IJET-29大阪レポート

「通訳業務の現在(いま)」

Posted August 10, 2018
講演日時:2018年6月30日(土)10時~11時半

登壇者:岩田香 IWATA Ko

写真:岩田香さん

20年以上、海外生活を経験した後、2011年から神奈川県に居住。広告代理店やインターネット・サービス・プロバイダー、大手製造会社、外資系弁護士事務所等で翻訳や通訳の仕事をこなし、現在はフリーランスの通訳者として活躍。

登壇者:木村博子 KIMURA Hiroko

写真:木村博子さん

英語圏での留学後、ノルウェーに39年以上在住。現在はフリーランスとして、日・英・ノルウェー語を主要言語とするlanguage professionalを務める。国家公認翻訳者(ノルウェー語→日)、オスロ市公認ガイド。

登壇者:佐藤晶子 SATO Akiko

写真:佐藤晶子さん

外国為替専門銀行勤務後、個人事業主として翻訳・通訳・講師業務に25年以上従事。 ISO/TC37総会では通訳、翻訳に関するISO国際規格を策定する第5分科会(SC5)に参加。JAT通訳分科会委員長。TC37/SC5国内委員。『ISO17100:2015』認証取得翻訳サービス提供者(TSP)。

登壇者:遠藤安岐子 ENDO Akiko

写真:遠藤安岐子さん

米国東海岸の地方裁判所、連邦裁判所の法廷通訳として20年以上の経験を持ち、デポジション通訳としては30年以上の実績がある。一時期、母校である清泉女子大学でビジネス翻訳などの授業を担当していた。国際交流・留学コンサルタントも務める。

電話を使った遠隔通訳

写真:岩田香さん

「電話さえあれば、いつでもどこでも誰とでも話せる。遠隔通訳も可能な時代です。今回は電話を使った遠隔地通訳のメリットとデメリットをお話しします」

岩田香さんが電話通訳について話し始めた。ここで解説する電話通訳とは、専門家とクライアント、その間に通訳者が入る逐次通訳を指す。

岩田さんは、自宅で電話通訳を行う際は固定電話を使用するそうだ。業務前の確認で済ませたいことは…


  • 電話線がきちんとつながっているかどうか
    →海外だとネズミがかじっていた、などということがあった。
  • スマートフォンを使用する際は、十分に充電されているか
  • 通話以外の機能が働かないようにすること
    →現在の電話機はキャッチフォン機能など、多機能。通訳の途中で働かないように機能を切っておくことが大切だ。
  • できるだけ静かな環境を確保すること。
    →テレビの音声はもちろん、近所の犬の鳴き声や、時に赤ちゃんの泣き声も入らないよう気を配ること。

「電話での遠隔通訳のメリットの一つは、服装やメイクに気を配らず仕事ができることです。また海外との通訳は早朝や夜に行われることが多いので、昼間に別の仕事を入れることもできます。それゆえ、時間帯が不規則になりがちなのがデメリットかもしれません。ほかには、英語が母国語でないクライアントの場合、電話で聞き取りづらいこともあります」

原則、報酬は時間給で請求し、USドルで即日払いをお願いするという。電話通訳は1時間が原則。たとえ30分で終了しても1時間分をいただくという。逆にオーバーした場合は、その超過分も請求する。ただし、1時間できちんと業務を全うしたい。そのため、「質問を行うクライアントからは、予めこちらも質問をもらっておき、スムーズに通訳が進むよう準備します」。

遠隔通訳についてのお話を聞く機会はあまりないが、会議通訳など他の通訳にはない仕事の仕方、そのメリットやデメリットなど、リアルなお話が聞けて興味深かった。

北欧ノルウェーの通訳事情

写真:木村博子さん

木村博子さんはノルウェー在住で、ノルウェー語、英語、日本語の3カ国語を使った翻訳、通訳を行っている。ノルウェーの国家公認の翻訳試験をノルウェー語と日本語で取得したのは木村さんが最初だそうだ(今現在も木村さんのみ)。

ノルウェーでは、大きく分けて三つの主要言語がある。オスロや首都圏を中心として話されているbokmaal(ブークモール)という言葉、西海岸地方などで話されるnynorsk(ニューノーシュク)、samisk(サーミスク)と呼ばれる先住民族の人たちの言語であるサーミ語だ。現地では子どもの頃から複数の言語に触れる機会が多いようで、大人でも複数の言語を操るのが当たり前だという。ノルウェー政府は、移民も難民もノルウェーの社会に溶け込んで税金を払ってくれるようになってもらいたいので、それに即した各種の政策をとっている。無料でノルウェー語を学んでもらう環境も整えられている。通訳教育は、国家政策の一部だそうで、福祉や病院などの公共サービスが誰でも受けられるように対応している。

「以前、移民の女性が病院へ受診に来たときに言葉ができず、子ども(小学生か中学生くらい)が医師と母親の間に入って通訳したことが問題になりました。以来、質の高い通訳者を確保するために通訳審議会が発足したのです」

病院だけでなく、法廷や警察、福祉関連など、公共の機関において、ノルウェー語ができない人は原則通訳者が無料で手配できる。これが実現できる背景には、人権擁護の考え方がしっかり根付いているからだという。

ノルウェーをはじめ、北欧の通訳事情を知る機会はなかなかなく、長年現地で実績を積んでこられた木村さんのお話に興味を引かれた。

通訳に関するISO国際規格

写真:佐藤晶子さん

2018年1月、『ISO18841:2018』(「通訳サービスに関する一般要求事項と推奨(仮訳)」以下「ISO18841」と表記)が発行された。2013年の新規提案から長い議論を経ている。

ISO18841では、「高品質の通訳サービスの提供に関する要求事項の必要性に応える」ことを目的とすると明記している。他の専門分化した通訳の規格と併用が可能である。ISO18841の内容は本文が16ページ、前置きや目次、付属文章が5ページあり、全文で21ページにわたる。

ポイントは、3章にある用語の定義に関する点だ。日本で言う「Whispering」は、EUが使う「Chuchotage」と併記されている。また通訳者が使用するA言語、B言語、C言語が明確に定義されている。

4章の基本理念では、「様々な専門分野で稼働する通訳者が業務を遂行する際の取り決めは各国の事情に従う」とされている点にも注目したい。現在明確化している専門分野はコミュニティ、法務、医療、会議通訳が挙げられる。5章では受注や発注についての心得について触れている。

「ISO18841は単体ではなく他の専門分野の国際規格と併用することが可能とされていますが、むしろ今後併用が条件となる可能性も考えられます」と佐藤さんは語った。

東京オリンピック・パラリンピックをはじめ、今後、国際入札などの局面で、認証取得が入札要件となることが考えられる。日本のエージェントが認証未取得であれば大きな不利益を被りかねない。フリーランスの通訳者にとっても今後の仕事に関係するものとして、参加者は熱心にメモをとっていた。
(本記事内容はISO/TC37委員会の確認を得ている。)

視察団等の通訳

写真:遠藤安岐子さん

「一口に視察団といっても、さまざまな種類の視察団があります」と遠藤さん。

日本国内で結成された視察団から、国外で組織された視察団など、成り立ちが分かれている。議員の視察団にしても、地方自治体の議員から国会議員に至るまでさまざま。企業や各種団体の視察においては、日本から通訳者を伴ってくることが多く、その際には現地側は通訳以外のコーディネーター的な仕事を任されることも多いという。

「苦労するのは、日本国内で結成された日本人グループの通訳を海外ですることですね。なぜなら、そういった視察団は日本にいるままの感覚で海外にやって来ているからです。”時間通りに事が運ばない”といった、海外ではありがちなトラブルも、そういった視察団の方はまったく理解せずに通訳者やコーディネーターにクレームを寄せてくることがあります。これにはこちらも対処に困ります」。

学術団体の通訳をした際の具体的な失敗例や教訓事例も紹介された。
「現地での学会後に企業訪問を希望される団体があります。通訳者がどこまで専門分野を勉強しておくべきかは、最初に確認しておくべきことだと思います。ある海洋学の学会後に、引き続いてマイアミ大学の海洋施設を訪問したいと視察団の方々に言われました。ところが施設に同行してみると、施設の職員の方から20種類ほどの養殖魚について説明をされたのですが、その分野の事前学習ができていなかった私にはそれらの魚の名前が分かりませんでした。視察団の方に魚の名前がわからない旨正直に打ち明けると“いいですよ、学術用語で言っているのをそのままカタカナで発音してください”とお願いされました。あの時は冷や汗が出ました」

ある意味で一番やっかいなのは、日本からやって来る新聞、テレビ局など報道関係者の通訳だという。彼らは、渡航前に前もって「シナリオを書いてくる」という。そのシナリオ通りの出来事は実際にはなかなか発生しない。それにも関わらず、彼らはシナリオに合わせようと事実を曲げようとしてくる。通訳者として「やらせ」に加担するわけにもいかないので「場合によっては、報道担当者ととことん話し合うこともあります」。

なかなか苦労が絶えない視察団、報道関係の通訳だが、そんな中で遠藤さんが仕事上で注意すべきこととしてアドバイスしたのは以下のことだ。

  1. 契約書を交わすこと
    何らかの事情で仕事がなくなれば、仕事の対価はもちろん交通費、宿泊費などが支払われなくなることもある。このような事態を防ぐには、詳細を全て記した契約書を必ず交わし、確約を取り付けておくこと。同意書でもいい。できないなら、全てのやり取りをメールで行い、文章を残しておくこと。
  2. 自分の役割を把握すること。
    通訳として行ったのに、観光ガイドの仕事を任せられたこともある。直接確認しづらいなら「添乗員はつくのか?」など、具体的に確認しておくといい。前準備は絶対にしておくこと。
  3. 訪問先に電話して確認を取ること。
    あらゆる情報を把握しておくことが必要。できれば現地コーディネーターとも連絡を取っておくといい。
  4. 非英語圏の団体を通訳する場合、予め電話で話しておく。
    アジア圏、特にシンガポールやインドなどの団体が話す英語は聞き取れないことがある。何らかの理由をつけてでも、一度電話で話しておくと、当日慌てる心配がない。
  5. 仕事終了後も、1週間~10日は資料やノートを保管しておく
    仕事を終えた後にその団体から問い合わせが寄せられることもある。メモレベルでも残しておくと、そんな時に便利だ。
  6. 通訳は、人と人との橋渡し。相手への配慮を忘れないこと。
    「アメリカのある有名な社会福祉施設を日本のある地方自治体一行が訪問したことがありました。私はその通訳を務めたのですが、その一行の一人が日本語で何か発言し、ドッと笑いが起こったのです。アメリカ人は気になりますから、現地側の通訳者に尋ねました。するとその通訳者が実に正直に訳してしまったのです。“あのポンコツの車を見てみろ、ここに住んでいる人と一緒だね”と...。信じられませんが本当の話です。全て通訳しなくていいんです。通訳者は、常識を持って判断して欲しいと思います」。

最後に「視察団の通訳で一番大事なポイントは何でしょう?」という会場からの質問に遠藤さんは答えた。
「何があっても驚かないこと。急な変更があってもそれを楽しむくらいのつもりで対応しましょう」。

遠藤さんのお話は具体的なエピソードが盛り込まれており、引き付けられた。お話を通して、通訳という仕事が求められる人間力、コミュニケーション力には奥深いものがあると感じた講演だった。