世界で活躍する 国際派プロフェッショナル

グローバルに活躍する日本人プロフェッショナルが語る、仕事、自分自身、言葉……。


中国で爆発的な人気動画の仕掛け人
アートで真の日中交流を目指す

アート・プロデューサー 鳥本健太さん/中国


言葉の壁を乗り越えコミュニケーションの力を実感

鳥本健太さん
1980年、北海道生まれ。中京大学を中退し、単身イギリス・マンチェスターへ。語学学校に通いながらホテルでアルバイトをする。ヨーロッパ旅行、東京での就職、中国・大連での転職を経て上海へ。勤めていた版画工房の移転を機に独立、2006年アート・マネジメント事務所office339を立ち上げる。現在、上海を拠点にアジアでアート・プロデュース活動をしている。

かつて魔都の異名をとった上海は、アジア有数の国際都市。中国国内でも独特の雰囲気だ。上海人、地方出身者、外国人が共存し、新旧の建造物が混在する街は、それぞれが生みだす強烈な個性とパワーに満ちあふれている。

ここ上海をベースに、現代アートをプロデュースしているのがoffice339。創始者であり、アート・プロデューサーとして活躍する鳥本健太さんが上海にやって来たのは2006年。折しも中国はアート・バブル真っ盛り。富裕層がこぞって芸術品、なかでも現代アートを買いあさっていたころだった。

鳥本さんが現在に至るまでには長い道のりがあった。地元北海道を離れ、体育の教員を目指して愛知の大学へ進学。だが肝心の授業よりもヨーロッパの歴史本や哲学書に没頭した。歴史や文化の舞台を見たくて、いても立ってもいられなくなり大学を中退した。

「まずは、とにかく生きて帰って来よう」と、01年にイギリス・マンチェスターへ出発、地元の語学学校に入学した。中国経済が飛躍的に成長し、北京オリンピックの開催も決定した時期で、クラスメートのほとんどが中国からの留学生だった。

生活のため、ホテルのレストランで働くものの「当初は注文すら聞き取れない。職場ではアジア人だということで明らかにばかにされました。言いたいことも言えず、反論もできず、悔しい思いをたくさんしました」。もどかしい思いを募らせる日々を送っていたが、やがて毎日の生活で身に付いていた英語が自然と出て来た時、コミュニケーションの力を実感した。

語学習得の努力は欠かさなかった。英語で日記を書き、ルームメートとは徹底して英語で会話、現地の日本人同士で集まる誘いは断った。ビザの期限が来てイギリスを離れる時には、大学を中退してまでも見たかったヨーロッパ各地を旅行した。

帰国後は東京でIT関連会社に就職。「教員職の他に、コンピューター分野にも興味がありました。ロボットが活躍する未来はこんなふうになるんだ、と想像するだけでワクワクしたんです」。今度は、アメリカ留学を目標にカリフォルニア州立大学の通信教育の受講と独学を続けながら、コツコツと貯金をした。そんな時、中国・大連への転職話が舞い込んだ。

「グローバルに展開するアメリカのIT企業への転職。現在進行形の中国の経済発展をこの目で見たいと思っていたので、願ってもないチャンスでした」。実はこの頃、アメリカを目指しながらも心のどこかで、イギリスで出会った中国人クラスメートのパワフルな姿と、目覚ましく経済成長を遂げている中国のことが気になっていたのだ。


現代アートに魅せられ上海で独立・起業 »


office339が手掛ける展覧会で。右が鳥本さん。300名を超えるアーティストを支える


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