に、こういう課題が出されたら、もしやるつもりなならば、【簡単な解決法】がある。
こういう課題を手伝ってくれる(塾などの)先生を見つけて、協力してもらうのだ。
そうしてやっと「意味があるもの」になる。


-----------


指導者へ


指導者の中には、自分が「適切だ」と思う参考書を苦手な人に渡して、「私は具体的な指示を出した」と言い張る人がいる。
ところどっこい、これは苦手な人にとっては「ちっとも具体的ではない」のだ。


 何度も悪いが「数学に置き換えて」みよう。


仮にあなたが、数学の先生から
「これは易しい数学問題集だ。そんなに厚くないから全部やるように」
とでも指示を受けたとする。まず次のようになると思う。


数学が苦手なあなたなら、まず、この段階で「ぽかーん」となるはずである。


【理由】
・数学が苦手な人は「数式が大量に並ぶ問題文」を見たくない。
 (→やる気が削がれる)
・仮に見たとしても、1問目から「意味が分からない」数式が並ぶ。
 (→数式の意味が分からない)
・問題を解こうにも、大抵1問目から「自信がない」
 (→自分が作った答えがあっている自信が全くない。だから不安でつまらない。ますます数学が嫌いになる)


こうなるはずだ。もしかしたら「中学高校時代にこうした経験を持った英語の先生」があなたではないか? しかしその先生は英語で苦手な人に「同様なことをしている」場合があるのだ。どんな優れた英語の参考書を苦手な人に与えたとしても、そのままではまず英語の苦手な人はそれをやらないのだ。


-------------------


マウスバードの一言


まず、私の主張として「英語の苦手な人には、塾などの先生が必要」というものがある。例えば
学校から何か例えば、何か薄い副読本を与えれたとする。「これは、易しい本だから、音読しながら訳しなさい」とでも指示されたとする。


塾などの先生がいれば
・「アルファベットが大量に並ぶ英文」を見たくないが、見ざるをえない
・1行目から「読み方が分からない」英文が並ぶが、読み方を教えてくれる。
・1行目から「訳例に自信がない」はずだが、違っていれば先生が直してくれる。合ってればお墨付きをくれる。
という具合になるはずである。


ただこれだけではまだまだ不十分だ。【勉強ノートの作り方】を彼らは知らない。
・ノートの左ページに英文を(コピーして)貼る
・ノートの右ページにその訳例を自分なりに【1行おきに】書く
・その自分の訳例を、先生と一緒に直していく
といった【具体的な指示】が必要だ。これでも不安なぐらいだ。本当なら私が昔作ったノートをサンプルで提示したいぐらいだ。


また「ものすごく手間と時間がかかる」ことも伝えなければならない。だからこそ「先生が居ない」と、どんな優れた参考書もやるわけがないのだ。


このテーマには「質」と「量」の話をまだしなければならない。それは次回に。


今週の文法放送はお休み。この続きは来週の月曜日(新年)です。
それでは良いお年を!


(↓目次はこちら)
目次ページへ

2012年1月 9日

勉強法。苦手な人へ・指導者へ(6)

まずお詫びです
・予定では2日に更新する予定でした。更新が1週間伸びたことをお詫び致します。大変申し訳ありませんでした。


-----------------------
英語が得意な人や英語の先生の指示は、基準が「得意な人用」。


テーマ
その指示の量と質は適切か?


苦手な人へ
ケースを2つ考える。
(1)学校の宿題(特に、夏休みや冬休みなどの長期休暇期間の宿題)
(2)宿題以外に何かやる場合


(1)学校の宿題...をまず考える。
レベルの高い高校であればあるほど、信じられない質と量の宿題が課されるはずである。
例を挙げよう。
私の受け持ちのある生徒(高2)の場合、この冬休みに「4回分のセンター試験英語予想問題」が課された。
・「質」を考える
この問題を見たがこれがレベル高い! 普通、高2用の模試ならば、実際のセンターよりはるかに難易度を下げた問題になる。しかしこの宿題は高3&浪人用のレベルだった。単語、文法、長文、全てが難しい。英語が苦手な生徒に「なぜこれが答えになるのか」を説明するのに恐ろしく時間が掛かった。生徒に1回分の75%を解説するのに「8時間」かかった。私の生徒もよく我慢したものだ。
・「量」を考える
そんな問題が4回分だ。1年分だってまともに解きたくないはずである。だが「宿題」なのでやらばければならない。
まともに全部やる必要はないと思う。ただし1部でいいのでちゃんと解いておくべきだ。なぜなら「得意な人は全部ちゃんとやるのだから」。残念だが「この宿題を全部やり切れるような人たち」と入試では勝負するのだ!
ちなみに私の授業(個人コース)では、長期休暇は宿題の手伝いを一緒にやる。予習の必要はない。授業を受けるだけで宿題が進むようにする。


(2)宿題以外に何かやる場合
英語が苦手な人が「英語をなんとかしょう」と思った場合、市販の本(参考書)などの教材を求めがちである。おせっかいな英語が出来る人(先生を含む)が「この本がいいよ~」と薦める場合がある。薦められた教材は少なくとも最初は「やりたくなる」はずだ。英語の成績を伸ばしたいという気持ちが強いからだ。
しかし大概の場合、難易度と量が苦手に合っていないはずだ。
例を挙げよう。
・インターネットの掲示板の質問で
 「私は高校生ですが、中学英語ですらよくわかりません。どうしたらよいでしょう?」
という質問があった。真っ先にされた返事は
 「英語版 Newsweek を取り寄せて読みまくりましょう。私はこれで英語がものすごく得意になりました」
というものだった。
 中学英語が分からない人が Newsweekなど読める訳がないのはあきらかだろう。しかしこの人は"真摯"にそう答えていた。よほど自分の意見に自信があるだろう。さらに「如何に Newsweek が良いか、英語版のNewsweekの取り寄せ方」などを切々と述べていた。私にはとても滑稽に思えた。


 仮に何かやるとしたら、難易度と量が合っている教材をやるべきだと思う。しかし得意な人はあなたに合う難易度や量の教材を見つけるのが難しいと思う。
しかし、仮に適切な教材があったとしても、まず「やれない」と思っている。それより先に「宿題」や「定期テスト対策」をやらならければならないはずだから。しかも宿題なら「信じられないほどの量と質」なのだ。とてもとても他の教材など出来る訳はない。
正直私は「宿題や定期テスト対策以外に新たに何かやること」は、よほどのことがないと難しいと思っている。それより「宿題や定期テスト対策」をできるだけちゃんとこなすべきだと思う。


-----------------------


指導者へ
ケースを2つ考える。
(1)学校の宿題(特に、夏休みや冬休みなどの長期休暇期間の宿題)
(2)宿題以外に何かやる場合


(1)学校の宿題
上でも説明したが、今の私の生徒(高2)に出された冬休みの宿題は「センタ予想問題4回分」である。おそらくあなたなら、「あなたが高2の時なら、1回分をせいぜい2時間ぐらいで終わらせられた」であろう。それが4回分ならば大したことはないだろう。とでも思うのではないか?
おそらく英語が得意な人には「ちょうど良い質と量」なのだと思う。しかし苦手な人の場合、「エベレスト登山」のような難易度、「日本の借金」のような量である。


毎度おなじみの手段だが、「数学」と取り替えよう。
冬休み(約15日間)で「センターの数学の問題4年分を解いてこい!」...こういう宿題が課されたら、あなたは、まともに解くだろうか?
数学嫌いであればあるほど、1年分すらまともに全部解かないと思う。


これと同じことだ。英語の苦手な生徒にも同様のことを課す英語の先生は存在するのだ。
これは学校の英語の先生に言いたいのだが、「もっと質と量を減らす宿題を課すこと」はできないだろうか?
宿題は「英語が得意な人が物足りないと思える質と量」でちょうどいいと思う。仮にどんなに物足りなくても、英語が得意な人は、放っておいても勝手に「英語版 Newsweek」など読むなどして自分でどんどん補充する。なので、過剰な宿題など出さなくても自主的に英語力のUPを図るはずだ。


(2)宿題以外に何かやる場合
 あなたの場合、「英語の宿題なんぞ、ぱっぱと終わらせた」はずである。さらに何かの英文でも読んでいられたと思う。中にはペーパーバックでも読んでいた人もいるのではないか?
 しかし「英語が苦手な人」の中にはそんな人はいない。読める訳がない。読むはずがない。どんな易しい「英語教材」だってやらない。幼児向けの英語教材だって読む気が起きないものだ。


毎度おなじみの手段だが、「数学」と取り替えよう。
数学ができないあなたは、数学が出来る人から、こうアドバイスされたとしよう
「この【易しい高等数学問題集】を全部やろう。全200Pだ。」
断言するが、「絶対にこのアドバイスに従わない」はずだ。仮にやったとしても最初の3問ぐらいだろう。
小学生向けの超易しい「算数ドリル」を渡されたってもしかしたらやらないはずである。


あなたが高校生の頃なら、それよりも先に「数学の宿題を片付ける」ほうを優先したはずである。違うだろうか?


英語が苦手な人はそれと同じなのだ。宿題や定期テスト以外に自主的に何かやることなどまず不可能である。


★まずは「宿題を得意な人向けに合わせるのを止めて欲しい」と私は強く願う。


-----------------------


マウスバードの一言


上記の私の生徒が課された「4回分のセンター試験予想問題」について話したい。どう考えても質と量が過多すぎると感じた。
私が浪人したときの早稲田予備校の授業カリキュラムを思い出した。


この生徒が冬休み(約15日間)で課された宿題の量、すなわち、
「4回分のセンター試験予想問題」の量
  は
⇒「私が浪人時に4月中旬~6月上旬(約50日間)でやったぐらいの量」
ぐらいだと思った。


ちなみに、私が予備校で入ったクラスは「私大向けの最難度コース」である。
浪人ということは、高3を1度やっているのだ。高3終了の直後のカリキュラムの50日分を15日間で「高2」がやらなければならない...という現実に愕然とした。
ちなみに、私には現在浪人生の受講者もいる(英語がかなり得意・センター8割は通常余裕)が、この生徒にだって12月頃に「15日間で4回分のセンター予想問題を解いてこい」なんて言えない。
他の科目の課題だってあるのだ。


したがって生徒のこの冬の宿題を知ったとき、「たった15日間なんかで、まともに出来る訳がない」と思った。
しかもだ。予備校の場合は、授業で詳しい解説もつく。しかしこの宿題の場合「課されただけ」である。解説の「カ」の字もない。
この「予想問題集」の質はそれなりに良いものであるだけに、非常に「もったいない」と思った。


実のところ、私も高校時代、この生徒と同じぐらいの質と量の宿題を夏休みや冬休みに課された。もちろんまともやった覚えはない。友人のノートを以下に借りて写せるかが勝負であった。


「高校ってどうしてこんな非効率的な宿題を出すのだろう?」と私はとても不思議に思う。


今週の金曜日は文法放送。来週はセンター試験の講評です。
この続きは再来週の月曜日です。


(↓目次はこちら)
目次ページへ

2012年1月23日

勉強法。苦手な人へ・指導者へ(7)

・英語好きが好きな要素の所為で英語嫌いは英語が嫌いになる


テーマ
アンケートデータ結果はあなたにどう見えるか


苦手な人へ
楽しめるのか? 苦しむのか?


ここにある「空想上のアンケート結果」を示す。あくまで空想上のアンケートであり、実際に取ったわけではない。


凸凹中学校意識調査(I)。(注意・あくまで空想上の調査。私が勝手に作成した)
・問い:英語の授業で楽しかったと思えるものはなんですか?
 A:英語の歌を聴いたり、歌ったりして楽しんだこと(74%)
 B:英会話をしたこと(特に英米人と)(73%)
 C:易しく面白い英文がありそれを読んだこと(70%)


仮に結果は↑こうだったとする。どう思うか?
実は、私は知りたいことがある。
あなたは、このアンケート結果を
「どちらかと言えば、そうかもしれない」...と一瞬でも思っただろうか?


仮にそう思ったとした場合でも、次のアンケート結果を見て欲しい。


凸凹中学校意識調査(II)。(注意・あくまで空想上の調査。私が勝手に作成した)
・問い:英語の授業で苦しかったと思えるものはなんですか?
 A:英語の歌を聴いたり、歌ったりしたが満足にできなかったこと(74%)
 B:英会話をしたが満足にできなかったこと(特に英米人と)(73%)
 C:易しく面白いと言われた英文があったが、それでも読めなかったこと(70%)


仮に結果は↑こうだったとする。どう思うか?
 英語が嫌いなあなたの場合、今度はこれに「はっきり」同意すると思う。
 これらこそ、あなたが「英語が【さらに】嫌いになった理由」に他ならない理由なはずだから。


しかし、
さっきの凸凹中学校意識調査(I)の方では「楽しかったかかも」と思ってしまった、英語嫌いも大勢いると思う。
騙され易いのだ。
「楽しそうに思える」ものは「楽しそうに思えてしまう」という心理があるのだ。
実は本当は
「楽しそうに思えるものを楽しめなかった時に、より嫌いになるのだ」


-------


指導者へ
楽しめるのか? 苦しむのか?


あなたの場合↓この「空想上のアンケート結果」をどう見ただろうか?


凸凹中学校意識調査(I)。(注意・あくまで空想上の調査。私が勝手に作成した)
・問い:英語の授業で楽しかったと思えるものはなんですか?
 A:英語の歌を聴いたり、歌ったりして楽しんだこと(74%)
 B:英会話をしたこと(特に英米人と)(73%)
 C:易しく面白い英文がありそれを読んだこと(70%)


あなたの場合は「だいたいそんなものではないか」と同意する、と私は見ている。
どうであろう?
ではこれ↓は?


凸凹中学校意識調査(II)。(注意・あくまで空想上の調査。私が勝手に作成した)
・問い:英語の授業で苦しかったと思えるものはなんですか?
 A:英語の歌を聴いたり、歌ったりしたが満足にできなかったこと(74%)
 B:英会話をしたが満足にできなかったこと(特に英米人と)(73%)
 C:易しく面白いと言われた英文があったが、それでも読めなかったこと(70%)


今度はあなたは「同意できない」と思う。どうであろうか?


「同意できない」という「あなた」に以下を問うてみたい。
またしても「数学」で悪いと思うが、数学で置き換えてみる。


凸凹中学校意識調査(I)。(注意・あくまで空想上の調査。私が勝手に作成した)
・問い:数学の授業で楽しかったと思えるものはなんですか?
 A:数学のパズルを解いて楽しんだこと(74%)
 B:数学の先生と数学の楽しい話をしたこと
  (特にある数学者と数学の話を話す機会があった)(73%)
 C:易しく面白い数学の問題がありそれを解いたこと(70%)


もしあなたが数学嫌いな場合、↑これに同意できるか? もしかしたら少しは同意する人もいるかもしれない。


しかし


凸凹中学校意識調査(II)。(注意・あくまで空想上の調査。私が勝手に作成した)
・問い:数学の授業で苦しかったと思えるものはなんですか?
 A:数学のパズルを解いたことがあったが満足にできなかったこと(74%)
 B:数学の先生と数学の楽しいとされる話をしたが満足に分からなかったこと
  (特にある数学者と数学の話を話す機会があったがそのこと)(73%)
 C:易しく面白い数学の問題と言われたものがあったが満足に解けなかったこと(70%)


もしあなたが数学嫌いな場合↑こっちこそ「完全に同意できる」と思う。どうであろうか?
これらこそあなたがより数学嫌いになる(なった)要素にほかならないはずだ。
違うだろうか?


これの英語版が先のアンケートだ。
対比させよう。
凸凹中学校意識調査(II)。(注意・あくまで空想上の調査。私が勝手に作成した)
・問い:英語の授業で苦しかったと思えるものはなんですか?
 A:英語の歌を聴いたり、歌ったりしたが満足にできなかったこと(74%)
 B:英会話をしたが満足にできなかったこと(特に英米人と)(73%)
 C:易しく面白いと言われた英文があったが、それでも読めなかったこと(70%)


こうなる。英語嫌いは↑こう思うのだ。


つまり
・英語の歌を聴いたり、歌ったりという内容
・英会話(特に英米人との英会話)
・易しく面白いと言われた英文


あなたが好むこれらは、「英語嫌いをより【嫌い】にさせる要素」であると、知って欲しい。


------


マウスバードの一言


実は、これには裏話がある。
最近某所で私が「英語嫌いが【なぜ英語が嫌いか】を調査をした例が見当たらない」と発言したところ、
「こんなのがありますよ」と言われて見たページがこれである。


「英語教育改善のための調査研究事業に関するアンケート調査」結果について:文部科学省


これが中学生向けだったら、よりよかったかもしれないが、残念ながら、これらの対象は「小学校の児童」が対象だった。
それでも参考になった。


この中にアンケートがある。
「英語の授業で行っていることの内、最も多くの児童が楽しいと思っていることは」という問いがある。
2位と4位を持ってくると
 「英語の歌を歌うこと」(23,654人(約74%))
 「英語で友達と会話をすること」(22,987人(約72%))
とある。


私は一瞬、え~~と、思った後、こう思った。


「これは【楽しかった要素】を探しているアンケート結果だ
【嫌だった要素】を探しているアンケートではない!」


そして私はこのアンケートを見てこう思った。


「【(英語が好きなりそうな)楽しかった要素】=【(英語が嫌いになる人の)嫌になる要素】だ!
だが、多くの英語教師にはそう思えないだろうな。」


なので今回の話は、多くの英語教師に
【(英語が好きなりそうな)楽しかった要素】=【(英語が嫌いになる人の)嫌になる要素】である
...これを証明してみたかった。皆さまはどう思っただろうか?


==================


今週の金曜日は文法放送。この続きは来週の月曜日です。


(↓目次はこちら)
目次ページへ

2012年1月30日

勉強法。苦手な人へ・指導者へ(8)

・英語教師がよく言う「嘘」


テーマ
多く英語教師は、自分の「願望」を、さも「事実」のように言うので、英語嫌いはその英語教師を嫌い、英語を嫌う


苦手な人へ
あなたは「英語は社会に出たとき必要」と言われたことがないか?


あなたはおそらく、英語教師たちに以下のように言われたことがあるはずだ。


・英語をなぜ勉強するのか?
・それは英語が将来、社会で必要になるからだ。
・お前たちが大人になる頃は必要になっているはずだ。


↑こう言われているはずだ。そのときあなたは「カチン」とくるはずだ。
↓こう思うはずだ。


・そんな時代は絶対に来ないのは明らかじゃないか!
・誰がそんな大嘘を信じるものか!
・そんな「大嘘を言う英語教師どもなんざ、信用できない」!


こうして、あなたはその英語教師を嫌い、ひいては英語を嫌っていったはずだ。
違うだろうか?


大丈夫だ。あなたの見解は正しい。


・日本に英語が必要な時代は永遠に来ない。
少なくとも現在は
・必要な職業に就く人のみが必要。その割合は5%にも満たないだろう。


-------


指導者へ
あなたは「英語は社会に出たとき必要」と言っていないか?


あなたがた英語教師たちの多くは以下のように言っている気がする。


・英語をなぜ勉強するのか?
・それは英語が将来、社会で必要になるからだ。
・お前たちが大人になる頃は必要になっているはずだ。


↑こう言っている人に訪ねたい。
 もし、必要でなかったら、あんたは責任を取ってくれるんだろうな?


実のところ、私自身、中学高校で「山ほど」言われた。


「お前はなぜ英語の勉強をしないんだ!?
 お前が大人になる頃は英語が必要なんだ!
 できないと困るだけだ!
 だから、英語の勉強をしろ!」
と。


これがどうしても信じられなかった。
当時の私の周りで、英語が必要な人は「英語教師以外」に見当たらなかったから。


私はその英語教師たちを
・願望が現実に思える「妄想狂の病人」
と思った。
彼らの言うことは全く信用しなくなった。英語がますます嫌いになった。


私ももういい大人の年齢になった。しかし、今の日本の社会で英語が必要になっているだろうか?


社会で「必要」と言えるレベルにあるのは、「パソコン」ではなかろうか?
パソコンのないオフィスが今の日本にどれだけあるのか?


私は、仕方がなしに、英語を身に付けた。が、未だに英語が必要な社会ではないではないか!
つまり、私は、英語教師たちに「大嘘」をこきまくられたことになる。
責任を取ってくれるのか? 取れないだろう。


 もしあなたが「英語が必要」と言っているのなら、直ちにやめるべきだ。
言っているのなら、英語嫌いはあなたを
・願望が現実に思える「妄想狂の病人」
としか、思っていない。


しかもだ! これも「英語嫌いが英語好きになれない立派な理由の1つ」だ。
・英語好き(英語教師)=嘘つき
とインプットされるから。


英語は「必要」ではない。できれば「有利」なだけだ。
だから「必要」ではなく「できると有利」と言えばいいのだ。


-------


マウスバードの一言


実は、現在、私の姪の英語を教えている。現在中2である。私に似て、英語が「かなり」できない。慌てて私が教えることになった。


姪からこう尋ねられた。
「英語嫌い~~。なんで英語なんか勉強しなきゃいけないの?」
と。


どうも、世の中の英語教師たちは、この返答に困るようだ。私にはなぜ困るのかが分からないのだが。


私はすかさず↓こう言った
「学校の科目だから。受験の場合は必修科目だから。以上」


間違っても「将来必要になるから」などという「大嘘」はつかなかった。
(ただし、既に学校の英語教師たちにそう言われているらしかった)
だから、私は付け加えた。


「英語の先生に『将来必要だから』って言われているかもしれないな。それはお前にも「嘘」だってわかるだろう?
奴らは、願望を言ってるだけだ。奴らは「事実」を認められない病人だ。


俺は「事実」を言ってやる。
・英語ができると、社会では『有利』ではある。しかし『必要』ではない。
必要って言えるレベルなのは「パソコン」だ!


今、英語をやるのは「学校の科目だから」だ。受験する場合必修科目になるからだ。


なお、「中学で英語はやる必要」は「ある」。なぜなら、英語に触れないと、英語が自分に向いているか向いていないかわからないから。
向いていたら、その力を伸ばせばいい。向いていなかったら、向いてる何かをやればいい。
『英語をやってみて、得意になって、活用できそう』だったら、活用すればいい。」


以上を聞いた姪は、ちゃんと英語の勉強をしだした。


英語は「必要」ではない。できれば「有利」なだけだ。
だから「必要」ではなく「できると有利」と言えばいいのだ。


今週の金曜日は文法放送。この続きは来週の月曜日です。


(↓目次はこちら)
目次ページへ

2012年2月 6日

勉強法。苦手な人へ・指導者へ(9)

・「文法嫌い率」をぜひ調査して欲しい


テーマ
「英語学習者の文法嫌い率」と「中高生の文法嫌い率」は全く異なる


苦手な人へ
あなたは「英文法って嫌だろう?」と言われたことがないか?


あなたはおそらく、1度ぐらい英語教師に以下のように言われたことはないか?


お前だって英文法の学習は嫌だろう?


↑これに同意できるだろうか? 英語が嫌いなあなたは「同意できない」はずである。


↓どちらが良い?


A・果てしなく続く「長ったらしい英語長文」を読む「英文読解
B・ピリオドまでが短い英文を「少し読むだけ」で済む「英文法


英語が嫌いな人の好みは、圧倒的に【文法の方(「B」)】のはずである。


しかし英語教師の中には必ず↓こう言うのがいる。


「英文法は誰でも嫌がるはずだ。お前もそのはずだ」


 ↑残念だが、こう思い込む英語教師や「英語学習者」は非常に多い。

私はこのような
英文法は誰でも嫌がる...と信じて疑わない人

「英文法を嫌がらない人もいる」
という具合に「考えを変えられた」試しがない


最近、私はもはや諦めている。「無理」と思っている。


--------


指導者へ
あなたは誰に対しても「英文法って嫌だろう?」と言っていないか?


「英語教師」の多く、そして「(社会人の)英語学習者」の多くは
⇒「英文法は誰でも嫌がるはず」
思い込んでいると私は思う。


私が思うに
英語学習者が【自分もそうならそう】と思う率」は極めて高いと思う。


・英語学習者の多くは【自分が英文法が嫌いなんだから、皆英文法は嫌いなはず】だ


 ⇒と思い込んでいると思う。


しかし実際はそんなことはない。
英語が嫌いな人ほど「英文法のほうが読解よりはるかに好み」である。


(ただ「英語そのものは、英文読解だろうが、英文法だろうが嫌いである。ここで私が言いたいのは
・英語が嫌いな人ほど「英文法のほうが英文読解よりまし」
ということである。)


例えば私はかつてこんなアンケートを取った。


>---------------------
もし【1】【2】のどちらかをどうしても解かなければならないとしたら、どちらのほうが「まだ解く気」になりますか?


【1】次の全文を訳しなさい
 It is well known that stress affects workers' health. When workers are not well, they lend to miss many days of work every year. The organizations they work for are, in turn, not as productive as they should be. However, levels of stress in different occupations, and the ways that workers relieve such stress, have been studied in depth. The organizational Psychology Association (OPA) , therefore, conducted a survey on the affects of stress on workers in four occupations and on the methods they use to relieve workplace stress.


【2】次の英文には英文として不適切な箇所があります。その部分を抜き出して訂正しなさい。
  We play baseball with they.

>---------------------


もしも、
「英文法は誰でも嫌がる」←これが正しいのならば
  ⇒アンケート結果は、誰でも【1】のはずである。
【1】読解問題で、【2】文法問題...だからである。


実際は違う英語が嫌いな方の結果は【2】である。
具体的には↓こう。


●(実際に英語が嫌いなたこさんの意見:
・3年前の全く英語が出来ない頃
【1】の長文羅列は見たくもない【2】ならばすべての単語を辞書で引いてもそこまで時間がかからないし楽そう。よってどうしてもどちらか解かないといけないなら【2】
・ある程度努力し出来るようになった今
解けと言われたらどちらでも良いけど楽そうだから【2】


●(実際に英語が嫌いな英語駄目人間さんの意見:
勿論私も両方飛ばして読みました。アルファベットが目に入ると意識せずとも、目を逸らしてしまう習性があるからです。
まあ、どちらかを解けと言われたらまだ【2】の方がましですね。


参照ページ


どうであろう? これを読んであなた
「へ~英語の苦手な人は、読解より文法問題のほうがましなんだ」...と思うだろうか?

「英文法は誰でも嫌がるはず」と思い込んでいる人ほど
⇒「でもそうは思わない
と思う。
私は、ブログなどで何度も「何人もの文法を好む例」を挙げている。にもかかわらず、思い込む人たちは、せいぜい「それは極めて稀な例外だ」ぐらいにしか思われない。


彼らの場合、だいたい↓こんな感想のはず


・「だってさー、私、文法なんて考えたくないもんだからみんなそうでしょ?
・「私の周りの英語を学習している人は、多かれ少なかれ、文法はちょっと毛嫌いしてるよ」


違うであろうか? 私はあなたのこの見解を変えられると思っていない。ただ、もし良ければ以下を読んでいただきたい。


---------------


マウスバードの一言


できれば、きっちりアンケートをとって欲しいが、私の推測だと、概ね以下のような結果になると思う。


質問・あなたは英文法が読解より不快ですか?


対象が「中高校生」の場合
 凄い不快          ...10%
 不快            ...20%
 どちらかと言えば不快    ...10%
 △英語はそれなりに好印象だが読解との不快の差が分からない...10%
 ▲英語はそれなりに悪印象だが読解との不快の差が分からない...10%
 英語は悪印象でどちらかと言えば読解のほうが不快...10%
 英語は悪印象であきらかに読解のほうが不快   ...20%
 ×英語が大嫌いで、明らかに文法の方がはるかにまし...10%


摸式的に言うと、10人集めればこんな感じ。
 ◎〇〇□△▲■●●×


10人中
 ・◎〇〇□人が 文法が不快
 ・△▲  の2人が 文法が不快かどうか分からない
 ・■●●×人が 文法は不快でない!

という結果になると思う。
(なお<ここがもしかしたら1番大事かもしれない>普通は、◎〇〇□△の5人が英語の成績が良い。少なくとも平均以上である。一方▲■●●×英語の成績が悪い。少なくとも平均以下である。平均以下であれば、普通は英語が嫌いになるはずである)


さて...


10人中 ・◎〇〇□人が 文法が不快
 ・△▲  の2人が 文法が不快かどうか分からない
 ・■●●×人が 文法は不快でない
と書いたが、こう書くと「英語好きな英語学習者」はこれを「否定」するはず。
「そんなことはない。私の周りの英語学習者は自分を含めて『英文法を不快に思う人』が圧倒的だ」と思うと思う。
そして"それ"は「正しい」と私も思う。のは【対象が「中高校生」の場合】だからこういう結果になったのだ。


今度は、対象が「主に社会人の英語学習者」の場合でアンケートを取ったとする。
概ね↓こんな感じになると思う。


 凄い不快          ...20%
 不快            ...40%
 どちらかと言えば不快    ...20%
 △英語はそれなりに好印象だが読解との不快の差が分からない...20%
 英語はそれなりに悪印象だが読解との不快の差が分からない...0%
 英語は悪印象でどちらかと言えば読解のほうが不快...0%
 英語は悪印象であきらかに読解のほうが不快   ...0%
 ×英語が大嫌いで、明らかに文法の方がはるかにまし...0%


摸式的に言うと、10人集めればこんな感じ。
 ◎◎〇〇〇〇□□△△


 ・◎◎〇〇〇〇□□人が 文法不快
 ・△△  の2人が 文法が不快かどうか分からない
 ・文法不快でない人は0


といった感じになる。「文法のほうがましな人」が消える1人もいない。10人中名。(ただ100人ぐらい集めば5人ぐらいはいるとは思う。ここではあくまで「少ない」と言いたい)


なぜか?


⇒「社会に出ても英語を学ぼうとする人」は「学生時代に英語の成績が良く、英語に好印象を持つ人だけ」だから。


中高校生で言えば、英語の成績が普通いいのは
 ◎〇〇□■●●×
  ↑
 こっちの5人だけだ。こっちの「成績の良い5人」しか「普通は英語の勉強をしたがらない」。まして「社会人英語学習者」ならなおさらだ。
■●●×←こっちの人は、英語に興味なんかないのだ!


だから、テレビで英会話番組を見るとか、アルクの教材を買うような、あるいは、Q-Engに参加してくださるような英語学習者のマジョリティは「英文法が不快」が多数を占める
だから普通の英語教師も「英文法が不快」に思う人が多くなるのだ。


で、そういう
「英文法を不快に思う英語教師」は自分の「中学・高校生の生徒」に


「英文法は誰でも嫌がるはずだ。お前もそのはずだ」


と言ってしまうのである。


あなたはこれを「間違いだ」と思えるだろうか?
「英語が好きな英語学習者」だけを集めれば、ある意味正しいと思うが、「中学・高校生の生徒」が対象であれば、それは「間違いだ」と私は考えている。「英文法を不快に思わない人は大勢いる。英語が嫌いな人ほど英文法を不快に思わない」と私は考えている。


少なくともは「英文法を全く不快に思わない」。だから絶対に「誰でも英文法が不快」ではないのは確かである。は「長ったらしい英文を読む」よりも、「英米人と会話をする」よりも「英文法の問題を解く」ほうが「1000万倍まし」である。


「主に社会人の英語学習者を10人」集めれば、「0~1人」しか英文法が不快でない人はいない...と私は思う。
しかし
中学・高校生を10人」集めれば、「3~4人は私と同じで英文法は不快でない」...と私は思う。


いつか誰か「正確なアンケートをとって欲しい」と切に願う。


今週の金曜日は文法放送。この続きは来週の月曜日です。実際は再来週の月曜日になりました。


(↓目次はこちら)
目次ページへ

2012年2月20日

勉強法。苦手な人へ・指導者へ(10)

・英語が嫌いな人は英単語の発音を「読めない」


テーマ
英単語の発音を「読めない」のが英語嫌いの一因


苦手な人へ
あなたは「英単語の発音を読めない(1)」の苦しみがあるはずである


まず、今回の話は「英単語」の話である。「英語の文」ではなく、「単語」の話である。また「意味」ではなく「発音」の話である。ここをまず注意しておきたい。


学校の先生はあなたに教科書や何かを読むようにと指示することがあるだろう。このときあなたは


「英単語の発音を読めない(1)」の苦しみ


を持つはずだ。(あなたの場合)課題文には、どう発音していいか分からない単語がいくつもあるはずだ。無論意味も分からないはずだが、とにかく「読めない・どう発音して良いか分からない(1)」...という状態で困るはずだ。
これはあなたには高いハードルである。


もし発音記号が読めれば、読み方は辞書で調べることが可能である。単語の意味にプラス「読み方」もそこで確認はできる。だが、もっと簡単な方法もある。「出来る人(先生)」に発音を習うのである。その場で教えてもらって対処できる。辞書は引くべきだと思うが、「(英語ができる)人(先生)」に習えば、「耳」で覚えることも可能なのだ。この意味でも「英語が苦手な人が得意になるには、先生が必要」と私は思う。


--------


指導者へ
あなたは「英単語の発音を読めない(2)」の苦しみがあるはずである
あなたは「英単語の発音を読めない(1)」の苦しみは少ないのではないか?


まず、今回の話は「英単語」の話である。「英語の文」ではなく、「単語」の話である。また「意味」ではなく「発音」の話である。ここをまず注意しておきたい。


英語が得意なあなたの場合


「英単語の発音を読めない(2)」の苦しみ


を持つはずだ。どう発音していいか分からない単語がいくつもあるはずだ。意味もわかるが、とにかく「読めない・どう発音して良いか分からない(2)」...という状態で困ることがあるはずだ。


あなたの場合は発音記号が読めるはずで、読み方は辞書で調べることが可能である。それでも分からない単語の「発音」には100%の自信はないはずである。ネイティブさんの音声探しにきっと躍起になっているだろう。


 さて...


英語の指導者の中には
・自分のこの苦しみ⇒「英単語の発音を読めない(2)」の苦しみ

・英語が苦手な人が持っているこの苦しみ⇒「英単語の発音を読めない(1)」の苦しみ
混同する人がいる。


ここまで読んで、あなたは
・「英単語の発音を読めない(1)」の苦しみ
・「英単語の発音を読めない(2)」の苦しみ
違いがわかるだろうか?


---------------


マウスバードの一言


あなたは
 girl ... この単語の発音を「読める」だろうか?


ここを読んでいる人の多くは「読める(1)」と思う。
もしかしたら、30%くらいは「読めない(2)」かもしれないが。ほぼ100%「読める(1)」と思う。


違いがお分かりだろうか?


「読める(1)」...これは「カタカナでも良いからそれっぽい発音」で読める。
「読める(2)」...これは「ネイティブの正確な発音」で読める。


の違いである。


英語を喋りたい人であればあるほど、
「英語の発音が読める」...と言ったら⇒「ネイティブの正確な発音」で読める。←こっちの意味でしか考えないと思う。
だいたい、こう思うような人ばかりが「英語の指導者」になりがちである。


こう書くと、もしかしたら英語の指導者の中には、「え~~ girl ぐらい、普通カタカナで「ガール」って読めるでしょうに。ガールと読めない中学生以上がいるのかよw ありえない」とでも思うのではなかろうか?


そういう人は「ここ」を読んでいただきたい。


私は girl が「読めなかった(1)」...その所為で私は今持って、英語が「大嫌い」のままなのだ。


英語が苦手で嫌いな人は、英単語の発音が読めない(1)のだ。
いきなりネイティブの正確な発音、なんて「無理な人には無理」である。(注意・英語に興味がある人は一部可能)


英語が苦手な人の80%以上は「カタカナで精一杯」。「カタカナ」で、それはそれは高いハードルである。
「より正確なネイティブのような発音」なんて微塵も考えない。


にも関わらす、「ネイティブ音声大好きな英語指導者」は「カタカナで精一杯の英語が苦手な人」にこんなことを言う。


⇒ネイティブの音声に近づけるようになろう!。
⇒ネイティブの音声に慣れよう。
⇒ネイティブの人と会話をしよう。


 ↑こんなこと私は中学高校で言われまくり、強制されまくった。⇒⇒その結果、私は「英語嫌いが治らない」体になってしまったのだ。


てめーらだけでやってろよ!
「カタカナで精一杯の俺たち」にそんなもの押し付けるんじゃねーーー!!!


・「カタカナで精一杯の人たち」には「カタカナ英語」を教えるべきである。
...と私は思う。でないと「中学高校で落ちこぼれる」から。


・「カタカナで精一杯でない人たち」には「よりネイティブ的な英語」を教えるべきである。
...と私は思う。さらに得意になりたいのなら。


今週の金曜日は文法放送。この続きは来週の月曜日です。


(↓目次はこちら)
目次ページへ

2012年2月27日

勉強法。苦手な人へ・指導者へ(11)

・人並みになる方法のどこがアカデミックなのか?


テーマ
文法がアカデミックと呼ばれるのはなぜか?


苦手な人へ
今回はあまり苦手な人には関係ない話かもしれない。しかし、簡単に聞いてみよう。あなたは「文法」がアカデミック(学術的)」と思えるだろうか?
この質問の意図さえ、英語の苦手な人には分からないと思う。
 英語が苦手な人にとっては

・「文法が学術的かどうかなんかどうでもいい」
・「そんなことより、とにかく楽に英語が「分かる」方法を教えてくれ!」


という感想になると思う。それで全く問題ないと思う。
しかし、英語が好きな人(指導者を含む)には、これが問題になることがありえるのだ。


-----


指導者へ
指導者側にまわるような英語好きの多くは
・文法はなんかアカデミック(学術的)な感じがして嫌だ。
と思う人が多いのではないか?
 特に「文法用語の羅列」が並べられたとき、「なんじゃこりゃあ、知るかあああ! こんなの! こんなん知らなくても英文はだいたい読める! だから知らんで問題ない!」と思うのではないかと思う。


・「文法はアカデミックに感じて嫌だああ」
・「そんなことしなくても、英語が【もっと】できるようになる方法を教えてくれ!」


という感想になると思う。
あなたが指導的な立場でなければそれで全く問題ないと思う。
しかし、あなたが指導者である場合、これが問題になることがありえると思う。


-----


マウスバードの一言
私がよく聞かれる質問の中でこういうのがある。


●「あなたは英語が嫌いで苦手でどうしょもなかったのに、どうやって得意になったのですか?」


この質問を正確に答えるのは難しい。やったことをすべて挙げることになるからだ。
ただ「核」になったことを言うのなら一言で済む。


●文法を極めたから。


以上である。


そう答えると、英語の好きの皆様の多く(指導者を含む)から「なぜにそんなアカデミックなことをしたのか?」などと言われる。また、文法の質問にサクサク答えると「あなたはアカデミック過ぎる」と言われる。


私にはこれが疑問でならない。私は「英語が苦手な人(=低レベル)のための学習(=文法)」のことをやって得意になった。その知識(低レベルのための知識=文法)を伝えているだけである。


私は偏差値30.5から68.5まで伸ばした男だ。浪人時代の英語学習の主眼は文法であった。文法以外は「おまけ」みたいなものだった。文法は特に「偏差値30.5から55ぐらいに上げるまでの期間」、重要な役割を果たした。


 私は中学高校で満足に文法をやっていなかった。しかし浪人では夏休みまでに文法を仕上げた。


●文法を仕上げた後では
・英文解釈の授業で、
 ⇒単語と単語のつながりが分かる(それまでは毎回間違ってつなげていた)
 ⇒おかげで間違いが訂正された
 ⇒間違いが訂正されまくったので、成績が伸びた


という変遷をたどった。


 しかし、普通英語の先生になる人はどうか? 高3の時点で、偏差値は少なくても55以上、たいていは60以上であろう。彼、彼女らの多くは「文法にあまりこだわっていない(知らない)」。そんなの知らなくても「単語の数珠つなぎ」を国語力で行い、たいていの英文を読めてしまえるのである。私はこの能力を「英語の才能」と呼んでいる。


 ここで「厄介なこと」がある。こういう「英語の才能があふれる人たち」は「誰でも文法なしで英文を読める(例えば私[マウスバード]でも読める)」と思い込んでいることである。
「よっぽど変な英文ならともかくさー。簡単な英語なら、単語の数珠つなぎで誰でも意味はわかるはずだ」と信じてやまない。


果たしてそうか? 断じて違う。英語が苦手な人は「それが苦手・できない」のだ。


英語の才能がない人は、例えば
 Kumiko is thinner than Midori.

 What is war?
といった英文でさえ「さんざん考えて」誤訳することがあるのだ。
(どう誤訳したのか...はこちらを参照)


私も似たような間違いは散々しでかした。中学高校ではそういう思い出しかない。しかし、浪人時代は違う。そした間違いは、「覚えた文法知識」でようやく「なぜ間違いか・どうすれば正しい意味になるのか」を知ったのだ。そのおかげで間違いは次第に直り、その結果


・「偏差値30.5(英語がスーパーできない)」から
 という状態から、まずは
・「偏差値55(英語が人並み)」ぐらいに
 なることができた。


つまり
・「文法【英語苦手】から【英語人並み】になることができる要素
に他なからなかった。


=====


ところでた。


アカデミック(学術的)」とはなんだろう?
それは【専門家がさらに専門的に研究するようなこと】ではないだろうか?
ならば、言ってみれば
偏差値70以上の人が偏差値80ぐらいになる方法」がアカデミック(学術的)
ということにならないか?


それに引き換え、文法
偏差値30.5のアホが偏差値55の人並みになる方法
程度のことである。


人並みになる方法どこがアカデミックなのか? 私はとても不思議に思う。


・「文法なんざ、アホが学ぶべき低レベルな知識」。
・「長ったらしい、ろくに見かけもしない英単語の意味を覚える方」がよっぽど「アカデミック」だと思うのだが、あなたはそうは思わないのだろうか?


今週の金曜日は文法放送。この続きは来週の月曜日です。


(↓目次はこちら)
目次ページへ

2012年3月 5日

勉強法。苦手な人へ・指導者へ(12)

・「24点が41点になる」のと「58点が75点になる」のとではどちらが辛く大変か?


テーマ
17点上げる苦労


苦手な人へ
本当に苦手な人は、平気で赤点を取るはずである。ここでは「そのレベルぐらいの方」を「英語が苦手」とする。


実は今「我が姪」の英語を教えている。現在中2である。私に似て「とても英語が苦手」である。
中2の1学期末テストで「23点」という成績を取り、慌てて私が面倒をみることになった。
学年末試験で「40点」にまで回復した。姪はかなり喜んでいた。


さて! 「苦手なあなた」なら「凄い!」と驚嘆するだろう。私も実はかなり驚嘆した。
しかし、「世間や特に英語教師」は「全く驚嘆しない」。「はあ? 40点? そんなんで驚くことなの?」とまるで相手にしないのだ。


-----


指導者へ
上で話したとおり、我が姪はおよそ半年で「23点から40点」になった。
あなたの感想は「まだまだ低レベルすぎだな~。どちらかと言えば圧倒的に勉強してないほうだよね」ぐらいだと思う。
「え~?? そんなんで喜んでるの? 40点では全然低いではないか! なんでそんな低レベルの喜んでるの~??」とも思うはずである。


もしそう思っているのなら、ぜひ「あなたの教えている生徒さんで23点ぐらいしか取れない中2」を見つけ、その人に「40点以上の点数を獲得」させて欲しい。
「あなたが40点以上獲得する」のは「容易い(容易かった)」と思う。しかし「頑張っても23点しか取れない人」を「40点以上にする」のは、果たして「容易い」であろうか?


-----


マウスバードの一言


私が生涯で獲得した英語の最低点は「7点」である。高1の時に2回記録した。2回とも偶然同じ点数(7点)であった。うち1回は「学年最低点」ということが分かっている。この時の平均点は確か83点か84点台であった。


浪人の時の最低点は24点ぐらいだと記憶しているが定かではない。偏差値はよく覚えていて「30.5」であった。


最高偏差値は68.5であった。この時の点数はよく覚えていないが、75点ぐらいであったと思う。私は「最低24点から最高75点まで上げた」わけだ。私にはこうした体験がある。


皆さんに訪ねてみたいことがある。
私の体験上、
↓この(A)~(C)の中では
  1・どれが1番時間がかかったと思うか?
  2・どれが一番辛かったと思うか?
  3・どれが1番嬉しかったと思うか?


(A)24点⇒41点 (17点アップ)
(B)41点⇒58点 (17点アップ)
(C)58点⇒75点 (17点アップ)


--------


正解発表。


1・どれが1番時間がかかったか?
  正解:(A)24点⇒41点 (17点アップ)


2・どれが一番辛かったか?
  正解:(A)24点⇒41点 (17点アップ)


3・どれが1番嬉しかったか?
  正解:(A)24点⇒41点 (17点アップ)


全てで(A)24点⇒41点 である。


解説したい。


----


1・どれが1番時間がかかったか?
  正解:(A)24点⇒41点 (17点アップ)


これが普通の人にとっては一番分かられないのではないかと思う。


考えて欲しい。私は中学高校で「6年間赤点しか取ったことがない」という人間である。
 ●英語で41点以上なんて、中学高校で取ったことがない!
のだ。
 ●浪人して、3カ月目で初めて「41点」以上の文字を見た!
のだ。


つまり
 24点⇒41点までに「6年3カ月」かかったわけだ。
1番長いに決まっているではないか!


-----


2・どれが一番辛かったか?
正解:(A)24点⇒41点 (17点アップ)


長さ(6年3カ月)だけでも辛いが、
【周りからの目】がとてつもなく辛かった。


周囲は必ず私にこう言った


・「お前はなぜこんなに低い点数しか取れないのか?」
・「勉強してないだけでしょ? 普通にやれば取れるはずなのに」
・「いくらなんでも勉強しなさすぎだろう!」


つまり周囲は私を「勉強していないだけ」としか思ってくれなかったのだ。これが辛かった。勉強していないとしか思われない「6年3カ月間」であった。勉強しても「していない」と言われ、時には先生から「平手打ちを食らって」来た。竹刀で叩かれたこともある。


これで辛くないのはマゾだけではないか?


-----


3・どれが1番嬉しかったか?
正解:(A)24点⇒41点 (17点アップ)


圧倒的に【ここ】に決まっている。
 浪人時41点を獲得したとき、偏差値は45ぐらいだったと思う。
 偏差値30台を脱して、40台で安定した。45以上になった時、とてつもなく嬉しかった。
以前この辺でその喜びを表現したぐらいである。とても嬉しかった。
6年間3カ月の英語学習の中でこんな嬉しいことはなかった。


当時
・どんなにやっても【英語の成績は上がる実感が全くなかった】からである。


------


以上は私の体感である。苦手な人には分かってもらえると思う。


しかし、この体感は、普通の英語教師にはけっして分からないはずである。
「分れ!」という方が無理である。彼らの多くは40点以下の点数など取ったことがないから、分かる訳がないのだ。
だいたいそもそも彼らは「分かろう」とする気がないのだ。


彼らが分かるのはせいぜい
(C)58点⇒75点 (17点アップ)
ぐらいの感じ。もしくは
(D)75点⇒92点 (17点アップ)
ぐらいの感じである。


英語が得意な人にとっては(C)も(D)も辛いと思う。しかし「(A)24点⇒41点 (17点アップ)」の場合と決定的に違う部分がある。


(D)75点⇒92点 (17点アップ)の場合、世間では
 「おお凄い! よく勉強したんだね!^^」
と言われるのに対し、


(A)24点⇒41点 (17点アップ)の場合、世間では
「まだまだ低レベルすぎだな~。どちらかと言えばしば圧倒的に勉強してないほうだよね」
「え~?? そんなんで喜んでるの? 41点では全然低いではないか! なんでそんな低レベルの喜んでるの~??」
と言われるのだ。


(A)の方が辛いうえ、「まだまだ勉強していない」と言われる。あなたは「これ」を「おかしい」とは思わないだろうか?
「こうした現状はなんとかならないものか」...と私は常々思っている。


今週の金曜日は文法放送。この続きは来週の月曜日です。


(↓目次はこちら)
目次ページへ

2012年3月12日

勉強法。苦手な人へ・指導者へ(13)

まず、昨日で震災から1年となりました。
被災されました多くのみなさまに、謹んでお見舞いを申し上げます。不帰なされましたみなさまの御冥福を謹んでお祈り申し上げます。原発事故を含む各被災地にて、救援、復旧活動に御尽力くださるみなさまに心より御礼申し上げます。一日も早く、原発事故の沈静、被災地の復旧・復興および、みなさまのご健康を深くお祈りしております。


=================================================


・原因や理由を追求するだけまだましかもしれない


テーマ
英語嫌いの原因や理由がなぜ分からないのか?


苦手な人へ
英語が本当に【苦手】な人は それだけで「英語嫌い」なはずである。こんな「自明」なことは無いと思う。


しかしどうやら、英語好きな方や英語指導者には「こんな簡単なこと」すら分からないらしい。
あんな難しい英文の意味は分かるくせに、こんな単純明快なことは分からないらしい。


だいたい、普通彼らは「英語嫌いがなぜ英語嫌いなのか」を考えない。脳みそがあるくせに考えないのだ。もっとも「考えなくても分かるくらい原因・理由は単純明快」だが。


でも彼らは原因・理由が分からないらしい。分からないんだから諦めるしかないと思う。


-----


指導者へ


もし 英語嫌い 原因 もしくは 英語嫌い 理由 などの検索語でこのページを見つけてくれたのなら、まだましと言える。
普通の英語指導者は、英語嫌いの原因や理由など調べないからだ。


英語嫌いの原因や理由なんて実に単純だ。


・英語の成績が悪いから
・いくら学習しても成績が上がらないから。
・英文の意味が分からないから


以上である。


------------

マウスバードの一言


Googleで 英語嫌い と打ち込むと「予測検索語」で 「英語嫌い 原因」「英語嫌い 理由」と出てきた。調べる人が多い証拠かもしれないと思った。


ただ面白いのはその内容。当然私のブログはこの検索で引っかかるが、他のもの中身の多くが興味深い。


英語嫌いの原因は「こうだ」と書かれているものは、私のこのブログを除けば以下のようなものが大半である。


・実際に「英語嫌い」に原因・理由訪ねた上で、⇒「英語嫌い自身の声」を発表しているわけではない
・「英語好きの人物」が「英語嫌いの原因はこうだろう」と想像し、「自分(英語好き)の声」を発表している


こんなものばかりである。私は不思議に思った。


彼ら
「実際に嫌いな人」に理由を尋ねないで、
・勝手に【嫌いな人はこうなはず】と「想像」
・それを主張している


原因理由を探るためには、「実際に英語嫌いな人」ヒアリングすればいいのに、なんで彼らはそれをしないのだろう? 私は不思議に思う


代わりに「英語嫌いの権化と自認している私」に書かせてもらおう。
英語を嫌う原因・理由なんて、単純明快。さっきも書いたが


・英語の成績が悪いから
・いくら学習しても成績が上がらないから。
・英文の意味が分からないから


以上である。
しかし、たぶん英語好きな人はこれでは納得しない。自分には当てはまらないからだ。


なので当てはめてしまおう。久しぶりに例の手を使う。


もしあなたが数学(算数)が嫌いならば、私はあなたに問うてみたい。
●なぜあなたは数学(算数)が嫌いなのか?


・数学(算数)の成績が悪かったから
・いくら学習しても成績が上がらなかったから。
・数式の意味が分からないから


違うだろうか? 原因や理由はここ以外にない
のだ。
これの英語版が


・英語の成績が悪いから
・いくら学習しても成績が上がらないから。
・英文の意味が分からないから


である。
私は、中学高校の6年間で英語が赤点でなかったことなど1回もないのだ。
だから英語が嫌いなのだ。


一応、このブログの
英語嫌いのホントのワケにもリンクを貼ります。


金曜日は文法放送。この続きは来週の月曜日です。


(↓目次はこちら)
目次ページへ

2012年3月19日

勉強法。苦手な人へ・指導者へ(14)

・「平均から学年トップ」にさせた実績は誇れるか?


テーマ
「平均から学年トップへ」にさせた実績がなんぼのものか?


苦手な人へ


(マウスバード)は英語の成績がクラス平均ぐらいの高1女子を1年間で学年トップにしたことがある。


↑こう聞いた場合「【いつも赤点を取るような】英語が苦手なあなた」は、これを「凄い!」と思うだろうか?


たぶんそうは思わないはずである。私自身も「別に大したことじゃない」と思っている。
そんなことより、半年で「頑張っても23点しか取れない生徒を40点に引き上げた実績」のほうが難易度が高く困難で、私の誇りである。


-----


指導者へ


(マウスバード)は英語の成績がクラス平均ぐらいの高1女子を1年間で学年トップにしたことがある。


↑こう聞いた場合「【いつも成績上位だった】英語が好きなあなた」は「凄い!」と思うだろうか?


たぶん、多くの人はそう思うと思う。
しかし、私に言わせれば、「大したことはない」と思う。
それより「頑張っても23点しか取れない生徒を40点に引き上げた実績」のほうがはるかに大変で、そっちの方が指導者としての実績としては価値があると思っている。


-----


マウスバードの一言


最近はまっている・ネットゲーム「剣と魔法のログレス」をやっていたときのことである。


 仲間内のチャットで「英語なら教えるぞ~」と打ち込んだ。その流れで、英語学習の話になった。そのとき何かのタイミングで、私は「クラス平均の生徒を1年で学年トップにしたことがあるよ」と書き込んだ。すると中3の参加者がこれに対して「凄い!」と書き込んでくれた。私はそれにとても驚いた。それは「私自身は凄くないと思っている」からである。


 この中3の参加者にさらに色々聞いてみた。彼はよく聞いてみると、かなりの優等生だった。ただし英語だけ他の教科に比べると苦手だという。「いつも英語は何点ぐらい取るの?」と聞いたところ、「80点」という返事をもらった。「どこが苦手なんじゃ~~?!」と私が吠えると、中3の参加者は「他の科目はもっと成績が良い(100点近い)」という返事であった。納得いった。


 本来、こういう英語の成績優秀者には英語を教えたくない(それは私が英語嫌いしか教えたくないからである)。しかし、彼に「質問いいですか?」と書かれちゃあ、私は答えないわけにはいかない。「訳せない~~」という英文の質問を2問もらったので、ぱっぱと返事を返した。解説をし納得してもらった。


 このとき思ったのだ。⇒「ネットで随分色んな話を書いてきたけれども、そういや今までに【私がクラス平均ぐらいの生徒を学年トップにした話】って、どこにも書いてないなあ」と。なぜ【これ】を書かなかったのか、を考えた。


 考えた結論はこうである⇒「私自身はこれを大したことではないと思っているから」


 当時を思い出してみた。あの高1女子生徒は大変素直でしっかり学習していた。生徒は当時とても大変だったと思う。とても頑張っていた。


ただ...


 「普段平均取れるような科目」は、【めちゃくちゃ嫌がって学習するわけではない】ので『(比較的)しっかり学習しやすい』。
しかし
 「普段平均からはるかに程遠い成績しか取れない科目」は、【めちゃくちゃ嫌がって学習する】ので『ものすごく学習しにくい』のだ。


どちらが成績が上がりやすいだろうか?
前者に決まっている。
だから「平均から学年トップへ」は私はあまり誇る気がしないのだ。


無論「トップ」という実績自体はもの凄く価値が高かろう。それより上がいないのだから。獲得した本人は誇るべきだと思う。当時私はこの生徒に「ガリ勉の〇〇さんより上~~ 先生のおかげ~~~^^♪」と山ほど言われた。嬉しい言葉であったが、私自身はそうは思っていなかった。私は手助けしただけで、この結果は本人の努力の賜物である。だからこれを誇るべきは「学年トップを取った本人」だけだと思う。


⇒【だから】
・『本人の実績として』は素晴らしいが
・『私の実績として』は大したことではない
と思う。


したがって「私自身はこれを誇る気が薄い」のだ。


(あ、聞かれる前に書いておこう。「この生徒に何をさせたのか?⇒ 普段のリーダーの解説に『加えて』⇒【文法】を(問題をしっかり解かせるなどして)完璧に叩き込んだだけ。以上。)


金曜日は文法放送。この続きは来週の月曜日です。


(↓目次はこちら)
目次ページへ

2012年3月26日

勉強法。苦手な人へ・指導者へ(15)

・英語好きの教育者は理数系に恨みがあるのではないかと思えて仕方がない


テーマ
教育者側が勝手に洗脳していないか?


苦手な人へ


次の会話文を読んで欲しい。


ゆき   :マーティン、あなたの未来の予定はなんですか?
マーティン:うーんと、私は世界中を旅したいです。私はたくさんの国々訪れたいです。
ゆき   :それはかっこいい。ジュリーはどうですか?
ジュリー :私はフランスで美術の勉強をしたいです。私はモネのような偉大な芸術家になりたいです。
ゆき   :それは素晴らしい
ジュリー :リーはどう?
リー   :私は数学を学ぶために大学に行きたいです。私はコンピューターエンジニアになりたいです。
ゆき   :それは難しいように思えます。


あなたは、ゆきの感想をどう思うか?


(数学が得意で)英語が苦手な人(あなたかもしれない)は、最後に納得がいかなかったはずである。一部はたぶん「最後でゆきにむかついた」はずである。


ゆきにとっては
・世界中を旅するのはカッコよく
・数学を学んで大学に入ってコンピューターエンジニアになるのは「難しい」
らしい。


あなたは納得しないはずである。一部は「そんなことはない!」とむかついたはずである。


-----


指導者へ


次の会話文を読んで欲しい。


マウスバード:マーティン、あなたの未来の予定はなんですか?
マーティン :うーんと、私は数学を学ぶために大学に行きたいです。私はコンピューターエンジニアになりたいです。
マウスバード:それはかっこいい。ジュリーはどうですか?
ジュリー  :私はフランスで美術の勉強をしたいです。私はモネのような偉大な芸術家になりたいです。
マウスバード:それは素晴らしい
ジュリー  :リーはどう?
リー    :私は世界中を旅したいです。私はたくさんの国々訪れたいです。
マウスバード:それは難しいように思えます。


あなたは、マウスバードの感想をどう思うか?


(英語が得意で)数学が苦手な人(あなたかもしれない)は、最後に納得がいかなかったはずである。一部はたぶん「最後でマウスバードにむかついた」はずである。


マウスバードにとっては
・数学を学んで大学に入ってコンピューターエンジニアになるのはカッコよく
・世界中を旅するのは「難しい」
らしい。


あなたは納得しないはずである。一部は「そんなことはない!」とむかついたはずである。


-----


マウスバードの一言


下の「マウスバード」のほうは私の創作である。


しかし上の「ゆき」のほうは元ネタがある。実は、この会話文は、中学二年生の向けの「文部科学省検定済の英語の教科書の英文」を翻訳したものである。


ゆきにとっては
・世界中を旅するのはカッコよく
・数学を学んで大学に入ってコンピューターエンジニアになるのは「難しい」
らしい。


ゆきの個人的な感想なんだから、別に良いと言えば良いかもしれない。しかし「恣意的なもの」を感じてしょうがない。


穿った見解と自認しているが
私には、この教科書を作った人は↓こういう見解を公的に認めさせようとしているように思える。なにせ「教科書」なのだ。


>> 世界中を旅するのはかっこいいよね! そのためには英語が喋れると便利だよね!
>>  それに引き換え
>> 数学を学んでコンピュータエンジニアになるだって? 難しい!>< あなたもそう思うよね!


冗談ではない。それは「あなたの感想」だ!
「私(マウスバード)の感想」はそうではない。
 私は世界中を旅したくない。かっこいいとは露ほども思っていない。
 コンピュータエンジニアになるほうがカッコイイと思っている。
それは「私が英語が嫌いで英語なんかこれっぽっちも喋りたくないから」である。コンピュータは山ほどいじりたい。というか私にとっては「割と簡単」なので、今でもプログラムを作っている。
 しかし、これは私の個人的感想だと分かっている。ましてそんなのを「押し付け」やしない。


しかし、文部科学省はどうなのだろうか?


今年のセンター試験といい、文部科学省検定の教科書といい、「理数系」によほど恨みがあるように思えてならない。


教科書で「数学やコンピュータが難しいと思い込ませる」ような記述が堂々となされているのである。


英語嫌いはどんどん増えている。この教科書の英文もそうだが「英会話特化」に変調され、さらに小学校に英語が必修化され、ますます英語嫌いが増えているのが現状である。
証明データ


英語嫌いはただでさえ英語が嫌いなのに、こんな教科書で習えば、さらに英語が嫌いになるはずである。内容に納得がいかないからである。


今週の金曜日は文法放送。この続きは来週の月曜日です。


(↓目次はこちら)
目次ページへ

2012年4月 2日

勉強法。苦手な人へ・指導者へ(16)

・「英会話スクールや留学」と「英語嫌い」


テーマ
英会話スクールに通いつめ、留学を体験すると英語嫌いが少しは好きになるのか?


苦手な人へ


問1:あなたは英会話スクールに入りたいか?
  ⇒あなたの返事は「いいえ」のはずである。


問2:あなたは留学したいか?
  ⇒あなたの返事は「いいえ」のはずである。


問3:もし無理に英会話スクールに通わされ、短期でも語学留学をした場合、英語が好きになりそうか?
  ⇒あなたの返事は「いいえ」のはずである。


  ↑以上の返事を読むと、「英語が好きな人、特に英会話好きな人、多くの英語指導者」は「そんなはずはない・そんなことは理解できない」という反応を示すはずである。
 英語が苦手な皆様、残念だが、彼らはそういう動物だ。これはどうやら仕方がないようだ。でも心配することはない。私に言わせれば「英語が苦手なあなたなら【いいえ】と答えて至極当然」である。そうでない方がおかしい。


-----


指導者へ


問1:あなたは英会話スクールに入りたいか?
  ⇒あなたの返事は「はい」のはずである。(既に入っているなら別として)


問2:あなたは留学したいか?
  ⇒あなたの返事は「はい」のはずである。(既にしているなら別として)


問3:もし無理に英会話スクールに通わされ、短期でも語学留学をした場合、英語がもっと好きになりそうか?
  ⇒あなたの返事は「はい」のはずである。


  ↑以上の返事を読むと、「英語が好きな人、特に英会話好きな人、多くの英語指導者」は「日本人なら誰でもそう思っているだろう。そうではない日本人なんかいるのか?」という感想でも持つはずである。
 あなたがそういう感想を持つのは仕方がないようだ。私の経験上、あなたの場合は(私がどんなに頑張っても)「そうでない人もいる」とは思ってくれない。


 無駄なのだが、もし良かったら参考までに以下を読んでいただきたい。


-----


マウスバードの一言


昨年から教えている、今月(4月)から高3になる生徒の例を紹介する。


【生徒の環境】
父親...英語がペラぺラに喋れる
母親...英語がカタコトながら喋れる
幼少時...1年間だがイギリスに住んでいた。
小学校から英会話スクールに通う。現在も通っている。


 この環境の生徒さんをあなたはどう思うか?「羨ましい。こういう生徒さんなら英語がさぞかし得意なんだろう」と思うかもしれない。


 しかし実際は逆である。この生徒は英語がとても苦手である。なにしろ高2の段階で「三単現のS」を知らなかったぐらいである。私が受け持ったときは、当然平均からかけ離れた点数しか取れていなかった。あまりに酷い点数なので、私の門(インターネット授業)を叩いて下さったわけだ。【私の授業は基本的に苦手な人専門である】


 まずこの生徒を2箇月ぐらい私が教えた。さっそく「夏休み明けのテスト」で、この生徒は「平均点」を取ってきた。意外に早かったので私は大喜びした。生徒もそれなりには喜んでいた。しかし、1回平均取ったくらいで、こびり付いた「英語苦手意識」は取れるものではない。それ以後も、現在も、苦労しながら英語を学習し、現在に至っている。


 この生徒はなぜか先月(3月)、『イギリスに2週間短期留学』に行っていた。この生徒の学校では、希望者がこの時期に2週間の語学留学に行けるのであった。もちろん生徒はイギリスに行きたがらなかった。行きたがる訳がない。
 しかし希望の書類は提出しなければならなかったらしい。生徒曰く「絶対に通らない自己アピールを書いたのに~~><」だそうである。しかしなぜか学校側に「受理」されて、イギリスに行くことになってしまった。生徒はとても落ち込んでいた。


 出発前の授業で、私は生徒から「いかに行きたくないか」というお言葉をたくさん拝聴した。生徒は「私は2週間『貝』になります。絶対喋りません」と決意表明をしていた。


 2週間後、生徒は無事帰ってきた。私は感想を聞いた。


さて、さて。Ψ(`∀´)Ψ
ここで、英語好きの皆様は、↓こういうストーリをお好みなことを私は知っている。


(最初は興味がなかったけれど)
・イギリス文化に触れて英語に興味が持てた。
・英語が楽しくなった。
・英語が好きになり、聞きたい、喋りたいと思うようになった。


 ↑だいたいこんなところだろう。というか「そんな目論見」が2週間イギリス留学の目的ではなかろうか? しかし、もしあなたはこんな「妄想」しか抱けないのなら、あなたの「脳のデキ」を私は疑う。


 実際はどうだったのかを↓下で紹介しよう。


 私はまず、英語教師らしく、次のように聞いた。


 私 「少しは英語が身についたか?」


生徒は即答で力強くこう言った。


 生徒「いいえ!」


詳しく生徒の感想を聞いた。


・観光は楽しかったが、他はつまらなかった
・授業は英語のみで行われ、何を言っているかわからなかった。なので全く身になっていない。
・当分英語は聞きたくない!


最後の感想「当分英語は聞きたくない!」を生徒は特に力強く言っていた。他にも色々聞いたが「楽しくなかったオーラ」を全開に感じた。これがこの生徒の2週間のイギリス留学の結果である。


 あなたはこれを意外に思っただろうか?
 私は違う。「至極当然。逆だったら意外」としか思えなかった。


●「意外」と思った人だけ以下を読んで欲しい。(なあに、いつもの手だ)


問1:あなたは数学学習スクールに入りたいか?
  ⇒あなたの返事は「いいえ」のはずである。


問2:あなたは数学学習合宿に行きたいか?
  ⇒あなたの返事は「いいえ」のはずである。


問3:もし無理に数学学習スクールに通わされ、短期でも数学学習合宿に行った場合、数学が好きになりそうか?
  ⇒あなたの返事は「いいえ」のはずである。


今週の金曜日は文法放送。来週の月曜日には1回雑談を入れる予定です。
この続きは再来週の月曜日です。


(↓目次はこちら)
目次ページへ

2012年4月16日

勉強法。苦手な人へ・指導者へ(17)

・英語指導者だけが持つ[英語嫌いの英語嫌いさをさらに増幅させる]独特なオーラ


テーマ
英語嫌いが塾に行きたがらない理由の1つは「英語好き指導者が持つ英語好きオーラ」の所為


苦手な人へ


問:中学高校生の英語が嫌いなあなた(特に男性)は「英語を学ぶための学習塾」に通いたいか?
 ⇒答えは「いいえ」のはずである。


理由は以下のようなものだろう
(1)あまりに英語ができないのが他人に詳らか(つまびらか)になるのが嫌だ。
(2)特に英語の先生に「え? そんな初歩的なことも知らないの?」と言われるのが嫌だ。
(3)やらなきゃいけないだろうことのほとんどは「知らないことだらけ」で、膨大ならまずやらないだろう。そうするとその先生に叱られるだろう。それが嫌だ。


以上が「アリキタリな理由」であろう。しかしそれは「英語」に限らない。他の科目でも同じだ。
しかしなぜか【英語の場合】のみさらに以下の(4)の理由が加わる。


(4)英語の先生が放つ「以下のオーラ」を感じるのが嫌だ。
   ・英語大好きオーラ
   ・英語を好きになるのが普通でしょ?当たり前でしょオーラ
   ・英語を話せるようになりましょうオーラ
   ・なんでお前は英語を好きにならないんだオーラ
   ・英語が好まない日本人なんていないだろうオーラ
   ・海外の人と話をしたいとお前は思わないのかオーラ
   ・ネイティブ大好きオーラ
   ・英語は国際化の時代で必要だオーラ
この(4)のオーラをめちゃくちゃ感じ、不快の極みになっているはずである。


しかし残念だが、「赤点を取るか、あるいは取りそうなくらい英語が苦手な人が、塾などに通わない参考書だけで成績を上げた例」は、長い日本の学校教育上、1例もない。


もしあなたが成績を本当に上げたいのならば、塾に通うべきである。


-----


指導者へ


問:中学高校時代、数学が嫌いなあなた(特に男性)は「数学を学ぶための学習塾」に通いたかったか?
 ⇒答えは「いいえ」のはずである。


理由は以下のようなものだろう
(1)あまりに数学ができないのが他人に詳らか(つまびらか)になるのが嫌だ。
(2)特に数学の先生に「え? そんな初歩的なことも知らないの?」と言われるのが嫌だ。
(3)やらなきゃいけないだろうことのほとんどは「知らないことだらけ」で、膨大ならまずやらないだろう。そうするとその先生に叱られるだろう。それが嫌だ。


以上が「アリキタリな理由」であろう。


では、あなたの場合、下の(4)の理由は加わるか?


(4)数学の先生が放つ「以下のオーラ」を感じるのが嫌だ。
   ・数学大好きオーラ
   ・数学を好きになるのが普通でしょ?当たり前でしょオーラ
   ・数学をできるようになりましょうオーラ
   ・なんでお前は数学を好きにならないんだオーラ
   ・数学が好まない日本人なんていないだろうオーラ
   ・数学者と話をしたいとお前は思わないのかオーラ
   ・数学はパソコンの時代で必要だオーラ


どうだろう? まず、(4)は感じないはずである。


しかし、教科が「英語」の場合、(4)は「めちゃくちゃ当てはまる」のである。


-----


マウスバードの一言


苦手な人向けに書いた方は、全て「私が中学高校時代」に抱いていた気持ちである。
(1)~(3)の全てが嫌だったが、一番嫌だったのは実は(4)である。


私は、英語、国語、数学、みんな苦手だったが
  ⇒英語教師だけが(4)のオーラを持っていた。
私が英語嫌いになった理由の一部は「この(4)のオーラ」の所為である。


私はこの(4)のオーラを感じたくなかった。だから私は英語の塾に通いたくなかった。


 しかし結局は通った。あまりに成績が悪すぎたので仕方なく通った。しかしそのときは既に手遅れだったようだ。現役ではどこにも受からなかった。


 塾に通って初めて分かったことがある。
  ⇒「塾の英語の先生は(4)のオーラをまず放たない」
 ということが分かった。こんなことなら、とっとと早く塾に通うべきだったと後悔したものだった。


特に、私が浪人時に通った予備校の英語の先生方は、本当に全く(4)のオーラがなかった。とても嬉しかった。だからやる気が出た。勉強も頑張れた。英語が難しい志望校にも受かった。
英語の指導者はぜひ(4)のオーラを発しないでいただきたい。英語をさらに嫌わせたくないのならば。


ちなみに私の授業では、
 私は
   ・英語【大嫌い】オーラ
   ・英語嫌いの何が悪い?オーラ
   ・英語を話せるようになる【必要はないぜ】オーラ
   ・英語嫌いは存在して当然だろうがオーラ
   ・英語が嫌いな日本人がいて当然じゃねーかオーラ
   ・海外の人と話をしたいと特に思わないよオーラ
   ・ネイティブ様よ、日本語しゃべろよオーラ
   ・英語は国際化の時代でも【必要なものか!】オーラ


を発しています。
だから生徒さんは、どんなに英語嫌いでも、成績を上げて合格しています


今週の金曜日は文法放送。続きは月曜日です。


(↓目次はこちら)
目次ページへ

2012年4月23日

勉強法。苦手な人へ・指導者へ(18)

※今回は概ね過去の再放送です。申し訳ありません。m(_ _)m


・英語好きが好む英会話番組は、英語嫌いにとって最も嫌う番組である


テーマ
NHK番組「英語でしゃべらナイト」をどう評価するか?


苦手な人へ


> NHK番組~「英語でしゃべらナイト!」
>(これを楽しみにしている英語好きの方も大勢いることでしょう♪)
> 毎回、多彩な英語の上手いゲストとともに英語の素敵な表現を紹介したり、ネイティブの楽しいインタビューなど、内容盛りだくさん!
> 英語を見て聞いて楽しくしゃべりまくりましょう♪(^^)


以上、英語がますます嫌いなるポイントを挙げ連ねて、大変申し訳なかった。
嫌いになるポイントが盛りだくさんすきで、さぞかし不快であったろう。
本当に申し訳ない。m(_ _)m


-----


指導者へ


あなた(指導者)の場合
> NHK番組~「英語でしゃべらナイト!」
この番組のどこに「英語が嫌いな人が気に入らないか要素がある」か分からないと思う。


あなたの場合、この番組はお好みのはずである。なので、もしかしたら、「英語が嫌いな人」にもこの番組を薦めているかもしれない。
だとすれば直ちに止めるべきだ。
英語嫌いにとって「これほど英語を嫌わせる番組」も存在しない。
その理由が分からない人は以下を読んで欲しい。


-----


マウスバードの一言


「英語でしゃべらナイト」が如何に英語嫌いを苦しめているのか分からない人は、以下を読んで欲しい。


英語好きの多くは「数学が嫌いなはず」だから
「もしこんな番組があったらどう思うか」を考えて欲しい。


------------------------------------------
NHK番組~「数学を解かナイト!
(これを楽しみにしている数学好き! の方も大勢いることでしょう♪)
毎回、多彩な数学ができるゲストとともに数学の素敵な方程式を紹介したり、
数学者の楽しいインタビューなど、内容盛りだくさん!
数学を見て聞いて楽しく解きまくりましょう♪! (^^)
------------------------------------------


見たいだろうか? この番組を。半国営放送で!


第一「番組名」が気に食わない!→「数学を解かないと」??
解かなければならない義務でもあるのか?なんで??
勝手に義務を押し付けるな!
コンピューターがドンドン普及して理数系が重宝されるから?
ふざけるな!できなくたって生きていけるわい!


...大体こんな感想ではないだろうか?
どう? 不快であろう。
これが数学が嫌いな人の当たり前の感想だ! と思う。


これの英語版が「英語でしゃべらナイト!! 」である。


第一「番組名」が気に食わない!→「英語でしゃべらないと! 」??
しゃべらなければならない義務でもあるのか?なんで??
勝手に義務を押し付けるな!
国際化が進んで語学が重宝されるから?
ふざけるな!できなくたって生きていけるわい!


これが英語が嫌いな人の当たり前の感想だと思う。


要するに興味の方向性の問題。
たまたま文系が好みにあったか理数系が好みにあったかの違い。


しかし「英語でしゃべらナイト!」はあっても「数学を解かナイト!」はない。
数学は義務感を押し付けられないのに英語は「国営放送」で義務感を押し付けられる


何で数学はないのか? エコヒイキダ!!!\(`0´ )/=3


しかも、英語命の先生に限って「『英語でしゃべらナイト』は良い番組!必ず毎週見るように!」
などとニコニコしながらおっしゃる。「さらに義務感」を加えてくれる。

こうして、英語嫌い人間はますます嫌いになって行くのである。


(補足:もちろん、英語でしゃべらナイトの内容は英語学習者にはすばらしく良いと思いますよ。念のため。個人的には少なくとも「義務感をかもし出すタイトルをどうにかして欲しい」と思っているだけある。)


こちら がオリジナルの回。


今週の金曜日は文法放送。この続きは月曜日です。


(↓目次はこちら)
目次ページへ

2012年4月30日

勉強法。苦手な人へ・指導者へ(19)

・英語嫌いは⇒単語をいくら覚えても、得意になった気が全くしない。


テーマ
【誰でも】単語を覚えれば覚えるほど、それに比例して英語の力が伸びるように感じるのか?


苦手な人へ


あなたは「英単語を覚える」のに相当苦労しているはずである。ただ今回は「その苦労」の話ではない。
あなたに訪ねたいことがある。


「単語を覚えた分に比例して、英語力が上がった感覚があるかどうか?」
「単語を覚えれば覚えるほど、その分英語力がアップした感触があるかどうか」


あなたの場合、NO!のはずである。「いくら単語を覚えたところで、その分の英語力がアップした~」という感覚はないはずである。
少なくとも、「伸びた~~~」と人に言えるほどに伸びた感覚は【ない】はずだ。


だが、得意な人はそうではないのだ。


-----


指導者へ


あなたもそれなりに「英単語を覚える」のに相当苦労しているはずである。ただ今回は「その苦労」の話ではない。
あなたに訪ねたいことがある。それは


特に英語を学び始めた頃
「単語を覚えた分に比例して、英語力が上がった感覚があったかどうか?」
「単語を覚えれば覚えるほど、その分英語力がアップした感触があったかどうか」


あなたの場合、Yes! のはずである。「単語を覚えた分だけ、その分英語力がアップした~」という感覚があったはずである。
「伸びて嬉しい」みたいな感触があったはずだ。


しかし、英語が苦手な人は「そんな感覚がまるでない」のである。


-----


マウスバードの一言


twitterで、英語の先生向けのbotでこんなのが流れてきた。


> 英語苦手なひとの大部分は単語だけ覚えればかなり進歩するはず。単語は覚えれば覚えるほど覚えても覚えても進歩が感じられなくなるけど逆にいうと最初は簡単に進歩が感じられる。


これにかなり頭に来た私は、↓こう反論ツイートをした。


"断言するが、絶対にそんなことはない。てめえは英語が苦手だったのか? そうであるなら認めてやる。断言するがてめえは絶対英語が苦手だった時期がない。俺は英語が超苦手だった。だから分かる。英語が苦手な人は、単語を山ほど覚えたぐらいでは、絶対に進歩しない!"


以下、英語が苦手な人は「なぜ単語をいくら覚えたぐらいでは、ちっとも進歩を感じられないか」を説明する。


●単語の意味が正しく分かっても、文の意味は間違えまくるから


[例1]
The suggestion which I made was rejected.
suggestion は「提案」 reject は「~を拒絶する」という意味である。
英語が苦手な人はこれでも、100% この英文の意味が正しく分からない。


[例2]
I know the boy whom she loves. 
英語が苦手な人は、この英文の意味を100%誤訳する。
概ね⇒「私はその少年が彼女を好きなことを知っている」と誤訳する。
正しくは⇒「私は彼女が好きな少年を知っている」だ。しかし苦手な人は絶対に一発でこのように正しく訳せない。
また「この2文の意味の違い」が分からない苦手な人もいる(国語力に問題がある)。


[例3]
What is war?
英語が極端に苦手だと、こんなたった3語の英文ですら誤訳する。
(私のある英語が苦手な生徒(高3[中3ではない])は、これを「何戦争ですか?」と訳した)


[例1~3]に共通することがある。
★英語が苦手な生徒は、仮に課題の英文の意味を正しく取れたとしても、本人には「その意味があっている自信がない」のだ。
むしろ逆。つまり、


英語が苦手な生徒は
 1つ1つの単語の意味は分かった場合でも、文全体の意味だと間違った経験ばかりを積み重ねている。
のである。


しかし得意な人はそうではない。
 What is war? を絶対に「何戦争ですか?」と訳して恥をかいた経験はないはずである。
むしろ、「ちょっと長めの英文でも、上手く訳せて褒められた経験が(沢山)ある」のではなかろうか?
だから、得意な人は「覚えた単語の数に比例して英語力が伸びた気がする」のではないかと思う。


さて、そんじゃあ、「英語が得意な人」に「英語が苦手な人の感覚」を味わっていただこう。
算数が嫌いな人用の説明である。
例によって「数学(今回は算数)」と入れ替える。
Ψ(`∀´)Ψケケケ


【問題】
3×4+8÷4-1+12×36-7+2753
を答えよ。


3の意味も、4の意味も、8の意味も分かるはずである。
×の意味も、+の意味も、-の意味も、÷の意味も分かるはずである。


(3とか、+ とか)←これらの意味が分かれば分かるほどそれに比例して、あなたは数学(これは算数だが)の力が伸びる気がするだろうか? 進歩を感じられるだろうか?
しないはずである。


なぜあなたはしないのか?
⇒数学(算数)が苦手な生徒は、仮に正しく答えを出せたとしても、本人には「その答えがあっている自信がない」からである。
違うだろうか?


英語が苦手な生徒も同様である。
(与えられた英文の)1つ1つの単語の意味は分かった場合でも、文の意味を間違って受け取った経験ばかり積み重ねている。
のである。


だから英語が苦手な人は「単語を沢山覚えたぐらいでは、ちっとも進歩を感じられない」のである。


What is war? でさえ間違える人は間違える。こういう人は「10個も20個も30個も単語が並ぶ英文」の意味は「仮に単語の意味は全て適切に覚えていたとしても」、正しく分かる自信がないのだ。


 むしろまず間違える。そしてこの場合、下手をすると「英語の指導者」にこのように言われる⇒「なんでお前は単語の意味をちゃんと把握してるのに、文の意味だと間違えるのか?」と。


 仮に、そう言われなかったとしても、英語の苦手な人は「文だと意味を正しく作れない自覚、いや、自信」があるのだ。


これは、数学嫌いな人が「たとえ定義や公式をたっぷり正確に覚えていたとしても、出題された問題の答えには自信がない」のと全く同じなのだ!
数学嫌いな人は「定義や公式をたっぷり正確に覚えていた」としても、間違った経験が多いはず。そういう人は、【定義や公式覚えれば覚えるほど進歩が実感できた】でしょうか?
せいぜい「大同小異」ではないでしょうか?


今週の金曜日の文法放送はゴールデンウィークでお休みです。来週に行います。この話の続きは月曜日です。


(↓目次はこちら)
目次ページへ

2012年5月 7日

勉強法。苦手な人へ・指導者へ(20)

・英語教師の持つ「教義」の所為で、英語嫌いはますます勉強しなくなる


テーマ
英語教師の多くは、英語嫌いをより嫌わせる「教義」を持っている


苦手な人へ
あなたは、日頃から「↓こんなことばかり言っている先生」に習いたいか?


●英語は将来必要になる。だから英語を一生懸命勉強しましょう。
●英語なんて言葉なんだ。人間なら言葉はできるはず。易しい! 易しい! 普通できる!
●お前だって海外旅行にバシバシ行って活躍したいだろう? 誰でもそうしたいよね^^♪
●誰だって数学だと苦しむだろう? 英語は楽しいよねー?
●洋楽いいよねー。
●海外のお友達と英語で話すことを想像してごらん? 楽しそうだよねー!
●え? 楽しくない? それはお前が英語を楽しもうとしないからだ! 英語を好きになれば楽しいよ! さあ君も英語好きになろう!


↑こんなことを言う先生にあなたは絶対習いたくないはずである。


-----


指導者へ
もしかしたらあなたは、中学、高校のとき「↓こんなこと言う先生」に習ってきたのではないかと思う。


●英語は将来必要になる。だから英語を一生懸命勉強しましょう。
●英語なんて言葉なんだ。人間なら言葉はできるはず。易しい! 易しい! 普通できる!
●お前だって海外旅行にバシバシ行って活躍したいだろう? 誰でもそうしたいよね^^♪
●誰だって数学だと苦しむだろう? 英語は楽しいよねー?
●洋楽いいよねー。
●海外のお友達と英語で話すことを想像してごらん? 楽しそうだよねー!
●え? 楽しくない? それはお前が英語を楽しもうとしないからだ! 英語を好きになれば楽しいよ! さあ君も英語好きになろう!


あなたの場合、はっきりとは覚えていないかもしれないが、少なくともこの反対を言う先生には出くわしていないと思う。


-----


マウスバードの一言


私の場合、上で例に挙げたようなこと言う先生ばかりに中学高校6年間習ってきた。
彼らは、例外なく上で挙げたことを「ニコニコしながら」仰る。そして、さも「人類に普遍の考えである」かのように仰る。
そう考えてくれない人を理解しようとしない。


私はこう思っていた。――「おまえら新興宗教の信者か?」


 「自分たちの「教義」を認めない人間を否定しやがって! 自分たちの「教義」が人類の普遍の真実だと(なぜか)信じ、正しいと信じる。別の考えをけっして認めようとしない。理解しようとも思わない。 違うかね? だとしたらお前らのやっていることは「怪しげな宗教」と全く同じだ!」


私は彼らの言う「教義」を「真実」とは認められなかった。私は↓こう考えていたし、今でもそうである。


---


> ●英語は将来必要になる。だから英語を一生懸命勉強しましょう。
 ⇒中高のときに散々言われたが、今持って「必要」というレベルにない。パソコンの技術や知識の方がはるかに「必要」だろう。違うかね?


> ●英語なんて言葉なんだ。人間なら言葉はできるはず。易しい! 易しい! 普通できる!
  ⇒もしそれが正しいなら、日本は既に英語がしゃべれる人でとっくに充満していなければおかしい。お前にはそう思えるのか? 私には英語ができない日本人の方が圧倒的に多い気がするが。だとしたら、できないほうが「普通」ではないのか? なんで少ないほうを「普通」とお前は考えられるのだ? 理解に苦しむ。


> ●お前だって海外旅行にバシバシ行って活躍したいだろう? 誰でもそうしたいよね^^♪
   ⇒私は海外旅行に全く興味がない。誰でもだと? 勝手に私を含めるな!


> ●誰だって数学だと苦しむだろう? 英語は楽しいよねー?
   ⇒私は数学が好きだったんだよ! だが英語の勉強にその時間を費やしたら「英語が赤点のまま、数学も赤点に」なっちまった。そしたら英語の先生に「なんでお前は英語の成績が悪いんだ? もっと勉強しやがれ!」って言われながら殴られてきたんだ。こんな私は英語が楽しく感じるわけないだろう!


> ●洋楽いいよねー。
   ⇒どこが良いんだ? 歌えずに英語教師になじられた思い出しかないぞ!


> ●海外のお友達と英語で話すことを想像してごらん? 楽しそうだよねー!
   ⇒ちっとも楽しくない。英会話の練習で、特にネイティブと英語で話させられて地獄のように苦しんだことばかりを思い出す。実に苦しそうだよ


> ●え? 楽しくない? それはお前が英語を楽しもうとしないからだ! 英語を好きになれば楽しいよ! さあ君も英語好きになろう!
   ⇒ふざけんな! 楽しもうとしたけど楽しめなかったんだよ! だから嫌いになったんだよ!


さて、どうせ英語好きな皆様は、上の私の感想にピンとこないであろう。
ではいつもの手段と行こうか。


---


英語好きな皆様に、私はイヤミを込めて、以下の教義を、ニコニコしなら、さも「人類に普遍の真理」のように言ってみることにする。


(#^v^#)ニコニコ♪当然! (#^v^#)ニコニコ♪当然! (#^v^#)ニコニコ♪当然!


数学は将来必要になる。だから数学を一生懸命勉強しましょう。
数学なんて数を数えることなんだ。人間なら数は数えられるはず。易しい! 易しい! 普通できる!
・お前だって数学知識を使ってエンジニアとして活躍したいだろう? 誰でもそうしたいよね^^♪
・誰だって英語だと苦しむだろう? 数学は楽しいよねー?
数学パズルいいよねー。
数学者高等数学の話をすることを想像してごらん? 楽しそうだよねー!
・え? 楽しくない? それはお前が数学を楽しもうとしないからだ! 数学を好きになれば楽しいよ! さあ君も数学好きになろう!


(#^v^#)ニコニコ♪当然! (#^v^#)ニコニコ♪当然! (#^v^#)ニコニコ♪当然!


---


あなたは数学教師にこのようには言われていないはずである。
だが、ここでは仮に言われたとしよう。中学高校の6年間、あなたの数学教師はあなたにずっとこう言い続けたとしよう。さも「人類普遍の真理」のように。


英語好きな皆様。あなたは今どのような気分になったか?


 その気分こそ、普通の英語教師に対して私が抱く気分である。
 「真実に思えるか」「数学の勉強をしたくなるか?」


 私は中学高校6年間、私はずっとそういった気分であった。地獄にいた気分であった。


 英語を勉強する気など起きるものかよ!


今週の金曜日は文法放送。この続きは月曜日です。


(↓目次はこちら)
目次ページへ

2012年5月14日

勉強法。苦手な人へ・指導者へ(初心者カテゴリー移転のための特別編)

※2012年5月16日(水)より、このブログは「受験英語カテゴリー」から「初心者英語カテゴリー」に移動になります(なりました)。


【初めてこのブログを見る方へ】


私のブログはおそらく「あなたが今までに目にしたどんな英語系のブログよりも異質」です。


・このブログの内容は「受験英語」を主眼に置いたものとなっています。(元々このブログは「受験英語ジャンル」のコンテンツの1つとして始まりました。数年前に「英語ジャンル」の中の「受験英語カテゴリー」に移動しました。)
・現在は「1つのトピック」について、数回の連載をさせてもらっています。たまに雑談も行います。
・過去ログは7年分あります。こちらに目次があります。もしくは左の「カテゴリー別アーカイブ」で下から一気に読むことができます。


=========================================


今回の話は特別編である。特別編なのは理由がある。このブログが「受験英語カテゴリー」から「初心者英語カテゴリー」に移動になる(なった)ため、少なくとも移動後の最初の話ぐらいは「受験英語」よりも「初心者」について書くべきではないかと思ったからである。


------------------------


・初心者カテゴリーとしてのこのブログの意義


テーマ
一概に「初心者」と言っても色々ある


苦手な人へ
このブログをお読みなっている方は色々であろうが、ここはその中でも「苦手な人」に対してのコメントである。苦手意識がない人へのメッセージではない。


あなたは「初心者」とされる可能性がある。「初心者」で「英語が苦手な人」と言ったら
大きく分けて次の2つのどちらかに該当するはずである。


・中学高校生(浪人生)で英語が苦手な人
・社会人で英語が苦手意識がある人


このブログは、主に「・中学高校生(浪人生)で英語が苦手な人」の助けになることを書き連ねてきたものである。それは元々「受験英語ブログ」だからである。
・社会人で英語が苦手な人」も視野には置かれる。


しかし、世間では「英語の初心者」というと、多くの場合この「1」「2を指さないかもしれない。以下の次に挙げる「3」や「4」のような人のみが、主に「初心者」とされる気がする。


あなたがもし「1」か「2」ならば、私のブログは参考になると思う。


あなたがもし以下の「3」か「4」ならば、私のブログは参考にならないと思う。 私が言いたいのは「1」「2」の人と「3」や「4」の人は、基本的に別系統であるということだ。言ってみれば、「同じ野球ファン」でも「阪神ファン」と「巨人ファン」ぐらいキャラクターが異なると思う。


-----


指導者へ


どのような指導者がここを読んでくださっているか分からない。もしかすると「TOEIC(R)テスト」や「英会話」の指導をなさる方がお読みになっているかもしれない。
もしあなたが一般的な「TOEIC(R)テスト」や「英会話」の指導者であれば、「初学者」と言えば次のような人を想定するはずである。


・中学時に「英語に苦手意識が無かった社会人」で
 ・ちょっと英会話ができたらいいかも...と思い始めた人。


・中学時に「英語に得意意識があった社会人」で
 ・今まで会話には力を入れてなくて、喋りたくなった
  あるいは
 ・英語系資格試験(TOEIC(R)テストなど)でいい成績を収めなければならなくなった
  という人。


しかし実は、私のブログでは「3」と「4」対象外である。私のブログの対象者「1」と「2」である。もし、あなた(指導者)が何らかの理由があって私のブログを読んでくださる場合、「このブログの対象者は1でせいぜい2である」ということを念頭に置いていただきたい。
「3」や「4」の人にはけっして当てはまらないことが山ほど書いてあるからである。


-----


マウスバードの一言


まず最初に私と英語について少し書かせていただく。


私は「中学の頃からずっと英語の苦手意識」がある
中1~高3まで英語が赤点以外であったことは1度もない。(赤点ギリギリではない。ズバリ赤点である)
中1の初めての英語のテストは12点。
・高1の時、学年最低点(100点満点中7点。平均点は80点台)を記録。
1浪目の最初の模試の英語の偏差値は30.5


私は英語がこの世で1番嫌いである。(今現在でも1番嫌いである)
・また私は「多くの英語好きが持っているような「新興宗教の教義」」が嫌いである。


私は英語を喋りたくない
 私は一時期英語がペラペラだった。しかし英語を喋れる能力をとっとと捨てた。「英語を心底喋りたくなかった」からである。


要するに
1・中学高校生(浪人生)で英語が苦手な人
であった。
だから、・中学高校生(浪人生)で英語が苦手な人」のためにしか、ブログの書きようがない。 このブログは約7年分の過去ログがあるが、私は「1・中学高校生(浪人生)で英語が苦手な人」のためだけのブログを書いてきたつもりである。 「」の人には役に立つブログを書いてきたつもりである。こんなアンポンタンでも、英語の先生をやれる程度ぐらいには、英語が得意になれたから
もしかしたら「・社会人で英語が苦手な人」にも参考程度にはなると思う。


しかし「3」「4」は私のブログの対象外である。。
「3」や「4」ではない私は、「3」や「4」の人のためのブログは書けない。「3」や「4」の人に私のブログは参考にならないはずだ。
もしあなたが「3」や「4」の人ならば、私のブログなど読まず、別のブログをお読みになることをおすすめする
「3」「4」の人向けのブログなど、世の中に腐るほどあるだろう。


ただし、今までの7年間を振り返る限り、「3」や「4」の人でもなぜか「私のブログ参考にしている人」はいらっしゃる模様。私がこれだけ「英語が嫌いだー!嫌いだー!」と叫んでいるのに、なぜ彼らは私のブログを参考にするのかが謎ではあるが。


もしも参考になるのであれば、それはそれで嬉しいとは思っている。


今週の金曜日は文法放送。この続きは月曜日です。


(↓目次はこちら)
目次ページへ

2012年5月21日

勉強法。苦手な人へ・指導者へ(21)

・英語嫌いは英語を喋りたくない


テーマ
英会話は英語嫌いを苦しませる。特に英語ネイティブとの英会話が最悪!


苦手な人へ


英語が嫌いな人の中には、英語教師から、ある「嫌な体験」を勧められることがある。場合によってはそれを強制されることもある。
それは「ネイティブとの英会話」である。


こんな「嫌なこと」はあなたにとって存在しないだろう。


でも彼ら(英語教師の多く)はこれを「嫌なこと」とは露ほども思っていない。彼らは「ネイティブとの英会話体験ができれば、誰でも絶対に喜ぶはず」と信じている。
これを彼らは絶対に「間違っている」と思うことができない。これは普通「盲信」と呼ばれる。


あなたは彼らを↓こう思って良いと思う。
⇒「盲信を信じ続ける危険なカルト宗教の信者」
彼らは、こんなあからさまな間違いを「間違い」と思えない人間だ。
無理なんだから仕方がない。あなたの脳内で彼らを「1グラムの脳味噌も持っていない人間」と思っていればいいと思う。

-----


指導者へ


英語好きの指導者の中には、英会話好きな人がいる。そういう彼らはネイティブとの英会話を好む。できる限りネイティブと英会話をしたいと考えている。
別にそれ自体はごく普通である。あなたは英語が好きで英会話をしたいのだから、だったらネイティブと話したいのは当然である。


問題は、「そうでない人も大勢いる英語嫌いな人はネイティブとの英会話が極端に不快である」と想像できない場合である。


得体のしれないカルト宗教の信者が「教祖と話せば誰でも絶対に喜ぶはず」と思っているのと同じように
ネイティブ英会話絶対教の信者は「ネイティブとの英会話体験ができれば、誰でも絶対に喜ぶはず。英語嫌いな人はネイティブと会話をすればするほど英語好きになる」と思っている。
これが問題だと思う。


-----


マウスバードの一言


英語好きな人の中には、「カルト宗教の教義に近い信仰を持っている。他の意見を耳に入れないし理解しようとも思わない人」がいる。...とこの回で書いた。


あなたが「このカルト宗教の信者かどうかテストしてみる。


(例え話・その1)
ドラえもんネズミが嫌いだ。
じゃあドラえもんネズミ会話したいと思うだろうか? 思わないはずだ。
ドラえもんを無理にネズミと会話させたら、ドラえもんネズミ好きになるか?
 ⇒ならないはずだ。すぐさまギャーギャー叫んで逃げるはずだ。


あなたは「ドラえもんネズミ好きにさせるために」⇒「ネズミ会話させよう」としたら、ドラえもんはどう思うか?
ドラえもんあなた嫌いネズミへ恐怖感と憎悪を増すはずである。


--


(例え話・その2)
ここに数学嫌いがいる。
じゃあこの数学嫌い数学者と話したいと思うだろうか? 思わないはずだ。
あなたがこの数学嫌いを無理に数学者と話させたら、この数学嫌い数学好きになるか?
 ⇒ならないはずだ。すぐさまギャーギャー叫んで逃げるはずだ。


あなたは「数学嫌い数学好きにさせるために」⇒「数学者会話させよう」としたら、この数学嫌いはどう思うか?
数学嫌いあなた嫌い数学へ恐怖感と憎悪を増すはずである。


--


(例え話・その3)
ここに「英語嫌い」がいる。
じゃあこの英語嫌いネイティブ英会話したいと思うだろうか? 思わないはずだ。
あなたがこの英語嫌いを無理にネイティブ英会話させたら、この英語嫌いは英語が好きになるか?
 ⇒ならないはずだ。すぐさまギャーギャー叫んで逃げるはずだ。


あなたは「英語嫌い英語好きにさせるために」⇒「ネイティブ英会話させよう」としたら、英語嫌いはどう思うか?
英語嫌いあなた嫌い英語へ恐怖感と憎悪を増すはずである。


---


あなた(例え話・その1)(例え話・その2)納得できるのではないかと思う。
では(例え話・その3)納得できるか?
できなければ、あなたの脳は「カルト宗教の信者の脳」と同じと思う。「自分が喜ぶこと」は「他人も喜ぶ」と信じて疑わない。そして「自分が喜ぶこと」を他人にも「よかれ」と思って【布教】する。まさに宗教である。


私はこの「カルト信仰脳」を持つ英語好きや英語教師ばかりに出会っているようような気がする。
彼らは「【誰でも】ネイティブと英会話すればするほど、英語好きになるはずだ」と思い、英語嫌いに無理やり「ネイティブと英会話させよう」とする。


こうゆう英語教師にはぜひ、「数学者と数学の話」をしてもらいたい。できればヒアマラと同じぐらい1000時間ぐらいやって欲しい。
きっと【あなたでも数学者と話せば話せば話すほど、数学好きになるであろう(嫌味)。


今週の金曜日は文法放送。この続きは月曜日です。
※実際は翌々週の月曜日になりました。


(↓目次はこちら)
目次ページへ

2012年6月 4日

勉強法。苦手な人へ・指導者へ(22)

まだ体調が良くない(気管支炎のようです)。よって今日は簡単な話にする。


なぜ英語好きは「英語好きになれ!」というのか?


テーマ
「英語好きになれ!」と言われたとき、素直に本心で「なります」と思う英語嫌いはいない


苦手な人へ
あなたの場合「英語好きになれ!」と英語の先生から言われたことが少なくとも1回はあると思う。
もしあなたがよほど素直であれば「そうだな! 好きになろう!」と思うかもしれない。
しかしたとえそうであっても、1週間後にはそんな気持ちは微塵も残っていないだろう。


だってあなたは既に「なろう」とした経験があるはずだから。
なろうとして失敗したから、「英語嫌い」であるのだ。


だから、多くの場合、あなたは(既に経験があるはずだが)
もしも英語の先生に「英語好きになれ!」とか言われた場合


たいていは「はい」と大嘘をついてその場を取り繕う。そして内心はこう思うはずだ!
「ふざけんな! 俺はてめえと違う脳みそなんだよ! 英語好きになんてなれるわけがないだろう!」
と。


-----


指導者へ
もしかすると、あなた英語嫌いに「なんでお前は英語嫌いなんだ? 英語好きになればいいではないか? 英語は楽しい! 楽しいよ♪ 数学と違って!^^」というようなことを言って居るかもしれない。

だとしたら、直ちに止めるべきだ。

英語を余計嫌う結果になり、あなたを嫌う結果にしかないらない。


-----


マウスバードの一言
あなたは数学教師から
・授業ごとに
・毎回
・中学高校の6年間
こう言われたこと体験が1度でもありますか?


「なんでお前は数学嫌いなんだ? 数学好きになればいいではないか? 数学は楽しい! 楽しいよ♪ 英語と違って!^^」


おそらくこんな経験は無いと思います。どうですか?
そして数学嫌いな皆さんへ!今どんな気分ですか?


しかし私はこれの英語バージョンの体験が有りまくりです。
私は「今数学嫌いなみなさんが体験した気分」を、中学高校の6年間味わいまくりでした。


こんなようなことを言われると、英語嫌いは英語好きになると思いますか?


今週の金曜日は文法放送。この続きは来週の月曜日です。
※実際は再来週の月曜日になりました。


(↓目次はこちら)
目次ページへ

2012年6月18日

勉強法。苦手な人へ・指導者へ(23)

辞書は何のためにあるのか?


テーマ
苦手な人は辞書を引かなければ得意になれない


苦手な人へ
断言する。
あなたは英文中に分からない単語があったとき、辞書をめったに引かない。とにかくできるだけ引きたくない。まともに分からない単語を引いたら莫大に時間がかかる。頑張ってちゃんと引こうが引くまいが、英文の意味を作るとだいたい間違っている。だから引く気が起こらない。


そういうあなたが興味を抱く1つの勉強法を見つける場合がある。その勉強法とは「辞書を引かなくていいという勉強法」だ。


だがよく考えよう。


あなたはとっくに「辞書は引かなくていいという勉強法」をしてきてないか? 今までにどれだけ辞書を引くのを避けてきたのかね?
「辞書は引かなくていいという勉強法」というのは「できるだけ辞書を引かない勉強法」だ。
あなたの場合はとっくの昔に「辞書は引かなくていい勉強法」を実践しているのさ。それの「ベテラン」と言って良い。今でも実践しているはずだ。違うかね?


 で現状の成績はいかがだろうか?


つまり、あなたの場合は、とっくの昔から「辞書は引かなくていい勉強法」の経験者であり、既に「それ」で失敗しまくっているのである。


------


指導者へ
あなたの場合でも、辞書はあまり引かなかったのではなかろうか? (無論、引きまくった指導者も大勢いるはずだ。しかし今回はその人は度外視する)


あなたは英文中に分からない単語があったとき、極力辞書を引かないで、単語の意味を類推する訓練をしてきたのではないか。


あなたの場合、あってたり、間違っていたりだったろう。そして確認の意味で辞書を引くことは多くあったろう。そして同時に意味をたくさん覚えたであろう。


そういうあなたが興味を抱く1つの勉強法を見つける場合がある。その勉強法とは「辞書をひかなくていいという勉強法」だ。


あなたの場合も「辞書は引かなくていいという勉強法」を、ある程度してきた。そしてその有用性も分かっている。だから、あなた(指導者)の場合は、生徒に「極力類推せよ!」と言ってしまうかもしれない。


問題は、生徒がどの程度の実力があるかに依る。


 生徒が全員「類推出来るほどの実力があればいい」。そういう優秀な生徒ばかりを教える環境ならばいいかもしれない。だが普通はそうではないだろう。実力ある人とない人と一緒の授業になるはず。
 だったら、「辞書を引かない学習法は有用である!」と授業で言うべきであろうか?


--------------


マウスバードの一言


自慢じゃないが、私は中学高校で辞書なんざまともに引いたことがない


中学だったら、1文に分からない単語がだいたい3つ以上ある。その1つを引いただけで1分はかかるだろう。
まず
 1つ目の分からない単語を引くと、意味が3つも4つも書いてある。どれになるか見当もつかぬ。
 2つ目の分からない単語を引くと、意味が3つも4つも書いてある。どれになるか見当もつかぬ。
 3つ目の分からない単語を引くと、意味が3つも4つも書いてある。どれになるか見当もつかぬ。
そして全体を見る。単語の意味の数珠つなぎをし、「こんな意味かなあ」と考える。宿題などでやむおえない場合は、ノートに「文の和訳例」を書いておく。
 ここまでで7、8分ぐらいかかるだろう。ここまでで「たった1文」だ。そこまで時間をかけて作った訳例は、十中八九「誤訳」であった。


 しかし教科書の英文はこれが10~12行ぐらいある。「7、8分×10~12行」分の時間がかかる。
 したがってもしまともにやったら、2時間ぐらいかかって、なおかつ90%「誤訳」であったろう。


高校だったら、1文に分からない単語がだいたい6つ以上ある。それが20行ぐらいある。
 したがって、もしまともにやったら、4時間ぐらいかかって、なおかつ90%「誤訳」であったろう。


当時の私が辞書など引く訳がない。


---


そんな私にとって「辞書は引かなくていい勉強法」は魅力的に映った。
しかし、実践者は皆「少なくとも私のような英語できらず」は一人もいなかった。


『辞書を使って単語の意味が分かった上で訳例を作っても、間違いを連発するような英語できらず』が、「辞書は引かなくていい勉強法」なんて実践出来るはずがなかったのである。


------


浪人時代、私は心を入れ替えた。
私は辞書を引きまくった


1文に分からない単語がだいたい6つ以上ある。最初のうちはその1つを引いただけで1分はかかった。
まず
 1つ目の分からない単語を引くと、意味が3つも4つも書いてある。どれになるか見当もつかぬ。
 2つ目の分からない単語を引くと、意味が3つも4つも書いてある。どれになるか見当もつかぬ。
 3つ目の分からない単語を引くと、意味が3つも4つも書いてある。どれになるか見当もつかぬ。
 4つ目の分からない単語を引くと、意味が3つも4つも書いてある。どれになるか見当もつかぬ。
 5つ目の分からない単語を引くと、意味が3つも4つも書いてある。どれになるか見当もつかぬ。
 6つ目の分からない単語を引くと、意味が3つも4つも書いてある。どれになるか見当もつかぬ。
そして全体を見る。単語の意味の数珠つなぎをする。(次第に文法で考えるようにはなったが)「こんな意味かなあ」と考える。ノートに「文の和訳例」を書いておく。
 このように1文の意味をつくるまで約10分かかった。ここまでで「たった1文」だ。(授業後で初めてわかるが、そうまでして時間をかけて自力で作った訳例は、十中八九「誤訳」であった)


 それでも私は毎授業、テキストの英文を全て自力で訳例を作った。初期の1授業分の英文は20行ぐらいだった。だから当時90分の授業1回分の予習で「10分×20行」の時間がかかった。3時間以上である。


しかし、浪人時代の私はこれを【毎授業で】やり遂げた参考(90分の授業に対しての私の最高予習時間は6時間である


★だから私は、英語の成績を上げて、大学に合格できたのである。


金曜日はいつもの文法放送。この続きは来週の月曜日です。


(↓目次はこちら)

目次ページへ

2012年6月25日

勉強法。苦手な人へ・指導者へ(24)

英語の音声の好き嫌い


テーマ
英語嫌いは英語の音声が嫌いである


苦手な人へ


あなたは、英語の音声が、テレビやネットなどから聞こえた場合、どういう反応を示すだろうか?
⇒なるべく聞こえないようにするであろう。テレビならチャンネルを変える。ニュースなどで流れたら、日本語字幕しか見ないだろう。


●学校の英語の授業で英語の音声が流れた場合はどうするか?
聞き流してその間に別のことを考えるだろう。学校の先生には「できるだけ、はっきりした日本語英語みたいな喋り」を期待するはずだ。そうでないと「何と発音しているか、さっぱり分からず不快だから」である。


しかし、英語が好きな人はこれとは全く違う反応を示すのである。それを以下に記す。


---------

指導者へ


あなたは、英語の音声が、テレビやネットなどから聞こえた場合、どういう反応を示すだろうか?
⇒なるべく聞き漏らさないように、耳をダンボにして聞き入るだろう。テレビならわざわざ英語が流れるチャンネルに変える。ニュースなどで流れたら、日本語字幕をなるべく見ないようにするだろう。


●学校の英語の授業で英語の音声が流れた場合はどうするか?
⇒ものすごく集中して聞こうとする。学校の先生には「できるだけネイティブみたいな喋り」を期待するはずだ。そうでないと「英語っぽくなく不快だから」である。


しかし、英語嫌いな人はこれと全く違う反応を示すのである。それは既に上で記した。


--------------


マウスバードの一言


私の経験上、英語好きな人はみな、上の「指導者へ」で書いた反応を示す。
で、ここが肝心だが


彼ら英語好きな人)は「苦手な人へ!」で書いた反応理解を示さない。真実と思ってくれない。想像できない


  はあ~~? そんな人いるわけないじゃん! 
  普通、生の英語を聴きたくなるでしょうに~


という反応を示す。「自分の反応」が絶対であり、そうでない反応(ここでいう「嫌いな人の反応」)を【ありえない】と断定する。彼らは例外なく「自分の反応は人類共通」と思い込んでおり、それを疑わない。


そういう人にはこれを見せている。


同じことでも反応は真逆になる人はたくさんいるのだ。
英語らしい音声は、英語嫌いにとって「最も不快な音」なのである。


今回は以上。


※明日以降の近日中に、特別に「お遊びの告知」をするかもしれません。
しました!

金曜日はいつもの文法放送。レギュラーの話の続きは来週の月曜日にいたします。【勉強法。苦手な人へ・指導者へ】の最終回の予定です


(↓目次はこちら)

目次ページへ

2012年7月 2日

勉強法。苦手な人へ・指導者へ(25)

今回で「勉強法。苦手な人へ・指導者へ」のシリーズは完結とする。


文法は苦手な人ほど必要で、得意な人ほど必要でない


テーマ
文法の必要度は人により異なる


苦手な人へ


あなたの場合、もし英語の学習をどうしてもしなければならない場合、英文法の学習から始めるべきである。
あなたの場合、英文法には不快感がない。少なくとも、ネイティブの音声を聞かされるより、膨大で長~い英語長文を読まされるより、文法問題を解くほうがはるかに気が楽である。


何度も言っているが、
英語が嫌いで苦手でどうしょもない人が、英語が得意になった」...これを探すと、例外なく「英文法」にこだわっている(イカサマ的な宣伝を除く)。
だから文法から学習すべきである。


ただし、あなたの英語の先生の多くは「文法の必要性」をそれほど声高に叫ばないだろう。
理由その他は以下に記す。


------------


指導者へ
あなたの場合、ほおって置いても英語の学習をする。そのとき英文法の学習から始めた覚えがある人は多くないだろう。
あなたの場合、多くは英文法には不快感がある。少なくとも、ネイティブの音声を聞くよりも、膨大で長~い英語長文を読むよりも、文法問題を解くほうはものすごい不快感を持つ、あなたの場合は。


しかし、何度も言っているが、
英語嫌いは英文法に不快感がない
そして
英語が嫌いで苦手でどうしょもない人が、英語が得意になった例」...を探すと、例外なく「英文法」にこだわっている(イカサマ的な宣伝を除く)。


だから、英語が苦手な人には「文法から学習させるべき」である。
もし、自分に文法の知識が乏しいければ、英文法に詳しい先生を探し、その人に苦手な生徒を押し付けるべきである。


--------------


マウスバードの一言


私が英語が得意になった後、私は色々なことに気がつかされた。文法に関しては次の4つに気がついた。


・「英語好きの多く英文法を嫌っている
・「英語好きの多く英文法に詳しくない
・「しかし英語好きの多くはそれでも英文法問題を【カン】で解いて、正解を連発する」
・「ただし英語好きの多くは特に仮定法が大の苦手


これら↑が「事実である」ということを納得するのに、はえらいパワーを必要とした。なぜなら、は文法に関して次の4つが事実であったから。


・「私は英語が大嫌いだが、英文法には不快感がない
・「私は英文法に詳しくなって初めて得意になれた」
・「私が英文法問題を【カン】で解くと、正解を連発する」
・「は、偏差値が30台であったときから、仮定法だけは大得意だった」


見事に真逆である。


ここまで真逆だと、あることが起こる。
・「英語好きな方は、の感覚を全否定する」のだ。「そんなことはあるはずはない」と。私は彼らに、私の「事実」を認めてもらえた経験がない。彼らは私を「嘘つき」呼ばわりするのだ。


それならまだいい。最も問題なのは「そういう意見の先生は、英語が苦手な人に、文法を満足に教えない教えられない)」という【事実】のほうである。
その所為で「英語が苦手な人は、ずっと英語の成績が上がらない」のだ。


私はこう考えている。
英語の成績を上げるのに必要な「英文法力」は人によって異なる
英語が好きで得意な人ほど英文法力は不要!(だいたいこういう人が英語の先生になる)
英語が嫌いで得意な人ほど英文法力が必要!(こういう人が英語の先生になる人は稀!)


英文法の必要度はここで測ることができる。(制作:私)
それぞれ文法必要度が記されている(100が最高値)


英語が苦手な皆さん。ぜひ文法から学んでみて下さい。
指導者の皆さん苦手な生徒には文法の説明をきっちり解説してあげてください。
私からの切なる願いです。


----


以上で「勉強法。苦手な人へ・指導者へ」のシリースは完結とする。
半年は続けた。冗長だったかもしれない。申し訳ない。皆様いかがであっただろうか?


================


今週の金曜日はいつもの文法放送。来週の月曜日は雑談を入れます。
新シリーズは再来週の月曜日から始めます。
(↓目次はこちら)
目次ページへ