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苦手なりの受験英語!

 

2012年7月16日

マウスバードの英語教育の見解(1)

今回から新シリーズです。新しいシリーズは半年振りかな? 今回は「マウスバードの英語教育の見解」というタイトルにしました。


 ホンマは「おちゃらけたい」のですが、たぶん極めて真面目なシリーズになると思います。


 ご存じかどうかわかりませんが、私は英語が嫌いです。私を英語嫌いにしたのは間違いなく「中学高校時の英語教育の所為です。こう書くと読み手の中には絶対に「あなたも受験勉強の偏重主義の所為で英語が嫌いになったのだろう」とおっしゃるが出ます。


とんでもない。私の通った中学・高校は受験英語らしい学習は無いに等しかったです。
代わりにあったのは


・徹底した「英会話中心教育」
・英語の歌をふんだんに使った教育
・ネイティブとできるだけ話させよう教育!
・文法なんかまったく重視しない教育


でした。(↑この所為私は英語嫌いになりました)


受験勉強らしい英語学習を一切しなかった変な学校でした。英会話は(ネイティブとの訓練を含めて)山ほどあったおかげで私は立派な「スーパー英語嫌い」になりました。
もしもあなたは...私が小学校中学校そして高校になるに連れて、どのように英語嫌いがドンドン増幅したのかを...もしも知りたいとすれば、この辺から15回に渡ったシリーズをお読みください。


中学高校で、赤点しか取ることができなかった私の立場で次のようなことを書こうと思っています。


●高等学校の英語のみの英語の授業は賛成か反対か?
●小学校英語は賛成か反対か?
●辞書を引かない勉強法は賛成か反対か?
●英文法を教えない現状のままでよいのか?


などです。


あくまで
・苦手で嫌いな人の立場で書きます。
・苦手で嫌いな人はどう考えているのかを書きます。
私みたいな「英語嫌いな人」を増やしたくないからです


金曜日はいつもの文法放送。この続きは来週の月曜日です。
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2012年7月23日

マウスバードの英語教育の見解(2)

高等学校の英語のみの英語の授業は賛成か反対か?


・私の意見:反対(大大大反対)


【理由】
ごくわずかな英語が出来る人のみ授業について来れるだけだから。


<詳細>(実は概ね再放送)


「高等学校の英語の授業を英語のみにしたら上手くいく」というのは、偉い人の妄想だと思います。


 英語で英語の授業をしようともくろんでいる文部科学省の偉い人は、こうなるだろう、ああなるだろう、とスイーツな妄想していると思います。


偉い人の発想は...


・みんな英語を話したいはずだ。
・英会話学校のような授業をすれば、多くの人が英語が話せるようになるだろう。
・その結果、英語が好きな人がもっと増えるだろう
・その結果、英語がもっと普及するだろう。

↑こんな青写真だと思います。


私は↓こう思ってます。


みんな英語を話したいはずだ。
 ⇒そりゃあ、できればそうなりたいよ。簡単にそうなれるならね。
 ⇒実際は「簡単ではない人」が大勢いる。
 ⇒簡単じゃないから「英語を話したくない人」を大勢増やすだけになる


英会話学校のような授業をすれば、多くの人が英語が話せるようになるだろう。
 ⇒現実は30%がせいぜい。
 ⇒英語嫌いな人もいる高校じゃあ、30%を下回るのは明らか


・その結果、英語が好きな人がもっと増えるだろう。
 ⇒現実は、好きな人でさえ苦手になる。その結果、好きな英語が嫌いになる


その結果、英語がもっと普及するだろう
 ⇒好きな人でさえ、減るのだから、普及どころか、逆効果!


さらに...
 大学受験に話せる能力は必要ではない!


という、とてもおかしな状況になると思います。


文部科学省の偉い人はこういう「ネガティブ要素」を無視しているのではないでしょうか?


私にはこの状況が「太平洋戦争の開戦前」とよく似ていると思っています。


戦前の政府の指導者は概ねこう考えていたはずです。


・みんな米英に勝ちたいはずだ。
・日本人が奮起すれば、多くの戦いで勝つだろう。
・その結果、日本は苦境から脱するだろう
・その結果、日本が国際的にもっと優位に立つだろう。

↑こんな青写真だったはす? 違いますかね?


現実は↓こうでした。


みんな米英に勝ちたいはずだ。
 ⇒そりゃあ、できればそうなりたいよ。簡単にそうなれるならね。
 ⇒別にそれは今に始まったことじゃない。


日本人が奮起すれば、多くの戦いで勝つだろう。
 ⇒資源も補給も乏しい日本が、物量でアメリカに勝るわけがない。
 ⇒たとえ初期に勝ったとしても、物量的にいずれ逆転されるのは明らか。


その結果、日本は苦境から脱するだろう
 ⇒現実は、最後は特攻隊まで組織しなければならないほど苦しんだ。


その結果、日本が国際的にもっと優位に立つだろう。
 ⇒連合軍に無条件降伏。


どうです? 似てると思いませんか?


要するに、戦前の政府の指導者
失敗するかもしれないというネガティブ要素を「無視」、計算に入れなかったのです。勝てるはずだ、という妄想で突っ走ってしまったわけです。


その結果、大失敗...大敗北!
何万人の若い命が失われたことでしょうか?


同じことがここで言えると思います。


文部科学省の偉い人は
・英語を普及させたい
と思うがゆえに、


失敗するかもしれないというネガティブ要素を「無視」、計算に入れていないように思います。できるはずだ、という妄想で突っ走っていると思います。


その結果は、大失敗になると思います。英語は普及どころか逆に「英語好きな人が減る」と思います。
何万人の高校生が苦しむことになるでしょう?
特に英語が嫌いで苦手な人は、最悪に苦しむと思います。


歴史から簡単に↑このことが学べると思います。でも、英語好きな文部科学省の偉い人には、この意見は耳に入らないでしょう。英語好きな彼らは、歴史が嫌いでしょうから。


英語で英語の授業をしようとしている文部科学省の偉い人へ
・あなたは数学がお好きですか?
なぜ数学が嫌いですか?
・数学が分からなくなったからではないでしょうか?


英語で英語の授業を行うと
現時点で英語が好きな方の1部も、授業で聞いている英語が分からなくなると思います。
・すると、彼、彼女らは、英語が嫌いになるのではないでしょうか?
あなたが数学をお嫌いになったように...


果たして、英語は今以上に普及するでしょうか?
結果は数年後に分かるでしょう。


今回は以上です。


参考:高校の英語の授業を英語でしたら...(1)(全11回のうちの最初の1回目)


金曜日はいつもの文法放送。この続きは月曜日です。

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2012年7月30日

マウスバードの英語教育の見解(3)

●ネイティブとたくさん触れさせる英語教育はどうか?


・私の意見:現状なら大反対


【理由】
何言ってるか分からないのが不快だから。


 英語好きの方々と多く接してきて、私が不思議に思ったことがいくつかある。その1つは「彼らはできるだけネイティブスピーカーと話そうとする」ということだ。中にはお金を払ってでも話そうとする人々が大勢いる。私にはこれが不思議でならなかった。多くの英語嫌いも同様のはずである。英語嫌いはネイティブとなど全く話したくないから。


 こう書くと必ず↓こうぬかすが出てくる。
「中学や高校時にネイティブと接する機会が少なかったor遅かったからそうなったのではないか?」


 冗談ではない私の中学は、ネイティブとできるだけ話させようとする教育方針であった。山ほど経験させられた。


 授業中、日本人英語の先生はたまにネイティブの先生に、テキストの話題の意見を求めた。このときネイティブの先生は何か英語で喋る。我々生徒側はそれを聞いていた。(うちの学校は英語ができる生徒が多かった所為もあるが)、時々面白いことを言ったらしい。生徒や先生はネイティブ様のお言葉を聞いて笑うことがあった。もしくはネイティブの先生と無理やり話させられる時間帯を多く取られた。私の中学ではこんな授業が週6コマで、山ほど続けられた。


 この授業こそ、中学時の授業で他のどんな科目の授業よりも、最も不快であった。
 当時の私は
「ネイティブ様のお言葉が分かったことが1度もなかった」から。
「ネイティブ様と意思の疎通ができたことがなかった」から。


 数学嫌いの方が「数学の授業が訳が分からず不快だった」ように
 は「ネイティブ様がいらっしゃる授業が最高に訳が分からず不快だった」。


英語で何か言ってるらしいが、私には何を言っているかさっぱりわからない。先生や友人たちは笑っている。時々は大笑いしている。でも私にはさっぱりわからない。「何か会話せよ!」という先生の指示があった場合、私はネイティブ様に怪しげな英語で語ったが、ネイティブ様は「???」みたいな顔しかなさらなかった。私はこういう体験ばかりさせられた。


もし数学嫌いな人がいたらぜひ、次のようなことを想像して欲しい。
 ⇒数学の授業にはアシスタントに「えらい数学者」が1人付いてくる。
 ⇒授業中に数学者様は数学的なジョークを語る。生徒は笑わなければならない。
 ⇒あなたは必ず数学者様と何かお話をする機会を数学教師によって与えられる。
 ⇒毎週必ずこの授業がある。下手すりゃ2回も3回もある。
さあ、あなたは楽しいか??? この英語版が私の体験である。


 だからにとって「ネイティブスピーカー様」は「英語をより嫌わせるもの」以外のなにものでもなかった。


 何がまずいか...「訳が分からないことが問題」なのだ。


ネイティブ様が何か言っても、英語が嫌いな人は「なんといったかが分からない」のだ。「分からない」から、それがたとえどんなに面白いジョークでも笑うことができない。会話にしてもそうだ。ネイティブ様は何を言っているか分からないから、会話のチャッチボールができない。


----------------------
だが実は...


改善する手段は実はとても簡単である。


ネイティブのアシスタントティーチャーを「日本語がペラペラな人に限る」とすれば良い。
----------------------


ネイティブのアシスタントティーチャーが日本語ができれば、
・ネイティブ様は「日本語で」自分の英語のジョークが説明できる。これなら英語が苦手な人も安心である。
・こっちが変な英語で喋った場合、ネイティブ様は日本語で「それってこういう意味?」と聞けて、意思の疎通ができて、ちゃんと「会話」になる。


 要するに「英語だけの一方通行」なのが問題なのだ。全ての「英語ネイティブアシスタントティーチャー」は「日本語ができる」べきだ。


===============================


もう1つ重要な要素を考えて欲しい。
英語教育関係者はよく「バイリンガルは有用だ」と仰る。悪いが私にはこれに全く説得力を感じない。なぜなら「ネイティブのアシスタントティーチャー」は、英語しかできないから。「日本語もできるアシスタントティーチャー」ならば「2カ国語ができる重要性」を主張できるだろう。彼らが「バイリンガルは有用だ」と言えば「そうかもしれない」と思うことができる。


 ところが、今の多くの中学校、高等学校では「英語しかできない英語ネイティブアシスタントティーチャー」を採用してくる。とても滑稽だ。「英語しかできないネイティブスピーカーを中学高校の英語の先生にして⇒⇒⇒バイリンガルの有用性を主張している」のだ...こんな矛盾がまかり通るのが日本の英語教育。皆さんはこれがおかしいと思わないのだろうか? 英語嫌いはみな一様にこの矛盾を感じているはずである。これも英語を嫌わせる要素にほかならない。


 しかし英語教育界には「おかしくない」と思っている人々が沢山いるらしい。文部科学省は「日本語ができないネイティブスピーカー」をアメリカやイギリスから今日もせっせとスカウトしているのだ。


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2012年8月20日

マウスバードの英語教育の見解(4)

「英語は言葉なんだから普通できる」と言うべきか


私の見解
「英語は普通できない」と言うべきである。


 一昔前のどっかのテレビCMで、「英語なんか、言葉なんだから普通できる」と言っていた。私は唖然とした。


私はこう思った。
「もしそれが正しいなら⇒日本中のそこらここらで普通に英語が話されているはずではないか」


英語が話せない人の方が圧倒的多数のはずだ。なのになぜこの人は「英語なんか、言葉なんだから普通できると言い切ることができるのか? 私はとても不思議だった。


色々調べた結果分かったことがある。


・この人にとって、英語は普通にやってたら出来た。(足が速い人と同じ。足が速い人は別に気にしないまま足が速い)
・この人は数学が苦手だった。


この人に限らず、「英語なんか、言葉なんだから(人間なら)普通できる」と言っている英語の先生は多かろう。そういうふうに声高に主張する人達ほど、数学が苦手ななのではないかと私は考えている。


だから私は彼らに向かって↓こう言う。


数学なんか、数を数えることなんだから(人間なら)普通できる」


どうだろう? 納得するか?
彼らは絶対に納得しないはずである。


しかし「同じこと」を彼らは堂々と主張しているのだ。私が知る限り、このような「独りよがりな主張」を、教室はもちろん、テレビでも堂々と主張している「人種」は英語教師だけである。自分が基準で自分に合致しないものを「普通でない」と決めつけていると私には思える。違うであろうか?


関連ログはこちら


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2012年8月27日

マウスバードの英語教育の見解(5)

「英語の歌は英語学習に良い」という意見について


私の見解
やるなとは言わない。しかし英語が苦手な人はNGである。


ほとんどの英語好きは、洋楽に興味があるようだ。
好きな海外アーティストがいて、年柄年中聴いているようだ。


ということは、英語教師の多くは、洋楽好きということになる。


ここで1つの大問題が生まれる。英語好きのほとんどの英語教師は「独りよがりの権化他人の嫌悪感が分からない)」のために生じる問題が1つある。


彼彼女は↓こう考える
・「日本人は誰でも洋楽を好むはず」
・「洋楽好まない日本人などいるわけがない


この考えに則って「英語の歌」を授業で取り入れようとする


---


生徒側の立場になって考えて欲しい。


生徒側は「英語が得意で好きな人」もいるが、「嫌いで苦手で嫌いな人」もいる。


英語が好きで得意な生徒
⇒英語の歌を授業で取り入れられると
⇒⇒大変喜ぶ!^^♪


しかし


英語が嫌いで苦手な生徒
⇒英語の歌を授業で取り入れられると
⇒⇒地獄のように苦しむ。(´;ω;`)


しかし、「自分の価値観しか認めない英語教師共」は、「英語の歌で苦しむ英語が嫌いな生徒」を理解できない


・そんなはずはない
ならお前だって、楽しいはずだ。楽しいじゃないか!
・なぜお前を楽しまないのだ?


と思うことしかできない。


彼らは単純なことに気づけない
「嫌いなことは楽しくない」「楽しくないことを押し付け続けている」ということに気づけない。


だいたい、この手の英語教師共は「数学が嫌い」であろう。
じゃあ、そういう「数学嫌いのため」に、数学を楽しんでもらおうと思って準備したものがある。








数学パズル」を用意した


 さあ、↑これあなたは喜んでやるかね?

え? あなたはやりたくない? 


・そんなはずはない
パズルならお前だって、楽しいはずだ。楽しいじゃないか!
・なぜお前パズルを楽しまないのだ?


クリックしなかったの? なんで? 楽しいんだよ!


数学パズルをクリックしなかった英語教師共は、英語の歌を苦手な人に強制する資格はない!


関連:英語の歌を授業の関連行事で歌わされた時の、私(マウスバード)の地獄


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2012年9月 3日

マウスバードの英語教育の見解(番外編)

今日はちょっと派生系の話をする。いつものパターンでないことをお許し願いたい。


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 はたまに、英語好きな人から「あなたはなぜ英語が嫌いなのですか?」と聞かれることがある。


これについてどうしても語りたい。こんな自明な理由を聞かれると、正直、相手に対し「あなたは大丈夫ですか?」と聞きたくなる。小学1年生でもわかりそうなものだが、英語が好きな大人の多くは、分からないらしい。


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 彼らにこういう返事(会話)をする場合が多い。


   「質問に質問で返して悪いですが、あなた数学が好きですか?」


こう聞くと多くは、英語好きの方がの多くは以下のように答える。(以下、しばらく会話)


英語好き「いいえ! 数学なんて大嫌いです。見たくもありません」


   「あなたはなぜ数学が嫌いなんですか?」


英語好き「え~ だってあんなのわけわかんないじゃないですか」


   「ふむふむ。では成績の方はどうだったですか? 良かったですか?」


英語好き「正直悪かったです」


   「ほうほう、じゃあ数学勉強しなかったんですか?」


英語好き「正直どちらかと言えばやってないほうですね」


   「ほうほう、ではなぜやらなかたのですか?」


英語好き「いや、それなりにやったとは思うけど、やりにくかったし...。」


   「ふむふむ。だから数学が嫌いなのではないでしょうか?」


英語好き「そうですね。あなたも同じでしょ?」


   「いいえ


英語好き「え?」


   「なぜあなたは「同じだ」と思ったのでしょうか?」


英語好き「え、いや、なんとなくと同じだと思って...」


   「同じだったら同じ人間になってしまいます」


英語好き「はは。そうですね」


   「じゃあ、そろそろ【がなぜ英語嫌いか】を言いますね。」


英語好き「はい」


  に取って【英語】は
    ・わけが分からず
    ・成績が悪く
    ・勉強してもやりにくかった
    からです。
   つまり【あなたが数学を嫌う理由と全く同じ】。」


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以上である。
実に単純。


しかし英語好きな方は【こんな自明な理由】がなぜかわからない。


その理由を考えた。
 ⇒英語好きな方は「あなたマウスバードのような英語嫌い)も自分と同じ感覚に違いない」と思い込んでいるから


違うだろうか? 


ちなみに私は「日本史」が大好き。誰かと会話をして、もしもその相手が「歴史嫌い」の場合、私は歴史の話題を避ける。


しかし、英語好きの方の多くは、↑これと似たような行動を取らない。彼らは私が「英語嫌い」とわかると、なぜか「英語の良さ」「素晴らしさ」を語り始める。英語のフレーズなんかを口走り、英語ってかっこいいよねー と「英語の押し売り」を開始する。そして飽きるまで辞めない。


 不快なこと極まりない


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2012年9月10日

マウスバードの英語教育の見解(6)

「和訳例をノートに書かない学習」


私の見解
苦手な人は和訳を書かなければ絶対に成績は伸びない


 来年度から高校の英語の授業は「荒れる」はずである。なぜなら高校の英語の授業は原則「英語で行わる」から。なんという愚かな判断なのだろう? 英語嫌いがますます増えるに決まっている
なぜなら、


 極一部(20人に1~3人ぐらい)のみ、授業について来れる。
 ⇒あとの皆(20人中17~19人)は、授業に付いて来れずに
 ⇒⇒英語か苦手になる。
 ⇒⇒英語が苦手になると⇒英語が嫌いになる


という「ごく当たり前」のコンボになるから。
関連:高校の英語の授業を英語でしたら...


 「英語のみで授業」をやったら、和訳例はどうするのだろう? このへんの考察は以前やった。が本当にどうなるか非常に気になる。もし、本当に「和訳例を提示しない授業」になったら、大多数の生徒が「ほとんどの英文の意味が分からない」という状態になる。


 英語が苦手な人は 「簡単そうな英文」でも誤訳する


・Kumiko is thinner than Midori.
ですら間違える人は間違える。「英語が苦手な人はこれを何と訳したか?」英語が得意な人では絶対にわかるまい。


このブログでは有名な
・What is war?
という英文がある。「英語が苦手な人はこれを何と訳したか?」これこそ英語が得意な人では絶対にわかるまい。
(「英語が苦手な人が作ったこの2つの英文の間違った訳例」についてはこちら


 苦手な人はなぜ間違えるのか? 「間違って【発想】するから」である。これは「癖」と言ってもいい。「間違う癖」が苦手な人には付いている。英語が苦手な人は放っておけばこの「癖」を繰り返す。だから、成績が上がらない。上げるためには「間違いを正し、癖を正す」作業が必要。


 そのためには「自分の和訳例」が【明示】されていなければならない。「自分の和訳例」というところが大事だ。苦手な人の場合、当然間違いをふくんでるケースが多い。これを赤ペンを使って「直す」作業を繰り返す。そうすることでやっと「間違う癖」が直っていく


 ノートに「和訳例を書かない」...のであれば、苦手な人は「ああなんとなく合ってる意味を作ってたよ、あっはっはー」と思ってしまうのである。本当は大間違いでも「自分に甘く見積もってしまう」のである。したがって、英語が苦手な人は、癖が治らない状態まま、いつまでも英語の成績が伸びないのである。


 英語が苦手だった人(偏差値30台、40台の人)が後に得意になって偏差値60以上の大学に受かった人を集めれば⇒「ノートに和訳例を自力で作って、それを訂正した」という作業をしまくらなかった人は【1人もいない】はずである。


 ちなみに【最初から英語が得意な人】は、和訳例など書かなくても良いケースは山ほどある。最初からほとんど「間違う癖」が付いていないからである。


 しかし、英語の偏差値が30台、40台の苦手な人で「和訳例をずっと自力で作って訂正してきた~でも苦手なまま」←という人は存在しない。


金曜日はいつもの文法放送。この続きは来週の月曜日です。


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2012年9月17日

マウスバードの英語教育の見解(7)

小学校英語


私の見解
反対


 小学校英語の推進派のお立場もあろう。ここではあくまで私の見解である。の立場は「小学校英語反対派」である。反対の理由は単純。「英語嫌いが増えるから」である。


既に小学校英語は導入されている。結論は出ている。データを紹介する。


---------
ベネッセ教育研究開発センターの意識調査(2009)
質問「中学校に入学する前,中学校で英語を学ぶことが楽しみでしたか」


楽しみでなかった」...53%
楽しみだった」...42%


2009年は小学校英語導入後である。楽しみでない方が多く、半分以上である。
それ以前は、楽しみだった方が多かった(7~8割)のである。(江利川先生のブログ記事 最後のグラフ参照
---------


江利川先生のブログも最近は小学校英語に言及していることが多い。また高等学校の英語教育にも触れている。いずれも私の意見に限りなく近い。江利川先生は「早く始めれば「英語が話せるようになる」という幻想」と言い切っていらっしゃる。私も同感である。実際は「話せない上、苦しむ人をドンドン増やしているデータ」が出ている。


 小学校英語は英語嫌いの子供をどんどん増やしている
 英語嫌いが増えているわけだから、英語が日本に普及する訳がない。
 英語嫌いを増やすのが目的なのか?
 これで平気でいられる英語教育関係者の考え方がさっぱりわからない。
 

 英語で苦しむ生徒が増え続ける惨状や、過半数以上が英語が楽しみでないという結果、といった「(自分の幻想に反する・都合の悪い)データ」は、彼らには見えないようだ。


 たぶん目が悪いのだろう。
 

 金曜日はいつもの文法放送。この続きは来週の月曜日です。


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2012年9月24日

マウスバードの英語教育の見解(8)

文法の授業


私の見解
綿密な戦略と戦術をもって導入すべきである


2回に分けて語る。今日は前編


 高等学校の必修科目から、「英文法」というものがなくなって、30年ぐらいになる。私がネットで色々活動をし始めて12年ぐらいだが、その間ずっと私は文法の重要性を主張してきた。そのかいがあってか、徐々に文法が見直されているようだ。


 4つのことを書きたい。


なぜ英文法が授業で消えたか? 英語好きの多くが文法嫌いだから。
:すべての人に文法学習は必要ではない。しかし不要な人は10人に1人ぐらいしかいない。英語教師は概ねこの少数派
:逆に言えば、10人中9人は多かれ少なかれ、文法が必要である。
:文法をきちんと教えられる人は極端に少ない。


:なぜ英文法が授業で消えたか? 英語好きの多くが文法嫌いだから


 あなたの学校の英語の先生はもちろん、英語が好きな人がいたら、ぜひ聞いてみるといい。「あなたは英文法が好きですか?」と。10人いたら、9人は「嫌い」と答えるはずである。少なくとも「どちらかと言えば嫌い」と答えるはずだ。彼らは「理屈っぽいのが嫌い」なのだ。こんな人たちしか、文部科学省の英語担当にならない。したがって、彼らは「英文法」を授業から消したかったのだ。
 さらにもう1つ理由がある。


:すべての人に文法学習は必要ではない。しかし不要な人は10人に1人ぐらいしかいない。英語教師は概ねこの少数派


 彼らは「嫌い」なだけで高等学校の必修科目から文法を消したわけだが、もう1つ理由らしいものがある。彼らの多くは本当に「文法が不要だった」のだ。ここの説明には例え話が必要だ。


例え話:
・ここに、100人の人を集めて、100m競争をするとする。絶対に1位から100位の順位ができる。絶対に100人が100人全員が同タイムで同着しない。
・1位から10位の人にこう聞いてみよう。「あなたはなぜそんなに速く走れるのか? 速く走る方法を教えてくれないか?」と。
・彼らはこう答えるはずである。「そんなもの知らない。走ってみたら速かった」と。
「速く走る」ために、彼ら(1位~10位)には「速く走る方法」は「知らない」し「不要」だ。


英語にもこれと同じような要素がある。


・ここに、100人の人を集めて、1000問の英語問題にチャレンジしてもらうをとする。何人かは同点かもしれないが、概ね1位から100位のバラバラの順位ができる。絶対に100人が100人全員が同点にはならない。
・1位から10位の人にこう聞いてみよう。「あなたはなぜそんなに高得点が取れたのか? 英語問題の正解を導く方法を教えてくれないか?」と。
・彼らはこう答えるはずである。「そんなもの知らない。解いてみたらうまく正解を導けた」と。
「うまく解く」ために、彼ら(1位~10位)には「正解を導く方法」は「知らない」し「不要」だ。


 「正解を導く方法」こそ、私に言わせれば「文法」なのだ。


 しかし、英語が好きで得意な人は、そんなもの(文法)なんか、知らなくても「高得点」を取れるのだ。つまり、彼らにとって「英文法は(本当に)不要」なのである。おまけに「嫌い」なのだ。


 で、不要な人しか、文部科学省の英語担当のお偉いさんにならないし、英語教師にも普通はならない。だから、高等学校から英文法が無くなったとき、多くの英語教師が喝采したはずである。また英語好きの生徒も大歓迎だったはずである。


 しかし、その結果どうなったか。少なくとも、文部科学省のお偉いさんや文法嫌いの英語教師たちが【妄想】していたほど、


 ・英語は普及していない
 ・英語好きも増えていない


なにより、


「文法の授業を消した」⇒だが⇒だから英語嫌いが英語好きになった~~~~」という例この30年間で【1例もない】

のである。


この続きは来週の月曜日。この「マウスバードの英語教育の見解」のシリーズは次回で終了予定。
金曜日はいつもの文法放送。


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2012年10月 1日

マウスバードの英語教育の見解(9)

文法の授業


私の見解
綿密な戦略と戦術をもって導入すべきである


2回に分けて語る。今日は後編


 4つのことを書きたい。


:なぜ英文法が授業で消えたか? 英語好きの多くが文法嫌いだから。
:すべての人に文法学習は必要ではない。しかし不要な人は10人に1人ぐらいしかいない。英語教師は概ねこの少数派
:逆に言えば、10人中9人は多かれ少なかれ、文法が必要である。
:文法をきちんと教えられる人は極端に少ない。


後編は
:逆に言えば、10人中9人は多かれ少なかれ、文法が必要である。
:文法をきちんと教えられる人は極端に少ない。
について書く。


----


:逆に言えば、10人中9人は多かれ少なかれ、文法が必要である。


前編で書いたように、
・10人中1人ぐらいは本当に文法が不要。こういう人しか普通英語が好きならず、英語の先生にもならない。
・おまけに英語の先生のほとんどは英文法が嫌い→だから30年前ぐらいに高等学校の必修科目から「英文法」は消された。


10人中1人ぐらいは本当に文法が不要...ということは
⇒逆に言えば、10人中9人は多かれ少なかれ、文法が必要ということになる。


 文部科学省が定める必修科目に英文法が無くても、授業科目に英文法を取り入れている高等学校は実はけっこうある。以下の場合そうなる。


1・(多かれ少なかれ)文法の力が「必要」と感じている人が、英語科の主任かなにかに成ってる場合。
2・文法をやったほうが成果が上がる・重要だと考える人が、英語科の主任かなにかに成ってる場合。


 実は気の利いた進学校ならば英文法の授業はあるものである。そのほうが進学実績が高いことを知っているからだ。10人中1人は文法が不要だが、大多数の残りの生徒のために文法の授業がしっかり導入されているのだ。


--


:文法をきちんと教えられる人は極端に少ない。


 とはいえ、文法をきちんと教えられる英語の先生はどれくらいいるだろう?「英語の先生になるような人は、普通、文法が不要な人だ」、と前編で書いた。つまり、先生自体が「文法をよく知らない」というケースが多発する。知らないものを教えられるわけがない。
 私は数年前、アメリカの大学院まで出て高校の英語教師になった人物と交流があった。彼はとても流暢な英語を話していた。その彼がこう言った。「分詞構文って何? 教えてくれないか?」 これでよく高校教師ができたものだ、と私はびっくりしたものだ。


 私の文法力は浪人時代に身に付けたものだ。文法の教え方がとても上手な先生が2名いらした。そのお二人とも「元々英語が苦手だった」という経歴の持ち主だった。(井川治久先生小林弘先生

 こんな先生はめったにいないのが現状だ。例えば、同じ予備校の別の先生は、教え方は標準以上の先生であったが、「文法はつまらん。面白くない」と授業でよく言っていた。それが普通の英語の先生の文法に対する感想だろう。ただし、この人はかなり「マシ」である。文法はちゃんと知っていたし、適切に過不足なく文法を教えてくださったのだから。(分詞構文も知らない高校英語教師とはえらい違いである) ただ、文法を「嫌々」教えていた感触は拭えない。


------


 今後、仮に「完全に英文法が見直され、授業に取り組まれる」ようになっても、以下のような問題点が生まれると思っている。


1・高校教師自体が英文法を知らない
2・高校教師自体が嫌々英文法を教える
3・仮に英文法をちゃんと知っていても「教え方が下手」


3がもの凄く大事であると私は考えている。「英文法をちゃんと知っている先生」ですら稀なのだ。その「稀な先生」の中でも「英文法の教え方が上手」でなければどうなるか?


  ⇒「英文法わからない! 難しい! 嫌だ!」

となってしまうのである。これでは意味がないだろう。


 だから、仮に「英文法」が必修科目に戻っただけでは、効果はないと私は考えている。


A・英文法をちゃんと知っている
B・英文法の教え方が上手

このA・B2つが揃っている先生が英文法を教えないと意味と効果がないと私は思う。


 浪人時代に「このA・B2つが揃っている2人の先生」に教わった私は、非常に幸運であった(おかげで英語の先生なんか私はやれているのだから)。このような先生が高等学校に1人でもいれば、英語を嫌う生徒が救われると私は思う。文部科学省のえらい方にはぜひそうなるように「戦略と戦術」を持って取り込んで欲しいと、私は願っている。


 ただ、、、、しかし、、、「まず叶わない」と私は思っている。彼らは文法が嫌いなのだ。彼らが、大嫌いな「文法」の普及に「適切に舵を切る」はずはないのだ。


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 以上で「マウスバードの英語教育の見解」シリーズは終了とする。皆様いかがだったであろうか?


 来週の月曜日は雑談を入れます。再来週の月曜日から新シリーズを始めます。今週の金曜日はいつもの文法動画です。( ゚ぺ)ノ ヨロシクッ!


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