第34回アルク翻訳大賞
出版翻訳部門 講評・解説

出題/審査/講評
夏目 大 先生(出版翻訳者/フェロー・アカデミー講師)

出版翻訳部門 講評・解説

多数のご応募ありがとうございました。やはり反応が大きいと嬉しいものです。今回の課題文は、文章の解釈そのものはさほど難しくないと思います。しかし、広く一般の人が読みたいと思える、楽しんで読めるものにするのは、そう簡単ではないでしょう。実は、簡単に訳せる文章はどこにもないのかもしれません。まずは私の訳例をご覧ください。

訳例

僕は空港のドアから外へ出た。そこは中国だ。周囲の混沌、喧騒が五感を刺激した。駐車場には何千という車が停まっており、あちこちから空ぶかしの音が聞こえる。それに、電話に向かって怒鳴っている大勢の人々の声が重なる。

看板や標識は中国語と、もう一つ別の言語で書かれていた。どうやらアラビア語のようだ。どちらも僕は読むことができない。仕方がないので、おそらくタクシー待ちだろうとあたりをつけた群衆に加わることにした。僕は他の人たちよりも頭一つくらい大きい。しかし、僕に注目する人はいない。彼らにとって僕はいないも同じだった。

僕はウルムチにいた。新疆ウイグル自治区の中心都市で、近年大きく発展を遂げている。地図で見ると、中国の左上の端に位置する街だ。世界中にこれほど海から離れた街はない。北京から飛行機で移動すると、環境が驚くほど変化していくのを目にすることになる。雪をかぶった険しい山々が見えたかと思うと、何もない砂漠がどこまで広がっている場所に出る。僕はこれから、この中のどこかに設定された250キロメートルものコースを走ることになる。凍てつく寒さの山頂、絶え間なく吹く風。ゴビ砂漠と呼ばれる、時折低木が生えている他は、生命の影も見えない土地。僕はそのゴビ砂漠を走って渡ろうとしている。四日間は毎日、フルマラソンよりも少し短い距離を走る。五日目には、フルマラソンのほぼ二倍の距離を走らねばならない。そして最終日の10キロメートルほどは、約1時間のスプリントだ。レースの最後を飾る、全速力でのレースとなるのである。

"マルチステージ・ウルトラ"とも呼ばれるこのレースは、極めて過酷なもので、精神的にも、身体的にもこれ以上、強靭さを要求されるレースはないと思えるほどだ。ただの苦行だと言ってもいい。にもかかわらず、僕のような物好きが、わざわざ何千ドルもの大金を払ってまで、その苦行を体験する特権を得ようとする。走る間には、体重の10パーセントが失われてしまうが、それだけの価値がある。僕たちは、世界でも最も人里離れた場所、世界でも最も美しい場所を走ることになる。献身的なサポートスタッフの助けがあり、高度な訓練を受けた医療スタッフもいるなど、安全のための備えはある。時に拷問に近いほど苦しいが、人生を変えるような体験ができる。ゴールに到達できれば、人生でも最高の満足感が得られるだろう。それこそが最大の報酬である。

まずは冒頭部分。原文は、文字通りには「いくつものドアを抜けて中国へと出た」という意味ですが、厳密には、入国審査を終えた時点で中国にはいるはずです。これは著者自身の実感を書いているのでしょう。「ああ、これが中国か」と感じたということです。空港内では感じられなかった生の中国。そういう表現であることを読者にすぐにわかってもらうことが大切です。「もうとっくに中国にいるのにこの言い方はおかしい」と思わせてはよくない。次の文の"let"も訳すのに苦労している人が多い印象でした。どうしても「〜するにまかせる」という辞書通りの訳から逃れられない人がほとんどだったようです。もちろん、結果的に辞書通りになったということもあるので、その言い方自体が悪いということはありません(それはいつもそうです)。ただ、自分が何を書いているのか、はっきりと意識している人がどのくらいいたでしょうか。また自分の書いた訳文がどう読まれるかを意識している人は少ないように見えました。単に"let"という言葉が出てきたからそれを日本語にしなくちゃいけない、辞書のままだと固いので、いわゆる「こなれた」言葉にしなくちゃいけない、そのくらいの意識だとなかなかうまくはいかないものです。

この本は一人称で書かれています。著書が見たこと、聞いたこと、感じたことを本人が書いています。こういう本は、読者ができるだけ著者と同じ体験ができる(同じ体験をしたと感じられる)ように、著者に感情移入できるように書かれているものです。ですから訳す時にはまず、私たち訳者は著者がどういう体験をしたのかをよく理解しなくてはいけません。そして、著者と同じ物を見たと感じ、同じことを追体験したと思えるような訳文を書くべきです。これは、原著の文章をただ日本語に置き換えるのではなく、原著と等価の文章を日本語で書こうということです。

言うのは簡単ですが、そんなふうに訳文を書くのは簡単ではありません。なぜ簡単ではないか。それは、「情報が不足しているから」です。著者は普通、自分が長年にわたり体験してきたこと、追究してきたことを本に書きます。それに対し、ほとんどの訳者は、その仕事に取り組むまで、書かれていることに関しては無知です。著者とは無関係に生きてきたのですから当たり前の話です。したがって、原文とできる限り等価の訳文を書こうとすれば、不足している情報を埋める必要があるということになります。よく「翻訳をするためには調べる作業がいる」と言いますが、「調べる」とは、この不足した情報を埋めることを指すわけです。この単語はどういう意味だろう、と思って辞書を引いたり、参考資料を見たりすることも「調べる」ですが、それはごく一部です。時には、著者が見たであろう物を、文字どおり自分の目で見てみることも、調べることに入るでしょう。課題文の場合、ウルムチに自分で実際に行って、空港から外に出ることができれば理想なのですが、それができる人はほとんどいないでしょう。だから、ウルムチや、空港周辺に関する情報をできるだけ集めるわけです。そして、最後に大事なのは想像力です。自分が著者と同じ場所に同じ状況で身を置いたら、何をどう感じるか、それを想像しながら原文を読みます。受け取ったことを、いったん英語を忘れ、ゼロから日本語で、自分の言葉で書きます。すぐにはなかなかうまくできないかもしれないですが、どうしても英語に引っ張られて訳文が日本語らしくならない、という人は是非、この方法に取り組んでみてください。"let"一語に悩まない翻訳を目指す、ということです。

他に気になったところは、"top left corner of China"という表現の訳し方です。右、左、というのは自分がどちらを向いているかによって変わる方向です。たとえば、舞台の上に立っているとして、客席の方を向いた時の「左」は、客席に背を向けた時の「右」です。こういう相対的な言葉を単独で使うのは、日本語ではあまりいいことではありません。普段の生活でも、単に「左」と言ってしまうと、「向かって左ですか?」などと聞き返されるのではないでしょうか。課題文の"left"は、左は左でも、「地図上での左」を意味します。少し注意して読めば、単に「左」と書いてあっても理解する人は多いでしょうが、何かが足りない文章に感じてしまいます。

"a team of race organizers had plotted"というくだりの"plot"をどう訳すかも困った人が多かったようです。plotという動詞は、「グラフを描く」という意味でよく使います。その連想からか、「マラソンコースを描く」というふうに訳した人が大勢いました。しかし、マラソンコースを描く、とは具体的には何をすることを言うのでしょうか。棒きれを持って、地面に「ここがコースだよ」という線を描くことでしょうか。それとも地図上に、コースを示す線を描くことでしょうか。あまり使うことのない日本語なので、正確な意味は誰にもわかりません。翻訳文にこういう言葉が紛れ込むのは珍しいことではありません。ここの”plot”は「コースを設定する」という意味に使われていると考えるのが妥当でしょう。

“pure agony”もなかなか訳すのが難しい表現だったかもしれません。辞書に書いてあるとおりだと「純粋な苦痛」のような日本語になってしまう。これはやはり変ですよね。まず、「純粋」という言葉にはどうしても良い意味がある。その言葉を「苦痛」という悪い意味の言葉をくっつけるのは無理があります。翻訳をする人すべてが理解すべきなのは、”pure”と「純粋」はまるで違う言葉だということです。今から150年くらいまではほとんど交流のなかった、地球の裏側といってもいいほど遠い国の言葉。二つの言葉は成り立ちからして違う。互いに無縁の言葉です。偶然に「意味に似た部分もあった」というだけです。それは、英語と日本語、すべての言葉に言えることです。どれほど簡単な言葉でも、一般に定訳とされている言葉は「たまたま似ている部分もあるだけ」です。翻訳をするときは、「今、目の前にある文章の中でどういう意味で使われているか」をよく見て、「ゼロから」訳語を考える必要があります。ここは、文脈から考えて、自分のような変な奴が「(何かもらえるわけじゃないのに)ただ苦しい思いをするために」わざわざ高いお金を払う、という自虐的なニュアンスがあると思います。なので、それが伝わる訳にすればいいでしょう。もちろん、”pure”を「ただ」と訳すのが絶対に正解、と言いたいわけではないので、その点に注意してください。

翻訳大賞、事典大賞に選んだ方の訳文は、原文を知らない読者の目で読んだ時に、大きな違和感を覚える箇所がありませんでした。そこが最も良かったところです。他の方々は、佳作の方を含め、全員に「うーん、これはどうだろう」と感じる箇所がありました。一部にきらりと光る訳はあっても、そのマイナスが大きかったのです。大賞のお二人は逆に、「お、これは光っている」という箇所は特になかったのですが、それは決してけなしているわけではありません。私はむしろその方がいいと思っています。

「英文をぴったりの日本語にできた時が嬉しい」と言う人がよくいますが、そういう翻訳は目指さない方がいいと思います。訳書一冊を通して読んだ時に、「これは良い本だな」と感じられる訳が良い訳です。部分部分をぴったりにしようとしすぎると、全体としてはずれた訳になりやすいです。

どれでもいいので、お気に入りの翻訳書を原書と見比べるといいと思います。それも一文一文ではなく、訳書の全体を読んでから、原書を読むのです。何冊かそれを繰り返すと感覚がつかめるでしょう。一冊単位が苦しければ最初は一章単位くらいでもいいでしょう。その結果、たとえわずかな人数でも、「なるほど、こういうことか!」と納得する人がいれば私はとても嬉しく思います。

課題文

I stepped through the airport doors and out into China. I paused and let the chaos take a good hard whack at my senses. A thousand revving engines in the parking lot ahead did battle with a thousand voices around me as people shouted at their phones.

The signs were written in both Chinese script and what looked to me like Arabic. I couldn't read either language, so I joined the crush of bodies that I guessed were waiting for a taxi. I stood a foot taller than most people, but as far as they were concerned, I was invisible.

I was in Urumqi, a sprawling city in Xinjiang Province, way up in the top left corner of China. No city in the world is as far from an ocean as Urumqi, and as we'd flown in from Beijing, I watched the terrain shift from razor-sharp snowcapped mountains to vast stretches of empty desert. Somewhere down there a team of race organizers had plotted a 155-mile route that took in those freezing peaks, the incessant wind, and that desolate, lifeless scrubland known as the Gobi Desert. I was going to run across it, knocking out a little less than a marathon a day for four days then almost two marathons on the fifth day, and an hour-long sprint for the final six-mile stage that would bring the race to a close.

These races are called “multi-stage ultras," and it's hard to think of a more brutal test of mental and physical toughness. People like me pay thousands of dollars for the privilege of putting ourselves through pure agony, shedding up to 10 percent of our body weight in the process, but it's worth it. We get to run in some of the remotest and most picturesque parts of the world, and we have the safety net of a dedicated support crew and highly trained medical crew on our side. Sometimes these challenges can be excruciating, but they're also life changing, and reaching the finish line is one of life's most rewarding experiences.

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