HOME > 初心者英語 > 苦手なりの受験英語 > 英語に関する先入観と矛盾点


苦手なりの受験英語!

 

2013年7月 8日

英語に関する先入観と矛盾点(1)

 今日より新たなレギュラーの話題を始めます。「英語に関する先入観と矛盾点」というタイトルにします。


 どうも世の中に「英語教育に関して、変な【先入観】が満ち溢れている」と思います。多くの人が「~が当然」と思いこんでいることがあまりにも多いような気がするのです。それらを1つ1つ取り上げて、それが如何におかしいことなのか、ということを紹介する話を紡ごうと思います。


 ではさっそく1回目


【先入観】
英語なんて言語なんだ。だから誰でも普通できる! 普通は喋れるようになれる!


【矛盾点】
もしそれが本当なら、今既に日本国中、英語が喋られて充満しているはずである。
今の日本でどれだけの人が普段英語を喋っているのだ?
おそらく1%もおるまい。なぜ1%もいないのに【誰でも普通できる】という意見があり、そうだと思い込む人がいるのだろう?


【現実】
日本に住んでる日本人は英語は普通できない。 普通は喋れるようにならない。


それでも「普通」と言い張る人は「英語の、語学の、才能がある人」だ、というのが私の意見である。
こういう人たちは「自分が基準」なので「自分は普通だ。普通の自分ができたのだからみな普通できる」と言い張るのである。


こう書くと「語学に才能なんてない。みな同じく等しい」と言う人が出てくる。その人向けにたとえ話をしよう。
・ここに100人の人を集めて、100mの徒競走を行うとする
・そうしたら100人が100人別々のタイムになるはずである。100人が100人みな同タイムでゴールしないはずである。
 このように等しくないのだ。


これと英語は同じ。
・ここに100人の人を集めて、英単語100個記憶テストを行うとする
・そうしたら100人が100人別々の点数になるはずである(そりゃ同点になるケースも多数存在するが)。少なくとも100人が100人みな同点にはならないはずである。
 このように等しくないのだ。


今週の金曜日はいつもの文法学習です。この続きは来週の月曜日です。


(↓目次はこちら)
目次ページへ

2013年7月15日

英語に関する先入観と矛盾点(2)


【先入観】
アメリカに1年でも住めば誰でも英語はペラペラになる。


【矛盾点】
もしそれが本当なら、以下のような方が私のインターネット授業に申し込みに来ないはずである。
・アメリカのカルフォルニアに1年在住した日本人。


【現実】
この人こそ「アメリカに1年でも住めば英語はペラペラになる」と思って、カルフォルニアに渡ってしまった(留学した)人である。
ただし、少なくとも英語の中級者ではない。現地カルフォルニアでもそういう「それほど英語ができない人用」のカリキュラムがある学校に通いつつ、アメリカでベビーシッターなどの仕事をしながら、1年在住した人であった。


彼女はアメリカにいるにも関わらず、インターネットで私を見つけて日本の私のインターネット授業に申し込んできた。


理由を聞くとこうだった。
・アメリカに1年いるのに英語が全く上達しません。
・こちら(カルフォルニア)の英語の先生が言っている言葉(英語)が分かりません。
・日本語の授業を受けたいです。


さらに聞けばこうだ。
 あまりに現地(カルフォルニア)の英語の先生の「英語」が分からない(聞き取れない)ので、泣き出したことがある。
彼女いわく
「アメリカ人の先生が英語が分からない私を一生懸命に慰めてくれているのは分かります。ですがそれが何と言っているのか分かりません。分からない英語を次から次へ、とめどなく、長時間言い続けられるので、私は英語を言われれば言われるほどどんどん苦しくなり、返って大きく泣き出してしまいました」


 彼女が「アメリカに住んでいながら日本の私の授業を受けるのを選んだ」のは、私の授業が「日本語だから」である。英語は分からないが日本語なら分かるので、「泣くことはない」と思って選ばれたようだ。


彼女はカルフォルニアにさらに1年住みながら、日本の私のインターネット授業で文法&解釈&英作文を1年間学んだ。


⇒1年後、彼女は英語がペラペラになって日本に帰ってきた。

=================================


今週の金曜日はいつもの文法学習です。この続きは来週の月曜日です。


(↓目次はこちら)
目次ページへ

2013年7月22日

英語に関する先入観と矛盾点(3)

【先入観】
幼少期から英会話スクールに通うと誰でも英語が好きになり困らなくなる。少なくとも英語に興味を持ち続け、不快感を示さなくなる


【矛盾点】
以下の【現実】をご覧ください


【現実】
たまには成功例から紹介する。


私のある縁者を紹介する。ここでは[ Aさん ]としよう。
彼女は幼少より英会話スクールにずーっと通っていた。高校まで通っていた模様。本人は英語と相性が良かったのか、気に入っていたらしい。
中学の頃、英語の成績は抜群。中学の頃は英語スピーチコンテストで県代表に選ばれたことがある。
高校も英語に困ることはなく、現役で薬学部に合格。
 これは英会話スクールの成功例と考えてしかるべきであろう。


では↓この例はどうか?


この[ Aさん ]には3歳離れた妹がいた。[ Bさん ]としよう。
Aさんと同じように、幼少より(Aさんと同じ)英会話スクールにずーっと通っていた。
 どうなったか...?
あまり書きたくはない。。。。が、なんとか公表できそうな事実のみを書く。
 ⇒高校中退である。


=====


更なる例。これはこのブログでは何回か出ている例。[ Cさん ] としよう。


お父さん英語がペラペラ。お母さんは英語が片言ながら喋れるという家庭で育つ。
幼少時、イギリスに住んでいたという。
小学校時代に日本に帰ってきて、以来小学校1年生から高校卒業まで英会話スクールに通い続ける。
彼はどうなったか...?
 ⇒浪人である


実は彼は数年前の私の生徒。ネットで私を見つけて受講された。
彼は英語がかなりできなかった。偏差値は40台。
「英会話スクールに通い続けているのに英語ができない」ということに悩んでいた。
彼の浪人時代、予備校の授業のサポートを私が行った。


初めて彼を教えたときにまず驚いたことがある。
 ⇒三単現のSを知らなかった


文法から叩きなおしつつ、解釈を指導。
彼はどうなったか...?
 ⇒同志社大学に合格した。
ここにの下のほうに合格体験記がある。中ほどの上の人が[ Cさん ]である。


---


この[ Cさん ]には妹がいた。[ Dさん ]としよう。
彼女も小学校入学と同時に(Cさんと同じ)英会話スクールに高校卒業まで通い続ける。
彼女はどうなったか?
 ⇒高校2年次に私の生徒になった。
 ⇒理由は「英語の成績が悪かった」から
     「お兄ちゃんが私で上手くいった」から


彼女もお兄ちゃんと同じく
 ⇒三単現のSを知らなかった
「英会話スクールに通い続けているのに英語ができない」ということに苦しんでいた。


私は、[ Dさん ]を文法から叩きなおしつつ、解釈を指導。
彼女はどうなったか...?
 ⇒関西学院に合格した。
ここの中ほどに合格体験記がある。上の人が[ Dさん ]である。


=======


さて、こう書くと↓このように言う英語好きな人が出てくる。


[CさんやDさん]は確かに苦労したけど、合格には英会話スクールの影響もあるんじゃない?
少なくとも、英語に興味を持ったはずだよ!


 私が最初に↑こう意見を聞いたとき、私は口をあんぐりとあけた。
「どうして、英語好きの多くは自分たちに都合のいいふうにしか思えないんだ?」
事実は間逆だった。
●[Cさん][Dさん]は英語に対し不快感しか示さなかった。
ここ[Dさん]が高3のときに「イギリス短期学習プログラム」に参加させられたときの話を載せる。

・「英会話スクールや留学」と「英語嫌い」

これを読んで「Dさんが英語に興味を持った人」に思えるかどうか、確かめて欲しい。


CさんはDさんは、幼少の頃から英会話スクールに通い続けた。
 しかしそれでも英語はできず、
 ⇒だから英語が嫌いになったのである。


=================================


今週の金曜日はいつもの文法学習です。この続きは来週の月曜日です。


(↓目次はこちら)
目次ページへ

2013年7月29日

英語に関する先入観と矛盾点(4)

【先入観】
日本の学校の英語教育は文法を過度に重視し、会話を軽視し続けてきた。だから日本人は英語ができない


【矛盾点】
戦後、文法が過度に重視された時期など1度もない。
科目として「英文法」というものがあった時期は1度もない
さらに、昭和44、45年(1969、1970年)以降、文法は軽視され続け、会話が重視され続けてきた。さらに平成元年(1989年)からはかなり会話が重要視されるようになった。


【現実】
ここに戦後の学校英語教育の変遷を辿ったwebページがある。
■第6章 学習指導要領における英語教育観の変遷
ただ↑こちらはあまりにも長く、わかりにくいかもしれないので、要点だけ書く。(5つ)


、昭和35年(1960年)の高校の英語教育は、「学年が上がるごとに、[聞くこと・話すこと]から、[読むこと・書くこと]に重点が移るようになっている」(文法が【まだ重視している】と言って無理にでも言えるのは、たかだかここからの10年ぐらいである)


ここ以後はどうでろうか?


、昭和44、45年(1969、1970年)からは徐々にコミュニケーションに力が加えられて行く。科目の1つとして「英語会話」が加えられた。単語数も減った。


、昭和52、53年(1977、1978年)からは、中学で習う文法事項が減らされ、その分は高校にまわされる。単語数も減る。


平成元年(1989年)から、かなり会話に重点が置かれる
>外国語科の改善の基本方針として,「聞くこと・話すことの言語活動の,一層の充実をはかること」,「国際理解をつちかうこと」,「指導内容の重点化・明確化と発展的,段階的指導」が掲げられ,学習指導要領の改訂を求めた。同年,JETプログラムが発足している。(JETプログラム=英米から、英語を母国語とした外国人をガンガン日本に呼び寄せて、アシスタントティーチャーとして雇う)
さらに、科目として「オーラル・コミュニケーションA,B,C」というものができた。


、平成10年(1998年)から、いわゆるゆとり教育の影響で。習得英単語数が減る。


============


日本の学校の英語教育は文法を過度に重視している、という考えはどこから生まれたのだろう? なんとかその時期を探れば、昭和35年(1960年)~昭和45年(1970年)の10年間だ。この時期は、学年が上がるににつれて、聞くこと・話すことに重点が置かれなくなったのは事実だ。しかしその所為だろうか? この間はたかだが10年である。


会話に重点が置かれ始めた昭和45年(1970年)に高校生になった人は現在57~58歳
さらに会話が重点が置かれた平成元年(1989年)に高校生になった人は現在39~40歳である。

会話にかなりの重点が置かれた平成元年以降、もう20年以上になっている。
また見てわかるように、科目として「英文法」というものがあった時期は1度もない

なぜになぜ
 日本の学校の英語教育は文法を過度に重視し、会話を軽視し続けてきた。だから日本人は英語ができない
というふうに思う人が多いのか?

 よほど文法が嫌だったのではないかと思われる。しかし私に言わせれば「大してやってないのに、沢山やらされた」と思い込んでいると思う。それは嫌だったからに他ならない。嫌なものは印象が強く残るものだ。(なお、私は英語そのものが嫌いである


 安心しよう。会話に重点が置かれ始めた昭和45年(1970年)以来、もう43年もたっている。
 過度に会話に重点が置かれ始めた平成元年(1989年)以来、もう24年もたっている。


その結果、三単現のSさえできない高校生が沢山生まれているのだ。


これは文法軽視の結果ではないのだろうか?


今週の金曜日はいつもの文法学習です。この続きは来週の月曜日です。


(↓目次はこちら)
目次ページへ

2013年8月12日

英語に関する先入観と矛盾点(5)

【先入観】
英語の歌は英語嫌いに有効だ


【矛盾点】
↓これが現実である。
/beginner/article/mouthbird/2005/07/post_5.html


【現実】
これは「英語嫌いの代表」として、私が声を大にして叫びたいことの1つだ。
英語嫌いに英語の歌を無理に歌わせると、ただでさえ少ない英語への興味を失うだけになる。


英語好きな方には効果的なんだと思う。
英語が普通ぐらいの人にも効果があるのかもとは思う。
だが、英語嫌いには逆効果にしかならない。


数学嫌いの英語好きに問う。
以下は仮定の話だ。


●数学好きがあなたに数学パズルを解かせたとする。
 そして、その数学好きから「楽しいだろう? 好きになったろう?」と言わせされたら、あなたはどう感じるか?
 「自分の趣味の押し売り以外の何物でもない」と思わないだろうか?
 「好きになるわけないだろうが! 気持ちワリー」
 と思わないだろうか?


だが、英語好きは「仮定」の話ではない。
彼らは実際に「英語嫌いに英語の歌を歌わせ」て「楽しいだろう? 好きになっただろう?」と言わせる傾向があると思う。
 俺にはこれは「自分の趣味の押し売り以外の何物でもない」としか思えない。
 「好きになるわけないだろうが! 気持ちワリー!」
 「気持ち悪い」ことこの上ない


今週の金曜日はいつもの文法学習です。この続きは来週の月曜日です。


(↓目次はこちら)
目次ページへ

2013年8月19日

英語に関する先入観と矛盾点(6)

【先入観】
「バイリンガルの重要性を説くこと」は、英語が苦手な人にとっても、英語の学習意欲向上に役立つ


【矛盾点】
じゃあ、ろくに日本語を喋れない英米人を、アシスタント・ランゲージ・ティーチャーとしてガンガン雇っているのはなぜだ?


【現実】
私が、高校のとき、英語の先生がこう語った。
「いいか。日本語だけだと、他国の人の考え方が分からなくなるんだ。だからなんなら別に英語に限らなくてもいい。別の言語を分かるようになろう」


私が、講師をしだしたときの英語の長文教材の内容でこういう話が合った。
「1ヶ国語しか話せないのは、窓が1つしかない部屋のようなものだ。情報が入りにくいのだ。2ヶ国語が分かれば、他国の情報が正確に分かり、有意義である」
こんなような内容であった。


 そうか。そんなにバイリンガルが重要なのか。ではなんで、文部科学省は、英語しか喋れない&ろくに日本語を喋れない英米人を、アシスタント・ランゲージ・ティーチャーとしてガンガン雇っているのだ?


 こういう矛盾を、英語大好き人間の多くはどう思っているのだろう? 私は「英語を好きになると、こういう矛盾が理解できなくなるほどに脳みその力が衰える」かもしれない、と本気で疑っている。


 ちなみに、私の出身高校の「G」というアシスタント・ランゲージ・ティーチャーは10年間日本にいて、日本語をろくに覚えずアメリカに帰っていったことで有名。
 Gは「バイリンガルじゃなくても、海外で立派に生活できることを証明」してくれた。私が英語の学習意欲など向上するわけがない。


今週の金曜日はいつもの文法学習です。この続きは来週の月曜日です。


(↓目次はこちら)
目次ページへ

2013年8月26日

英語に関する先入観と矛盾点(7)

【先入観】
英会話スクールに通うことで【誰でも】英語が喋れるようになる


【矛盾点】
だったら日本にもっと英語が充満しているはずである。日常生活でもっと英語が話されている場面に出くわすはずだ。実際は違うであろう。


【現実】
ここは、何度もコメントをくださる、清水さんにお話を伺いたい。清水さんは実際英会話学校の先生なので。こういうのは当事者のご意見が優先されるはずである。もしよろしければ、色々書き込んでいただけないでしょうか? 少なくとも【誰でも】ではないはずです。どうかよろしくお願いいたします。


清水さんに、コメントをいただきました。(ありがとうございます) 下のコメントの転載にになります。


●清水さんのご見解
 英会話スクールへ通えば誰でも英語が話せるようになるというのは完全な幻想です。大半のスクールは、甘い言葉で生徒を誘い、適当にネイティブとフリーカンバセーションのレベルを出ないレッスンをさせて、お金儲けをしているだけ、というのが現実です。私がスクールを始めたきっかけは、まさにそういった劣悪な業界のあり方に一石を投じるためでした。HPを読んで頂ければわかりますが、一切甘い言葉は書いてありません。それなりの覚悟を持って受講を希望される生徒さんしか受け入れたくないからです。


 私のスクールでは、特に読解力の強化を強調しています。具体的に言うと、ネイティブの自然な速度の会話についていくには、まず1分間=150語程度の速読力を身につける必要があることを認識させます。例えば、速読英単語(基礎編)の教材を例にあげると、最初のトマトの話(50語)は、CDでは20秒で話されています。これがネイティブが自然に話すスピードであるとすれば、READING SPEEDが1分間150語以下では、相手の言っていることを理解することは不可能です。もちろん、適当に理解するのではなくて、一文一文が正確に訳せるレベルであることは言うまでもありません。


 速読力について触れることができるなら、教える方として大変やり甲斐があるし幸せです。現実はと言うと、生徒さんの中には3単現のSで止まる方も珍しくありません。つまり中学一年生の二学期のレベルで進歩はストップしていることになります。中には、何度教えても、これが習得できない生徒さんがいます。正直言って、そういった生徒さんは言語習得に向いていないと思います。日本語と異なる異質な言語体系を受け入れるのを脳が拒否するのだと思います。根本的に日本語力の欠如も原因としてあります。普段、主語・述語を含んだきちんとした文章を書く機会が皆無に近い場合、英語習得は非常に困難になります。なぜならSVという構造を組み立てる回路をゼロから構築しなければならないからです。


 残念ながら、私の所で大成功する生徒さんもいれば、3単現のSさえも習得できずに止める生徒さんもいます。それは仕方ないことだと思っています。受験という明確な目標があるならば、もう少し一生懸命取り組むでしょうが。


(以上、コメント欄から転載)
----


皆様どうお感じになったでしょうか?


----

 参考までに、私の「英語が喋れた(過去形)」までの変遷を書いてみる。


・中学・高校時代(計6年間)「英語、特に英会話に特化した学校(テキストがNHKラジオ講座の授業がある)」で落ちこぼれる。(週6時間英語があった)
・2年間浪人時代で文法を極める単語も熟語も覚える大量に英文を読みこなし大概の英文なら読めるくらいにはなった。(ただし喋れない
・大学1年の5月~7月前半まで、週1回の英語サークル活動に参加。(英会話の練習の真似事)
・7月後半の概ね2週間、英語サークルの集中活動があった。(ユースフルエクスプレッションを150文程度覚える。スピーチを作り覚えるなど) 1日2時間程度で、週4回程度だった。だから全部で8回ぐらいか。


 ↑ここまででもまだ「まったく喋れる感覚がない」


・8月初旬、英語サークルの合宿に参加。1週間×24時間、信州のホテルに缶詰。許される言葉は原則英語のみ。日本語を喋ったら罰金だった。


1週間の合宿直後、私は「英語がペラペラ」という感覚だった。帰宅直後は私は「英語しか喋れなかった」


余談:普通の人はここで英語能力の維持に努めるのだろう。しかし私は維持に努めなかった。私は英語が大嫌いなのだ。英語を喋りたくない意識のほうがはるかに強かった。だからいち早くこんな能力をなくしたかった。だから、合宿から返った直後から率先して日本語を喋り捲った。


⇒その結果、私は英語がペラペラでなくなった。私は「合宿の1週間で英語がペラペラに」なったが、直後の1週間で片言ぐらいのレベルまでに落ち込んだ。やったぜーーー! 英会話能力が消えてくれたぜーーー!! バンサーーーイ^^♪


今週の金曜日はいつもの文法学習です。この続きは来週の月曜日です。


(↓目次はこちら)
目次ページへ

2013年9月 2日

英語に関する先入観と矛盾点(8)

【先入観】
中学高校を出ても、日常会話程度の英会話もできないのは、英語教育制度が悪いためである。英語で英語の授業にし、英会話にもっと重点を入れるべきである。


【矛盾点】
だったら英会話スクールに通う人はみな英語が喋れるようになるはずである。


【現実】
さて本丸である。
前回、金沢で英会話スクールを営んでいらっしゃる清水さんにご意見をいただき、確証を得られた。受講生のだれもが喋れるようになるわけではないのが現実であるとコメントいただいた。妄想のない、現実をきちんと認識された真摯なご見解であると思う。納得いかない方はとにかく清水さんのご意見を読んでいただきたい。


 なお前回のログをよく読めば、私が英語が喋れた話も書いてある。私が英語がちゃんと喋れた時期はたかだか1週間である。その1週間になるために私はどのような過程を踏まえたか? ここをまず確認して欲しい。以下で示す。


・2年間毎日、単語を覚え、文法問題を7度解きなおして文法を覚え、300個ぐらいの長文問題を読みこなし
 その後
・3ヶ月、週1の英会話レッスンをし、10日間2時間の集中英会話レッスンをした
約2年半の猛勉強であった。


ここまででも大変な労力であった。2年半だ。
しかしここまででも全く英語を喋れた感覚がない(2年の間は喋ろうとも思ってないが、半年は喋ろうとした訓練であった)


その後の1週間、英語のみで生活した。(日本語を喋ったら罰金)
その結果、ようやく英語が喋れた感覚と経験を持てたのだ。


 こう書くと、単細胞な方は「だったら最初から1週間英語のみで生活すればよかったんじゃないか?」などと思うようだ。そう言う人はぜひ、今すぐそのまま1週間英語のみの生活をしていただきたい。日本語を喋ったら罰金だ。すると絶対に「言いだしっぺは1週間貝のように押し黙るだけ」になる。 だって英単語を知らないもの。知らない単語を口に出して言えるわけがない。清水さんが嫌がる、単語のみの羅列(SV構造をとらない)すらできない
 私の場合、前もって約2年半という長い間毎日英語の勉強をした。単語も熟語も覚えている。文法にいたってはほぼ完璧にできる...その前提あっての1週間の英語生活だった。だからできたのである。


 英語が喋れた1週間を考えると、あの頃は「物事を英語で考えていた」。日本語なんか考えないのである。朝起きたら「さて今日は何しなきゃいけなかったけな」と考えるのではなく、「What should I do today?」と思いつくのである。
  ↑こうなってないと英語は喋れない
 だがそうなる前には、単語を覚えていなければならない。英単語を覚えていなければ英語を思いつくはずがない。また「SV~の英文」を自分で正しい順番で組み立てられる知識(普通は文法知識)を習得していなければならない。そうでなければ、英語で意図が表せない。


 だから中学高校時代のうちに日常会話程度を身に付ける、という方針は実に合理的だと思う。それは単語1つ取っても分かる。高校入学時点じゃ単語も何もかも知らなさ過ぎる。高校時代、あなたは単語覚えるのにどれだけの時間と労力がかかった? 普通の人は簡単には大量に覚えられなかったはずである。受験終了時が1番多く覚えているはずだ。


 だから英会話をまともにやるなら実は大学生になった直後が理想的だと私は思う。
もっともその頃でも、そんな簡単にできるものではない
と思うが。


以上で今回のシリーズは終わりです。皆様いかがだったでしょうか?


今週の金曜日はいつもの文法学習です。来週の月曜日は雑談。新しいシリーズは再来週の月曜日からです。


(↓目次はこちら)
目次ページへ